第三十九話 不穏な警告
『オウトニハイクナ』
そう日本語で殴り書きされた手紙を前に、俺とメイドたちは怪訝な顔をしていた。
しっかし汚い字だな。
辛うじて日本語で、しかもカタカナで書かれてはいるけど、もう少し字が崩れてたら読み解けなかったぞ。
一体誰がこんな手紙を……なんて、一人しかいねぇよなぁ。
「あの、坊っちゃま……」
「え、ああ、すいません。あまりに字が汚かった物で」
手紙と睨めっこしていると声をかけられてしまう。
「しかし何故俺に?こういうのは真っ先にお義父さんに見せた方がいいのでは?」
「坊っちゃまが以前より、これに似た字を書いておられましたので。もしかしたら解読できるのではと」
あぁ、そういやクソ神だとか指定暴力団だとか、いろいろ日本語を書いて遊んでたわ。
あれ見られてたのか、恥ずかしい。
でもどうして俺を呼んだのかわかった。
俺ならこの手紙の意図が読めると思ったんだろう。
確かに意図を読めはしたが、これは素直に伝えるべきなのだろうか。
「……ただの悪戯でしょう。この文字は僕にも読めません」
「そうですか?なら良いのですが」
俺は手紙をヒラヒラと見せながら答える。
そのまま紙を丸めるとメイドさんに渡して厨房から出た。
おそらくあの手紙は神様が俺宛に送った物だろう。
どうしてあんな物を送ったのか分からないけど、王都に行くなと言うことは何か危険な事が起きるのだろう。
しかし、行くなと言われると行きたくなるのが人間と言うものである。
と言うわけで、俺は神様の警告を無視して王都に行くぞぉ!
✳︎
初等部の連休が始まる初日。
俺とジェイク、ユリーネは王都に行く為に馬車を借りて出発の準備をしていた。
馬車を操るのはメイド長だ。
残ったメイド二人は今回はお留守番である。
見送りにはレイとフロウも来てくれていた。
「クロくん、いってらっしゃい」
「帰ったら、王都の話しいっぱい聞かせてね。クロ」
「おう、お土産も期待しとけよ」
二人と手を叩いて別れの挨拶を済ます。
メイド二人と友人二人に見送られながら、俺たちは村を後にした。
王都までは他の商人たちの馬車と共に移動する。
立ち寄った村で更に王都行きの人たちの馬車と合流し、いつしか大所帯となる。
村の外から初めて出る俺は様々な種族の人たちを見て興奮し、色んな人から話を聞いて旅を楽しんだ。
そうして三日間の長い旅の末、俺は王都──ライゼヌス王国へと辿り着いた。
ライゼヌス王国は俺が住むゼヌス大陸で一番大きな街である。
初代国王ライの名前からライゼヌス王国と付けられた。
ギルニウス教の『異種族皆兄弟』と言う教えに従い、人種も亜人種も分け隔てなく受け入れ共に生活している。
あちこちに目を向ければ、耳と尻尾が生えた獣人族、足が尾びれの水人族、角と黒い羽を生やした悪魔族と、多種多様な種族が人族と一緒に街を歩き、店を営んでいる。
ファンタジー世界初体験の俺にとっては、まさに夢の様な光景の街だった。
「はー……凄いですね」
「ふふふ、クロちゃんったら口が開きっぱなしよ」
ユリーネに笑われるが、そんなの気にせずに俺は馬車の荷台から街を眺め続ける。
どこを見ても人と亜人がいっしょに笑っている。
「普通亜人種と人間って、いがみ合ってるイメージしかないけど、この国はそんなのないのかな」
「ライゼヌス王国の国民はみんなギルニウス様を信仰してるからね。『異種族皆兄弟』、みんなこの教えを守っているのさ。何より、現国王のグレイズ国王が亜人が大好きでな。王室には何人も亜人の妻がいるそうだ」
「何それハーレムじゃないですか。羨ましい」
「クロちゃんにはもうレイリスちゃんがいるでしょ」
二人にどこにどんな物があるのだとか、店の名前だとか、あの食べ物はどんな味がするのかだとか色々と話を聞く。
レンガ造りの街並みを進んでいると、商業区を出て上層区へと出る。
上層区は貴族たちが住む区画で、商業区の様に露店などは一切ない。
広い敷地にデカデカと立つ家ばかりだ。
「ここまで来ると、もう人通りも少ないんですね」
「上層区にはお店はほとんどないのよ。あ、でもお洋服屋さんとかはあるわよ?お母さんの服もここで買ったのが多いし」
「お母さんみたいな人向けの店しかない訳ですか」
そういや、フロウの姉は趣味で服作りしてたって話だったな。
もしかしたらどこかの店にフロウの姉妹がいるかも。
暇ができたら探してみようか。
上層区の物珍しさにキョロキョロとしている内に豪邸の前で馬車が止まる。
「着いたわよクロちゃん」
「ここがバルメルド本家。お母さんの実家だ」
馬車から降りると豪邸から続々と執事とメイド達が出てくる。
彼らは一列に並ぶと一斉に会釈する。
『ジェイク様、ユリーネ様、おかえりなさいませ』
「ああ。出迎えご苦労」
「はーい、ただいまぁ。みんな元気にしてた?」
メイド達は馬車から荷物を次々と屋敷の中に運んで行く。
俺は初めて見る光景に唖然としたままだった。
「クロノス御坊ちゃまですね?」
「え、はい。そうです」
声をかけられ驚き振り返ると、皺だらけで優しそうな顔をしたメイドが立っていた。
「初めまして、私は当家のメイド長を務めております。サティーラと申します。ご滞在の間、ご用がありましたら我々に何なりとお申し付け下さいませ」
