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第二十五話 消えた少女


 夕暮れが完全に落ち、月が東の空へと昇り初めている。

 この時期の夜風はとても肌寒い。

 服を着込まなければ寒さで凍え上がってしまうほどだ。

 そんな中、一人の子供が行方不明になってしまった。

 フロウ・ニケロース──この土地を治める領地の娘で俺の友達。

 彼女を探す為、俺は騎士団や村の大人たちと一緒にカンテラを持って村中を走り回っていた。


「フローウ!どこだー!」「フロウちゃーん!」「フロウお嬢様どこにいるんだーい!」


 皆でフロウの名を呼びかけながら村を周る。

 いつも遊んでる公園、市場、浅川、お店、思い当たる箇所は全てしらみ潰しに探した。

 エルフの集落にいるのではないかと騎士団の馬に乗せてもらい、一緒に集落にも行く。

 レイリスやニールに事情を話し、長老や集落の人たちにも手伝ってもらい森の中も探した。

 だが成果は0。

 目撃情報どころは愚か、俺と別れた後の足取りすら分からないのだ。

 捜索を初めてから二時間が経つ頃、俺は長老の家に招かれ暖炉で身体を温めている。

 消えたフロウを心配している俺の傍で、レイリスが木の実や飲み物を持ってきてくれた。


「クロ、何も食べてないんでしょ?食べておかないと体に悪いよ」

「……ありがとう」


 レイリスから受け取った木の実を口に入れてシヤの実のジュースで流し込む。

 味なんて分からなかった。


「フロウ、どこに行っちゃったのかな」

「俺のせいだ……俺が、ちゃんと屋敷まで見送らなかったから」

「クロのせいじゃないよ!」

「でも俺が屋敷の玄関まで、ちゃんフロウを送ってれば!」


 声を荒げレイリスに見る。

 彼女は不安げな眼差しで俺を見つめていた。

 その眼に映っていたのは、自分を責めて彼女に八つ当たりをしようとする己の姿だった。


「……ごめん。レイリス」

「ううん。ボクも一緒に探すよ」


 レイリスもフロウが心配なのだ。

 彼女の申し出は有難いが、村の中はもう探したし、森の中は今大人たちが探してくれている。

 今の俺にはこれ以上探す場所なんて思い至らない。


「フン。酷く落ち込んでおるの小僧」

「長老様」


 暖炉の前で項垂れているとエルフの集落をまとめている長老が現れた。

 長老は俺の隣に座ると頭を撫でてくれる。


「友達が心配なのは分かるが、あまり自分を追い込むものではない。ワシら大人をもう少し信用しろ」

「……はい」

「フン。以前会った時のような元気はないか」

「長老様、フロウの捜査はどうなってますか?」

「捜索範囲を広げ森の奥まで探してはおるが、まだ報告はない。後探していない所と言えば……禁断の森ぐらいじゃな」


 禁断の森……そうだ、確かにあそこは探していない。

 だけどあそこなら、


「もしかしてフロウ、禁断の森に迷い込んでるんじゃないかな!?そこに行けば見つかるかも!」

「それはないじゃろう。あの森の入り口は正面の門だけじゃ。他の者が迷い込まないように、禁断の森の周りは結界で侵入できないようにしておる」

「それにフロウが森に忍び込む意味がない。あいつは賢い子だ。禁断の森に入れば怒られることもわかってるはずだ。そんなあいつが、何の意味もなく森に入るとは俺には思えない」


 三人で遊ぶ時はいつも禁断の森には近づかないようにしてる。

 それにユリーネやニール、ミカラにも「禁断の森に入っては駄目だ」と口を酸っぱくして言われている。

 フロウが大好きな母親の言いつけを破り、禁断の森に入るとは俺には思えなかった。


「とにかく、小僧とレイリスお嬢ちゃんはもう家に帰りなさい。子供は寝る時間じゃ」


 長老は騎士団の人を呼んでくれると、俺を家まで送るように頼んでくれる。

 レイリスと別れ、屋敷に戻った俺はずっとフロウの身を案じていた。

 夕飯を食べる時もフロウの事が気になり食が進まない。

 頼りのジェイクはまだ帰って来てなかった。

 こんな時、ジェイクがいてくれればフロウを見つけることができただろうか?


