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第二百三十八話 おてんばオオカミ娘

台風直撃でしたけど私は元気です


朝のホームルームが終わり、俺は教室を出て、旧校舎を囲む森の中で『ルーヴ』という女子生徒を探してみることにする。

話では、日中は木の上で日向ぼっこしている姿をよく見かけるのだそうだ。

その後ろをバーバリとアズルが追いかけていて……


「いや、バーバリはわかるけど、なんでアズルまでついて来てるんだ?」

「え?ダメ?」

「駄目とは言わないけど……お前、昨日の今日でよく怖くないな?同じクラスのやつに襲われたばっかなのに」

「でも、その子女の子なんでしょ?だったら大丈夫だろ〜?」


何がどう大丈夫でその自身はどこから来るのかさっぱりわからんけど、要するに会いに行くのが女の子であることにアズルは関心を抱いているらしい。

「どんな子なのかな〜?」とすごい気楽な態度のアズルに対し、バーバリは青ざめた顔を見せる。


「アズル……言っとくが、おれたちがこれから会いに行くのは“女の子”とか、そんなかわいい呼び名のもんじゃねぇ……!やつは……バケモノだ!自分以外の者は全部狩る対象ぐらいにしか思ってねぇ!あの女はそういうやつなんだよ!!」

「まっさかぁ〜?」


尋常じゃない程怯えてながらバーバリは『ルーヴ』という少女のことを説明しているが、アズルは全くもって信用していない。

正直俺も、バーバリは大袈裟に話を盛っているんじゃないかと思う。

確かに獣人族は気性が荒い者もいるとは聞いているが、年頃の女の子のしかも名家の出身だ。

教育は受けているだろうし、いくら問題児が集められるクラス0に落とされたとは言え、そこまで酷くはないだろう──たぶん。


「いたぜ、兄貴。あの木の上、寝転がってる女がそれだ」


バーバリに呼び止められ、彼が指差す木の上部へと顔を上げる。

木のてっぺんより少し下の太い木の枝、木の葉に遮られた陽の光を浴びながら眠っている少女の姿があった。

木の幹に寄りかかるようにして眠っており、春の暖かい風に吹かれ、彼女の長い栗色の髪が風に靡く。

下からでは横顔しか見えないが、凛々しい顔立ちをしており、頭の上には獣耳が生えていた。

人族の血が濃いながらも、僅かに獣としての特徴を持つ女の子。

眠っているのを起こすのすら躊躇ってしまうくらい、とても穏やかな寝顔だ。


「……あれが、ルーヴって子か」

「あの子……後五年、いや六年したらすごい美人になるね。間違いない」

「何の話をしてるんだお前は……おーい、ルーヴ、さん?」


木の下から彼女に声をかけてみる。

頭の上に生えた獣耳がピクンと反応すると、ルーヴは手で口元を抑えようともせず大きな欠伸を一つ。

手で目を擦り、もう一度大きく欠伸をするとようやくこちらを見下ろし俺たちの姿を確認すると、鋭い眼光で睨んでくる。


「あ?なんだお前ら?アタシの昼寝を邪魔したのはお前らか?」

「気持ちよく寝ていたところを起こしたのはすまない。俺はクロノス・バルメルド。こっちの金髪はアズル・ライトリー。俺たちはバーバリの知り合いで……あれ、バーバリは?」


