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第二十八話 禁断の森


 鬱蒼と生い茂る木々。

 目の前を覆う霧。

 迷い込んだ者の感覚を狂わせるかのような異様な曲がり方をした樹木。

 何だか気分が悪くなってきた。

 もう入っただけでわかる。

 この森には長居してはいけない。


「クロ、大丈夫?」

「あ、ああ、レイリスは何ともないか?」

「ちょっと、怖いかも」


 俺だって怖い。

 何なんだこの異様な森は。


「ねぇ、クロ。この森変だよ……もう冬なのに葉が落ちてない」

「そう言えば」


 レイリスに言われて気がついたが、確かにこの森の木にはまだ葉が付いてる。

 それどころか紅葉すらしていない。

 未だに若葉のままで空を覆っている。

 まるでこの森だけ時間が止まっているかのように。

 確かにこの森から無事に出れたら度胸があると自慢は出来るだろうけど、子供が気軽に立ち入るような場所じゃないだろ。

 俺はカーネの口を縛っていた布を取ると、彼の服を掴みあげる。


「さぁ、こっからどうした?どこで襲われたんだ?」

「あ、あっちだ。このまま真っ直ぐ進んだところで」

「よし……この先だな。レイリス、お前はカーネと一緒に集落に戻れ」


 カーネの示した方角を確認し、レイリスに戻れと「えっ!?」と声が上がる。


「クロはどうするの!?」

「俺はフロウたちが襲われたって場所まで行って、何か手がかりがないか探す。フロウの持ち物でも、このクズたちの持ち物でも何でもいい。それが落ちてれば、こいつらが森に入ってた証拠になるからな」

「だったらボクも行くよ!クロを一人で何て行かせられないよ!」

「つってもお前丸腰だろう?そんなんで連れて行けるかよ」

「そ、そんなこと言ったらクロだって……」

「俺は鍛えてるし、一応剣も持ってる。レイリスはそこのクズを長老のところまで連れて行け。頼むからさ、な?」


 それに戦うつもりだって毛頭ない。

 この森には魔物が棲んでいるのは知ってるし、前にこの森の入り口を通りかかった時、右眼で森の中を覗いて赤く丸い大きな目に見つかったことがあった。

 あれは間違いなく魔物だ。

 何の魔物かは分からないけど、絶対に出会いたくはない。

 もちろんレイリスを連れてなんて絶対に駄目だ。

 レイリスの目を見て優しくお願いする。

 彼女はしばし迷ったが、俺の目を見て渋々頷いた。

 だけど、


「クズって、おまえ!ぼくのことをクズ呼ばわりするのか!?」


 カーネはうるさかった。

 気づかなきゃいいことに気づきやがって。


「女の子を苛めて、更にこんな森の中に置き去りにしたんだからクズ当然だろ」

「な、なんだとお!?おまえそれでも騎士の家の子供か!?そんな汚い言葉使って!」

「やり口が汚い奴に言われたくはないな」

「お、おまえェェェェ!!」


 カーネがギャアギャアと騒ぎ立てる。

 もううっさいし、もう一回殴って気絶させておこうか。

 そう思いカーネに歩み寄ると、何かが茂みの間通り過ぎた。


「──ッ!?」

「クロ?どうしたの?」


 一瞬の出来事で油断していた俺は茂みの間で動いた何かを見逃してしまう。

 問いかけてくるレイリスに「しっ」とジェスチャーすると、また茂みで何かが動いた。

 今度はレイリスもカーネもそれに気づいたらしく、ビクッと体を強張らせ茂みを凝視する。

 また茂みが蠢く。

 今度は右から、次は左、今度は前、とあちこちからガサガサと茂みが揺れ動き何かが近づいてくる。

 俺は二人に後ろに下がれと手で指差し、ゆっくりと後ろに下がりながら腰に携えた剣の柄に手をかける。

 だが茂みの揺れがピタッと止まった。

 警戒し辺りを見回すが、どこからも音が聞こえない。


「……一体何だ?魔物か?」


 突然の出来事に俺は周囲を警戒しながら右眼に意識を集中させる。

 霧に阻まれた視界が少しだけはっきりと見えるようになり、茂みの中で蠢く者を見つけた。

 それは赤く大きな丸い眼が見えた……それはこちらをじっと見ている。

 その頭に付いた──八つの眼で。


「二人とも外に向かって走れ!」


 俺がその八つ眼の正体に気づき叫んだと時にはもう遅かった。

 頭上の木から次々と同じ八つ眼の魔物が降り注いでくる。

 八つ眼の魔物は俺たちが出てきた洞窟の前に立ち塞がる。

 それを見て足を止めたのが運の尽きだった。

 茂みから白い何かが飛び出してきた。

 それは足を止めた俺たちの上に降り注ぎ、まるで鉛にでも押さえつけられるかのような重さで俺たちを地面に押し付けた。


「ク、クロ、何これ!?」

「ひぃ!マ、ママァァァァ!!」

「くそ、やられた!」


 完全に向こうの策略に嵌ってしまった!

