第二百五十話 奉仕活動をしよう
「へぇー、じゃあ会えたんだ。その淫魔の魔法使いって人に」
「ああ。つっても、俺が会ったのは未来のティアーヌさんで、現代のティアーヌさんとは初対面なんだけどな」
学食、入浴を終えた俺はアズルの部屋に転がり込み、今日の出来事を話す。
結局あの後、魔法書店に戻っておば様に道を聞き、ダッシュで大通りに戻ってアズルと二人で猛ダッシュで学園に帰る羽目になった。
おかげで門限には何とか間に合ったが、二人とも息絶え絶えで虫の息となり、その姿を見られたルーヴに大笑いされたけど。
で、一日が終わる消灯時間の少し前にアズルの部屋に来たという訳だ。
相変わらず脱ぎ散らかした服が散乱していて汚いが……まぁソファーが使えれば気にはならない。
アズルはヤスリで木を削って正方形の何かを作りながら俺の話を聞きき、淫魔に想いを馳せている。
「淫魔──サキュバスかぁ〜いいなぁ〜! 生命力ちょっとあげる代わりに胸とか触らせてもらえないの?」
「そんなことしたら殺されるぞお前」
「それは肉体的に? それとも生命的に?」
「え、いや……肉体、的に?」
ティアーヌは自分の性質を嫌っているし、殺すなら魔法で吹き飛ばしたりするのか?
未来にいる時はそんなことしようだなんて思う余裕なかったからわからん。
あっても怖いからやらんけど。
「そうかぁ〜……じゃあやっぱり本場に行くしかないよね! 地図には載ってないけど、サキュバスのある村がどこにあるかってのは噂で広まってるんだよね。いつか二人で行こうぜ!」
「絶対行きたくねぇ。下僕になって飼い慣らされるかその場で干からびるまで生命力奪われるかの二択しかないだろ」
「え、ご褒美じゃん。まぁ生きては出られないよね、間違いなく。ハハハ」
笑いごとじゃすまねぇよそれ……
「で、魔法本ってのは買えたの?」
「いや、どれも予算を軽々とオーバーするものばかりだから、金額を書いてもらった紙だけを貰って何も買わなかった」
「へぇー高いだ。なんなら僕がお金貸そうか?」
「気持ちだけ受け取っとく。お前には借りを作りたくない」
「なにそれ?」
「ギルニウスと同じ顔してるから、あいつに借作ったみたいでなんか嫌なんだよ。それに──お前に借りると利子高そう」
「あはは! そんなことするわけないだろ〜? ……チッ」
「おーい舌打ち聞こえてんぞー」
アズルにあからさまな舌打ちをされた。
そのままヤスリで自分の爪削って深爪してしまえ。
「じゃあ、お金はどうやって工面するの? お家からの仕送り?」
「それだと買えるのは卒業間近になっちまうからナシだな。もっと手早い方法にする」
「手早い……? あぁ、なるほどね……そうだよね、肺とか肝臓って二個あっても片方使わないし」
「なに恐ろしいこと言ってんだ!? 全然使うわ!! 売らんぞ!? 絶対に売らんぞ
!!」
全身の毛を逆立てながらアズルの発言に両腕で身体を隠す!
他人事だとの話題になるとホント酷いこと言うなコイツ!?
「ならどうするの? クラス0のみんなに募金でも募る?」
「それだとあいつら、金貨十枚くらいポンと平気で出してきそうだな。でもやらんぞ。もっと真っ当な稼ぎ方をする」
「と、言うと?」
「それは──『奉仕活動』だ」
✳︎
「と、言う訳なんで『奉仕活動』の許可ください」
「話がさっぱり見えないんじゃが?」
次の日のホームルームでパジィーノ先生に申請を出していた。
ちなみに『奉仕活動』とは学園から提案される社会勉強の一環として、生徒がモルトローレのお店に奉仕活動──お手伝いとして雇われることだ。
もちろんちゃんと報酬も出るし内申点にも影響がある。
簡単に言えばバイトとして雇われるみたいなものだ。
でも賃金は安いし時間も放課後から門限までと短いから全く稼ぎにはならないのでやっている生徒は少ない。
そもそもここ金持ち学校だから、わざわざバイトなんかしなくても、生徒全員大金持ちなのは言うまでもない。
しかも内申点なんて、この学園では金で買えるらしいから、彼らにはやる意味はほとんどない。
なのでやっている者はほとんどいないどころか、やってる方が珍しい……と言うか「本当にやってる人いるの?」ぐらいのレベルだとか。
だけど今の俺にとっては、微々たる報酬でさえ喉から手が出るほど欲しいもの。
しかも奉仕活動を行えば内申点も上がって俺には夢のような話。
是非ともやらせていただきたい!
