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第二百三十二話 存在しないクラス

あー!!台風で休日壊れちゃーう!!


朝のホームルームが始まるよりも前、生徒たちは教室で担任が来るのを待っている。

おかげで廊下にはあまり人がおらず、走り回る俺にとっては非常に都合が良かった。

ドタドタと足音を立て、玄関口から二階の職員室まで全力疾走し、俺は叩きつけるように勢いよく引き扉を開けて職員室に入り込んだ。

激しい衝突音を立てながら引き扉を開けて踏み込んできた俺に教師たちは驚き振り向く。

しかし入ってきたのが俺だとわかると、「あぁ、やっぱり来たか」みたいな表情と雰囲気が漂い作業に戻る。

「失礼します!!」と声をかけてから俺はズカズカと職員室に入り、教師たちの作業机を縫うように移動し、自分のクラスの女性担任に詰めった。


「おはようございます!」

「はい、おはようござます。クロノス・バルメルド君。どうかしましたか?」

「どうもこうもないですよ!何ですかあの貼り紙!?」

「見たままです。今朝の職員会議にて貴方はクラス(ゼロ)へと異動になりました」

「なんで!?大体何ですかクラス0って!?そんなクラス聞いたこともないですよ!?」

「クラス0は本校舎ではなく、旧校舎のクラスです。旧校舎の場所は警備員に訊ねて下さい」


女性担任は素っ気なく答えると「では」と言って、クラス名簿を手に取り立ち上がり去ろうとする!


「ちょっと先生!?」

「貴方はもう私のクラスの生徒ではありません。もうすぐホームルームの時間です。貴方も早く自分の教室に行って下さいね」


俺を一瞥してから教師は職員室を出て行ってしまう。

その後ろ姿を見ながら俺は「ええぇぇ……」と、人当たりの良かったはずの先生の態度が、つい昨日までと真逆なことに唖然と立ち尽くすことしかできなかった。

結局、何が何だかよくわからないまま職員室を後にした俺は警備員に旧校舎の場所を聞くことに。

教えてくれた警備員の話では、旧校舎は本校舎と校庭を抜け、雑木林を抜けた先にあるそうだ。

訪ねた時警備の人に「大変だと思うけど、頑張るんだよ」と何故か励まされてしまう。

よく意味のわからないまま案内された通りに校舎と校庭を進み、近く雑木林の中に足を踏み入れる。

木々に遮られて陽の光はあまりないが、一応人の出入りはあるのか、歩く為の道は整理されていた。


「とは言え、何なんだこの道……なんでクラスが変わっただけで、こんな道を通って教室まで行かなければならないんだ」


文句を垂れながら砂利道を歩く。

第一、なんで学園が始まったばかりのこのタイミングでクラス替えなんだ。

急にも程がある。

いや、待て……確か貼り出されていた掲示物にはアズル・ライトリーの名前もあった。

まさかアズルが俺と同じクラスになる為に……?

いや、そんなまさかな……さすがにあの男もそんな馬鹿なことの為に学園側に働きかけたりしないだろう。

頭を振って雑木林を歩き続けると数分もしない内に三階建で木造の学校が見えてきた。

相当古い建物なのか、廊下の窓が割れていて時計も十二時を指して止まっている。

今はまだ朝の八時前だ。

本当にここが俺がこれから通う校舎なのかよ……実はドッキリだったとかだといいなぁ。

しかし、旧校舎をもう一度よく見れば時計と一階の窓全てが壊れているものの、校舎を支えている丸太はすごく綺麗だ。

何度も修繕しているのか、所々丸太の表面が他と違う色合いをしている箇所が見受けられた。


「なんか、お化け屋敷みたいだな」


旧校舎の外観にぽつりと呟き、玄関から入り左右を見渡す。

一階に全く人の気配がしないんだけど……本当にこの校舎使われてるのかよ……?

昔の名残なのか教室の扉の上にはプレートが残っているが、文字は擦り切れており何と書いてあるかは読めない。

とりあえず人を探してみようと近くの教室の扉を開けると……


「ん?お、クロノス!やっと来たか!」

「アズル?」


教室に入ると俺に気づいたアズルが嬉しそうに出迎えてくれた。

アズルは窓側の席に一人だけ座っている。

そう、文字通り教室でたった一人(・・)だけで……他の生徒はどこにもいないのだ。

教室は窓が割れている廊下とは全く異なり綺麗に清掃されている。

窓も割れていないし机と椅子も綺麗だ。

さすがに壁と天井は多少汚れがあるが、あまり気にはならないだろう。

足元のシミだって、見下ろさなければ気付かないレベルだし問題は……ちょっと待って、このシミって血じゃない?


