第二百二十七話 入学祝い
今日から日曜日まで連続投稿でーす
寮の部屋に飾る観葉植物を買いに花屋を訪れたら、まさかのベルと鉢合わせになる。
せっかくだし、中等部から学友になるから親睦を深めるきっかけにしようかと選ぶのを手伝ってもらおうとしたのだが……
「あ、こっちの花は今から育てれば夏には咲きますよ!でもすぐに花の開花するならばこちらの花もいいです!春の気候が好きなんですよ!それともこちらにしますか?開花したのちに種が土の中に落ちるので、育てれば育てる程増えますよ!!お部屋全体を花で埋められます!!」
「いや、そこまで増やすつもりはないから!!」
すごい勢いで色んな花を薦められていた。
アラウネであるベルが花に詳しいのは当然のことなんだろうけど、こんなに生き生きとした表情で早口なベル始めてみたよ……
未来のベルでさえ、花の話をしている時は落ち着いた物腰だったはず。
目まぐるしく花と植物を紹介してくるベルに面喰らっていると、そんな俺を見たからか申し訳なさそうにベルは一歩下がる。
「ご、ごめんなさい!つい悪い癖が……」
「いや、大丈夫。でも知らなかった、ベルが人に花を薦める時にそんなに興奮するなんて、城の庭園にどんな花があるか教えてくれた時とは真逆だったから驚いただけだ」
そう答えるとベルは顔を赤くしながら植木鉢で口元を隠し、
「わ、私……誰かに花や植物を紹介してお薦めすると興奮しちゃって、自分でも抑えられないぐらいになってしまうんです。すみません……」
「気にしてないから。どっちかって言うと、なんで花のことを話す時と薦める時とでそこまで違いが出るのかの方が気になる」
「私は……お城でずっと花の世話をして過ごしたました。でも、花の話をできるのは庭師の方だけで、他の使用人の方々はそこまで花に詳しくはないんです。でも皆さん私の育てた花が綺麗に咲くと褒めてくださって、自分も花を育ててみようかなって言ってくださったんです。それで私嬉しくなってしまって、その際に相手の方に押し付けるように花をお薦めしてしまう癖があるってわかったんです。
私が育てた花を褒めてくれたことより、相手が花を育ててみたいって思ってくれたことが嬉しくて……」
「他人が興味を持ってくれると嬉しくて、押し付けてしまうほど暴走しちゃう……みたいな感じ?」
「だと、思います」
なるほどねぇ、ベルはアラウネであるが故に花に興味を持ってもらえるのが嬉しい。
だから興味を持ってくれた人につい花を薦めるのに熱がこもってしまうのか。
アラウネ全体がそうなのか、ティンカーベル個人の癖なのかはわからないが、それだけベルは花に愛情を持っていると言うことなのだろう。
恥ずかしそうに「すみません……」と謝られてしまうが、気にしてはいないし謝ってもらうことでもない。
「じゃあさ、初めての俺でも育てやすいのってどれか教えてくれるか?」
「でしたらッ!……コホン。で、でしたら……」
逸る気持ちを抑える為に一度咳払いをして、改めてベルは一つの植物を紹介してくれる。
それは植木鉢から俺たちの背丈を軽く超える程の高さまで幹が真っ直ぐに伸びており、大きな葉をいくつもつけて堂々とした姿で鎮座していた。
「こちらがいいかもしれません。パキラという観葉植物で初めての方でも育てやすいんですよ」
「へぇ……花とか咲かせるの?」
「はい!種は食用にもなるそうで、挿し木などで簡単に増やすこともできます。管理のしやすい品種の一つだと図鑑で見ましたお城にも飾られているんですよ」
「ほぉ……?」
挿し木?が何かよくわかんないけど、増やすのも育てるのも簡単だと言うのはわかった。
アラウネであり植物に詳しいベルが初心者にお薦めするのなら間違いないだろうし、このパキラとやらにしよう。
ジェイクに「これにします」と伝え、店員を呼んで会計を済ませる。
部屋に飾るので二鉢買っておく。
それを馬車に積み込んでから、改めてベルにお礼を言うことにした。
「サンキューベル。選んでくれて助かったよ」
「いえ、もし育て方や手入れで分からないことがあれば、いつでも聞いてくださいね」