「ちなみに、『奉仕活動』したい理由はなんだね?」
「純粋にお金が欲しいだけです」
「素直でわかりやすい説明をありがとう。でもそれじゃあ絶対申請降りないから、申請用紙に理由を書く時に嘘でもいいからそれっぽい理由考えといてね?」
「うす」
ひとまず『奉仕活動』の申請はオッケーっと、後はそれらしい理由を考えとけか。
まぁ理由のでっちあげなんて簡単に思いつくだろう。
さて、ホームルームも終わったし訓練場に行って戦闘訓練でも……
「あ、兄貴……奉仕活動するんすか?」
「え? ああ、うん。ちょっと取り急ぎ金が入り用でな」
会話を聞いていたのであろうバーバリが席から立ち上がったまま身体を固まらせ、じっとこっちを見ながら目を丸くしている。
いや、バーバリだけではない。
アズルとルーヴ以外の生徒全員が『奉仕活動』という単語に身体を強張らせ俺を見てくる。
皆一様に目を丸くして……
「で、でもどうして『奉仕活動』を? 兄貴もこの学園に通えるってことは貴族なんだし、親に頼めば……」
「あぁ……なるべく親には知られたくないんだ。金額も金額だしな。気長に待ってもらえることにはなってるけど、なるべくなら早く支払いしたいし。だから『奉仕活動』で稼ごうと思ってな」
その返答に何故かバーバリたちが固唾を飲み込む音が聞こえ、教室の空気が重苦しいのを感じる。
どうかしたのかこいつら?
「ち、ちなみに兄貴……どのくらい、必要なんすか?」
「え? とりあえず──大金貨五枚かな」
金額の大きさにどよめく教室。
まぁ突然そんな金額が必要だと言われたらそうなるわな。
しかし騒めきはすぐに収まり、バーバリたちはお互いの顔を見て頷き合うと、
「わかりました! そのお金、おれ達が集めます!」
「いや、いいよ。普通に働いて稼ぐから」
「任せてくれ兄貴! 例えクソ親父に殴れても! 地面に頭を擦り付けて、靴を舐めてでもかき集めてみせるからよぉ!」
「任せてくれアニキ!」「あにきの為におれら一肌脱ぐからよぉ!」
「なにが任せてくれだ! 受け取らんぞそんな金!? 重いわァ!!」
予想通りの反応なのに予想を遥か上回る盛り上がりを見せるバーバリたちを一喝してはっきりと拒絶を示す。
結局一日中バーバリたちから「大丈夫ですか? 本当にお金要らないんですか?」と何度もしつこく訊ねられる羽目になった。
もちろん全部突き放して断る。
なるべくならクラス0のやつらには金を借りたくはないのだ。
そして日中の授業が終わり放課後──パジィーノ先生から『奉仕活動』申請書を貰い、教師受けの良いそれっぽい理由を書いて提出した。
となれば、次にやるべきは奉仕先を決める為に店巡りだ。
お店ならどこでもいい訳ではなくて、学園が事前に下調べし店側と交渉し、奉仕活動先として許可を得た店舗だけが対象となっている。
そういった店は大体が卒業生が経営していたり、学園に出資している貴族の身内や懇意にしていることが多いそうだ。
学園側が奉仕活動先とすることで教師同士の食事会の会場に選ばれたり、在学生に「この店はいいぞ」と教えて親族会や見合いの席に選ばれるように計らわれるようになる。
逆に店側は贔屓にしてもらう代わりに金額を安くするそうだ。
『奉仕活動』をする生徒がおらずとも、両者間でおいしい関係を築いているらしい。
で、そんなおいしい関係を築いているお店に手伝いとして雇ってもらう為に自らを宣伝しに行く訳なのだが……
「なんでアズルとルーヴは付いてきてるの?」
足を止めて後ろから付いてくる二人に振り返り疑問符を浮かべる。
『奉仕活動』をするのは俺一人だけで、別にアズルもルーヴも関係ないはずなのに何故か学園からずっとついてきていた。
「僕はほら、なんていうか〜クラス0代表? みたいな?」
「なんじゃそりゃ」
「なんかね、バーバリたちもついて行くーみたいなこと言ってたんだけど、あいつら全員ついていったら大騒ぎになるじゃん?」
「まぁ、なるだろうな」
「クロノスを雇ってくれないってなったら、店にカチコミして潰しそうじゃん?」
「いや、さすがにそこまではならないだろ……ならないよな?」
弁明しててだんだん自信が無くなってきた。
いやいやないない、さすがにないって!
