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第二百三十一話 クズとアズ

今日で連続投稿はおしまいです!


夕飯を食べ終えアズルと二人で大浴場を訪れる。

食べるのが遅かったので大浴場にもほとんど人がおらず、両手で数える程度しか人がいない。

大浴場は中央に円形の巨大浴槽が設置されており、一度に大量の生徒が入浴しても十分スペースがある。

もっとも今は人がいないのでほぼ貸切状態で入れるので少し得した気分になれる。


「さぁサム、今洗ってやるからなー」


湯船に浸かる前に身体をお湯で流そうとしたら、突然隣にいたアズルが何者かに猫撫で声で語りかける。

驚いて周囲を見回すが俺たちの近くには誰もいない。

怖いんだけど……誰に話しかけてるのこの人……


「サムって誰だよ」

「え、ムスコの名前だけど?」


俺の問いかけにアズルは下を向きながら答える。

名前なんか付けてるのか……しかもサムって……


「……ムスコに名前なんか付けないだろ」

「付けるでしょ名前。クロノスも名付けてるだろ?」

「いや、普通は付けないだろ」

「いや付けるでしょ、名前は普通」

「……え?」

「……えぇ?」


多少お互いの感性に疑問を持ちつつも同時に湯船に浸かる。

二人同時に湯船の暖かさに愉悦の声を漏らした。


「さぁて、湯船にも浸かったしここならゆっくり話ができる。そろそろ聞かせろよクロノス。お前が転生してから今日までの話」

「いいけど、あんまり面白い話でもないから期待するなよ」

「わかってるって。前置きはいいから話せよ」

「んじゃあ……俺は転生する時に前世の記憶、自分に関することだけを忘れてたんだ。それで──」


湯船に浸かりながら、アズルに俺がこの世界に転生してからサンクチュアリ学園に入学するまでに体験した全てを話す。

奴隷として売り飛ばされそうだったこと、養子となった家や地元の友達、時の女神と魔王に勇者、それに俺の中にあるいつ爆発するかもわからない時限爆弾があることも……

入浴時間内で全てを語ることは無理なので風呂から出た後は俺の部屋にアズルを招き、現在に至るまでの経緯を話終えることができた。

面白いもので、俺が話をしている間アズルは、驚いたり笑ったり顔を青ざめたりと実に聞かせがいのあるリアクションを見せてくれる。

特に魔王との戦いはハラハラしながら聞いており、やっぱりアズルも魔王対勇者というシチュエーションに心震わせていたようだ。

だが……


「はぁー……なぁんかやる気に無くしたなぁ」


全ての話を聞き終えた途端、まるで空気が抜けた風船のように萎んでしまいテーブルに顔を突っ伏す。


「僕よりクロノスの方がめちゃくちゃ異世界生活エンジョイしてるじゃん。めっちゃ異世界転生っぽいことしてるじゃん!僕なんか可愛い幼馴染も王女の知り合いもいないってのによォ!!なんだよこの差は!?」

「キレるなよ……未来に飛ばされた時は本気で死ぬかと思ったんだぞこっちは」

「そうだよな……うん。それは本気で同情する。でもさぁ、その話だともう勇者は誰になるか決まってるってことじゃん?僕が勇者になれないじゃんそれだと!!やる気無くすわぁ!」


あぁ、一番重要なのそこなんだ。

どうやらアズルは自分も異世界転生したんだから、もっと冒険とか勇者になって伝説になりたいとか、そういった願望を持っているようだ。


「まぁまぁ、話の途中であったろ?ギルニウスに認められてなくても、破魔の剣に認められれば俺でも勇者になる資格は貰えたってことだ。俺が選ばれたんだ、お前でも選ばれる可能性は十分にあるだろ?」

「……なるほど?……なるほど!!おっほぉ!そう考えるとやる気出てキタァー!!」

「条件は知らないけどな」


ホント、なんでフェリンとの闘いの時に俺は破魔の剣に勇者の資格ありと認められたんだろうな?

