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第三話 スレイブブレイク


「んじゃこれからよろしく!相棒!」


 ネズミの姿をした神様が馴れ馴れしくしてくる。

 しかもちゃっかり肩に乗ってきた。

 図々しい神様だ。


「何だよ相棒って」

「これから僕と君は一蓮托生なんだ。なら相棒って呼んでもいいだろう」

「馴れ馴れしすぎるだろ。せめて名前で呼んでくれ」

「え?もう名前決めたの?どんな名前にしたんだい?」

「クロノス。長かったら、クロって呼んでくれ」

「わかったよ相棒!」

「お前人の話を聞いてないだろ!?」


 やっぱ判断誤ったかも……。

 その様子をずっと見守っていたレイリスだったが、俺と神様ネズミの話が終わったのを感じたのか、おろおろと会話に混ざってくる。


「え、と……クロ?」

「あぁごめん。このネズミが外に出るの手伝ってくれるって」

「よろしく〜」

「う、うん……」


 喋るネズミを前にしてだいぶ戸惑っている。

 当然と言えば当然の反応なんだけど。


「君、もうこんな子と知り合いになったの?やるね〜このこの〜」

「頬を突くな。てか、ネズミの体で触るな。病気貰っちゃうだろ」

「失敬な。この身体はちゃんと洗ってから来たから綺麗だよ」


 洗ったのか……ネズミが身体を洗う姿とかシュールだな。

 ちょっとその様子を見てみたい。

 あれ、でもさっき地面の中から這い出てこなかったか?


「ネズミさん。どうやってここから出るの?」


 あぁ、そうだそうだ。

 その方法をまだ聞いてなかった。

 ナイス質問だレイリス。

 質問を受けた神様ネズミは「ふふん」と鼻を鳴らすと、先程自分が出てきた石畳の隙間を指差した。


「その石、ひっくり返してご覧」


 言われた通り、レイリスと二人がかりで重い石畳の一枚をひっくり返す。

 石畳の下には人一人が通れるほどの穴が空いていた。


「隠し穴?」

「この塔は人が住み着かなくなってからは魔物の住処になっていたんだ。その魔物が地下に穴を掘って、あちこちにこう言った穴ができてるのさ」

「すごい、ネズミさん物知りなんだね」


 そうでしょー?とレイリスの言葉に気をよくしたのか、神様ネズミが一層威張る。

 何で知ってるのかって聞いても「神様だからね」って答えが返ってくるだろうからこの場では聞くのは止めておこう。

 でもこれで牢屋からは出られる。

 だが問題が二つ程残っていた。


「みんな、聞いてくれ」


 同じ牢屋の中にいる子供たちに声をかける。

 子供たちは光を失くした目で俺に注目する。


「この穴から外に出れるらしい。僕はこの子と一緒にここから抜け出す。一緒に外に出たい子は付いてきて欲しい。でも、絶対に脱出できるって保証はない。だから──逃げる意思のある子だけ一緒に行こう」


 ずっと黙っていた子供たちが俺の話を聞き、帰れるの?と小さく呟く。

 床に空いた穴と周りの子や俺を交互に見て考えている。

 この子たちは俺よりも長い期間捕まっていた。

 逃げた子供を見せしめに殺されるのを見せられ、逃げる気力を失くした子もいるだろう。

 俺は聖人ではないのでこの子を連れて逃げるほど優しくはない。

 だからこの子達に決めて貰うことにする。

 だが俺の呼びかけには──


「……いいね?」


 全員が立ち上がっていた。

 俺の言葉に子供たちは頷き、「家に帰りたい」「こんなところもう嫌だ」と口々に吐露する。

 全員の顔に少しだけ希望が戻っていた。

 やはり、奴隷として生きるのなんて皆嫌なのだ。

 とにかく、これで一つ目の問題はクリアした。

 あと残るは……


「神様」

「ん?何だい?」

「あんたを信用してる限りは力を貸してくれるんだよな?」

「まぁ内容によるけど、あまり無茶な要求じゃなければ聞いてあげるよ」


 ふむ……どれぐらいまで無茶できるのかは気になるけど、今は目先の問題を手伝ってもらおう。

 牢屋の檻にギリギリまで顔を近づけ、通路の奥の階段で今だ談笑している見張りを指差す。


「あの二人の注意を引いてくれないか?俺たちが逃げる時間を稼いで欲しいんだ」

「なぁるほど、いいだろう。そのぐらいお安い御用さ」


 神様ネズミは身軽な動きで俺の肩から降りると真っ直ぐに談笑する見張りの二人の前まで走る。


「……でよ、その時のお頭の頭の輝きと言ったら」

「チュウ?」


 話の途中で神様が可愛らしく鳴き声を上げる。

 足元から聞こえた鳴き声に見張りの二人が気づき視線を下げると、ネズミが可愛らしい鳴き声を続けていた。


「うぉ!ネ、ネズミ!?」

「この野郎!また俺たちの食料嚙りに来やがったのか!」


 男二人は驚き腰に刺していた短剣を引き抜く。

 ネズミ目掛けて振り下ろされた短剣を本人は軽々と避けて見せた。


「ハハッ」


 うわ、笑ってるよあのネズミ。

 気持ち悪い。

 煽られて腹を立てた二人は短剣を振り回しネズミを仕留めようとする。

 だが小さな体躯を活かし、神様ネズミは姑息にも壁の隙間や足元をすり抜け相手を翻弄する。


「この、ちょこまかするな!」

「おい、どこいった?!」

「ハハッ」

「「このネズミ野郎!」」


 あーあーもうめちゃくちゃだよ。

 逃げ回るネズミを追いかけて木箱や樽を押し倒し奔走する。

 それを小馬鹿にするかの如く「ハハッ」と時折嘲笑うネズミ。

 見ていて腹が立つし、刺されねぇかなあのネズミ。


「クロ、みんな降りたよ」


 抜け穴に子供たちを降ろしおえたレイリスが呼びかけてくる。

 神様ネズミと人攫いのドタバタコメディを眺めている間に他の子供たちを降ろしてくれたようだ。


「わかった。俺たちも行こう」


 先に穴に飛び込み、続けて降りてきたレイリスが転ばないように受け止める。

 穴の中は一本道だった。

 奥に進むにつれ、だんだんと幅が細くなっているのがわかる。

 暗いのが怖いのか、レイリスが俺の服を掴んでいる。

 不安そうに見つめてくるレイリスに頷き、俺は彼の手を取り握りしめ、闇の奥へと足を踏み出した。


「よし、行こう!」


 こうして、俺たちの脱走劇が始まった。

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