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第二百四十七話 魔法書店へようこそ

二日連続投稿です!



「ちょっといいかしら?」


 ヤバそうな店主と睨み合いになり身動き取れない俺の背後から聞こえた女性の声。

 古ぼけて色褪せた茶色いローブととんがり帽子を被った見るからに魔女の風貌、しかし未来で見知った顔の人物──魔女ティアーヌがそこに立っていた。

 十年前の姿だから、俺が出会った時よりも若いだろうに未来と変わらず綺麗な顔をしている。

 淫魔である角と瞳を隠す為に深々と被っているとんがり帽子だが、子供の俺には顔を上げるだけで表情が見えて誰だかすぐにわかった。

 懐かしい人物にこんなところで会えるとは夢にも思わず、涙が出そうになるのをぐっと堪える。

 しかし、俺が顔を見ているのに気づいたのかティアーヌは顔を逸らした。

 第三者の介入に店主もさすがに驚いてはいたが、俺が逃げても捕まえられるようにと中腰の姿勢は解くことなく新たな客を笑顔で迎える。


「いらっしゃい! 何かお探しで?」


 店主は先程俺を迎えた時と同じ笑顔でティアーヌを歓迎する。

 どうしよう、今なら逃げられるけど……せっかくこの時代のティアーヌに出会えたのに今ここから動きたくない。

 次いつ出会えるかわからない、せめてここで顔見知りぐらいにはなっておかなければ!!

 なるべくティアーヌに迷惑がかからず、この場を切り抜けないと!!

 頭をフル回転させ、このヤバイ店主からどう逃げるか算段を考えているとティアーヌが『精霊魔法』の本を手に取りページを捲り始めた。


「驚いたわね。まさかこんな場所で『精霊魔法』について記述された魔導書が売られているなんて」

「お姉さん、この本の価値がわかるのかい? いやー流石だね」

「一応、魔使いの端くれなので。でも不思議だわ。私、貴方とは学会で会ったことがないんだもの」


 ティアーヌの言葉に「え?」と店主が初めて動揺を顔に出す。


「知っている? 魔導書は魔法学会によって決められた部数しか作製されていないのよ。作られる時も魔導書に執筆した魔法使いのサインが必ず巻末に書かれているのよ。この本に置かれている初心者向けの本にはどこにも書かれていないみたいだけど」

「あ、あはは……担当者が書き忘れたんじゃないかな?」

「かもしれないわね。世の中には学会の名を語って偽物を売る輩もいるのだけど、この店の本は素晴らしいわね。どれも学会で作成されたのと同じぐらい内容が正確だわ。まるで写されたみたいに」


 他の本もページを流し見しながらティアーヌは笑顔を浮かべつつ店主に品の良さを称賛する。

 いや、それは称賛と言うよりも質疑に近い。

 言葉にも圧を感じ、店主も中腰だった姿勢を崩し座り込んでしまう。


「この『精霊魔法』の魔導書は本物のようだけれど、『精霊魔法』は学会でも特に厳重に管理されているので外への持ち出しは禁止されているのよね。貴方はこれをどこで(・・・)手に入れたのかお聞きしたいのだけれども?」

「あ、いやそれは……」

「そうね。ここじゃ話づらいでしょうし、どこか落ち着ける場所に行きましょうか? 私以外にも、貴方とお話ししたい人は大勢いるみたいだから……ね?」


 その言葉に店主は危機感を感じたのか店の荷物を放置して店から飛び出す。

 それを追いかける形でローブに身を包んだ無数の人物が人混みから現れ、路地へと逃げた店主を追いかけていった。

 状況の変化を唖然として見ていると、店主を追いかけていったのとは別のローブに身を包んだグループが現れ店先に並ぶ魔導書を回収し始める。

 するとグループの一人がティアーヌに近づき頭を下げ、


「ご協力感謝致します。魔導書を持ち出した男は無事捕まえられたそうです」

「そうですか。他に盗まれた魔導書の所在は?」

「そちらに関しては、これから聞き出すことになりそうですね。なに、すぐに正直に教えてくれるでしょうから問題はありませんよ」

「わかりました。では、私の役目はここまでですね」

「ええ、ありがとうございました。坊やも危なかったね。あの人は悪い人だったんだよ、魔導書が安く売られているからって、露店で魔導書は買わないようにね? 正規のお店でちゃんと買うんだよ」

「は、はぁ……」


 ローブの人物は片付けられていく露店を前に呆然としている俺にも声をかけてくれるが、俺には何がなんだかサッパリだ。

 とりあえず助かったようだが……そうだ、ティアーヌは!?

 お礼を言って顔見知りぐらいにはなっておこうと姿を探すが、いつの間にかいなくっている!

 慌てて周囲を見回すと人混みに紛れ去ってしまう後ろ姿を見つけた!


