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第二十二話 エルフのお爺ちゃん


 レイリスの家から飛び出した俺たちは村の中心地まで来た。

 そこで他のエルフたちの子供に混じって遊んでいた。

 最初は鬼ごっこをしてたのだが、レイリスが他の子供たちに「クロは魔法も使えるんだよ!」とか自慢するもんだから、いきなり魔法のお披露目会になってしまった。

 その後は土属性の魔法を使ってアスレチックを作って欲しいと懇願され、レイリスと二人で協力し大きい遊び場を作った。

 さすがに何度も魔法を使ったせいでマナが切れかけ疲れてしまったので、俺は子供たちの輪から離れ、近場の木の下で座って休んでいる。

 座って休みながら、他のエルフの子供たちに混じって遊ぶレイリスとフロウを眺める。

 やっぱ二人とも可愛いなぁ。

 レイリスはまだ少年っぽさがあるけどボーイッシュな女の子になりそう。

 フロウはかなりの美人さんになりそうだな〜。

 いや〜将来が楽しみだなぁぐへへへ。


「フン!あんな物を作りおって!」


 二人の少女を眺めて将来に夢見ていると、頭上から鼻を鳴らし文句が聞こえた。

 誰かと思い顔を上げると、眉間にシワを寄せ口をへの字に曲げている老人がいた。

 白髪に長い耳、この人もエルフか。

 老人は俺に気づくと鋭い目で睨んでくる。


「何じゃ小僧。人の顔をじろじろ見て」

「いえ、突然声が聞こえたので誰かと思いまして」

「フン!ワシはこの集落の長をしている長老じゃ」

「あ、そうでしたか。これはこれはどうも」

「どうもではない!人が名乗ったら自分も名乗るのが礼儀だろうが!」

「クロノスです」

「フン!まぁ覚えておいてやろう」


 なんだこの爺さんメンドくせぇ。

 変なのに絡まれちまったな。

 すぐに離れようか……いや、まだマナ切れでちょっとダルいし、もう少しここにいよう。

 あんまり煩いようなら離れればいいか。


「……」

「……」


 沈黙が流れる。

 二人一緒に子供たちが遊ぶ姿を眺めているだけで、特に話題が上がったりはしない。

 集落の長だと名乗った爺さんは腕を組みじぃっとアスレチックで遊ぶ子供たちを見つめている。

 絡んで来ることもないし、これならここに居ても大丈夫そうだな。

 この沈黙は重いけど。


「小僧。お前は遊ばんのか」


 いきなり話かけられてビックリする。

 なんだこの爺さん、黙ってると思ったら突然話かけてきて。


「……ちょっとマナ切れで疲れちゃったんです。それでここで休んでます」

「フン!そうか」


 爺さんはその答えに鼻を鳴らすとその場を立ち去った。

 何だったんだあの爺さん?

 でも、これで沈黙に耐えずにゆっくりでき──あ、戻ってきた。

 爺さんはいつの間にか俺の傍まで戻って来ていた。

 フン!とまた鼻を鳴らし、今度は何言ってくるんだ?と構えていると、右手の拳を突き出してきた。

 手が開かれ、その中には青い木の実が三つ握られていた。

 どうすりゃいいんだこれ?


「……えーと?」

「マナの実じゃ。噛めばマナの体内への吸収が早くなる」

「食べていいんですか?」


 尋ねるとまたフン!と鼻を鳴される。

 俺はそれを肯定と受け取ると、三つ全てを手に取った。


「じゃあ、ありがたく」

「一つずつ食べろ。いっぺんに食べると体調を崩す」

「わかりました」

「ゆっくり噛め。これは水だ」

「どうもすいません」


 水が注がれた木のカップを受け取りお礼を言うと、またフン!と鼻を鳴らして爺さんはそっぽを向いた。

 このお爺ちゃんめっちゃいい人だわ。

 ちょっと対応が面倒くさいけど。

 長老とか言ってたけど、何か用があって来たのか?

