第五十一話 三日目、招待
ゴゴスゼングィグィブゼセンビュググガスドバザゼセダギギボビ
ライゼヌス王国に来てから三日目の朝。
早朝の訓練の為に着替えを済ませる。
前日に夜更かしして城下町に繰り出したこともあり、屋敷の庭に出ながら大きな欠伸を漏らしていた。
隣に立っていた祖父のイルミニオにしっかりと見られてしまっていた。
「すいません。つい欠伸が」
「眠れなかったのかい?屋敷のベッドは苦手かな?」
「いえ、昨日は寝つけなかったので。この屋敷のベッドは寝心地良くて好きですよ」
結局昨日は睡魔に負けて、何時に部屋に戻ったのか確認せずにベッドに潜り込んでしまった。
起きてから部屋を確認したら脱ぎ散らかした服が散乱してたから、かなり酷い寝相だったのだけはわかる。
その後にギルニウスルームで神様と会合してたから、ぐっすり眠れたという気分ではない。
しかしジェイク以外の騎士が集まるこの貴重な朝の訓練をザホる訳にもいかないので、眠い目を擦りながらも参加しているのである。
もっとも──
「だから型はこうじゃないだろ!」
「ですから兄さんたちのやり方は古いのです!近年の騎士育成には僕のやり方が!」
「んなぁ腰の引けた構えで魔物と戦えるかよ!もっと筋肉をつけなきゃ意味ねぇっての!」
「お前たちいい加減にしろ!息子が冷めた目でこっちを見てるぞ!」
また今日も誰が俺に剣術を教えるかで揉めていた。
大人たちは強制参加の早朝訓練だが、子供の俺たちの参加は自由となっている。
せっかく王都に旅行に来たのだから子供には自由にさせるのが滞在中の決まりらしい。
なのでクラウラや他の従兄妹たちはまだベッドでぐっすりお休み中だ。
その中で俺だけが参加しているものだから、大人たちは大変張り切っていらっしゃるのだ。
「仕方ありませんね。ここは公平に、クロノス君に誰に教えてもらいたいか選んでもらいましょう」
「確かに……それがいいな」
「よォしそれでいこう!クロノス、俺だよな!?俺に教えてもらいたいよな!?」
「誰がお前みたいな筋肉達磨に教えを乞うんだ。実戦経験が豊富な私だろう」
「それは違いますよ兄さん。いくら実戦経験が豊富でも、基礎となる型が出来ていなければ話になりません。クロノス君、僕に任せてくれれば君にぴったりの型を教えてあげますよ?」
昨日と同じ展開にジェイクもイルミニオも頭を悩ませている。
正直誰でもいいんだけど、これは選ばないと後が面倒くさくなるなぁ。
こうなったら一番手っ取り早い方法でいこう。
「話だけ聞いてると誰の教えが一番いいの分からないので、もう誰が一番強いか決めてください。その人に教えてもらいます」
努めて笑顔で答える。
その言葉に伯父たちの目の色が変わり、三人はお互いを敵として睨み始める。
「そうだな。ここらで兄弟の中で誰が一番強いか決めた方がいいかもな」
「へッ!いいじゃねぇか、やってやろうじゃねぇの!」
「おやおや、いいんですか兄さんたち?いくら義兄弟と言えど手加減はしてあげませんよ?」
『模擬戦で決着つけてやる!(やんよ!)(あげます!)』
「俄然やる気!?訓練より乗り気!?」
仕合用の装備を取りに叔父たちは屋敷へと駆けて行く。
その姿に長男であるジェイクは義弟たちの暴走に頭を抱えていた。
「クロノス!どうするつもりなんだ!?伯父さんたち本気でやるつもりだぞ!?」
「いやぁ、このままだとまともな訓練出来そうにないんで。ここらで一回発散させないと明日も同じこと起きますよ?」
「そうだな。この子の言う通りだ。これでは訓練にならん」
「ですがお義父さん、こんな朝早くから仕合なんてしたら近所迷惑ですよ!」
「大丈夫だろう。毎年お前たち全員が当家に来たら騒がしくなるのはいつものことだ」
つまり毎年ああやって喧嘩してるのか、あの三人は……傍迷惑な伯父たちだ。
その度に近所の豪邸に謝りに行っているであろうイルミニオが不憫でならない。
「と言うことでジェイク。お前もやれ」
「何故私まで!?」
「兄弟の中で一番強いのを決めるのなら、義理の兄と言えどお前も参加するに決まっているだろう」
「お義父さん頑張って下さい!クロノスは応援しております!」
「悪乗りするなクロノス!!」
そんな感じで今日の朝の訓練はバルメルド家・兄弟最強決定戦となった。
朝食になるまでを制限時間として設けたが決着はつかなかった。
まぁ朝食の時間まで熟練した騎士の剣捌きを間近でじっくりと見られたので俺は満足だけどな。
✳︎
朝食を終えた俺はクラウラたちから逃げる為にこっそりと屋敷の中を移動していた。
とりあえず、まず屋敷の東側の書庫に行って、そのあとにクラウラたちから隠れる為に適当な部屋を探して──
「御坊ちゃま?何をしておられるのですか?」
見つからないようにと壁に背を張りながら移動してあるとサティーラに声をかけられる。
怪しい姿勢の俺を見て若干引いている。
「あ、サティーラメイド長……実は、クラウラ姉さんたちから逃げているのです」
「だからその様な特殊な体勢をしているのですね」
特殊と言われて動きを止める。
咳払いをすると俺はしゃんと背筋を伸ばしてサティーラと対面する。
「メイド長、クラウラ姉さんたちがどこにいるかご存知ありませんか?」
