第四話 二色眼を持つ少年
牢屋の石畳に隠されていた抜け穴。
それはこの地に住む魔物が空けた穴だと言う。
そんな場所を通るのは正直御免だが、見張りのがいて武器を持ってる大人たちに向かって行く方がもっと嫌だ。
なので、神様になったネズミのお導きに従いレイリスたち攫われた子供たちと脱出することにしたのだが……
「……」
「……」
誰もが穴の中では無言だった。
ただ黙々と狭くなっていく道を歩き続ける。
歩けない者には手を貸し、背におぶり、出口を求めて歩き続ける。
手を繋いで引き連れているレイリスも、ただ黙って俺の後に付いてきていた。
どれくらい歩いただろうか。
真っ暗な穴の中を進み続けた時、
「あっ、ひ、光だ……」
先頭を歩いていた誰かが呟く。
その言葉に皆一斉に光に向かって走り出した。
もちろん、俺もレイリスも光に向かって走り出す。
光を抜けた先、そこには──天井に空いた穴、流れ出た水によって池ができ、壁や岩に草木が生えた空間が広がっていた。
洞窟だ。
まだ外ではないが、とりあえずは塔の外から出れたようだ。
「……キレイ」
隣に立っていたレイリスがポツリと呟く。
俺はその声に「あぁ」と答えながら、同じ光景を見て同じことを思っていた。
生前にこんな幻想的な場所を見たことはなかった。
もうしばらくこの光景を眺めていたいが、時間稼ぎしている神様がいつまで持つかわからない。
「皆、一旦休憩にしよう。しばらくしたらまた移動だ」
俺の提案に皆が頷き、思い思いに散らばる。
池に近づき水を飲む者。
池の中に飛び込み尾のヒレを使い泳ぐ者。
所々に生えている草木の木の実を見て、これは食べられる食べられないと吟味する者。
近くの石や土にかぶりついて食べている者……彼らは何の種族なのかな?ドワーフ?
まぁそんな感じでみんな自由に動き回っている。
俺も喉が渇いたのでレイリスと池に近づき、澄んだ透明な水面に顔を近づける。
その時、俺は水面に映った自分の顔を初めて見た。
まず顔立ちに目がいく。
幼い顔立ちにくりんとした大きな目。髪の毛は白くボサボサでパーマをかけたみたいになっている。
だが俺が一番気になったのはその瞳だった。
右と左で眼の色が違う。
右眼は濃褐色、左眼は青色のオッドアイだ。
「俺、こんな顔してたのか」
水面に映った初めて見る新しい自分の顔。
生前の顔と比べると結構イケる顔なのでは?
あれ、そういや生前の顔ってどんなだったっけ?
イケメンじゃなかった気はする。
「何してるのクロ?そんなに自分の顔触って」
「レイリス、俺の顔ってカッコいいと思うか?」
「うん。カッコいいと思うよ」
「けっ!イケメンに言われても嫌味にしか聞こえねーな!」
「えぇ、なんで怒るの?」
いきなり怒るもんだからレイリスがしゅんとしてしまった。
「ごめんごめん。レイリスは可愛い顔だね」とフォローを入れると顔を赤くしながら「あ、ありがとう」とお礼を言われた。
だがちょっと自信が付いたぞ。
美少年のレイリスから見てもカッコいいなら、これは夢を成就させるのも苦労しないかもしれないぞ。
よし、自己啓発で更に磨きがかかるようにしておこう!
