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第二百四十六話 懐かしいのとんがり帽子

今週は二日連続投稿になりまーす


「ンー! どの肉も最高だな!!」

「他人の金で食べる肉は美味いですか?」

「ああ!」


 骨付き肉にかぶりつきご機嫌なルーヴは、アズルの問いかけに満足気に頷く。

 しかも全く嫌味だと気付いていない。

 俺とアズルでまず一品ずつ奢り、今はスリに合って財布を取り戻した回数分の肉をアズルが奢らされているところだ。

 腹が減っている俺たちもお手頃価格の骨付き肉を露店で買って三人並んで食べ歩きを楽しんでいた。

 奢りまくったアズルは若干不服そうではあったが、まぁ自業自得なので特に慰めはしない。


「で、ルーヴ様? 目的のお肉を食べてご満足いただけたみたいですが、この後はどうするご予定で?」

「んあ? いやー特にはねぇな。肉食ったら満足したし、後は好きにしていいぞ」

「さよで。じゃあもう帰るか? 俺もこれといってしたいことないんだけど」


 今から帰ると夕食の一時間前ぐらいには学園には戻れるだろう。

 すると骨に残った肉をしゃぶり尽くしていたアズルが「はいはい!はーい!」と手を上げその場で飛び跳ねる。


「だったら僕、もうちょっと大通りを眺めてたいんだけど」

「眺める? 露店見て回んのか?」

「いやそうじゃなくて、露店を回る人を眺めたいの」

「あ? どういうことだ? んなことして何が楽しいんだよ?」


 アズルの言っている意味が全く分からず訝しげな表情を作るルーヴ。

 一方俺は、どうせ道行く女性にナンパでもするのだろうと思って呆れて


「いやね、夜のオカズにいい感じにナイスバディな人いないか探そうかなって」


 全然違った!!

 ナンパよりたちが悪い上に最低だ!!

 その発言にドン引きする俺とは対称にルーヴは一ミリも意味を理解できずにただ首を傾げるばかりの様子。


「まだ腹減ってんのか? 確かに肉しか食わなかったから、人族のオマエには物足りなかったかもな。野菜でも食うのか?」

「違う違うよ。そういうんじゃなくて性的な意味であって……あぁでも僕レベルになってくると、もう妄想の中で直接食べちゃえるんだけどね」

「クロノス、コイツなに言ってんのかさっばりアタシには理解できねぇんだけど……オマエわかるか?」


 理解したくねぇ……意味はわかるけど絶対理解したくねぇ……!