拒否して殴り飛ばしたら資格失ったっぽいけど。


「で、で!?その勇者の使った破魔の剣?ってのはどこに封印されてんの!?明日取りに行こうぜ!」

「待て待て!封印される場所は知ってるが、そのルートを俺は知らない。現地の人に案内してもらわないといけないけど、お願いするのは絶対無理だ」

「えーなんでだよ?」

「そこに住んでる人たちは剣を守るのが仕事らしい。ギルニウスに認められた訳でもないのに、いきなり俺たちが『剣下さい』とか言っても案内してもらえるはずがない。俺も絶対誰にも教えない」

「なんだよ……すぐに引き抜いて異世界無双しようと思ったのに」

「魔王が復活するのも勇者が現れるのも確定事項らしいし、その時まで待てばいいだろ。それまでに俺たちは魔王と戦う準備をしとけばいい」

「それもそうかぁ……ま、いっか!僕でも勇者になれるチャンスがあるってだけで、なんか明日を生きるのが楽しくなってきたぞぉ!」


単純なヤツ。

破魔の剣を引き抜きに行くと言い出されてちょっと焦ったが、割と簡単に思い留まらせることができた。

今剣を引き抜いてもレイリスは扱えないし、魔王の配下に奪われることになんてなったら目も当てられない。

ルディヴァ曰く、俺には未来を変える程の力はないらしいし、基本的には俺が死なないまま、歴史が十年後の未来と同じ流れを辿るようにしたい。

重要そうな出来事の時だけ動いて、ライゼヌス城が魔王軍の手に落ちるとか、レイリスが行方不明になるとか、巫女がベルを残して生贄にされるとか……そういう事態を避けられれば十分だ。