「そんなとこ突っ立ってないでこっち来いよ」


足元のシミに若干戸惑っているとアズルは自分が座っている席の隣を叩く。

アズルの席は窓際の一番前だ。

机の数は全部で三十程、つまりこの教室には俺とアズル含めて少なくとも三十人近い生徒がいるはずだ。

だがここにいるのは俺とアズルの二人だけ、他の生徒はどこに?


「来るの遅かったけど、寝坊でもしたのか?」

「違うわ。本校舎行ったらクラス異動の貼り紙がされてたから、どういうことかか担当教師に聞きに行ってたんだ」

「なるほどネー、じゃあ途中で入れ違いになったのか。僕は掲示物見てからすぐこっち来たから。そういやさ、本校舎の前に机と椅子?みたいなゴミが散乱してたんだけどさ、アレ何か知ってる?」

「それは元々俺が使ってた机と椅子だ!!投げ落とされて壊れたんだよ!!」

「あぁ、そうなの?ご愁傷様」


アズルの隣の席に鞄を叩きつけながら席に座る。

あれは今思い出しても腹が立つ!

何も投げ落とすことはないだろ!


「投げ落としてたのはお前を殴ってた二人組だったぞ。あいつら壊れた机を見て唖然とする俺を見て笑ってやがった」

「あぁー、じゃあ僕らがクラス異動になったのはキングやサイドキックスたちが裏から教師に頼んだんだろうね。どんくらい賄賂渡したかは知らないけど、昨日クロノスが僕を助けたことでもチクったんじゃない?それで報復として僕らに嫌がらせをしたんだよ、きっと」

「……ってことは、お前を助けたから俺は巻き添え食らったってことじゃねぇか!やっぱお前のこと助けるんじゃなかった!!今からキングに菓子折り持ってて、俺とお前の関係の誤解を解いてくる!!」

「えぇ!そんな冷たいこと言うなよぉ!せっかく出会えた異世界転生者同士、仲良くしようぜぇ!?」

「ええい、擦り寄るな気持ち悪い!!」


席を立つと引き止めようとアズルが腰に抱きついて来る!

引き剥がそうと暴れていると教室の扉が開き教師が現れた。

その人はドワーフ族なのか身長が低く、白髪で白い髭を蓄え、温厚そうな表情な男だ。

猫背なのか腰を丸めながら歩いており、壇上に立つと教室を見回す。


「今日は二人だけか……君たち、名前は?」

「クロノス・バルメルド、です?」

「僕はアズル・ライトリー」


名前を告げるとドワーフの教師は手にしていたクラス名簿を眺め、ふむふむと蓄えた顎髭を撫でながら頷く。


「クロノス・バルメルド……と、アズル・ライトリー……今日の出席者は二人だけだな」

「えーと……このクラスの先生、ですよね?」

「おお、すまん。挨拶がまだだったの。ワシはこの旧校舎(・・・)全体の担任をしておる、パジーノ・ユロじゃ。これから三年間よろしくの」

「「……よろしくお願いします」」


パジーノと名乗った老人先生に頭を下げられ、俺たちも頭を下げる。

物腰の柔らかさに先程の出来事に怒っていたはずなのに、嘘のように怒りが消えていた。

パジーノの声色と雰囲気が自然と人を落ち着かせるのだろう。


「では、ホームルームはこれでおしまい。ワシは本校舎の職員室におるからの。用があれば寄ってくれ。ではまた放課後に」

「はーい……って!ちょちょ、ちょっと待ってパジーノ先生!!」


流れるように教室から出て行こうとするパジーノを慌てて呼び止める。

名前を呼ぶとゆっくり振り返り、


「何かの?」

「いや、俺……突然クラス異動だって言われてここに来たから状況がよくわかってないんですけど……この旧校舎と『クラス0』ってなんなんですか?」

「あ、それは僕も気になる。てかあんた、旧校舎全体の担任とか言ってなかった?」

「おー、そうじゃったの。すまんすまん。この歳になるとつい人に伝えることを忘れがちになっていかん。えーと、なんじゃったかの?まずはこの旧校舎のことから話そうか」


踵を返し身近な椅子に座るパジーノ。

俺たちも話を聞く為に席に着くと、パジーノは少し考えたのち語り始める。


「この校舎は本校舎が立つ前に使用されていた物でな。壊すのも勿体無いと何度か改修されて残されておる。初めの内は記念品として扱われておったのだがな。問題のある生徒と同じ学園にいたくないと一部の生徒から要望があって、ここを使うことになったそうじゃ。以来、本校舎で問題を起こした生徒は職員会議で議論をされ、この旧校舎に送られてくる。それが……」