 ルーヴの問いに黙って首を振りながらこの場で頭を抱えたくなる。

 誰かアズルの口を今すぐ塞いでくれ……


「こういうのはストックが大事だからね! 切らすとサムが可哀想だからさ!」

「サムって誰だよ。そんなんアタシらのクラスにいたか?」

「知らない……俺は一切知らない!」

「ま、そんな訳だから僕は残るよ。あ、財布はよろしくねクロノス。僕が持ってるとまた盗まれそうだしさ!」

「はいはい……だったら俺も残る。もう少し露店を見てみたいし」

「ならアタシは学園に帰るわ。食ったら眠くなっちまったしよ」


 そういいながら大きく口を開けて欠伸をするルーヴ。

 一人で学園まで戻るのは危険じゃないかと思ったのだが、獣人のルーヴなら一人でも人攫いとか簡単に撃退しそう……

 言うだけお節介かと思い特に何も言わない。


「ま、食後の運動ついでに走って帰るか」

「それがいいな。余計な被害が出ずに済む」

「あ? なんだそれ? どういう意味だ?」

「気にするな。ただの独り言だから」


 走って帰るなら誰かに絡まれる心配もないだろう。

 むしろ誰も絡まないでくれ……


「じゃあここで別れようぜ。クロノスは僕と一緒にサムのオカズ探しだ!」

「しない! 俺をお前と一緒にしようとするな! 肩を組むな!」

「だからサムって誰だよ」

「え、誰ってサムは僕の愚そ……」

「知らない方がいい!!」


 人通りの多い中でトンデモないことを言い出そうとするアズルを遮り大声を上げる。

 終始ルーヴは『サム』という人物について知りたがっていたが、気にする必要はないと何度も伝えようやく解散となった。

 なぜ休日なのにこんな疲れるようなことをしなければならないのだろうか……

 結局ルーヴと別れた後、アズルは本当に道行く女性を眺めるだけの作業に入り、付き合いきれない俺は一人で露店を見て回ることに。

 食べ歩きしている時に気になる露店があったので、今はそこに向かっている。

 人波をするりと抜け辿り着いた目的地の露店では魔導書を取り扱っている店なのだ。

 未来での戦いで、俺の魔法はお世辞にも役に立ったとは言えなかった。

 少々活躍した場面もあった気がするけど、結局影山から貰った魔道具による面が大きく、魔王戦の時に至っては俺自身の魔法は何一つ効いてない。

 かと言って、俺の剣術が有効だった試しもなく、極論で言えば俺はほぼそこにいたただけ(・・・・・・・・)……

 このままだと確実に死ぬ未来は回避できない。

 そう思ったからこそ村を出て強くなる為の環境に赴くことを選んだのだ。

 もっとも、クラス0とかいう訳のわからんところに押し込めれてしまったのだけど。

 このままでは俺の未来設計が全部パーだ。

 ただ学園に通うだけじゃダメだ。

 何か少しでもできることを考えて、自力で力を付けていくしかない。

 なにせ学園では授業は全部自習になってしまうのだから、

 とりあえず、俺が一番に力を付けないといけないのは魔法だ。

 俺の魔法と言えば、大蛇や蜘蛛に鳥と言った生き物の形を模り放つ動物魔法シリーズ。

 イメージしやすい分扱いは簡単だが、些か威力が低い。

 未来で出会った魔女ティアーヌみたいに高威力の魔法を覚える必要がある。

 最初に俺に魔法を教えてくれた母ユリーネの話では、自分が教えた以上の魔法を習得するなら高位の魔法使いに弟子入りするか、魔導書などを買って独学で学ぶしかないそうだ。

 しかし、現代の俺に弟子入りさせてくれるような魔法使いの知り合いなんていないし、俺もう影山のおやっさんに弟子入りしているから今更他の人に弟子入りするのもなんかなぁ……本人からは一度も承諾されなかったけど。

 露店を覗いてみると陽気そうな店主の男が真っ先に気付く。


「いらっしゃいお坊ちゃん。魔導書が欲しいのかい?」

「ええ。魔法の勉強がしたくて」

「偉いね〜。それならこれなんかどうだい、初心者向けの魔法使いセット!」


 そう言って店頭に並べられた本から厚さの薄い真新しい本を手に取り店主が差し出してくる。

 なぜかとんがり帽子も一緒に。


「子供が魔法の勉強をするのならまずはこれ! 魔法を使ったことのない大人でもこれを読めばすぐに使えて、子供が読んでも簡単な説明のおかげで眠くならない! まさに初心者向けの入門セットさ! 今なら見習い魔法使いになれる『とんがり帽子』もセットで大銀貨三枚だ! オススメだよ〜?」

「いや、もう魔法は使えるんでいいです」


 見た目のせいで魔法を覚えたい年頃の男の子と勘違いされ、入門セットをお勧めされたが丁重に断る。

 それにとんがり帽子なんていらないし……

 店主は意外そうな顔をすると「それならば」と先程より少し厚い本を見せてきた。


「魔法を覚えたら次はこれ! 火、水、土、風と各属性の魔法を覚える為の応用編! これさえあれば見習い魔法使いは卒業だ! 今なら初級魔法使いの証であるとんがり帽子がついてお値段なんと、大銀貨六枚だ!!」

「いや、六属性の魔法はもう覚えているんでいいです」


 次の販促も丁寧に断る。

 というか、そのとんがり帽子さっき見せられたのと同じ素材の物に見えるんだけど、もしかして抱き合わせ販売しようとしてる?