クロノスはイケメン。クロノスはイケメン。クロノスはイケメン。クロノスはイケメン。クロノスはイケメン。クロノスはイケメン。クロノスはイケメン……。
自己啓発に勤しみながら顔を池の水で洗う。
その後滝の水で喉を潤すと全員を集め、再び脱出作戦を開始した。
*
同時刻、クロノスたちが囚われていた塔上階。
子供たちを攫った賊の首領ゲイルは部下たちと共に樽酒を囲み飲み続けていた。
「おらオメェら、じゃんじゃん飲めよ。今日はデカイ仕事が終わる前祝いだ!」
『ウッス!ボス超気前いいっす!』
部下たちが口を揃えゲイルを褒めると機嫌をよくしたのか大笑いする。
普段ならこんな馬鹿騒ぎすることはないのだが、今回の仕事はかなりの額が報酬として貰える。
しかも子供を誘拐するだけの仕事なのでとても楽だった。
依頼の内容は種族問わず十五人以上の子供を集めることだった。
手段は問わず子供もなら誰でもいいと言われゲイルはこの仕事に飛びついた。
詳しい内容を聞いた際に報酬を聞き、心臓が飛び出るかと思う程の思いをしたのは盗賊人生で初めてであった。
元々彼らは商行人や旅人から金品を巻き上げる普通の盗賊団だったのだが、昨今護衛として手練れの騎士団が同行しており今までのやり方では儲からなくなっていた。
護衛三人を倒すのに対し、こちらは十人の損害が出る。
どう考えても割りに合わないのだ。
部下や武器に被害が出れば、その分儲けから差し引くことになる。
そうすれば手元に残るのは微々たる額だ。生活するには少なくすぎる。
かと言って、今から真面目に働こうなどとなる気にもなれず困っていたところ今回の仕事を依頼された。
報酬は金貨五枚。
しかも規定の数よりも子供の数が増えれば一人につき金貨一枚を上乗せすると言われたのだ。
依頼主は素性を明かさない怪しいことこの上ない相手だったが、これもうやるしかねぇと二つ返事で承諾。
まず大きな街で貧民街の子供たちを攫い、この塔に来る途中で立ち寄った街でまた攫い、親とはぐれた子供を攫いを繰り返し、二十人の子供を集めることができた。
だが道中逃げようとしたのがいたので、見せしめに子供たちの前で殺してしまったので最終的には十九人となってしまった。
しかしこれでも報酬は金貨九枚。数十年は働かずに暮らしていける。
こんなおいしい仕事に巡り合わせてくれた神様に感謝しながらゲイルはグラスに注いだ一気に酒を飲み干した。
「でもボス。本当に大丈夫なんですかね。依頼してきた奴かなり怪しかったけど」
「気にするこたぁねぇ。相手があのガキども使って何しようが俺たちには関係ねぇ」
「でも口封じで殺されたりは……」
「そん時ぁ逃げればいい。報酬貰ったら外の国に行きゃいいのさ」
逃げる手段はいくらだってある。
ゲイルたちは今までそうやって生き延びてきたのだから。
「でも本当に美味い仕事だったよな」
「そうそう。ガキ集めるだけでいいんだからな。二十人もいるし報酬もデカイぞ。えっと、報酬が金貨五枚でガキ一人増えるたびに一枚増えるから、五、七……えーと」
計算ができない部下たちの会話を聞きながらゲイルはププッと笑う。そんな部下たちがゲイルは好きなのだ。
「バァカ、五の次は六だろうが。それに途中で一人捨てたから、全部で十九人だろうがよ」
「え?そうだっけ?降ろした時に数数えたけど二十人いましたぜ?」
なぁ?と周りに同意を求めると皆うんうんと頷く。
どうせまた数え間違えたのだろうと思ったのだが、他の部下も頷いているのを見てゲイルは不審に思った。
部下の中には計算が出来ない者はいるが、全員が出来ないと言う訳ではない。
簡単な計算ならできるのもいる。
つまり、確かに二十人いると言うことになる。
「そういやよ。ここに来る前にやたら叫ぶ変なガキいたよな?」
「あぁあのやたら叫ぶガキな」
叫ぶガキ、と言うのをゲイルは知らない。
道中騒ぐ子供は痛めつけて大人しくさせた。
ここに着く前には既に子供たちは大人しかったので部下に任せておいたのだが。
「おい、その叫ぶガキって何だ?どんなガキだ」
「なんか『あんのクソ神!』とか『死にたくない!』とか喚いてたのがいたんすよ。白髪頭のガキだったんすけど、静かにしろって怒鳴ったら大人しくなりました」
白髪の子供。
そんな子供をゲイルは知らない。
捕まえた子供の中に白髪なんてのはいなかったはず。
「おい、そのガキちょっと見に行くぞ」
体の中に溜まっていたアルコールが抜けていく。
無性に胸騒ぎがしてすぐにその子供を確認したくなった。
飲んでいた部下たちを引き連れ地下の大牢屋に向かうと信じられない光景が広がっていた。
散乱した食料に見張りをしていたばすの倒れた部下。
大牢屋の中は石畳が一枚捲られており、捕らえた子供は一人もいない。
慌てて食料と一緒に地面に転がる部下を起こす。
「おい、どうした!?何があった!」
「え……あ、ボス?いつつ」
「捕まえたガキ共は!?」
「ネ、ネズミが……」
部下の話では突然現れたネズミを駆除しようと二人で走り回ってたら頭をぶつけて気を失ってたらしい。
子供たちのことは知らないとのこと。
話を聞いたゲイルは牢屋の鍵を開け、捲られた石畳を覗く。
石畳の下には抜け穴が空いており微かだが風の流れを感じる。
「あんのガキどもぉ……!」
ゲイルの額に青筋が浮かび上がるのを見て部下たちが震える。
怒り狂った時のゲイルは部下たちでも手がつけられない。
「お前らガキ共を探すぞ!生きてりゃいい!逃げた罰をたっぷりと体に教え込んでやれ!」
『オォ!』
ゲイルの言葉に部下たちは手を振り上げ答える。
せっかく手に入れた金のなる木。
逃す訳にはいかないのだ。
逃げた子供たちを追いかける為に穴に飛び込む。
そして──抜け穴が狭くて詰まった。