共通の知り合いがいることで警戒心を解こうと思ったのだが、先程まで右隣にいたはずのバーバリの姿がない。

どこに行ったのかと周囲を見回すと、アズルが「あ、あの木の裏にいる」と先に見つけ指差す。

いつ間にかバーバリは少し離れた木の裏に隠れており、恐る恐る顔を出して様子を伺っていた。


「す、すまねぇクロノスの兄貴!お、おれじゃあ力になれねぇ!!ここからひっそりと応援させてもらうぜ!!」

「なんか、ライオンがビビって隠れるってシュールだね……」

「バーバリたちに取り囲まれた時のお前もあんな感じだったけどな」


後方に隠れてしまったバーバリを見ているとルーヴが木の上から飛び降り、俺たちの前に着地する。

さすがに獣人族だけあって身のこなしが軽やかだ。

着地も綺麗だし、立ち上がるのも速かったので女の子でも筋肉があるのがわかる。

ルーヴは獣人特有の鋭い目つきで俺とアズルを品定めするように見てくる。

制服のポケットに手を突っ込むと鼻を鳴らした。


「アタシはルーヴ・ヴィヴァント。で、なんだっけ?アノロスとクズル……?」

「ちげーよ!こっちがクロノスで僕がアズル!!誰がクズだ!!」

「あー……ワリィ。アタシ、人の顔と名前覚えんの苦手なんだ。特に寝起きの時は、な?」


ルーヴの目の色が変わる。

獣が獲物(エサ)を見る時の目だ。

その視線に一瞬、全身の毛が逆立つが、アズルはルーヴに睨まれても何ともないのか平然としている。


「ならしょうがないな!正直僕も、可愛い女の子の顔とスリーサイズぐらいしか覚えてられる自信ない!野郎の顔とかいちいち覚えていたくない!」

「せめて名前も覚えろ」

「めちゃくちゃ可愛い女の子で、僕と友達になってくれる優しい女の子だったら覚えておく」

「お前クズだな」


平常運転なアズルに呆れるが、くだらないやり取りのおかげで俺もルーヴの目が気にならなくなった。

アズルに感謝──いや、アズルの発言内容にあんまり感謝の気持ちが湧いてこないわ。

そんな俺たちを無視し、ルーヴは木に隠れてこちらを窺うバーバリに手を挙げる。


「よぉバーバリ!なんだよおまえ、また来たのかよ?自分じゃ勝てなかったから、今度は新しい手下を連れて来たのか?」

「勝てなかった?」

「新しい手下?」


とても親しげな声色でルーヴはバーバリに話しかける。

だがバーバリは話しかけられると慌てて木に全身を隠してしまうのだが、俺もアズルもルーヴの言葉に疑問を抱き首を傾げた。


「ちょっと待て、バーバリが負けたってどういうことだ?」

「なんだ、お前ら知らないのか?そいつ、この前“格付け”?がどうたらこうたら言いながら、手下引き連れてアタシに勝負挑んできたんだ。まぁ全員アタシが返り討ちにしてやったけど」


あぁ、だからバーバリはあんなにルーヴに対して怯えているのか。

自分が敵わなかった相手を本能的に忌避しているのか。

と、そこで俺はあることに気づいたのだが、どうやらアズルも同じ結論に至ったらしく声を上げる。


「あれ?ってことは……あのライオン、別にクラス0の頂点でもなんでもないじゃん!!自称か!!」

「う、うるせーアズル!!おれがルーヴに負けたのはクロノスの兄貴が来る前の話だ!それまではなぁ!クラス0の男子(・・)の中ではおれが一番強かったんだよ!!」

「屁理屈!!」

「物は言いようだな」


木に隠れていたバーバリが頭だけ出して吼えるように叫ぶ。

迫力はあるのだが、いかんせん言ってることが情けない。


「んで?今度はオマエら二人が、バーバリの代わりにアタシと戦うのか?」

「いやいや、俺たちは喧嘩をしに来たんじゃなくて、お願いがあってきたんだ」

「お願い?」

「ホームルームに出席して欲しいんだ」

「あ?なんでだよ?」

「俺はクラス0に落とされたんだが、どうしても本校舎のクラスに戻りたいんだ。その条件の一つとして、クラス0の生徒全員をホームルームに出席させるように担任のパジーノ先生に言われてるんだ」

「ふぅーん?つまり、アンタの為にアタシにホームルームに出席しろと?嫌だね」


事情を説明するがあっさりと断られてしまう。

予想していたとはいえ、やっぱりそういう返答になるよなぁ。

俺のお願いをルーヴが断ると、アズルとバーバリが何でか知らないが彼女を責める。


「おぉいなんで断るだよ!聞いてやればいいじゃん!ホームルームに出るぐらい!」

「そ、そうだぞルーヴ!!あ、兄貴の言うこと聞いてやれよ!」

「あぁん?なんでアタシがコイツのお願いを聞く必要があるんだ。そりゃコイツの都合で、アタシには何の関係もないだろ?」


そう、ルーヴの言う通りこれは俺の都合であって彼女が従う理由はない。

そもそもこれは、教師のパジーノの指示でやってるいるとはいえ強制力はないのだ。

だって俺が本校舎に戻る為にホームルームやな出席させようと説得しているけど、彼女には出席するメリットはほぼないし……いや、出席日数足りなくて進級できない可能性あるから、本当は今から出席しておいた方がルーヴにとってはいいのかもしんないけどね?