「ちょっと、待って!!」


 呼び止めようとするが当然聞こえる訳でも気づいてくれるはずもなく、無情にもティアーヌは人の波に姿を消してしまう。

 波に揉まれながらも慌てて後ろ姿を追いかけ、気がつくと露店の立ち並ぶ大通りを抜けて人気の無い裏路地へと入り込んでしまっていた。

 それでも、どうしてもティアーヌと話がしたくてその背中を追いかけ続ける。

 暗い路地なので見失わないように右眼の能力を使い、彼女の古ぼけたローブを探し、路地を曲がるのが見えればそこへ駆け込む。

 それを何度か繰り返し角を曲がると、ティアーヌが裏路地を出るのが見え光の向こうに消えるのを目にした。

 また人通りの多い場所に行かれたら完全に見失う!

 俺は大慌てでティアーヌの抜けた光の先へと駆け出し、裏路地を抜けて表通りに飛び出す。

 だけど、表通りには人一人見当たらずティアーヌを見失ってしまう。

 変だな、絶対この通りに出たはずなのに……

 右を向いても左を向いてもそれらしい姿はない。

 一体どこに……


「動かないで」


 短い言葉と共に後頭部に先端が円形の物体を押し当てられる。

 続けて僅かな電流を首筋に感じて全身の毛が逆立ち身体が緊張で硬直してしまう。

 いつの間にか背後に回っていたティアーヌに杖を向けられていたのだ。

 背後を取られていたことに全く気づかなかった……というか、この状況かなりマズイのでは?


「すいません、俺は別に怪しい者じゃ……」

「振り向かずにそのまま正面を向いていなさい。少しでも変な素振りをしたら……撃つわよ」


 杖を押し当てられ、脅しの言葉と共に再び首筋に僅かな電流が流れて全身が震える。

 ヤバイ、下手な事したら本当に電撃撃たれる!!

 こ、ここは大人しく従って誤解を解くしかない。


「貴方、一体何者? どうして私のことを追いかけていたの?」

「あの、お礼を言いたくて。さっきは助けてくださり、ありがとうございました」

「さっき? あら、貴方露店にいた子……」


 杖を向けられたまま背中越しに礼をすると、俺が先程の露店にいた少年だと思い出してくれたみたいだ。

 相変わらず杖は突きつけられたままだけど。


「それで?」

「それで? とは?」

「それ以外にも何かあるのでしょう? でなければ、わざわざ裏路地に入ってまで追いかけて来ないでしょう?」

「それだけですけど?」

「……え? それだけ!? 本当にお礼を言う(それ)だけの為に裏路地まで追いかけて来たの!?」

「はい、そうですけど」


 もちろんそれ以外の目的はあるが、お礼を言いたかったのは本当だ。

 俺の返答に「呆れた……」とティアーヌは呟き何故か溜息を吐いている。

 それまで後頭部に押し付けられていた杖の感触が無くなり、背後に立っていたティアーヌは数歩俺から離れ、


「貴方、この街の学生でしょう? 覚えておきなさい、露店で売られている商品は安いけど偽造品が紛れ込んでいることが多いわ。貴方みたいに何も知らない子供からお金を巻き上げる為にね」

「それって、さっきの露店の店主みたいな?」

「彼は魔法学会から盗んだ本や、他の魔法本の内容を複写したのを販売していたそうよ。それで学会が追っていたらしいわ」

「つまりあの店にあった本は、全部偽物ってことなんですね……」


 どうりで汚れの少ない真新しい本が多いと思った。

 とすると、『精霊魔法』の本は魔法学会とやらから盗まれた盗品だったってことになる。

 もし俺があの場で買えたとしても盗品として回収されてしまっていたかも……どのみち手に入らずじまいか……


「魔法本が欲しいのなら、ちゃんと学会から認められた正規の魔法書店で買うのね」

「あ、いや、その店がどこにあるのかも知らないんですけど……」

「なら、自分で探すことね」


 素っ気なく告げティアーヌは通りの角を曲がってまた姿を消してしまう。

 そこは教えてくれないんだ!?と驚きつつもまたティアーヌを追いかける!

 話はできたがまだ名前を覚えてもらっていない!

 次いつ会えるかわからないし、せめて記憶の片隅に留めてもらえるぐらいには印象づけておかないと!!

 そう思いティアーヌを追いかけると、彼女は一軒の店の前で止まると扉を開けて中へと入って行くのが見えた。

 一瞬こちらを振り返っていた気がしたのだが、それが気のせいではないと店の前まで歩いて確信する。

 窓もなにもないその店の扉の横には看板が建てられており、『魔法学会公認モルトローレ魔法書店』と書かれているのだった。

次回投稿はいつも通り来週22時からです!

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