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第二百四十八話 はい、それまでよ


 扉を開けると店の内側に備え付けられていたのであろう、客の来店を知らせるドアベルが鳴り響く。

 『モルトローレ魔法書店』は魔法学会という魔法本を管理する組織公認の書店らしい。

 さっき偽造品を売っている露店で危うく偽物を買わされるところだったのをティアーヌに助けられ、そのティアーヌに誘導される形でこの店を訪れている。

 店内は薄暗く、最低限の照明しか備えられてないようで、辛うじて店内の様子が分かるぐらいだ。

 もし人がいたとしても、この明るさではお互いを認識できないだろう。

 書店なので当然なのだが、店内に所狭しと棚が並べられており、ぎっしりと棚には本が陳列されている。

 この棚の多さもまた、店の薄暗さに拍車をかけているのかもしれない。

 どうやらまだ奥にも商品があるらしく、二階に続く階段のようなものも見える。

 外から見た時は小さな外観なので一階建かと思ったのだが、見た目以上に広い店のようだ。

 ティアーヌはどこに行ったのかと棚と棚の間の通路から顔を覗かせるのだが薄暗くて見つからない。

 しかしこうして見ると、薄暗さと古ぼけた本から漂う臭いで如何にも魔法使いのいそうな場所という雰囲気がある。

 どこかで大鍋に怪しげな材料を煮込んでかき混ぜている老婆の魔女とかいそう……

 店内の雰囲気に飲まれ少し怖気ていると、店内奥のカウンターと思われる棚からとんがり帽子がひょこっ、と出てくるのが見えた。

 帽子は右へ左へと向きを変えると、やがてそれを乗せた人物の頭が見えて俺と目が合う。

 俺よりも歳若い少女だ。


「おぉ、いらっしゃい! こんなに若い子が来るのは開店以来初めてやな!」


 とんがり帽子の少女は八重歯をキラリと光らせながら(実際には光ってなくて、俺にはそう見えただけ)姿を見せた。

 やたらとハイテンションな少女は背丈が俺よりも低いが、耳長の特徴を持っているのでおそらくエルフ族なのだろうけど……

 エルフ族は長命だから見た目が若い期間が長いのは聞いたことあるし、地元のエルフの集落の中にも見た目よりも三倍近い年齢の人だっていた。

 この世界じゃ見た目も年齢にギャップがあるなんてよくあることだ。

 ファンタジー世界だし。

 にしても背丈が低いのがすごく気になる。

 ものすごく失礼だけど、エルフにしては身長が低いのが気になる……


「ん、どうかしたんかお客さん?」

「いや……別になんでも……」

「あ、わかったぞ? ウチの背丈が低いから子供だと思ったんやろ?」

「え……そ、そんなことは……」

「だっはっはっ! ええってええって! ウチも幼児体型なのは自覚しとるし、そう思われてもしゃーないからな! 気にせんから安心し!」


 豪快に笑いながら俺の心の内で思っていたことを言いあて、それを笑って許してくれる少女……じゃなくて八重歯の女性。

 相当心が広いみたいで良か


「ただしウチのことをチビとかロリとか、体型で呼称しくさったら、おまえの股にぶら下がってる粗末もん切り落として薬の材料にしたるから、よぉ覚えとき……な?」


 安堵した直後に笑顔のまま顔を近づけてきて、俺の目をじっと見ながら人差し指で下腹部をつぅーっとなぞりながら脅してくる。

 顔は笑っているが目が笑ってない、瞳孔開いちゃってるよこの人……

 冗談では無く本気だと本能で理解すると必死に何度も頷いて了解を示す。

 それを見て女性は八重歯を見せながら満足気に頷いた。

 さっきの露店とはまた違った意味でヤベー店に来てしまったかもしれない。


「それで、お客さんはどんな魔法書を探しに来たんや? 当店のオススメやと『誰でも気軽にできる! 気に入らないやつを簡単に呪い殺す闇魔法』の本やで!」

「いりませんよそんな物騒な本!!」


 めっちゃ物騒なもんを初っ端から気軽に薦めてきやがった!!

 やっぱこの店やべー!!

 さっきの露店の店主の数百倍はサイコだよ!!


「あと男性客の間で人気なのやと『実録! 触手を手懐け操る10の方法!』やな。最近話題の本で中々手に入らない代物や! なんと今なら、触手の幼体の入った小瓶もセットでついてお得やで!」

「いや育てませんよそんな恐ろしいもの!? てか買いませんよ!? 」


 学園の寮で触手なんか育てたら大惨事の予感しかしない!

 そんな夏休みの自由研究にいいですよ!みたいにお薦めされても絶対に買いたくねぇ!!

 てか、俺が買い求めにきたのはそんな怪しいものじゃない!

 多少興味はあるけれどもそれじゃない!!