「クロノスに迷惑はかけられない! でも様子を見に行きたい! という彼らの欲求を満たす為に、僕が代表として同行しているってワケさ!」
「よくバーバリたちが素直に引き下がったな」
「最終的にジャンケンで決めました」
「ああ、そう……」
意外とあっさりとした理由だった。
「しかし、なんであいつらは俺にあそこまで強い忠誠心を持ってるんだろうな。時々怖いわ」
「そりゃあ、お前が"格付け"であいつらに勝ったからだろ。アタシら獣人族ってのは物心ついた時から親に教えられる。『この世は弱肉強食。弱者は強者に従うモノ。自分より強いと認めた者は必ず敬え』って。お前らがクラス0に来る前まではバーバリが頭張ってたんだ。その間にバーバリの教えが全員に徹底されて、あんな風になったんだろうぜ」
「なるほどねぇ。あれはバーバリの影響ってことね……で、なんでルーヴもいるわけ?」
サラッと流しそうになったけど、ルーヴがついてきている理由もわからない。
別にバーバリたちみたいに俺のことが心配だとか、そんなことは一切ないだろうけど、だからこそ意味がわからない。
「あ? アタシは単に面白そうだからついてきただけだ」
「やっぱり? シッテタシッテタ」
「まぁもしクロノスが肉屋とかで働くなら、奢ってもらう時に何食うか目星つけときたあからってのもあるな!」
「言っとくけど、何があっても奢んないからね?」
なんでだ?みたいな顔をされるが、むしろなんで俺が奢ることになっているんだ?
「でもさ、僕思うんだよねぇ。やっぱ上下関係って大事じゃん? バーバリがその考えをクラス0に広めておいてくれたおかげで、みんなクロノスの言うこと素直に聞いてくれるんだし」
「まぁ……確かにな。ホームルームにちゃんと全員出てくれてるし、そこは助かってる」
「お、なんだ? クロノスもアズルも獣人族の考えに共感してくれるタイプのやつか?」
「一応、わからなくもないし納得もできる」
「僕は大賛成! やっぱ大事だよね立て関係! 大好きさ!」
「へぇーそうかそうかー!」
身振り手ぶらで肯定を表現するアズルを見てルーヴが嬉しそうな顔を見せる。
でもそれは、獣人族の考えを肯定されたことの嬉しさと言うより、あれだ……ワルガキがなにか良からぬことを思いついた時の表情だ。
するとルーヴはキョロキョロと周囲を見回し「おいアズル」と名前を呼ぶと、
「ちょっとあの屋台から肉買ってこい」
「よしわかった!」
焼いた肉を店頭販売している店を指差し、二つ返事で了承してアズルは肉を買いに走り、
「ってなんで僕がお前の為に肉買いに行かなきゃいけないんだよ!!」
すぐさま踵返してルーヴな詰めより怒鳴り散らす。
見事な感情の切り替わりだ。
「だってお前、上下関係好きなんだろ? アタシは"格付け"でバーバリの奴に勝った。お前はバーバリより下のやつに負けたんだろ? ならお前はアタシの方が上なんだから、下のお前は従うべきだろ」
「お前ェェェェ!! 確かに僕は一番下のやつに負けたけどなぁ! 僕はクロノスの天パ頭の毛の枝毛的存在なんだぞ!? 右腕のバーバリより上の髪の毛なんだ!! つまり、ルーヴに勝ったクロノスの髪の毛の枝毛の先の僕の方が、負けたお前より上ですゥゥゥゥ!!」
なにその謎理論。
というか、まだ枝毛の先名乗ってんのかこいつ。
もう抜いたから枝毛ないぞ俺。
このまま騒がれても周りに迷惑だし、二人の言い争いを止めないと……
「おいアズル」
「止めるなクロノス! これは僕の今後の学園生活を左右する大事なことなんだ! 僕はこいつのパシリになんか……」
「俺には胸肉買ってきてくれな!」
「って僕らの関係も上下ですか!?」
「「今更……」」
遅すぎる事実確認にルーヴと二人ボソリと呟く。
その呟きを聞いてアズルはわなわなと全身を震わせながら数歩後退り、歯を食いしばって、
「チクショウ……ッ! 上下関係なんか──大ッ嫌いだァァァァァァァァ!!」
悲鳴のような大声を上げながら一人走り去ってしまった。
道行く人に怯えられて避けられながら、涙を拭い走り続ける。
「アイツ面白れーな!」
「もう放っておこう」
ゲラゲラと笑うルーヴに特に奇行を止めることなく見送る俺。
門限もあることだし、アズルのやつはこのまま放っておいて、俺とルーヴだけで奉仕先のお店に行くことにしよう。
そうと決まればさっさと歩き出す。
目的の店はもう目と鼻の先だ。
次回も日曜日となりますが、次で年内で最後の更新となります!