 俺は貰った木の実と水を飲み干すと、改めて長老にお礼をする。


「ありがとうございました。ちょっと元気が出てきました」

「フン!そうでなくては困るからな」

「長老はどうしてこちらに?」

「広場にあんな物を作られては困るからな。文句を言いに来た。あそこは村の祭りごとを行う時に使うのだ。あんな物を作られては、広場として使えんからな」

「すいません。ちゃんと帰る時に元に戻しますから」

「フン!しっかりとやるんだぞ」


 文句を言いに来たって言うけど、もしかして子供たちが怪我しないか見に来ただけなんじゃないだろうか。

 時々誰かがアスレチックから落ちかけたり転んだりすると「あぁ!?」とかすごい狼狽えてるんだけど。


「あ、あそこの子転びましたね」

「あぁ!?な、何じゃと!?」

「でもすぐ立ち上がって、また走り回ってます」

「フン!子供はそれぐらい強くなければな!」

「あっちでは子供が喧嘩してますね」

「えぇ!?な、何じゃと!?」

「でもレイリスが間に入って、止めさせたみたいです」

「フン!全く、子供はすぐに喧嘩するからの!」


 このお爺ちゃん面白いわ。

 顔怖いけど、子供のことが好きみたいだ。

 俺の所に来たのも、単に心配してくれたからなのかもしれない。

 そう思えてくると、逆にこのお爺ちゃんの狼狽えっぷりが可愛く見えてきた。


「小僧」

「はい、何でしょうか?」

「お前、ニールが言っていた村の子供じゃな。では、お前が領主の長男か」

「混じってます!俺は騎士の家の長男で、領主の子はあっちで遊んでる子です。ほら、あのフリフリの可愛らしい服着た子です。しかも女の子です」

「む?領主の子が女の子で、騎士の家の子が長男?」

「そうです。俺はクロノス・バルメルドです。あっちはフロウ・ニケロース」

「……そうか。それはすまんかったな」


 今納得するまでに微妙な間があったけど、理解してもらえてありがたいです。


「お前たち、今日はこの集落に泊まるのか?」

「いえ、夕方には帰ります。今日は遊びに来ただけなんです」

「フン!ならば、日が暮れる前に帰るのだぞ」

「わかってます」

「それと、この村で遊ぶなら『禁断の森』に近づいてはならん」

「それもわかったいます。親から耳にタコができるほど注意されましたから」

「ならば良い。興味本位であの森に忍び込む子がいるからな。最近もあったのだ。そう言った子には罰を与える決まりになっておる。叱られたくなければ近づかないことだ」

「わかりました。俺もあんな不気味な魔物に襲われたくはないですからね」


 苦笑いしながら答える。

 魔物を相手にするのはもう大蛇だけで結構だ。

 子供の体は非力過ぎるから、あんなのとはもう二度とやり合いたくない。

 なんて考えていると、長老が驚いた顔でこちらを見ていた。

 どうしたんだ?

 何か変なこと言ったか俺?


「お前、何故あの森に魔物が棲んでいるのを知っている。それもまるで見て来たかの様に」


あ、やっべ……口が滑った。


「小僧!まさかお前、森の中に忍び込んだのではなかろうな!?」

「違います違います!俺、こう見えても眼はいい方で、ここに来る途中で森の中に赤い眼が見えたから『あ、魔物がいる。怖いな〜』って思っただけなんです!決して忍び込んだりしてません!」


 凄い剣幕で迫る長老に全力で首を振って否定する。

 長老はしばらく俺の眼を見つめ、鼻を鳴らすと離れてくれた。


「フン!確かに、お前の眼にはおかしな術式が刻まれておるな」

「信じてもらえて何よりです」

「しかし悪趣味じゃの。誰じゃ、お前の眼にそんな物を刻んだのは。親か?」

「いえ、神様です。ギルニウス様から享け賜りました」

「神様ぁ〜?」


 俺の答えに長老がこいつ頭大丈夫か?と哀れみの目で見てくる。

 まぁ気持ちはわかる。

 俺だって神様から享け賜った言い出す奴がいたら速やかに病院に行くことをお勧めするわ。


「フン、まぁ良い。無闇に森に足を踏み入れれば、森に棲む魔物にたちまち喰われてしまうじゃろう。それが嫌なら近づかないことじゃ」

「魔物の恐ろしさはよく分かってるので、決して近づいたりしません」

「フン!殊勝なことじゃ。近頃の子供は度胸試しだのと森に忍び込むからの。そのまま命を落とす馬鹿者までおる。迷惑な話じゃ」


 迷惑な話。

 そう言いながらも、どこか悲しそうな顔をする長老。

 他の村の子でも、やはり子供が死ぬのはやるせないのだろう。

 だが……度胸試しか。

 やはりどこの世界でも、子供はそう言うのをやりたがるものなんだな。

 俺の世界でも、子供たちだけで森の中に度胸試しだとか勇気を見せる為とか言って、そのまま迷子になり行方不明になったりする事件は多かった。

 大抵の場合は無事に見つかるが、この世界では魔物なんておっかない化け物がウヨウヨいる。

 そんな中で道に迷ったら餌になるのがオチだろう。


「小僧。お前も騎士の家の子だからと、そんな無謀な真似はするのではないぞ」

「重々承知してます。魔物の恐怖は一度味わってますので」

「フン!ならば良いわ」

「しかし、度胸試しで禁断の森に入るなんて、一体何が森の中にあるんですか?」

「率直に言えば、森の中には何もない。あるのはどこにでも生えておる草木や木の実ばかりじゃ。大方、最初に森に忍び込んだ者が、自らを誇張する為に大嘘をついたのであろう」

「それは……迷惑な話ですね」


 俺の呟きに「全くじゃ!」と長老は明らかに憤怒する。

 自慢話を大きくしたくなるのは男の性みたいなもんだから仕方ないが、そのせいで今でも被害が出ているのだから怒るのは当たり前か。


「森に棲む魔物は基本森の中から出ては来ない。じゃが森の中に餌が入れば、一度奪い合いが始まる。そして人間の味を覚えた魔物は、また人を喰らおうと森から出てくる。それが一番厄介なのじゃ、奴ら数だけは多いからの」

「喰われるのだけは嫌ですね」

「なら、誰かに馬鹿にされたり挑発されたりしても森へは行かんことじゃな。そうすれば怖い思いをすることもない」


 長老は俺の頭を撫でると歩き出す。

 ゴツゴツした手だが、優しく頭を撫でられた。


「もうそろそろ元気が出た頃じゃろ。あの子たちが待ってるから行ってやれ。ちゃん土を戻してから帰るんじゃぞ!」


 立ち去る長老に、俺は立ち上がり頭を下げる。

 変なお爺ちゃんかと思ったけど、ただの子供好きないいお爺ちゃんだった。

 さて、マナも大分戻ったし、長老の言う通り遊ぶとするか!


「クロ、長老様と何かお話ししてたの?」

「いい子にしてないとお仕置きだってさ」

「あのお爺さん、エルフの長老なの?ちょっと怖そうだったね」


 どうやらフロウは長老様の見た目が怖かったみたいだ。


「いや〜、めちゃくちゃいい人だったぜ?」


 俺はそう言って笑う。

 その日も夕方までエルフの子供たちと遊び周り、帰る時にアスレチックはキチンと土に戻した。

 ニールとレイリスに村まで送ってもらった後は、フロウを屋敷に送り、俺は自分の家へと帰った。

 今度集落に遊びに行く時は、長老様にお土産でも持って行こう。

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