「『クラス0』……俺たちが今いる教室」

「じゃあここって、僕たちみたいに学園のキングに歯向かって目の敵にされた奴らの吹き溜まりってワケ?」

「そうとも限らん。ここには様々な理由で生徒が送られて来る。成績が悪かったり、家庭の事情で表立ったことのできない子だったりと理由は色々ある。問題行動を起こして来る子もおるがの」


そう言って先生は俺たちを見るが、別に俺かは何かした訳でもないので堂々とした態度をしておく。

アズルは何でか知らんが口笛吹きながら明後日の方角を向いていた……吹けてないけど。


「そういった生徒ばかりのせいかは知らんが、このクラスは『クラス0』と呼ばれるようになり、学園から存在しない(・・・・・)クラスとして扱われるようになったんじゃ」

「存在しない?僕ら、いないことにされるの?」

「学籍上はちゃん在学しとることになっとる。給食も出るし寮も今まで通り使えるから安心しなさい。ただ……学校行事には参加することはできない。当日は大人しく自室待機となるでの」

「えー!?なにそれ!?僕ら完全にハブられてるじゃんそれ!!」


説明を聞いて抗議の声を上げるアズルの横で俺は妙な納得感を感じていた。

この旧校舎は雑木林の中に隠すようにして立っている。

少なくとも学園の部外者は旧校舎を知らないし、入学時のレクリエーションで旧校舎の案内を俺は受けなかった。

つまり普通の生徒でも旧校舎とクラス0のことを知る者はいないというわけだ。

知らなくてもいい校舎、関わる必要のないクラス、学園外にとって存在を知られてはいけない生徒たち……それがクラス0なのだ。

当然学園主催の催しには参加させてはもらえないだろう。


「先生、この旧校舎って他にクラスは?」

「ない、一学年にクラス0は一つだけじゃ。上の階に二年生と三年生もおるが、同じくクラスは一つだけ。生徒数もほぼ同じ三十人。担任はワシ一人だけ(・・・・)

「「一人!?」」

「ほ、他に旧校舎に先生はいないんですか!?」

「おらんよ。ワシ一人で三学年の担当をしておる。だから朝のホームルームに遅れる時があるかもしれんから覚えておいてくれ」

「いやいや、一人で僕たち三学年三クラスの担任は無理でしょ!?」

「仕方ないのさ。他の先生たちは旧校舎の生徒とは関わろうとはしない。だから、ワシ一人で三学年受け持つことにしとる」

「待って待って、そしたら僕たちの授業って誰が見るの?」


そうだ、授業!

アズルがパジーノの言葉に疑問符を浮かべながら訊ねる。

他の教師が旧校舎に来ないとなると、授業は一体誰がやってくれるんだ?

まさかそれも先生が一人で三クラス分まとめてやるのか?


「すまんがクラス0の授業は全学年自習じゃ。ワシが他の先生方に頼んで授業でやる範囲を聞いておくから、各々自主的に勉強するのがこのクラスの基本じゃ」

「えぇー……」


まともな授業形態を為してなさすぎだろクラス0……本当に学園側はこのクラスを存在しないものとして扱ってくるのかよ。


「じゃあ、授業の出席ってどうなるんですか?まさか、それもカウントされないとか!?」

「いやいや、そこは心配せんでもいい。ワシが朝のホームルームに出席した生徒は授業にも出席しとる扱いとして成績を付けるから、ホームルームにだけ顔を出してくれれば問題ないよ」

「え、マジで?ラッキー!!授業真面目に受けなくてもいいとか楽じゃん!!」


それを聞いてアズルは大喜びし、俺は一安心する。

良かった、出席日数足りなくて成績不振とかにはならなそうだ。

そんなことがジェイクとユリーネに伝わった日には、俺はもう養子縁組を切られてしまうかもしれない。

それに俺がクラス0などというクラスに所属しているのも知られてはならない!

