第三十八話 テガミ
初等部に入学してから数ヶ月が経った。
授業こそ退屈だが、概ね学校生活は上手くやれていた。
フロウもレイ以外にも友達は出来たが、やっぱり気の合う二人だからか自然と校内でもつるむことが多い。
成績も常にトップを維持しており、学業においては完璧と言っても過言ではないだろう。
まぁやってる授業の内容は小学生の内容だから出来なきゃマズイんだけど。
今日は保護者のジェイクと一緒に学校に来ていた。
保護者と来ると言ったらあれしかない。
三者面談だ。
いつも授業で使っている教室で、担任と俺とジェイクの三人で向かい合い今期の成績を聞かされている。
「……と言った具合なのですが、クロノス君に関しては心配ないですね。成績も常にトップ。クラスメイトとも仲は良いです。特に別のクラスのレイリスさんとフロウ君とは一緒にいるのをよく見かけます」
「そうですか。やるじゃないかクロノス」
「ハハハ、それほどでもあります」
などと小生意気な事が言える程度には頑張っていた。
担任からはこの調子で三年間成績を維持できれば王都に近い中等部に推薦状を書いてくれると言われた。
面談が終わりジェイクと一緒に学校を後にし馬車に乗って帰る。
馬車の中ではジェイクはずっとご機嫌だった。
「成績トップか。やるじゃないかクロノス」
「目指せSランですからね。あれぐらいできないと」
「私も誇らしいよ。ギルニウス様に君と引き合わせてくれたのに感謝しなければね」
「ソッスネ」
神様のギルニウスはあれから全然俺の所に姿を見せない。
前回は忙しい忙しい言いながらも、俺とフロウが禁断の森で魔物に襲われた時に手助けしに来てくれた。
結局何が忙しいのかは聞いてないが、仮にも神様だし俺が考えいる以上にやる事があるのだろう。
いっつも俺の所に来る時は暇そうな顔してるけど。
「成績優秀、生活態度も問題なし。バルメルド家の人間として恥ずかしくない」
「そりゃ、そうなるようにと頑張りましたからね。褒めてくれるんだったら、何かご褒美をくれても良いではないですかね?」
「ご褒美か?」
俺の冗談にジェイクは本気で何かご褒美を与えようと考えている。
そこは流して欲しかったんだけど。
「うーむ。ならばそうだな──王都のバルメルド本家に行ってみるか?」
「……王都の本家に、ですか?」
バルメルド家の本家はこのニケロース領からかなり離れた場所に位置する王国の居住区にある。
馬車を使っても片道に三日はかかる距離だ。
ジェイクは王都にある騎士団本部の定期報告に赴く際は早馬を使っているらしいが、それ以外の商業用馬車だとやはり時間がかかるらしい。
そう言った理由もあり、今まで王都に行った事はなかったんだけども、そこに連れてってくれると言うのだ。
「もうすぐ学校の一学期が終わるだろう?その休みを利用して、本家のお爺ちゃんに挨拶に行こうか」
「おぉ、いいですねそれ。一度王都に行ってみたかったんですよ」
「なら決まりだな」
王都行きが楽しみだと告げるとジェイクは微笑む。
こっちの世界に来てからはずっと村の中だけで生活してたから、外を知るいい機会になる。
どんな物があるのかも楽しみだが、この世界の国がどんな発展をしているのか見るのも興味が湧いていた。
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「と、言う訳でしばらく王都に行ってきます」
村に戻ってからレイとフロウに王都行きを報告する。
二人は驚いた顔をして俺を見ていた。
「クロくん王都に行くの!?」
「おう。王都にあるバルメルド家の本家、俺のお爺ちゃんに会いに行く」
「いいな〜。ワタシ一度も行ったことないよ」
「お土産期待しておけ」
フロウは大層羨ましそうに俺の王都行きの話を聞いている。
だがレイだけが、なんだか悲しそうな目で俺を見ていた。
「クロ、王都に行くの?」
「ああ。今回成績トップだったから、そのご褒美でな。王都に連れて行ってもらえることになった」
「もう、帰って来ないの?」
今にも泣きそうな声でレイが効いてくる。
どうやら俺がこの村を出て、王都に移り住んでしまうのではないかと心配になったみたいだ。
俺は笑いながらレイの頭を撫でる。
「別にこの村を出て行く訳じゃないよ。ちょっと旅行に行くだけだ」
「どれぐらいで帰って来るの?」
「次の学期が始まる前には帰って来るよ」
「それまでワタシとクロくんが帰って来るの、一緒に待ってよう?レイリスちゃん」
「うん……」
そんなに俺が居なくなるのが悲しいのか。
カワユイ奴め。
「ちゃんと帰って来るから安心しろ。お土産も買ってくるから」
「……わかった」
相変わらず不安そうな顔はしているが、俺の王都行きには納得してくれたらしい。
「でもいいなぁ。王都に行けるなんて」
「フロウ、王都ってどんなところ?何かあるの?」
「うん。クロくんが行く場所にはね。美味しい物や面白い物がたくさんあるんだよ」
「クロ、そんなところに行くんだ!ボクも行ってみたいなぁ」
「そうだね。ワタシもいつか行ってみたい」
フロウから王都の噂話なんかをたくさん聞かされて、結局二人からあれこれとお土産を頼れてしまった。
日が暮れ始めた頃に、いつも通り二人を保護者の元まで送り届ける。
だがその日はいつもと違う事があった。
「坊っちゃま、少しよろしいでしょうか?」
屋敷に戻ると、玄関先でメイド長が俺を待っていたのだ。
普段彼女は俺を玄関先で待っていたりしない。
屋敷に戻ってからメイドたちが出迎えてくれるのに、今日に限って待っている。
それも深刻な表情で。
「どうかしましたか?」
「見てもらいたい物があるのです。こちらへ」
メイド長に連れられ厨房までやってくる。
普段は刃物や火があるから危険だと立ち入りを制限されているのだが、今日は入ってもいいらしい。
厨房には他二人のメイドもおり、どちらも深刻な表情をしていた。
「坊っちゃま……おかえりなさいませ」
「はい、ただいまです。どうかしたんですか?」
「こちらへ」
三人に促され椅子の上に立つ。
調理場のテーブルに一枚の白い封筒が置かれていた。
何かと思い手に取ってみるが、真っ白いだけのただの封筒だった。
宛名がどこにも書いていない以外は。
「この封筒は?宛名が書いてありませんけど」
「それは夕方過ぎに他の郵便物と一緒に当家に送られて来た物です」
ウチに届けられてくる郵便物は、最初はメイドたちが受け取り確認する。
ジェイクの仕事に関する手紙や、ユリーネが文通をしている友人からの手紙と色々な物が来る。
その中に紛れて危険物がないか先に検査しているのだ。
「その際に私どもで見つけたのですが、送り主も何も書かれていないので、不審に思い中を確認したのですが」
「中身は文字が書かれた紙一枚だけだったのです」
「それなら問題ないのでは?何故わざわざそれを俺に?」
「……封筒の中身をご覧下さい」
メイドたちが険しい表情で封筒に目を向ける。
俺は言われた通りに封筒から半分に折られた一枚の紙を取り出す。
それを広げて、俺は「あっ?」と眉間にシワを寄せた。
紙にはデカデカと殴り書きで文字が書かれていたのだが、それを見て何故メイドたちが俺を呼んだのか理解した。
読めなかったのだ。
手紙に書かれた文字が。
別に彼女たちに教養が無かった訳ではない。
『オウトニハイクナ』
手紙には、日本語でそう書かれていたのだった。