 応用編の魔導書も断られ店主は残念そうな顔をするが、今度は不思議そうな顔で尋ねきた。


「入門も応用編もいらないほど魔法が使えるのなら、坊ちゃんは一体何が欲しいんだい?」

「人伝で聞いただけなんで正式な名称はわからないんですけど、『精霊の力を借りて扱う魔法』の分野の本が欲しいんです」

「それって『精霊魔法』じゃないかな? 変わったもん探してるね」


 そういって店主は立ち上がり背後に置かれていた荷物を漁り始める。

 その中から古ぼけた一冊の本を取り出すと両手で俺に差し出す。

 かなり分厚い本で子供姿の俺が持つには両手で抱えなければならない。


「君が探しているのはこれだね。『精霊と魔法』──魔法の本場である国でしか作製されていない貴重な本だ」

「これを読めば、精霊魔法の基本がわかるんですか?」

「ああ。でも覚えるのは大変だし、子供の君にはまだ難しいと思うよ? それに結構高いよ?」

「お金は……うん、まぁ、何とかなります」


 一応、学園に通うに当たって仕送りとして毎月大銀貨一枚が実家から送られてくることになっている。

 今日みたいに外出して買い食いをしたりしなければ、大銀貨十枚ぐらいでも我慢すれば払え


「じゃあ、金貨八枚ね」


 バリクソ高ぇ!!

 本の値段を聞いて思わずひっくり返りそうになる。

 大銀貨十枚を集めると金貨一枚として役所で変換できる。

 つまり金貨八枚を払う為には月一枚送られてくる大銀貨を八十ヶ月貯める必要があるってことだ!

 俺その頃にはもう中等部卒業してるぞ!?

 値段を聞いて青ざめた顔をする俺を見て察したのか、店主は苦笑いを浮かべた。


「やっぱり払えないよね。貴重な本だからね」

「さ、さすがに……金貨五枚以上になるとちょっと……」

「君、学生さんだよね? どこの学園?」

「サンクチュアリ学園です」

「ああ、お金持ちのとこの!! なら安心かな。その本の代金、金貨三枚にまけてあげてもいいよ」

「え? そんなに安く?」

「その代わり、お店の仕入れを手伝って欲しいんだ。一人だと多くの本を管理するの大変でね。なに簡単な仕事だよ、一緒に本を運んでくれればいい。そしたら金貨三枚でその本を売ってあげる。ね、簡単だろう?」

「はぁ、まぁ……」


 生返事で答えながら手にしていた本を露店にそっと戻し、右足を一歩退げる。

 なんだか話が怪しくなってきた。

 本を運ぶのを一緒に手伝うだけで金貨八枚を三枚に変えるのはおかしい。

 関わってはいけない所に来てしまったかもしれない。


「もしかして警戒してる? 大丈夫だよ。危険なことなんて何もないし、親御さんにも迷惑はかからないから」


 店主の笑顔に圧を感じますます後退る。

 もう嫌な予感しかしない。

 走って逃げようかと構えているものの、相手も中腰の姿勢をとって、俺が離れようものならすぐさま捕まえようとしているのがわかる。

 恐らく逃げようものなら、瞬時に捕まえて商品を盗んだだのと言ってくる輩かもしれない。

 しかも俺、一回商品に触ってしまっている。

 そのことを指摘し話におヒレを付けられたらもう俺の負けだ。

 どうする、どうやって逃げる?

 多少騒ぎになってでもアズルのところまで戻るか?

 それとも魔法ぶちかまして走った方がいいのか!?

 でもどっちも解決にはならない気がする……さっきサンクチュアリ学園の生徒だって言ってしまったし。

 ど、どしよう……


「ちょっといいかしら?」


 逃げようかとする俺と逃がさないよう見張る店主とで睨み合い硬直していると、女性の声が背後から聞こえてきた。

 二人してそちらへ振り向くと、使い古され色褪せたローブを着込んでくるぶし程まで身体を隠し、長年使い込んでいるのかシワが目立ちヨレヨレとなったとんがり帽子を深く被り目元まで隠した人物が立っていた。

 子供の姿で背の低い俺には見上げれば、隠された目元が僅かに窺え、その顔を見た瞬間に涙腺が思いがけず緩んでしまった。

 誰が見ても魔法使いだとわかる風貌、しかし声を聞かなければ男性か女性かさえ分からない姿。

 しかし俺にはハッキリとわかる。

 そこには十年後の世界で出会った、あの子よりも十年分若いのに全く同じ姿の魔女が──ティアーヌが、そこに立っていたのだった。

次回は明日の19時からです!

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