それまでは俺自身が力をつけて、一緒に戦ってくれる仲間を増やしていくのが俺のやるべきことだろう。

目の前のアズルは一緒に戦うとなると……かなり不安だが。


「でも僕努力とかそういうの好きじゃないんだよねぇ。勇者の剣を手に入れて強くなるのは確定として、他に楽して強くなる方法ないかなぁ?」

「お前クズだな。そうだなぁ、未来で俺が師匠って呼んでた人が使ってた魔道具。それがあればだいぶ違うと思う」

「転移してきたって方の人?そんなにスゴイのか、その道具?」

「段違いだな。自力で再現しようとずっと特訓してるんだけど、全くできる気配がない。こういう形のなんだけど……」


紙と羽根ペンを持ち出しテーブルの上で描いてみせる。

どういう原理で魔法効果が発動しているのかはさっぱりなので、道具と魔石の外見だけをまとめたのを描いた。


「こんな感じだったな。確か」

「へぇ、結構シンプルなんだな。もっとゴテゴテした物かと」

「そのせいか燃費は悪いけどな。でもそれが無かったら俺は途中で死んでた」

「えぇ……これないと死んでたとか、クロノスが弱かったのか?それとも魔道具が超高性能だったとか、魔王軍が強すぎたとか?」

「たぶん全部だな」

「……クロノス、お前……よく生きて帰ってこれたな」

「俺もそう思う」


未来での出来事を振り返れば、生き残れたのが奇跡だといつも思う。

ルディヴァの話じゃ、平行世界の俺は九分九厘死ぬらしいし。

でも寝てると当時のことを夢で見てうなされるから、余計に生きて朝を迎えられることに感動してしまう自分もいる。

魔道具のグローブとブーツを描いた紙を手に取り、唸りながら見つめ続けるアズル。


「なぁ、この紙貰ってもいいか?」

「いいけど……家のツテでも伝って探すのか?確か実家は商人だもんな」

「うん。まぁそんな感じ」


頷きながらアズルは紙を四つ折りにすると部屋着のポケットにしまう。

すると廊下から「消灯の時間ですよ!」と寮母の声が聞こえてくる。

どうやら各部屋の巡回中のようだ。

それを耳にしたアズルは「さてと!」とソファーから立ち上がる。


「んじゃあ僕は部屋に戻るよ」

「ああ、明日もキングやサイドキックスに絡まれると思うけど……まぁ頑張れ。次は助けないからな」

「なんでだよ!?助けてくれよ!?僕ら同じ惑星から異世界転生したソウルメイトだろ!?」

「そういうのもういいから」


冷たくあしらい、アズルと廊下に移動する。

「また明日な!」と元気なアズルを手を振って自室に戻るアズルを見送りドアを閉めると、電気を消してからベッドに転がり込んだ。

アズル・ライトリー──長い物に巻かれるタイプのクズなのは間違いないが、せっかく同郷をまた一人見つけたのだ。

家は商業を営んでいるらしいし、仲良くしておけば何か得があるかもしれない。

出会ってまだ一日、どういう人間かもわからないからもうしばらくは一緒に行動してみよう。

そう思いつつ目を閉じる。

喋り疲れたからか、割とすぐに睡魔に襲われ、俺は眠りに就くのだった。




✳︎




次の日、ギルニウスルームに呼ばれることもなく俺はいつも通り日が昇る少し前に目を覚ます。

正直一日に二度同じ人物の顔を見ずに済んで少し安堵していた。

日課のランニングと素振り、魔法の練習を学園の敷地でこなし、寮の食堂で朝食を済ませる。

食べに行く前にアズルの部屋を訪ねたのだが、ドアをノックしても爆睡しているのか、いびきで返事されたので放っておいた。

クラスメイトたちと廊下ですれ違い挨拶をして、鞄を持って寮を出る。

いつもと何ら変わりない。

いつもどおりの朝……なのだが、


「ねぇ、あの人」「あぁ、あれが?」「ソウルメイトだって昨日……」「ティンカーベル王女様のお友達らしいわよ?」


やたらと学園に向かう人たちの視線を集めている気がする。

チラチラと見られ、ヒソヒソと小声で俺を見ながら話している。

……あんまりいい気分ではない。

そりゃ、昨日の夜はアズルがかなりうるさかったが、道行く生徒全員に好奇の視線を向けられるのは心地良いものじゃない。

人の噂も七十五日と言うが、それまで毎日視線を向けられるのは嫌だな。

あまり周りの視線を気にしないようにしながら校舎の玄関口まで黙って歩いて行く。

すると、玄関前に生徒たちが集まっているのに気づいた。

この学園では玄関前に学園からのお知らせとして告知物が掲示される。

健康診断や学園長の有り難〜い講習会のお知らせとか、そんなものだ。

大抵ホームルームでも教師から口頭で知らされるので、生徒たちは掲示物を一目見たら離れるのだが、今日に限っては何故か固まったまま離れようとはせず騒めいていた。

そこまで重要な内容なのか?と俺も掲示物を見ようと生徒たちの間をすり抜け近づこうとする。

少し苦労しながらも何とか掲示物の前に出ると一枚の大きな紙が貼り出されていた。

そこにはこう書かれている。


『本日の職員会議にて以下の者をクラス異動とすることを決定。


クロノス・バルメルド

アズル・ライトリー


上記二名の生徒は本日より、クラス0所属に変更する』


「……え?」


貼り紙の内容に目を疑う。

俺とアズルの名前がそこには書いてあったのだ。

クラス異動?

いや、それはわかるがクラス0って何?

そんな名前のクラス聞いたことないんだけど?

周囲にいた生徒が俺が貼り紙に名前を書かれているクロノス・バルメルドだと気づき距離を取る。

サーッと一斉に生徒たちが離れ、俺を見ながらヒソヒソと小声で話し合っていた。

そして突如、背後に校舎の上階から木製の机と椅子が降ってきて、地面に激突し半壊する。

振り返って見ると、机にはクロノス・バルメルドと名が刻まれたプレートが付いているのがわかる。

これは俺が使っていた机だ。

しかし昨日最後に見た姿と違い、地面に落下した衝撃で脚が折れ、見事に真っ二つに割れている。

椅子も同じく後脚が折れ、背もたれも折れて吹き飛んでいた。


「……え!?」


見るも無残な姿となった自分の机と椅子を見て驚くと上階から笑い声が聞こえ上を向く。

教室のベランダから何名かの生徒が顔を覗かせながら俺を見て大笑いしている。

そこには昨日、アズルを殴っていた生徒二人の姿があった。

彼らは笑いながら俺と半壊した席を指差し、


「テメェの席ねぇから!!!」


と叫んで唾を吐き捨てると、俺をせせら嗤いながら教室へと戻っていく。

周囲にいた生徒も失笑しながら校舎へ入って行き……


「ええええええええええ!!!???」


俺は目の前の出来事が全く理解できずに素っ頓狂な声を上げることしかできなかった。

今回はいつもと違い18時からの投稿でした

毎回22時に投稿しているんで、どれくらい閲覧者に差が出るのか確認してみたかったんで、今回だけは18時にしてました


来週はいつもどおり22時の予定しておりますが、18時投稿の方がいいと声がありましたら、今度からそっちに変更する可能性もあります

まぁ、コメントで書かれなければいつも通り22時運転になりますので


では次回は日曜日22時に会いしましょう

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