第四十二話 日記と鈴
夕食の時間になり、バルメルド本家に滞在している面々が一同に介する。
現在本家には俺の祖父に辺り、ユリーネの父親であるイルミニオ。
俺を追いかけていた姪のクラウラと他の兄弟、そして彼らの両親。
さらに我らが一家を合わせて、総勢二十名が食事の席に着いている。
食事中はもう騒がしいなんてものじゃなかった。
子供たちが騒ぐ騒ぐ。
クラウラはことあるごとに俺にちょっかいをかけてくるし、双子の兄妹は喧嘩するし、歳下の幼児は泣くわでもう大騒ぎだった。
その度に執事やメイドたちがフォローに入ったりで慌しく、全然食事に集中できなかった。
だけど、こういった騒がしい食事はこの世界に来てから初めてだったので、ちょっと新鮮だったけどね。
食事が終わった後はクラウラたちの両親と改めて挨拶を交わし、またクラウラたちに追いかけ回され、大浴場にいる時も相手をする羽目になり、全く落ち着けなかった。
彼女たちが疲れ果てて眠りにつく頃にはもう深夜になりかけていた。
「だぁぁぁぁ!疲れたもぉぉぉぉん!」
ようやくクラウラたちから解放され、談話室のソファーに倒れ込む。
その姿に大人たちが笑いを堪えていた。
しかし笑われようが構わん!
俺はもう子供たちの相手で疲れたんだ!
追いかけ回され、オモチャにされ、風呂場では沈められ……でもようやく解放されたのだ!
あぁ、ソファーにもたれかかるの気持ちぃ〜!
「皆の相手お疲れ様クロちゃん。はい、あったかいミルクよ」
「ありがとうございます、お義母」
ほどよく温められたミルク入りのカップをユリーネから受け取る。
一口飲むと体の疲れが和らいだ気がした。
「すまないねクロノス君。うちの子の相手をしてもらって」
「うちの子たちも君にかなり無茶なことをさせてしまったみたいで申し訳ない」
「ごめんなさいね。クラウラったら、歳の近い弟ができたみたいで嬉しいからってはしゃいじゃって」
みんなの親からお礼とお詫びの言葉を受け取る。
この人たちは全員王都ではなく、それぞれ別の領地に住んでいる
今回一同に集まったのは、俺の顔合わせと親であるイルミニオの顔を見に来たからだそうだ。
その中でもジェイクとユリーネが一番歳が上で、ユリーネはイルミニオ・バルメルド家の長女なのだとか。
ユリーネが長女、クラウラのお父さんが長男、そして次男、次女、三女の五人兄妹だと説明を受けた。
なんとも大家族なものだ。
祖母は数年前に他界したらしく、今本家にはイルミニオと使用人しか住んでいない。
だから年に数回、こうして家族全員で様子を見に来るのが習慣らしい。
おかげで子供たちを連れてくると毎回大騒ぎになるようだ。
「できれば明日は相手したくないですねぇ。毎日こんなのが続くとオチオチ昼寝もできませんよ」
「ならクロちゃん。明日は街に行ってみましょうか。村じゃ見られない珍しい物がいっぱいあるわよ?」
「是非お願いします。あれらから解放されるのならどこへでも」
よし、これで明日の予定は埋まったぞ!
