第三十五話 強さの違い
熱を出して三日間程寝込んでいた俺は、四日目には元気を取り戻し、五日目にはようやく外出許可が下りた。
まずやることは村を回って、俺を捜索してくれた騎士団や村の人たちにお礼を言うことだった。
「本当にありがとうございました」
「気にすんな坊主。友達の為に体張るなんて、見所あんじゃねーの。でも次は俺たち大人に頼れよな」
捜索してくれた人たちは皆一様にそう答え、叱る者はいなかった。
いや、多分五日前に既に叱られていた可能性もあるのだろう。
俺が忘れてるだけで、きっと皆からもお叱りの言葉はあったはずだ。
村の人たちにお礼周りを終え、市場にいるレイリスとニールを訪ねる。
二人は俺を見かけると笑顔で迎えてくれた。
「クロ!もう風邪は大丈夫なんだね!」
「ああ、心配かけてごめんな。ニール兄さんも、心配をおかけしてすいませんでした」
「いや、元気になったのなら良かったよ」
良かった。
ニールとの『レイリスを森に近づけない』って約束を破ったから怒ってるかと思ったけど、もう気にしてないみたいだ。
「俺との約束を破ったのは良くないけどねぇ……!」
あ、ダメだやっぱりめちゃくちゃ怒ってる!
額に青筋を浮かび上がらせながら笑顔を作れていないニール。
でもそれを見てレイリスが俺を庇うように間に割って入った。
「お兄ちゃん!クロは悪くないよ。約束破って、勝手に付いてったボクが悪いんだから」
「レイリス……」
彼女はニールに怒られそうになった俺を守ろうとしたくれているのだ。
嬉しい……嬉しいけど、俺情けねぇ。
ニールとレイリスがしばし睨み合うと、先に折れたのはニールの方だった。
肩をすくめると表情を崩した。
「仕方ないなぁ。でも、次からは絶対に禁断の森に入っちゃダメだからね」
「うん!ありがとうお兄ちゃん!」
「クロノス君も、もう二度と森には近づかないように」
「誓います。俺はもうあんな恐ろしい森に入るのは二度とゴメンです」
そう答えると、俺が森の中でどんな目に遭ったのか想像できたらしくニールは苦笑いする。
「そういやレイリス、フロウが今どうしてるか知らないか?」
「フロウならまだ風邪引いて寝込んでるって、フロウのお母さんに聞いてるよ」
「風邪?まだ治ってないのか?」
おかしいなぁ。
いくら真冬に水の中ダイブしたからって、そんなに風邪が長引くはずとは思えないんだけど。
「……なら、一度お見舞いに行ってみるか」
「うん。そうしてあげて、きっとフロウも喜ぶよ」
「レイリスは来ないのか?ボクはもう朝来てからすぐに行ったから大丈夫」
「そっか。じゃあ、行ってみるよ」
二人と別れて俺はニケロース家に向かう。
落ち葉一面の道を歩くこと数分、俺はニケロース家に着き玄関扉をノックした。
扉が開きニケロース家のメイドが出迎えてくれる。
「クロノス様。いらっしゃいませ」
「こんにちわ、フロウのお見舞いに来たのですが」
「それはありがとうごさいます。どうぞ、お入りくださいませ」
メイドに招かれ応接間まで通された。
ソファーに座ってお菓子をご馳走になりがらフロウを待つ。
しばらく待っていると、フロウではなく母親のミカラが現れた。
いきなりのミカラ婦人登場に俺は慌ててソファーから立ち上がり挨拶する。
「ミカラさん!お、お邪魔しておりまする!」
「座っていただいて結構ですわ」
ミカラは俺の正面に座り、彼女と対面する形となる。
この人と一対一で話しをしたことなんてないのですごい緊張する。
「まずは御礼を。クロノス君、当家のフロウを助けていただき、本当にありがとうございました」