 俺たちの体にまとわり付いているのは白い糸だった。

 糸は重くのし掛かり、強い粘着性を持っていて振りほどくことができない。

 茂みに隠れていた奴らの仲間も獲物を捕らえたとわかるとゾロゾロと姿を現す。

 六本の長い脚、黒く太い体毛、大くふっくらとした腹部、そして八つの赤く大きな丸い眼を持つ頭胸部。

 俺たちの捕まえたのは、大人よりも大きな巨躯の蜘蛛の魔物だった。

 しかも数は十を超えている。


「く、くも!?」

「こ、こ、ここ、こいつらだ!ぼくたちを襲ったのは!」


 最悪だ!

 よりにもよって蜘蛛の姿をした魔物だなんて!

 蜘蛛の糸は粘着性と強度が高いと図鑑で見たことがある。

 しかも太さによってはどんな大きさの物でも絡め取ることができたはず。

 今俺たちの体に巻き付いている糸は普通の蜘蛛の糸よりも明らかに太く何重にも折り重なってる。

 どうする!?

 どうやってこの分厚い糸を切ればいい!?

 この状況から脱出する為の策を考える。

 だがその間に糸が引っ張られ、俺たちの体が森の奥へと引きづり込まれていく。

 糸を吐いた三匹の蜘蛛が、俺たちを自分たちの元へと引き寄せているのだ。


「い、嫌だ食べられるぅ!」

「み、水よ!撃ち抜け!」


 レイリスが糸の隙間から出ていた手を広げ、魔法で水弾を作り蜘蛛に向かって放つ。

 だがレイリスはかなり動揺しているせいでイメージが弱いのか、水弾の勢いがほとんどない。

 それに放つ水弾はせいぜい子供の拳程度の大きさ、巨躯の蜘蛛にぶつけたところで何の効力もなかった。


「き、効いてないの!?ど、どうしようクロ!?」

「落ち着けレイリス!水以外じゃなきゃダメだ!」


 でもどうする!?

 あの大きさの蜘蛛をどうすれば倒せる!?

 火属性を使って糸ごと焼き切るか?

 ダメだ、それじゃあ俺の体が燃えるし、木に燃え移ったら大火事になる。

 なら土属性……それもダメだ、俺たちが使える範囲じゃ殺傷能力がほとんどない。

 水は効かないし、雷は対象に落とすコントロールができない。

 風属性は得意じゃないし、なら後使える魔法は……!


「クソッ!マナ喰うから使いたくなかったのに!」


 地面を引きづられながら文句を言うが、もはや選択肢がない!