「俺が欲しいのはそういうイロモノじゃなくて、もっとまともな物なんですよ!! 年相応の!!」


 その言葉で八重歯の女性はハッと自分が薦めていたものが間違っていたと気づいてくれたらしく、額に手を当て天井を見上げる。


「そうかー……そうよなー……すまんかった! せやけど、そうならそうと最初に言ってくれれば良かったのに〜!」


 ニタニタ笑いながら八重歯の女性は木製脚立を使って本棚の最上段に手を伸ばし一冊の本を取り出し、


「年相応の本を求める少年には、自信を持ってこれをお薦めするで! その名も! 『悪魔召霊術』!」

「どんな自信だよォォォォ!! さっきの触手と大差ねぇじゃねェかよ!! 化物の育成から化物の召喚に変わっただけじゃねェか!! てか、それのどこが年相応!?」

「なんでや!? 男の子の願望ド真ん中のド直球やろ!? 君ぐらいの歳になると皆考えるって聞いとるで、悪魔を従えて王様になって世界滅ぼしたくなるて」


 あるけども……!

 確かにそういうこと考えたりする時期あるけども……!

 強く否定できないのがもどかしい!


「それにこの本なら、男の子の求めるもん全部詰まっとるで! デーモンにメドゥーサ、イフリートとか! そういうの好きやろ?」

「まぁ……好きですけど、そんな物騒なもん呼び出したくありませんよ」

「大丈夫やて、ちゃんと手順を間違えなければええんやから。他にもあるでぇ、例えば」

「だからそういう問題じゃなくて」

「──淫魔(サキュバス)とか」


 悪戯を思いついた子供のように、彼女はゆっくりとその名を口にする。

 思わずその言葉に反応してしまい俺の思考が一瞬止まり煩悩が刺激されてしまった。

 が、次の瞬間、二階からドタドタと足音が聞こえたと思うと薄暗い店内に血相変えてティアーヌが現れる。


「おば様! いくらなんでも悪ふざけが過ぎますよ!!」

「おお、ティアーヌ。なんや、結局出てきたんか?」


 おば様と呼んだ人物の指摘にティアーヌは「え……あっ!」と声を漏らすと右手で顔を抑える。

 やってしまった、と言った感じのリアクションだアレは。

 どうやら俺から隠れて店の奥にいたのに、おば様と呼ばれるこの人が淫魔を召喚できる本なんかを進めるもんだから、思わず止める為に飛び出してしまったのだろう。

 ということは……このおば様と呼ばれた人物はティアーヌが止めに来るとわかってて、わざと俺に淫魔の話題を振ってきたな?


「でもだからって、子供にそんなものを薦めるなんて……ッ!」

「なぁに怒ってん? ほんのジョークやてジョーク。魔女の営業ジョーク、魔ジョークや! ハハハ、これ最近考えたんやけど、ウマない? ウマない? おもろかったらわろてもええでボク?」

「え? あ、いや、すみません……笑いどころがわかんないっす」

「さよか。なら、これはもう使えへんな」


 一人で笑って一人でなんか納得してる八重歯のおば様。

 二人のやり取りから、ティアーヌとおば様とやらは気心の知れた仲のようだ。

 ティアーヌが淫魔であることを知ってるし、それをネタに引っ込んでいたのを誘い出し、そのことに対してティアーヌも起こっていないのだから……まぁ、俺に淫魔が召喚できる本を薦めようとしたのは怒ってるみたいだけど。


「っちゅうか、そないに心配ならティアーヌ。おまえが相手をしてやれ。おまえがこの店を教えたったんやろ? なら最後まで責任持って、この子が満足する一冊を探すのを手伝ってやるのが筋やろ」

「それはそうですけど……彼の探している物は、私ではどうにもできない代物なんですよ」

「は? なんや君。何を探しとるん? タイトル言うてみ」

「えーと、『精霊魔法』についての本を探してるいるんですけど……」

「はぁ!? 『精霊魔法』!? またどえらいもん買おなしとるな。ちょい待ってな」


 おば様はそう言うと、店内の一階と二階を繋ぐ階段下に立て付けられた扉を開け中に入っていく。

 「確かこの辺にぃー」と声が聞こえ、バタバタと何かをひっくり返す音で賑やかになる。

 しばらくして音が止むとあったあったと両手に古ぼけた分厚い本を抱えながら戻ってきた。


「お探しの本はこれやろ。魔法協会出版『精霊と魔法』」

「そうそう! これですこれです!!」


 おば様が持ってきたのは、俺が露店で見たのと同じタイトルの本!

 良かったあった!

 これを探してたんだ!

 

「はぁー良かったぁー! あったー!」

「言っとくけどこの本高いぞ? 少年金あるんか?」

「ありますけど……多分今すぐは買えないです。でも、値段だけ聞かせてください。お金は何とか工面するんで」


 あの盗人露店ではこの本の代金は金貨八枚だった。

 盗んだものを売っていたから割増料金で高かったのだろうと俺は考えている。

 ならば正規の店で買えば、きっと値段も適正価格に設定されているはずだ。

 きっと露店の値段よりも安く買えるはずに違いな


「一冊で、大金貨六十八枚やでー!」

「まゔぇじゅぴちゅぐぷぇ」


 値段を聞いた瞬間口から泡を吹いて床に倒れてしまう俺。

 やばい……これ……絶対買えねぇ本だ……

 泡を吹きながら床に倒れるとおば様は、


「なんやこいつ」


 と冷ややかな視線を送ってくるのだった。

次回投稿は連続投稿する予定なので来週土曜日の22時からとなります!


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