「う、うぇ!?」
ミカラが頭を下げると同席していたメイドまで俺に頭を下げるのを見て困惑する。
「か、顔を上げてくださいよ!俺はほとんど何もできなかったのに」
「いえ、フロウから聞いております。魔物の巣に連れて行かれた所、クロノス君が助けに来て外に連れ出してくれたと」
「いや、そんな俺は……」
「その歳で友人の為に命を張って魔物に立ち向かう行為は褒められたことではなありません。ですが、その勇気と行動力を私は尊敬致しますわ。感謝を……あなたの様な方がフロウの友人であることに、深く感謝を致します」
そんなに持ち上げられてしまうとさすがに恥ずかしい。
このままここに留まるのも気恥ずかしいので、早くフロウのお見舞いを済ませてしまおう。
「そ、それはそうと!フロウは大丈夫なんですか?」
「ええ、熱は下がったのですが……部屋から出てようとしないのです」
「部屋から?なんでまた?」
「それが、理由を聞いても答えてくれないのです」
ミカラは頬に手を置き盛大なため息を吐く。
熱は下がったのに部屋を出たがらないのはおかしい。
「あの、フロウに会うことはできますか?」
「ええ、是非お願いいたしますわ。お部屋まで案内させます」
応接間からフロウの部屋までメイドに案内してもらう。
メイドは「廊下でお待ちしています」と言うと、部屋から離れた廊下の隅に立っていた。
数回ドアをノックする。
「フロウ、クロノスだ。入っていいか?」
「……どうぞ」
了承を得てドアを開ける。
フロウの部屋には熊や犬のぬいぐるみ等の可愛らしい物が多く飾られていた。
フロウは大きなピンクの花柄が描かれたベットで横になっている。
彼女は俺が部屋に入ると起き上がって笑顔で出迎えてくれる。
「いらっしゃい、クロ君」
「よっ、具合はどうだ?風邪引いたって聞いてたけど」
「うん……でも、風邪はもう治ったの」
「そうか」
笑顔を浮かべてはいるが、やはりどこか元気がない。
こんなフロウを見るのは初めてだ。
でも、どことなく初めて会った時と雰囲気が似ている。
何か悩みでもあるのではないかと思い、俺は化粧台の椅子を引っ張るとベットの傍に腰掛けた。
「それで、一体どうしたんだ?ミカラさんから『部屋から出たがらない』って聞いてるけど?何か悩みでもあるのか?」
「……クロ君、ワタシが禁断の森に入る前……六日前に話したこと覚えてる?」
六日前……何話したっけ?
確か、冬に雪が降ったら雪合戦しよとか何とか話した気が──
「クロ君って強いねって話」
「あぁ……ハイハイそっちね!」
やべぇ全然覚えてねぇ!
本当にそんな話したっけか!?
「ワタシもね。強くなりたかったんだ。いつまでも二人に甘えてちゃいけないと思って」
「それで、度胸試しを?」
俺の問いにフロウは無言で頷く。
なるほど、これでフロウが大人たちの言いつけを破ってまで度胸試しをした理由がわかった。
彼女は俺とレイリスに守られる自分が嫌だったのだ。
カーネたち悪ガキ三人組にもそれでよくバカにされていた。
だから度胸試しをすることでその汚名を晴らしたかったのだろう。
「だからってお前……」
「ごめんなさい、母様にもその事を話したら怒られたの」
「でもどうしてそこまで強くなることに拘るんだ?」
「ワタシはね、ニケロース家の跡取りなの。でもこんなだから、それに相応しくないって……気持ち悪いって言われて」
「もしかして、出会った日にカーネたちに虐められてた理由ってそれか?」
「うん。ニケロース家の跡取りは弱虫で気持ち悪い奴だって言われたの」
あぁんの悪ガキ共はぁ!