 俺は糸を吐いた三匹の蜘蛛の頭上に目を向ける。

 意識を集中させ、蜘蛛の上に氷塊をイメージする。


「氷よ!落ちろ!」


 マナを使い、空気中の水分を全て凍らせ凝縮し、巨大な氷塊を作りあげる。

 空中に突如として出現した氷塊は、支える物がない為に蜘蛛の上に落下した。

 氷塊が地面に落ち轟音が鳴り響き地面が揺れる。

 氷塊の真下にいた蜘蛛は下敷きとなり、三匹とも仲良く氷塊と地面の間でミンチとなった。

 いきなり落ちてきた氷塊に驚き他の蜘蛛たちが一斉に散る。


「や、やったぞ!」

「すごいよクロ!氷属性の魔法であんな大きな氷、いつの間に作れるようになったの!?」

「話は後だ!早くここから逃げるぞ!」


 俺たちを引っ張ていた蜘蛛が死に絶え、すぐさま俺たちは糸を切ろうともがき始めた。

 だが蜘蛛の糸は太く硬く、もがいた程度では切れはしない。


「チッ!火よ!」


 糸を切るのを諦め燃やそうとしてみる。

 だが糸が熱に強いのか、はたまた俺が火だるまになるのを恐れたからなのか、全然糸が燃えない。

 それを見て糸を切るのを諦めると、俺は別の手段で切ることにする。


「風よ!斬り裂け!」


 マナを込め、風が鋭い鎌のように吹き荒ぶのをイメージする。

 これは有効だったのか、倒れ込んだ俺の体の上に風が吹き抜けると蜘蛛の糸が綺麗に真っ二つに割れた。


「よし!レイリス、今それを解いてやるからな!」


 先程と同じように、レイリスを傷つけないよう慎重に風属性の魔法を使い糸を切る。

 カーネの糸も魔法で切ると急いで立ち上がらせた。


「お前ら、すぐにここから逃げるぞ!ここはやっぱり俺たち子供が来るところじゃない!」

「クロ、後ろ!」


 二人に話していると茂みからまた蜘蛛が飛び出してくる。

 無警戒だったせいで、俺はそれを避けることができず──


「土よ!突き立てろ!」


 俺に飛びかかってきた蜘蛛が、突如地面から突き出した壁によって頭胸部を打ち抜かれた。

 蜘蛛はひっくり返りジタバタしている。

 今のは俺ではない。

 レイリスが咄嗟に魔法を使い俺を助けてくれたのだ。


「サンキューレイリス!」

「助けてくれたお礼!さ、早く行こう!」


 先程散り散りになったはずの蜘蛛たちがまた集まってきた。

 俺たちは洞窟に向かって走り出す。

 だが蜘蛛たちはせっかく迷い込んだ獲物をそう易々と見逃してはくれない。

 逃げる俺たちを捕まえようと、腹部を起こし再び糸を吐き出してくる。

 冗談じゃない!

 もう糸に巻かれるのは御免だ!


「風よ!吹き荒れろ!」


 風属性の魔法で俺たちと蜘蛛の間に竜巻を作る。

 竜巻によって糸は軌道を変え、他の蜘蛛たちに糸が覆い被さり身動きが取れなくなった。

 だが今度は六本脚で追いかけてきた。

 蜘蛛の走る速度は俺たちよりも速く、すぐ真後ろまで迫ってくる。


「レイリス頼む!」

「うん!土よ!突き立てろ!」


 走りながらレイリスが土属性の魔法を使い、俺たちと蜘蛛の間に巨大な壁を作る。

 蜘蛛たちは突然地面から突き出てきた壁に阻まれぶつかっていた。

 だがそんな物は一時しのぎで、すぐに壁を乗り越えるか迂回するかして追いかけてくる。

 でも洞窟までもう少しだ!

 あの中に逃げ込んで入り口を土属性の壁で閉じてしまえば、もう俺たちを追いかけることはできない。


「や、やった!で、出れる!出られる!」


 カーネが真っ先に洞窟へと逃げ込む。

 遅れて俺とレイリスが洞窟の入り口まで走り着く……寸前で、振り向いた俺の視界に木の上で腹部を向ける蜘蛛に気づいた。

 蜘蛛は腹部を俺たちに向け、糸を噴出する。

 あのコースはまずい。

 このままじゃ、洞窟に逃げ込む前に俺もレイリスも糸にかかり転んでしまう。

 しかも気づいのが遅れたせいで、今からマナを込めて風属性の魔法を発動させても間に合わない!

 このままだと、俺とレイリスだけ捕まって、カーネだけが逃げ果せると言う最悪の事態になってしまう。

 そしたら俺とレイリスがどうなったかをカーネは絶対に人に話さない。

 それだけは、絶対に避けなければ!

 俺は前を走っていたレイリスの背中を思い切り突き飛ばす。

 突き飛ばされバランスが取れなくなったレイリスは、その勢いのまま洞窟に飛び込み倒れる。

 俺だけが蜘蛛の糸に絡まれ地面に倒れた。

 洞窟の中に入れたレイリスだったが、自分が突き飛ばされ助かったことに気づき、振り返り糸に巻かれた俺を見て助けようと手を伸ばす。


「クロ!?手を取って、早く!」

「レイリス!」


 彼女が伸ばした手を見て、俺も糸に巻かれなかった右手を伸ばす。

 そして伸ばしたその手で、


「お前だけでも村に戻って、この事を皆に伝えろ」


 地面に手を叩きつけた。

 その手にはマナが込めてあり、魔法を使うには十分な量だった。


「土よ!」


 咄嗟に込めたマナで土属性の魔法を使い洞窟の入り口を塞ぐ。

 それもかなりの強度と分厚さを持った土の壁を。

 油断するとレイリスは簡単に俺の作った壁を破壊してしまうだろう。

 だから持てるマナを全て使い切って壁を作った。

 これならレイリスでも壁を壊すことはできないたろう。

 壁の向こうからレイリスの悲鳴に近い声がする。

 その声は何度も俺の名前を呼んでいるように聞こえた。


「大丈夫だよレイリス……心配すんな」


 背後からゾロゾロと蜘蛛たちが迫ってくる。

 マナを使い切った俺には、もう糸を切る力も振りほどくこともできない。


「きっとすぐに、帰るから」


 俺の呟きを嘲笑うかのように、俺に糸を吹きかけた蜘蛛が木から降りてくる。

 そして俺の元まで来て、全身を糸で覆い尽されてしまう。

 完全に身動きが取れず目の前が真っ暗になり、俺は意識を失った。

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