「お、おぉ、よろしくお願いします」
「旦那様が御坊ちゃまとお会いできるのを楽しみにしております。お部屋まで御案内いたしますので、こちらへどうぞ」
サティーラと名乗ったメイド長に案内されバルメルド本家の屋敷へと上がる。
後ろを歩くジェイクとユリーネに小声で話しかける。
「お義父さん、俺のこともう伝えてあるんですか?」
「君を養子として引き取った時にね。王都に騎士団の活動報告をしに来た時にも立ち寄って、話をしてたんだ」
「お祖父ちゃんはちょっと怖いけど優しい人だから、クロちゃんもすぐに好きになるわ」
俺のお祖父ちゃんかぁ〜……由緒ある騎士の名家の人だし、ユリーネの親だから変人なんだろうなぁ。
広い屋敷の中を歩き一室の前に止まると、一呼吸置いてからジェイクがドアを四回ノックする。
遅れて「入れ」と声が聞こえ、ジェイクがドアを開けた。
部屋には机と書類が入った棚に壁に幾つもの絵画が飾られていた。
こちらに背を向けた男が一人立っている。
何ともデジャビュを感じる光景だった。
「ジェイク・バルメルド!ただいま戻りました!」
「長旅ご苦労であった。変わりはないか?」
「はい!お義父さんもお元気そうでなによりです!」
うっわぁ〜……ジェイクの態度が上司と部下のソレだよ。
祖父は公私混同しない人なのか。
本家にいる間はずっとそうしなくちゃいけないのかなぁ。
俺耐えられそうにない。
「お父様、ユリーネただいま戻りましたぁ!」
「おぉ、ユリーネ!久しぶりだなぁ!元気にしてか?」
「ええ!お父様も元気そうで、私嬉しいわぁ」
「もちろんだとも!私もまだまだ、お前たちには負けないぞぉ?」
あ、親バカだこの人。
娘を前に顔の緩み具合が酷い。
それに会話もユリーネが俺に話しかけて来る時とほとんど同じだ。
なるほど、父親がアレだからユリーネもあんな口調になったのか。
「それでねお父様。この子が私たちの養子になったクロノスちゃんよ」
「ど、どうも、初めまして!クロノスです」
ユリーネに紹介され慌てて頭を下げる。
緩み切っていた表情の祖父はすぐにキリッとした顔に戻り、俺の前に立つと眼をじっと見つめて来る。
「君がそうか……聞いた通り、変わった眼をしてるね。オッドアイか」
「う、生まれつきなもので」
生まれた時のことなんか覚えてないけど適当に答えておく。
祖父は何度も俺の頭からつま先まで見返し、両肩を叩いてくる。
「そう緊張しなくていい。ジェイクから話は何度も聞かされたよ。有望な子だとね。私はイルミニオだ。よろしくクロノス君」
「よ、よろしくお願いします」
祖父であるイルミニオに頭を下げると、彼は俺の頭を撫でた。
ジェイクと同じで豆だらけでゴツゴツした手をしている。
「当家は君を歓迎しよう。滞在中は本当の家だと思ってくつろぎなさい」
「は、はい!ありがとうございます!」
もう一度頭を下げ寛大な歓迎にお礼を言う。
バルメルド家の人って本当に俺みたいな素性の知れない奴でも優しくしてくれるよなぁ。
いい家に拾われて感謝だよ。
いや、この場合ギルニウスに感謝しなきゃいけないのか?
そう考えると何か素直に感謝できねぇ。
俺が心の中で葛藤していると部屋のドアが勢いよく開いた。
何事かと振り返ると、俺と背丈がそう変わらない可愛らしいドレスを身に纏った少女が立っていた。
「失礼しますわ!お祖父様!」
「どうしたんだ、クラウラ」
イルミニオをお祖父様と呼んだ少女はノックもせずに入ってきたが、特にそれを咎められなかった。
少女は俺たちを見ると、ドレスの裾を持ち上げ会釈する。
「これはジェイク叔父様にユリーネ叔母様、お久しぶりでございます」
「あらクラちゃん!久しぶりねぇ。大きくなったわね!」
「はい!先日の検査で、背がついに2cmも伸びたのが分かりましたわ!」
ユリーネとクラウラと言う少女が笑いあう。
そして俺の前に立つと無い胸を張って偉そうにふんぞり返る。
「あなたがクロノスね!私はクラウラ・バルメルドよ!」
「クロノスです。よろしく」
ユリーネの時と全く違う態度で挨拶されたが、とりあえず挨拶しておく。
「クラウラちゃんはね。あなたよりも三つ歳上なのよ」
「そうよ!今年から中等部に入ったの」
三つ歳上!?
てことは十歳か。
それで俺と身長そんなに変わらないって……将来絶望的じゃねーか。
「何よその顔。何か言いたそうね」
「イヤイヤソンナコトナイデスヨオネエサン」
「まぁいいわ!」
クラウラは俺の手を掴むと部屋の外に引きずり出そうとする。
つか、思ったよりも力強いな!?
「お祖父様!この子もう連れてっていいかしら!」
「はっ!?」
「構わないよ。ついでに屋敷の中を案内してあげなさい」
「わかりましたわ!クラウラにお任せください!」
「えぇ!?ちょっと待って、お義父さん助けて!」
無理矢理部屋の外に連れ出されそうになりジェイクに助けてを求め。
だが、ジェイクは俺に笑顔を浮かべていた。
「良かったなクロノス。残念だけど行ってらっしゃい」
「残念って言った!?今残念って言いましたよね!?」
「クロちゃん良かったわね。行ってらっしゃい」
「イヤァァァァ!」
二人に助け舟を出すも断られてしまう。
クラウラに引きずられる俺の悲鳴が屋敷に響きわたった。




