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第三十話 巣からの脱出


「オロロロロ」


 リスの体に入り込んだ神様が、膨らんだ頬を押し口の中から木の実を吐き出す。

 若干その光景に引いた。

 頬に入っていた木の実を全て吐き出すと神様は小さな体で両手を広げる。


「さぁ、召し上がれ!」

「……ないわ」

「え?」

「今の光景見たら食欲失せるわ」

「なんだい、神様がせっかく口の中に限界まで詰め込んで持ってきてあげたのに」

「その口から吐き出すのを目の当たりにしたから食欲失せてるんだよ!リスの口の中に入ってた物なんか食えるか!」

「あ、それは差別だよ〜?いいの?僕種族差別する子は嫌いだよ?助けるか考え直しちゃうよ?」

「その前に衛生面を考え直して!」


 あーチクショウ!

 こんな状況じゃなかったらいつもみたいに殴りかかるのに!


「大丈夫だよ。水で洗えば食べられるよ」

「えぇ……嫌なんだけど」

「ワガママ言わない。ほら、食べときなよ。ここを脱出するんなら少しでも力を戻しておかないと」


 リス神様の言うことももっともなので、嫌だけど食べることにする。

 まず水属性の魔法で木の実を洗い、火属性の魔法で熱しておく。

 細菌は熱に弱いって聞くし、食中毒とかになるのも嫌なので念には念を入れておく。

 冷ました後に木の実を食べると、口の中に甘い味が広がった。


「しかし、君も人の話を聞かないね。あれだけ余計な事には首を突っ込むなって注意しといたのに」

「仕方ないだろ。フロウが蜘蛛の魔物に捕まってたんだから」

「その隣で寝てる子?」


 リス神様はフロウをマジマジと眺めると「ほぉーん?」と変な声で納得する。


「レイリスって可愛い女の子がもういるのに。好きだねぇ君も」

「いいだろ別に。この世界で二人目の友達なんだ」

「ま、君の趣味にとやかく言うつもりはないけどさ」


 ボリボリと木の実を食べながら答える。

 マナの実とシヤの実のおかげでだいぶ力が戻ってきた。

 それと悔しいけど、神様が来てくれたおかげでゲロを吐く程の最低だった気分も落ち着き始めていた。

 本当に悔しいけど。


「ところでリス神様。ここはどこなんだ?まだ禁断の森の中なんだよな?」

「そうだよ。ここは君たちを襲った魔物の棲家。そして禁断の森の奥に立つ大樹の中なんだよ」

「大樹!?てことは、ここは木の中なのか!?」


 リス神様の知らなかったのかみたいな顔が何とも腹立つ。

 もしかしてと右眼の能力を使って壁を凝視してみると、確かに木目が壁全体にあった。


「うっそだろ……木の中が洞窟みたいになってるのか?」

「この森は特殊な場所だからね。木の中に空間が出来て、魔物はそこに棲みつくんだよ」

「何でもありかよ異世界」


 ファンタジーってすげー。

 なんて呑気なこと言ってる場合でもないな。

 かなり体力も戻ってきたし、そろそろ行かないと。

 体を起こすと眠ったままのフロウをおんぶし茂みを出る。

 リス神様はネズミだった時と同じく俺の肩の上に乗って同行する。


「リス神様、道案内頼む」

「お?神様に物を頼む態度じゃないね?」

「ぐっ、み、道案内を……お、お願いします!」

「よろしい。導いてあげよう」


 この腹立つ部分さえなければ、もっと敬う気になるんだけど。

 リス神様の言う通りの方向に歩き出す。

 マナが戻ったおかげで右眼の能力も使えるのでさっきよりかは歩きやすい。


「その背中の子、なかなか起きないね?」

「見つけた時頬が赤かったから、泣き疲れて寝てたんだと思う。呼吸はしてるし、その内起きるだろ」

「あんな魔物に襲われればね。君は怖くなかったのかい?」

「めちゃくちゃ怖かったに決まってんだろ!なんだよあの蜘蛛の魔物!?鳥肌立ったわ!」


 あの時の光景は今思い出してもゾッとする。

 あんな身の毛をよだつ魔物に複数で囲まれたら正気を失うだろ。

 しかもフロウは女の子だ。

 俺の時みたいに囲まれて、しかも一人だけ捕まって目覚めたら身動きの取れない繭の中にいたら大号泣するだろう。


「じゃあ、これから見るのはちょっと刺激が強すぎるかもね」


 意味深なリス神様の言葉に怪訝な顔をする。

 まさかこの先にまたあの蜘蛛がいるのか?