それを決めるのは俺じゃないから……

むしろ“格付け”で俺に負けたからって、俺の言うことに何でも素直に従うバーバリたちがちょっと変わってるだけなんだよなぁ。

ルーヴの至極真っ当な反応を前にアズルもバーバリもまだ文句を言ってる。

特にバーバリなんて、「クロノスの兄貴が」「兄貴の命令を」とずっと言い続けているのだが、いい加減その『兄貴』って呼び方やめてほしい。

しかし、このままルーヴを説得し続けても無理のようだ。

本人はもう二人の話に耳を傾けてすらおらず、そっぽ向いてあくびしてる。

何か別の方法での説得を考えるしかないなぁ……


「だからなぁ!クロノスの兄貴の言うことは聞かないと──!」

「あぁー……ハイハイ、アニキスゴイアニキスゴイ……ちょっと待て、さっきからオマエ、兄貴兄貴って言ってるけど、そこのやつはオマエの手下じゃないのか?」

「あぁ!?クロノスの兄貴がおれの手下なワケないだろうが、おれが兄貴の手下だ!!」


すごい自慢げに語ってるけど、言ってて虚しくないのかな……それ。


「ってことは……オマエ負けたのか!?あの男に!?」

「オウ!だから今は、クロノスの兄貴がクラス最強だぜ!」

「なぜバーバリが偉そうに?」

「主人を自慢する犬かな?」

「なら、この金髪もまさか……?」

「……ッ!フフン、その通り!僕こそクロノス・バルメルドの大親友にして右腕!クラスで二番目の地位を持つ男!その名も──!」

「いや、そいつは兄貴をおれらに売ろうとしたクラス最下位の下っ端のクズ」

「僕だけ紹介の仕方おかしいだろォ!?」

「ちょっと待って、俺を売ろう(・・・)としたってなに?初耳なんですけどそれ?」

「あーいや!!……あっはははは、違うんだよクロノス。違うんだ。僕は別にクロノスを裏切ろうとかそういうんじゃなくて……」


アズルが急に挙動不審になるのだが、それだけでもうわかる。

こいつ嘘が下手だなと……そして、やっぱこいつ助けなくてもよかったかもしんない。

まぁその件についてはおいおい問い詰めるとして、


「ふぅん……へぇ……?」


さっきからルーヴが物珍しそうに俺の周りを歩きながら品定めしてくる。

顔には先程までの興味無さげな雰囲気はなく、爛々とした目で俺に興味津々と言わんばかりに頭のてっぺんからつま先までをじっくりと見られていた。

嫌な予感がしてきた……


「……いいぜ。出てやるよ、ホームルームに」

「お、本当か!良かったですね、兄貴!」

「ただし!条件がある。アタシとそこのクロノスでサシの勝負をする」


ほうら来たよ。

予想通りの展開。

俺がバーバリに勝ったと聞いて、何やら闘争心に火が付いたみたいだ。


「そんで、もしアンタがアタシに勝てたら、そん時は大人しく言うこと聞いてホームルームでも授業にでも出席してやるよ」

「それって、俺が負けた場合はどうなるの?」

「んー、そうだなぁ。なら金輪際、アタシに命令するな。アタシは元々、誰かに命令されたり縛られたりするのが嫌いなんだ。そのアタシが勝負に勝てば言うこと聞くってんだ。譲歩としちゃあ、妥当だろ?」

「……わかった。その申し出を受けよう」

「えー!?受けちゃうのかよクロノス!?」

「だって、ルーヴの目を見てみろよ」


勝負を受けることを承諾したことに驚くアズルに顎でルーヴを見るよう促す。

彼女の目は獣としての目、獲物を定めた狩人の目だ。

森に入ったニールが獲物を弓で仕留める時も同じような目をしていたのを思い出す。

こういう目をする人はまず獲物を諦めたりしない。

絶対に仕留めて獲ると強く心に決めている。

それにたぶん、


「たぶん彼女は思いつきで勝敗の内容を決めたんだろうけど、ありゃ一度自分で決めたこと以外には納得しないタイプだ。今後俺がどんなにいい代替案を出したとしても、ルーヴは自分の決めた内容でなきゃ、ホームルームへの出席を拒むぞ」

「えぇ……自分の決めたことでしか動かないとかどんだけワガママなの?まぁ戦うのクロノスだし、負けても僕には何のデメリットもないしいいか!」

「おい」


こいつ、完全に俺を手伝う気ないな。

でもルーヴは俺との一対一の勝負を望んでいるようだし、今回はアズルの手を借りる必要は全くないか。

俺が勝負を受けるとわかると、ルーヴは嬉しそうに笑いながら拳で手を打つ。


「っしゃ!なら決まりだな!!どうする、今ここでやるか!?」

「待て待て慌てるな。ここで暴れてるのが教師陣にバレたら面倒だ。邪魔の入らない場所……訓練場でやろう。鍵の手配とかは俺がやるから、給食が終わった後にまた呼びに来る」

「いいぜ!必ず呼びに来いよ!!楽しみに待ってるからな!!」


今から楽しみだと言わんばかりの笑顔を見せながらルーヴは去っていく。

なんでホームルームに出るように説得するだけで戦わなければならないのだろうか……

ようやく5章レギュラーメンバーのルーヴが登場です!

クロノス、アズル、ルーヴがメインメンバーとなります!サンクチュアリ学園3バカトリオって呼んでます。


次回投稿は来週日曜日22時から!

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