「ああ、学園で会えた時にそうするよ」
ベルは自身の部屋に飾る花を買い終え、「また学園で」とお互いに手を振って別れる。
ベルの馬車は護衛の騎士たちをぞろぞろと引き連れ、周囲の目を引きながら学園まで戻っていくのだった。
それを見てから馬車に乗り込むとニヤニヤとユリーネが笑みを浮かべながら俺を見つめてくる。
「良かったわねぇ。ベル様にお部屋に飾る物を選んでもらった上に、学園でお話しする時に話題にしやすなったわね」
「そっすね」
「あら、女の子の趣味に合わせて話題を振るのは大事なことよ。どうせならもう少しお花買っておく?」
「いいですよ。そんな下心から花を育てる気はありません。とにかく次行きましょ、次!盾買いに行くんですから!」
ニタ笑みを浮かべるユリーネを一蹴して今度は武器屋に向かう。
流石に今度の店では貴族は来ておらず、店の前は空いていたので家族全員で入る。
訪れた店は武器屋としてはかなり広く、剣や盾、鎧に至るまで全て一つ一つが丁寧に陳列されており商品が壁に飾られていた。
客が来店したのに気付くとすぐに店主と思わしき身なりの良い男が駆け寄ってきて、
「いらっしゃいませ〜!モルトローレ“一”の武器屋『ガンゴゴ』へようこそおいでくださいました〜!」
モルトローレ“一”をやたらと強調してくるなぁ。
店主の男は武器屋の店員とは思えぬ程綺麗な衣服を身に纏っており細い体系をしている。
手を擦り合わせながら俺たちに顔を近づけてきた。
「本日はどのようなご用件で〜?息子様の入学祝いの為に剣と盾を買い揃えにいらしたのですか〜?」
「いや、剣はもうあるんで盾を」
「でしたらお目ぇ〜が高い!当店はモルトローレで“一番”の品質と品揃えが自慢のお店!必ずやご満足いただけるでしょう!では早速こちらへどうぞ〜!」
「え、いやちょっと!?だから俺は盾を単品で買いに来ただけで!」
店主に手を引かれ店の奥へと連れて行かれる。
店の中を見回して見ると他にも何人か家族連れで訪れており、複数の店員がそれぞれ商品の武具を紹介していた。
ただ気になるのは、それらの商品がやたらと装飾まみれなことなんだけど……
「まずはこちら!か〜つて魔王ベルゼネウスを討ち倒したと呼ばれる伝説の勇者が使っていた剣のレプリカ!『破魔の剣』でぇ〜すっ!!」
壁に飾ってあった剣を一本手に取り店主は俺に剣を握らせる。
その剣は明らかに成人男性向けのサイズの剣で、刀身以外の何からなにまで全て金色に染められていた。
鍔の左右と柄頭には装飾なのか変なシンボルのチェーンが付いている上に、鍔と握りの至る所に宝石が埋め込まれているのだ。
こんなの握ったところで飛び出てる宝石のせいで痛いし掴み辛いしで全く実戦で使える気がしない!
そもそも俺の記憶の中にある『破魔の剣』と一ミリたりとも合致する箇所がない!!
なんだこの適当な作り!?
パチモンのパの字にも掠りもしない剣は!?
造った奴絶対資料も何も見ないで造ったろ!!
勇者の剣として名を騙るにも不愉快過ぎる程の代物を手にさせられ気分が悪くすると、店主は満面の笑みを浮かべながら、
「どうです〜?レプリカでも性能は折り紙つき!その剣ならばどんな魔物もスパッと両断!決して折れない、錆びない、思い出も寂れないの安心設計!有事の際以外は鞘に納めて飾れば鑑賞としても申し分無し!家宝にもなって一家に一本間違いな〜し!なんと今なら入学祝いでたぁったのギルニウス大金貨二十五枚ですよぉ〜!!」
大金貨二十五枚ってクソ高ッ!!
この世界の紙幣は大金貨、金貨、大銀貨、銀貨の四つに分かれている。
一般の給料相場は大銀貨五枚で人一人が三食寝床を確保し暮らすには大銀貨三枚必要だ。
十枚集めると一つ上の貨幣に交換できるので、大金貨二十五枚を働いて買うとなると大銀貨二千五百枚が必要。
毎月の給料が大銀貨五枚なので換算すると……五千ヶ月は働かないと買えないってことじゃねぇーか!!
冗談じゃねぇ!!
こんなクッソ使い辛いパチモンの剣買う為に、ジェイクが汗水流して働いて受け取った金を使わせてたまるか!!