一、二発爆炎ぶち当てたろか。
「跡取りなのにそんな格好して気持ち悪いって言われちゃったの」
「別に気持ち悪くなんてないぞ。フロウは可愛いよ」
「あの時もそう言ってくれたよね。クロ君とレイリスちゃんにそう言われて、すごく嬉しかった」
「だから泣いてたのか。あん時はビックリしたわ。突然泣きだすから」
フロウの話しを聞くうちに、だんだんと今回の事件が見えてきた。
領主の跡取りであるフロウ・ニケロースはカーネ・モーチィとその友人に、跡取りでありながらその軟弱さを指摘され馬鹿されていた。
しかしフロウはそんな己を情けなく思い、自らが跡取りである証明と禁断の森で度胸試しを行ったのだ。
「別にカーネたちの言う事なんて、きにする必要ないのに」
「でも、ワタシのせいでクロ君とレイリスちゃんまで馬鹿にされたら」
「気にせん気にせん。あんな小童共の戯言程度」
「やっぱり強いね、クロ君は。魔物にだって恐れずに立ち向かえるんだから。ワタシもクロ君と同じ強さがあれば……」
うーん……なんかフロウの中でクロノス・バルメルドと言う人間の虚像が大きすぎる気がする。
そもそも俺とフロウが目指す強さのベクトルは全く違う気がするのだけれども。
「なぁフロウ。フロウは強くなってどうしたいんだ?」
「え、どうしたいって」
「俺は弱い。お前が考えているほど、俺は強くないんだ。だって、お前と同じ子供なんだから。俺が強くなるのは騎士になる為だけど……それは理由の半分だ。もう半分はこの世界で生きていく為だ」
「この世界で生きていく為?」
「ここは魔物とかいうおっそろしい化け物がウヨウヨする世界だ。そんな世界で生きていく為には力が強くなくちゃいけない。だから俺は鍛えてるんだ」
本当は女の子にモテる為って理由もあるんだけど、それはここではどうでもいい。
「フロウはどうして強くなりたいんだ?どういう風に強くありたいんだ?」
「ワタシは……」
俺の質問にフロウは考える。
どうして自分が強くなりたいのか、どういう風に強くありたいとかを──まぁ、答えはもう本人が出してるんだけどな。
「ワタシは……ニケロース家の跡取りとして、恥ずかしくない強さが欲しい」
「うん」
「誰にもバカにされない様に、ニケロース家の跡取りとして強くありたい」
「ま、そういうこった。俺は騎士として、生きる力が欲しいから強くなりたい。お前はニケロース家の跡取りとして強くなりたい。似てるけど違うんだよ、俺とお前の目指す強さは」
俺は立ち上がるとフロウへと手を差し伸べる。
「だから、一緒に強くなって行こうぜ。それぞれの目指す強さに辿り着けるように」
「クロ君……」
「お前が強くなるまでは俺が助けてやる。だからお前が強くなったら、今度はお前が俺を助けてくれよ」
「──うん!」
伸ばされた手をフロウが握る。
これからはお互いの志しを目指す同志として、彼女との友情が深まった気がした。
「フロウゥ!」
握手をしてお互いの絆を強めていると、勢いよくドアが開き泣きながらミカラが入ってきた。
その後ろにはメイドたちも控えおり、皆さん涙を見せまいと手で顔を覆っている。
ミカラはフロウに抱きしめると泣きながら謝る。
「ごめんなさいフロウ!私はあなたを姉たちと同じように育ててきた!でもそのせいで、あなたにそんな辛い思いをさせていたなんてぇぇぇぇ!」
「か、母様、苦しいです」
号泣しすぎじゃねこの母親。
ちょっと引くわ。
力強く抱きしめられているフロウはミカラを引き離すと、真剣な面持ちで向かい合う。
「母様、ワタシ……初めて虐められた時はすごく悲しくて、自分を恥ずかしく思いました」
「フ、フロウぅ……」
「ですが、もう大丈夫です。これからはニケロース家の長男として、恥ずかしくないように精一杯お稽古を頑張ります!」
「わかったわ!私も精一杯応援するからね!」
うんうん、イイハナシダナー。
決意を新たに抱き合う長男と母親。
いい絵だぜ全く…………
「ん!?長男!?」
聞き間違いかな!?
今とんでもない単語が聞こえたんだけど!?
俺が一人驚いているとフロウとミカラが不思議そうな顔でこちらを見てくる。
「え、あの、え!?フロウって、ニケロース家の末女じゃないの!?」
え、どういうこと!?
イミワカンナイイミワカンナイ!!
突然のことに頭が理解できずその場に倒れそうになる。
フロウとミカラは顔を見合わせると、フロウが立ち上がり俺の正面に立つ。
「え、と……ワタシは、フロウ・ニケロース。ニケロース家の長男です。これからも、友達として末永くよろしくお願いします!」
フロウから正式に友達としてこれからも仲良くして欲しいと挨拶される。
このやり取りに俺はフフッと笑う。
なんだか可笑しな話だ。
今まで男の子だと思ってたのが女の子だったり、女の子だと思っていたのが男の子だったりって、どうなってんだろうなこの世界は。
まぁ、とりあえず俺の言うべき事はただ一つである。
俺は礼儀正しくお辞儀をするフロウに──
「お前男かよォォォォォォォォ!?」
心の奥底から盛大に叫び声を上げた。
こうして、無事フロウ・ニケロース行方不明事件は終わりを告げ、俺がバルメルド家に迎えられてから一年が終わろうとしていたのだった。
これにて2章終了です!
次回からもクロノスのほのぼのライフが続きます