何としても両親にはバレないように隠し通さなくては……!!


「パジーノ先生、俺どうしても元のクラスに戻りたいんだけど、どうしたら本校舎のクラスに戻れるんですか!?」

「うむ……そうなると、職員会議の議題としてワシから提示し、職員過半数がそれに賛成してくれれば可能じゃよ」

「可能なんですね!?よし!」


戻ることが可能と聞いてガッツポーズする。

なら教師を説得してさっさとこんなクラスからおさらばだ。


「じゃが、君のクラス異動を議題として提示できるのは一年後──二年生に進級する時だけじゃ」

「え、なん……!?いや、そうか……そうだよな。問題起こした生徒を数ヶ月かそこらで元の場所に戻したりしないか……くそぅ」

「それに旧校舎に来た生徒が本校舎に戻れたことは一度もない。ワシも四十年近くこの学園で教師をしておるが、学園の歴史でもクラス0から異動した生徒は一人もおらんのだよ。みな、途中で本校舎に戻るのを止め、クラス0の生徒のまま卒業していった」

「だったら俺がその最初の一人になってみせますよ!」

「えー?クロノス、本校舎に戻るのー?このまま旧校舎にいようぜ?授業まともに受ける必要ないクラス0の方が楽じゃん?このままこのクラスで卒業しようぜ?」

「だまらっしゃい!!俺には俺の目的があって田舎からこの学園に入学したんだ!こんなところでつまづく訳にはいかないんだよ!!」


誘惑して来るアズルを振り払い決意を固める。

そもそもの原因はアズルを助けたことだ!

クソ、やっぱりギルニウスの頼みなんか聞くんじゃなかった!!

あいつに関わるとロクな目に遭わねぇ!!


「先生、俺の本校舎復帰の為にやるべきこととかありますか!?」

「まず学期ごとの期末テストで優秀な成績を残すのはもちろんだが、普段の学校生活でも問題を起こさずにいるのも条件じゃ。後は担任教師からの推薦が必要じゃが……ワシはそう簡単に許可は出さんぞ?」

「じゃあ、どうすれば推薦してくれるか教えてください!」

「そうじゃのぉ……じゃあ、まずはこのクラスの生徒全員を朝のホームルームに出席させてもらおうかの」

「クラスメイトを?」


首を傾げてから教室を見回す。

座席数は三十。

今いるのは俺とアズルの二人なので、いない生徒は二十八人となる。

それを全員出席させればいいのか?


「授業は出席扱いするとは言ってものぉ。肝心のホームルームにいなければさすがにワシも擁護できん。もし君が全員を朝のホームルームに出席するようにクラスメイトたちを説得できたのなら、進級時に職員会議にクラス異動の希望議題の提示を検討するぞ」

「えー?二十八人全員?さすがに無理じゃ……」

「わっかりましたァ!不肖、このクロノス・バルメルド!!クラスメイト残り二十八名を必ずやホームルームに出席させてみせますとも!!」


席を立ち上がり啖呵を切って勢いよく胸を叩いてみせる。

でも叩いた時に力を込めすぎて思い切りむせてしまった!

それを見てパジーノは愉快そうに笑う。


「ハッハッハッハッ!よろしく頼むよ。じゃあ、ワシは本校舎の職員室に戻るからの。何かあったら訪ねなさい。ではの」


パジーノは手を振りながら教室を後にする。

よーし、やってる!!

本校舎に戻る為にも、まずは二十八人全員をこの教室に引きずり出してやる!!


「よしアズル!二人でやるぞ!」

「ええええぇぇぇぇ?僕もやるのぉぉぉぉ?」

「絡まれてるお前を助けた結果巻き添えで俺もクラス異動させられたんだぞ?ちょっとは手伝え」

「うぇぇぇぇ?あー……わかったよ」

「じゃあ張り切ってやるぞ!おー!」

「おー……」


旧校舎の一階にやる気に満ち溢れた俺と全くやる気の無いアズルの声が響く。

腕を振り上げ決意を表していると、上階の上級生から「うるせぇ!」と怒鳴り声が聞こえて二人して「「すいません!!」」と叫ぶのだった。

あえてテンプレ踏み抜いて、この先も踏み抜いて落ちていくタイプ


次回は来週日曜22時からです!

皆さんも台風お気をつけて!!

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