「いや、あの……これは別にいらないんで、盾を見せてください」
「そうですぁ〜?では勇者の盾レプリカとかには、興味ありませんか?」
「興味ないね」
レプリカの破魔の剣を店主にやんわりと断りながら返すと残念そうな顔をされる。
もしあれを未来レイリスやフェリュム=ゲーデに見せようものなら、鼻で笑われてへし折られるだろう。
正直俺もこの場でへし折りたい。
「装飾とかいらないんで地味なの下さい。もっと地味なの!」
「地味……ですか?でしたら〜」
顎に手を当てながら店主は店を歩き回り、その中から一つを選び五角形の盾を持って来た。
「こちらはいかがでしょうか!当店自慢の一品!盾の表面に散りばめられた宝石は微量ながらもゴージャス感を損なうことなく美を追求!扱い易さもさることながら、普段は部屋に飾ることでお部屋を気品ある一室に変えることもできます!この盾ならばどんな魔物の攻撃も煌めきを放ちながら受け止めることも可能!壊れない、錆びない、思い出も色褪せないの安心構築!今ならなんと〜!」
「だーかーらー!!」
地味って言ったのになんで派手な装飾がされてるのを持って来るかなぁ!?
もしかしてこの店、主な使用用途が観賞用の物しか置いてないのか!?
「すいません。もういいです」と店主に謝ってから玄関前で待っていたジェイクとユリーネの元まで戻る。
「他の店行きましょう……俺の求めた物とは違う趣向の店みたいです……」
二人に告げて店を出ると「チッ!」と舌打ちが聞こえた後で「ありがと〜ございました〜!」と店主の声が聞こえてくる。
誰かへの贈り物を用意する以外ではこの店使わないようにしよう……
気を取り直して別の武具店を訪れる。
先程とは打って変わって質素な店構えなのを選んだ。
中に入ると剣と盾がラックに立て掛けられており、サイズごとに並べられている。
変な装飾は一切無く、実際に戦闘で使われることを前提としたシンプルな造りばかりでいい……なんだよ実際に使われる前提って。
まぁとにかくだ、やっと希望に沿うまともな店を見つけられたので少しテンションが上がる。
「さぁて、どんな盾にしようかなー!」
「いや、クロノスが使える盾はこれしかないだろ」
ルンルン気分で盾の選別を始めようとするとジェイクに遮られてしまう。
彼は一番小さいサイズが並ぶ棚から一つの盾を手に取り、俺に差し出す。
それは円形で盾の種類の中でももっとも小型の盾──バックラーだ。
いやいやいやバックラー!?
なんで円形盾をチョイスしてきたの!?
困惑する俺を余所にジェイクは俺の左腕にバックラーを装着させると、
「うむ。やはりそのサイズが丁度いいな。それにしなさい」
「いやいや待ってくださいよ!よりによって一番小さいバックラー!?俺、こういうのじゃなくて、もっと大きめの奴がいいんですけど!ほら、そこの五角形とか楕円形とかの!」
めい一杯首を振って陳列されている他の盾を指差す。
だけどジェイクとユリーネにその抗議を笑われてしまう。
「無理よクロちゃん。あなたの身体の大きさじゃ、まだあれは使えないわよ。それに、持ち上げることもできないんじゃないの?」
その返答に「え゛」と変な声を出してしまう。
いや、そんなまさかと思い試しに未来で使っていたのと同じサイズぐらいの五角形の盾を棚から取り出そうと引っ張ってみるが、全くと言っていいほど持ち上がらない。
それどころか微動だにする気配すらない。
明らかに俺の筋力が足りてないのだ。
そもそも盾のサイズが子供の姿の俺に釣り合ってないのだ。
よくよく考えてみれば、俺が盾を欲したのは未来で戦う際に使っていたからであって、となれば当然求めるのは成人した肉体の時に使っていたのと同じ物になる。
でも今の俺は九歳の子供。
当然背丈も筋力も落ちているので、この歳の肉体に合わせた盾となるとバックラーしかありえない。
だってそれ以外のになると重くて盾に着けても腕を上げられないのだもの……
「父さん!盾はこのバックラーにしましょう!」
欲しかった五角形の盾を持ち上げられないので、諦めて左腕に付けたままのバックラーをねだる。
早くもう少し大きめの盾を扱えるように今日から鍛えよう……と、俺は心の中で密かに決めるのだった。
次回は明日の18時ぐらいにしてみようと思います
あんまり夕方に投稿することがないので、お試しです