「フロウ……どこ行っちまったんだよ」


 寝室に戻り、ベットに寝転びながら窓の外を見る。

 村の方にはまだ灯りが点いており、みんながフロウを探しているのがわかる。

 でももう思い当たる箇所は全て探した。

 探してないのは禁断の森だけど、フロウが森に入る動機が分からない。

 それに長老が森に入る結界が張ってあり、正面の門からでなければ入れないとも言っていた。

 ならばフロウが正面門以外から森に入ることはできないはず。

 門はエルフたちが見張ってるし、彼らに聞いてもフロウの姿は見てないと言う。

 他に思い当たる場所なんて……


「あ、お祈り」


 そういや、今日はまだ夜の分のギルニウスへのお祈りしてないな。

 一日一回お祈りをすれば後はしなくても良いって教えだけど、あの神様に一応恩義は感じてるしやっておこう。

 俺はベットから這い出ると礼拝室へと向かう。

 礼拝室の中は相変わらず殺風景で、蝋燭の火がギルニウスの肖像画を照らしている。

 毎回肖像画を見る度に「この絵、本人を美化しすぎだよな」なんて思いながら祈りを捧げている。

 片膝を付き、頭を下げ、手を組む。

 そして神様に転生させてくれた事を感謝しておく。


「……神様。フロウがいなくなったんだ。どこに行ったかもわからない」


 誰もいない礼拝室で肖像画に向かって話しかける。

 当然返事なんてないけど、あの神様なら聞いているような気がして、つい口を開いてしまう。


「今、大人たちが探してるけど、もう行方不明になってから数時間が経ってるんだ。俺は、フロウが行きそうな心当たりある場所は全部回った。でもそのどこにもいなかったんだ。頼む神様、フロウがどこにいるか……教えてくれ」


 藁にもすがる思いで懇願する。

 でもあいつは、しばらく忙しくなるからこっちに来れないと言っていた。

 だけど、もしこの声が届いているなら教えてほしい。

 フロウを──助けてくれ。


『迷える子羊よ』

「!?」

『神の声を聞きなさい』


 こいつ、脳内に直接!

 誰もいないはずの部屋に聞き慣れた声が響く。

 つか、なんかバックコーラスみたいなのも聞こえる!


「オイ、あんた忙しかったんじゃなかったのか」

『しょうがないでしょ!?僕を信仰してくれる信徒が救いを求めてるんだから、どんなに忙しくてもちゃんと助けてあげないと』

「あんたがそんなに仕事熱心だとは思わなかったよ」

『失礼しちゃうな〜もう』


 久しぶりに聞いた神様の声。

 俺、生前は宗教とか信じてなかったと思うんだけど、実際にこうやって神様の声が聞こえると信仰する気になるわ。

 普通の人に話したら絶対頭おかしい人だと思われるだろうけど。

 神様がゴホンと咳払いすると、またバックコーラスが聞こえ始める。


『迷える子羊よ。探し人を見つけたくば、今日の出来事をよく思い出しなさい』


 今日の出来事?

 レイリスたちと遊んで、カーネ君たち撃退した後、寝て風呂入って、フロウを探し回ったぐらいだけど。


『探し人と愚か者の言葉をよく思い出し、先人の言葉を思い返すしなさい。さすれば道は開かれことだろう』

「先人……?先人って誰だよ?お義父さんとかお義母さん?それともニール兄さんか?」

『時間がないのでここまでです。後は自ら考え答えを導き出すのです。ですが、くれぐれも無茶をしてはいけませんよ』

「またそれか!もうちょっとヒントくれよ!」

『こっちだって忙しい中来てるんだよ!ちょっとは自分で考えて!』


 逆ギレされてしまった。

 次第にバックコーラスが遠ざかっていく。

 どうやら本当にこれだけしかヒントをくれないらしい。

 でも今日の出来事を振り返れと言われてもなぁ。


「今日の出来事……朝はいつも通り稽古して、昼は勉強してからレイリスとフロウと遊んで、悪ガキども退治して──悪ガキ?」


 探し人と愚か者の言葉がどうたら言われたな。

 そういや、今日フロウは悪ガキどもに言われた言葉をすごく気にしていた。

 あいつら何て言ってたっけ?

 確かフロウのことを、


「思い出した!腰抜けだ!」


 確か度胸を見せろだとか腰抜けだとか言ってたはず。

 もしかしてそれが原因で?

 いや、そんなことを気にして姿を眩ますのじゃ意味がわからない。

 でもまだ神様が言っていた『先人の言葉を思い返しなさい』の意味もわかってない。

 先人って誰だ?

 俺の身近な先人って言ったら、ジェイクにユリーネ、それに我が家のメイドにレイリスの兄のニール、後はフロウの母親のミカラだ。

 それ以外で誰かいたっけ?

 診療所の先生?

 んな訳ないよな。

 じゃあ騎士団の人か、エルフの集落の長老とか……


「あぁっ!!先人の言葉!」


 そうだよ、長老が最近禁断の森に忍び込んだ子供がいるって言ってたっけ!

 それに森に度胸試しで入るのもいるって!


「って、ちょっと待てよ?それじゃあまさか……フロウは禁断の森にいるのか!?」


 でも森には結界があるから外側からは入れない。

 いや待て、子供が忍び込んだ言ってたから、きっとあるのだ、抜け道が!

 そしてその抜け道を知っているのも今彼女がどこにいるのか知ってるもおそらく、フロウを虐めていたカーネ・モーチィ率いる悪ガキたちだ!

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