 リス神様に案内されて歩いていると、複数の穴が開いた通路に出る。

 その穴から一瞬黒い影が通った。

 何かと思いその穴を覗いた瞬間、


「うぇぷっ!」


 思わず吐きそうになるのを堪える。

 目の前に広がっていた光景はあまりにも狂気だった。

 穴から見えたのは、そこら中にひしめいている蜘蛛の群れ。

 地面だけではない、壁や天井、ありとあらゆる場所にあの蜘蛛の魔物たちが蠢いていたのだ。

 ガサガサと音を立てながら蜘蛛たち歩き回っている。

 蜘蛛たちは穴から覗いている俺の姿に気づいてはいないらしく、せっせと白くて丸い物体を一箇所に集めている。


「吐いていい?」

「やめときなさい。せっかく食べた木の実が勿体ないから」

「あれ、何してるんだ?」

「卵を運んでるんだよ」

「卵!?もしかして、あの白くて丸いの全部か!?」


 卵と思われる白く丸い物体は、蜘蛛の体よりもふた回りも小さい。

 それが数百から数千はあるように見える。


「あれが全部孵化したら、禁断の森中蜘蛛だらけになるぞ……」

「それは大丈夫だよ。森には蜘蛛以外にも他の魔物が棲んでるからね。それに襲われて数が減ってくんだ。孵化してから成長できるのは、あの中の数十匹だけになるんだよ。そこら辺は普通の昆虫と同じだね」

「あんなのが数十匹いるだけでも俺にとっては恐怖なんだけど」


 あの数千ある卵が一斉に孵化し子蜘蛛が出てくるのを想像してしまい、また吐きそうになる。

 これ、今すぐにでも焼き払った方がいいんじゃないか?


「神様、ここ焼き払ってもいい?」

「やめときなよ。こんなところで火事起こしたら二酸化炭素中毒で死ぬよ?」


 そりゃ困るわ。

 仕方ない、ここから脱出する時にでも火を放とう。

 なるべく覗き穴から離れて再び歩き出す。

 またしばらく歩き続けていると、樹々が並ぶ空間に出た。


「木の中に木が生えてる……」

「言ったでしょ。この場所は特殊なんだ。さっきの木の実もここから持ってきたんだ」


 何でもありだな異世界。

 当然ここにも蜘蛛がいるので木々を迂回しながら通る。

 見つからないように蜘蛛たちの動きをよく観察しながらすり抜けて行く。

 途中何度か蜘蛛の巣が設置されていたのだが、もう捕まるのは絶対に嫌なので細心の注意を払い進み続ける。

 フロウを背負いながら、しか右眼の能力を使いながらの移動は体力を使うので一度休憩することにする。

 蜘蛛が通れない横穴を魔法で開けて、そこに隠れて休むことにした。


「神様、外まであとどのくらいかかる?」

「このまま順調に行けば数十分で外に出れるよ。そしたらまた数時間かけて歩けば禁断の森から出られる」

「まだ歩くのか……」


 それを聞いて気分が萎えてしまう。

 少なくとも後数時間はこんな場所を魔物に襲われないように祈りながら歩かなければならないのか。

 いや、でももうレイリスが騎士団に助けを求めてるはずだし、ジェイクだってそろそろ王都から戻ってくるはずだ。

 彼らと合流できるようにすれば、無事に禁断の森から出られるはずだ。


「まだこんなところじゃ死ねないからな。足掻きまくってやる」

「童貞も卒業できてないしね」

「それな!!」


 俺は童貞卒業して充実した人生を送りたいだけなのに、なんで幼少期に二度も死にそうな目に遭ってるんだか。

 不意に体が震え尿意を感じる。

 そう言えば家出てからずっとトイレに行ってなかったな。

 さっきシヤの実で水分取りすぎたか。


「すまん。ちょっとトイレへ」

「ここですればいいじゃないか」

「催してる最中にフロウが目覚めたら気まずいだろうが!」

「子供同士なんだから変に意識しなくてもいいのに」


 確かに子供同士ならいいが、俺は精神年齢大人だから気にするんだよ!

 前世の実年齢覚えてないけど!


「神様はここで待っててくれ。一人で行ってくる」

「いやいやついて行くよ。君一人で行かせたら絶対また厄介ごとになるから」

「信用ねぇのな俺」

「過去の自分の行いを振り返ってごらん?信用されてると思う?」

「……思わねぇな」


 少なくともこういった危険な場所で俺がとった行動で、良い結果に繋がった事は一度もないな。

 人攫いの時の洞窟でなんて、大蛇が潜む穴を進もうとしたし、逃げた先で大蛇起こしちゃったし。

 今回も禁断の森に立ち入って、こうして餌として巣まで連れ込まれてるしな。


「自覚があるのはいいことだよ」


 着ていた上着を一枚脱いで、未だに寝ているフロウにかけておく。

 これでもし俺たちがいない時に起きても、自分以外の人間がいることに気づいてくれるだろう。

 俺とリス神様は横穴から離れる。


「……んっ。こ、ここは……?」


 目覚めたフロウに気づかずに。

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