「クラウラ御嬢様方はクロノス御坊ちゃまを探しに屋敷の西側へと向かわれました。ですので、普通に歩いても大丈夫でございます」
「うぃっす」
余計なとこで恥をかいてしまった。
「それで、クラウラ御嬢様から逃げている御坊ちゃまはどちらへ?」
「書庫に行くつもりです。そこに避難しておやつの時間までやり過ごすつもりです」
「そうでございますか。では、時間になりましたらお呼びに参りますね」
お願いしますと答えて部屋の前でサティーラと別れる。
書庫に入り扉を閉めると、俺は急いで部屋の奥へと移動する。
服のポケットから大量の紙を広げた。
別に紙で遊ぼうって訳じゃないぞ。
これは三日前から執事やメイドたちが集めて燃やす予定だったゴミだ。
以前この書庫で見つけた日記だが、イルミニオとサティーラに没収された後、使用人たちが他にも隠されていた日記が見つけたのだ。
そのまま日記は燃やされるはずだったのだが、その前に俺が「魔法の練習に紙が欲しい」と言って回収したのだ。
だが日記を俺が持っていると知られると面倒なので、重要そうな数ページだけを抜き取って残りは使用人たちの前でちゃんと燃やして処分した。
だから俺がこの日記の一部を持っているのをサティーラはもちろん誰も知らない。
抜き取ったページを確認してわかったのだが、元の持ち主はかなりいい加減な性格だったらしい。
春に書いたと思われる内容が、次のページになるといきなり秋まで時期が飛ぶのだ。
かと思えば、七年前の日付からいきなり二年後の日付になっていたりと読んでて混乱する。
一度日付順に並び替え一通り読んでみて判明したのは五つだった。
1.この日記の持ち主は十八年前にこのバルメルド本家で産まれている。
誰との間に産まれた子かまでは分からないが、男の子なのは文字や一人称で判別できる。
2.この人物は学校での成績はずっと悪かったらしい。
テストの成績が悪くて両親からはよく叱られてたと書いてある。
3.一人っ子だったようでかなり甘やかされて育てられていた。
だが剣の稽古だけは厳しかったらしく、剣の腕はあったがそれだけは嫌いだったようだ。
4.社交的な性格で友達が多かったらしい。
バルメルド家の使用人とまで親密な関係だったようだし、学校でも友達が多かったみたいだ。
5.何かしらの問題がバレてこの家から追い出された。
最初の日記にも書かれていたが、仲良くしていた友達の事が原因らしい。
不良グループにでも所属していたのだろうか。
そこで問題を起こしたとかか?
バラけた日記から読み取れたのはこのぐらいだ。
屋敷を追い出されたのは今からちょうど六年前と思われる。
十二歳の時ならば、この世界では中等部三年生だ。
「そんな時期に家を追い出されるなんて、一体何をしでかしたんだこの持ち主は」
名前が残っていないかとページをよく見返してみる。
一番最初に書き始めた日記の右下に小さく名前が記されていた。
「えーっと、名前は……ジル、ミール?ジルミール・バルメルド?」
日記主の名前を読み上げるとドタドタと足音が聞こえてくる。
その足音は次第にこの部屋へと近づいてくる。
俺は慌てて日記のページを掻き集めて本の間に挟んで隠す。
ページを隠した本を棚に押し戻すと同時にサティーラと我が家のメイドさんが書庫に駆け込んできた。
「クロノス坊ちゃま!」
「よかった、まだこちらでしたか!」
「え、あ、はい!?ど、どうかしましたか!?日記なんて知りませんよ!?」
本棚から離れて二人に視線を向ける。
我ながら誤魔化すのが下手クソだと思うわ。
しかし二人は俺の背を押し急いで廊下へと出る。
いきなりのことに俺は抵抗する間もなく書庫から連れ出された。
「え、ちょっと!?二人ともどうしたんですか!?」
「では私は旦那様方と先方のおもてなしをしてまいります。あなたは御坊ちゃまの身支度を」
「わかりましたお母様」
俺の疑問を余所にサティーラは階下へ、メイドさんは俺を寝室まで連れて行こうとする。
「あの、メイドさん!?一体何があったんですか!?身支度って、どこか行くんですか!?」
「緊急の為、歩きながらお聞きください。現在お城より使者が訪問しております」
お城から使者……って、この辺で城って言ったらライゼヌス王城しかないぞ!?
国を管理してる王城から使者が来たってことか!?
「まだ詳しい理由は私も聞いておりませんが、先方はクロノス坊っちゃまに御用があるとのことです」
「はぃ!?なんで王城が俺を!?」
「今その訳をイルミニオ様とジェイク様が使者からお聞きしてる途中なのです。ですが、使者の方々があるのはクロノス様。なので身なりを整え連れてくるようにと仰せつかっております」
「いや、でも……何かの冗談でしょう!?俺王城に知り合いなんていませんよ?それなのに使者が訪ねてくるなんて──
廊下を急ぎ足で移動していると正面玄関を見下ろせる通路まで来た。
窓へと顔を向けると、甲冑を身に纏った騎士二人と白い馬車が一台止まっている。
その馬車には天使の翼と剣の王族の紋章が描かれていた。
王族紋章が描かれた馬車を見て、
「ファ────」
驚きから変な声を出てしまった。
5月1日から連休中はストックが続く限り毎日投稿します!
投稿時間はいつも通りになると思いまーす