クラウラたちの相手をしなくて済む。
そのあとは大人たちと子供たちや外の町での生活の話を話したり聞いたりして盛り上がる。
眠気が来た辺りで俺は就寝することにした。
「それじゃあ、そろそろ寝ます。皆さんおやすみなさい」
「クロちゃん、お部屋まで一緒に行く?」
「大丈夫ですよ。そんな怖がりじゃありません」
「クラウラより歳下なのに、クロノス君はしっかりしてるわよねぇ。あの子、夜は怖いからって一人じゃトイレも行けないのに」
「え、クラウラ姉さんって確か十歳ですよね?それはちょっとどうかと」
もう一度挨拶をして談話室から出る。
さすがに夜になると少し肌寒い。
窓から射す月明かりを頼りに暗い廊下を進む。
ゆっくりと俺に割り当てられた部屋まで向かっていると、我が家のメイドさんと出くわした。
「クロノス坊ちゃま?」
「あれ、メイドさん。夜の見回りですか?」
「はい。坊ちゃまはこんな時間になにを?」
「さっきまで談話室で皆さんと話してたんです。もう遅いから寝ようと思って、これから自室に」
「そうでしたか。ではお部屋までご一緒致します」
「別にいいのに……」と呟くが、メイドさんはきっちりと俺の前に歩き先導してくれる。
彼女が持つカンテラの明かりで足元がさっきよりかは明るくなった。
「どうでございましたか?皆様との顔合わせは」
「緊張したけど、まぁなんとかなりそうです。みんないい人でしたし」
「それはようございました」
「一度に二十人近くの人間の顔と名前は覚えられませんけどね……ハハッ」
「それは……頑張ってください」
正直先ほど談話室で顔を合わせてある時も誰がどれで誰の親か全然わからなかった。
時間をかけて一人ずつ覚えていくしかないねこりゃ。
「ですが、クラウラお嬢様だけではなく、イルミニオ様や他の方々もクロノス坊ちゃまのことを大変お気に召しておりました。旦那様と奥様は、坊ちゃまが皆様と打ち解けられるかと心配しておられましたが、どうやら杞憂だったようですね」
「そりゃ、養子と言えどバルメルド家の後継者候補ですから。他の方にしっかりとアピールしておかないと」
「さすがでございます」
そうだ。
あの日記についてこの人に聞いてみよう。
このメイドさんは代々バルメルド家に仕えているから、昔のことも知っているはず。
ジェイクたちに訊こうかとも思ったんだが、イルミニオの態度からしてあまりいい話題ではなさそうだし、あの場の雰囲気を壊したくないから黙っていた。
でも今なら誰も聞いていないし、この人なら答えてくれそうだ。
「メイドさん、一つ聞きたいんですけど」
「なんでございましょうか?」
「昔、この家から追放された子供っていませんでしたか?たぶん男の子だと思うんですけど」
俺の質問を聞き、メイドさんの足がピタリと止まる。
やべぇ、この人に聞くのもダメだったか!?
メイドさんはこちらに振り返ると、俺の目線に合わせて姿勢を低くする。
「坊ちゃま、その話は誰から聞いたのですか?正直にお答えください」
「……書庫で、その子が書いたと思われる日記を見つけたんです」
「その日記は今どこに?」
「イルミニオおじいちゃんに渡しました。そのあとにサティーラメイド長が燃やしました。もうありません」
「そうですか」
俺の回答にメイドさんはしばらく思案すると立ち上がる。
そして俺の目をじっと見つめてきた。
「坊ちゃま、その話はこの屋敷の中では禁則事項です。絶対に口にしてはいけません」
「お義父さんやお義母さんにもですか?」
「もちろんです。特にイルミニオ様の前では絶対に言ってはいけません。もちろん他のご家族の方々にもです」
そんなにも隠さなければならない内容なのか。
一体その人物はなにをしでかして追放されたんだ。
「賢いクロノス坊っちゃまなら、それを口にしたらどうなるのか、想像できるはずです」
「……わかりました。絶対に滞在中は話題にはしません」
その言葉にメイドさんは頷く。
俺だって、この滞在中を変な空気のまま過ごしたくない。
その後メイドさんに部屋まで送ってもらう。
ベッドに身を投げ出し、あの日記のことを考える。
話題に出さないとは言ったが、やはり気にはなる。
日記の持ち主は、俺が昼頃に見た空のショーケースの元々の持ち主と同じかもしれない。
昼間クラウラにショーケースの話題を振ったら、嫌悪の表情を見せていた。
明らかに話題にしたくないと訴えかける表情で。
イルミニオに日記を見せた時も、一瞬だが同じ表情を見せていた。
もっともイルミニオの場合は怒りを感じたが、クラウラの時とほぼ同じ反応だ。
「いなかったことにされた男の子か……」
一体その子供はなにをして、なぜ追放になったのか。
俺はそれを知りたかった。
興味本位で調べることではないだろうけど、バレないようにすれば大丈夫だろう。
しかし、男の子がの屋敷にいた形跡をどうやって探そうか?
イルミニオとサティーラの会話からすると、男の子が残していた物はほとんど処分したのだろう。
でも日記が隠されていたのなら、まだ発見されていない物が屋敷のどこかにあるはず。
「なんだ宝探しみたいだな」
ふふっと一人で笑う。
ミケロース領に戻ったら、レイとフロウに宝探しゲームを教えてやるのも面白そうだ。
そろそろ寝ようかと布団の中に潜ると、どこからか鈴の音が聞こえた。
音は窓の方から聞こえてくる。
警邏中の騎士たちだろうか?
目を瞑ったまま鈴の音に耳を傾けるていると、だんだんと音が大きくなり眠気が増してくる。
あぁ、いいな……音色がいい感じに眠気を誘う。
優しい音色を聞きながら眠り落ちる。
鈴の音を子守唄にしながら、俺は王都での一日目を終えたのだった。




