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第二十一話 レイリスとニール


 木で出来たアーチを潜り集落へと入る。

 初めてエルフの集落に来た俺とフロウは、ただただ集落の美しさに驚いていた。

 山の中腹、しかも森の中だと言うのに村には光が溢れている。

 紅葉の木々の隙間から溢れる太陽の光がより幻想的な魅力を感じさせた。

 何より凄いのは彼らの家だ。

 太い木の幹をくり抜いて、その中で生活しているのだ。

 木と木の間に橋を架けて、お互の家を行き来できるようにしているのか。

 暮らしているエルフは思ったよりも多い。

 集落と聞いていたから、そんなに人はいないのだろうと思っていたのだが、ざっと見ても八十人は超えるぞこれ。

 集落も小さな物じゃなく、かなり広範囲にまで生活圏が広がっている。


「思ってたのと大分違うな。かなり人がいる」

「ワタシ、エルフの集落には初めて来たんだけど、とっても大きい」


 キョロキョロと辺りを見回しながら村の中を移動する。

 その途中で他のエルフたちから注目を集める。

 村の外から人族が来たのが珍しいのか、みんながこちらを見つめてくる。


「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。村長や村のみんなには、君たちが来る事は前もって教えてあるから」

「でも、ちょっと見過ぎじゃないですか?こっちガン見ですよ?」

「村の外から人が来るなんて滅多にないからね。しかも騎士団と領主の子だ。みんな、どんな子か気になってるんだよ」


 そういや俺とフロウは貴族の子だから、そりゃ彼らからしたら珍しいか。

 村全体から視線を感じながら一本の木の前まで来る。

 ニールはそこで止まり、荷車から手を離した。


「さ、ここが俺たちの家だ」

「クロ、フロウ、おいで!」


 荷車を降りてレイリスが手招きする。

 ニールが荷車の荷物を幹の中に仕舞うのを横目に、俺たちは木に立てかけられた梯子を登り、レイリスとニールの住む家の中へと招待される。

 木の中──と言うより、家の中は外見より案外広かった。

 入った先はリビングらしく、丸太で作られたテーブルと椅子があり、くり抜かれた壁は窓として機能していた。

 キッチンの役割を担う台があり、その横には木の実や花が入った籠が置いてある。

 部屋の奥には階段があり、どうやらまだ上階があるみたいだ。

 ここは本当に必要な物だけを集めたって感じのする部屋だ。


「ささ、座って座って」


 促され丸太の椅子に座る。

 レイリスはテキパキとキッチンの周りを動き、木のコップに赤い液体を注いで俺とフロウの前に置く。


「部屋で着替えて来るから、ジュース飲んで待っててね」


 そう告げると階段を上がっていき、扉の開閉音が聞こえた。

 一方、出された謎の飲み物を前に俺もフロウも固まってしまう。

 何なんだ、この赤い飲み物は?


「……クロくん、これ飲み物……だよね?」

「飲み物……だと思うぞ?ジュースって言ってたし。めっちゃ赤いけど」


 お互いに顔を見合わせて確認する。

 木のコップに並々注がれた赤い液体はドロッとしている。

 体に悪そうな色合いしてんなぁ……大丈夫だよな?

 人間が飲んでも直ちに影響があるようなもんじゃないよな?


「飲むか、出された物残すのも失礼だし……死にはしないだろ!」

「う、うん。そうだよね!」


 もうヤケクソ気味にお互いカップに口をつけ赤い液体を流し込む。

 そして──


「……美味い」


 感嘆の声が漏れた。

 あれ、普通においしいぞこれ。

 口当たりもそんなに悪くないし、問題なく飲める代物だ。


「おいしい……これおいしいね!何の飲み物だろう?」

「それはシヤの実のジュースだよ」


 二人でジュースの美味しさに舌鼓していると、梯子を登ってきたニールの姿があった。

 ニールも同じように木のカップに木の実のジュースを注ぎ一口飲む。


「シヤの実?じゃあ、これ元は木の実なんですか!?こんなにおいしいジュースが?」

「森に成っているシヤの実で作るんだ。シヤの実は小さい実で割るとその液体が出てくるんだけど、どこにでも生えてるから集めれば簡単に作れる。ここは自然が豊富だから味も栄養もいいんだ」


 これだよ、と置いてあった籠の中からニールは二つの木の実を渡してくる。

 薄い緑色で親指ほどの大きさだった。

 噛んでご覧と言われ、一つ口に入れて思い切り噛んでみる。

 すると口の中に、あのドロッとした感じの液体が木の実から溢れ出した。

 このシヤの実の中身美味しいけど、外の殻も美味い。

 ちょっと固くて食べ辛いけど、うん、これはイケる。

 フロウにも勧めると、ちょっと苦戦したがその美味しさに驚いたようだ。


「この集落には、こんなにおいしい木の実があちこちに生えてるんですか?」

「あぁ。俺たちは周りの森から木の実や動物を狩って生活をしてる。でも服や家具なんかはこの村じゃ作ってないから、村まで降りて物々交換したり、木の実なんかをお金にして買ったりしてるのさ」


 なるほどね〜、だから毎日の様に村の市場には大荷物を抱えた人がいるのか。


「本当はこの仕事、成人した男がやるのが決まりなんだけど、ウチには両親がいないからね。俺一人で狩りと商売をやってるんだ」

「失礼ですけど、御両親は?」

「わからない。ある日、いきなり消えてしまったんだ」


 消えてしまった。

 その一言にニールは遠い目をして窓の外を見つめる。

 その時のことを思い出すかのように。


「レイリスが産まれてすぐのことだったよ。いきなり両親と引き離されて、この村に預けられて、村の人に助けて貰いながらレイリスを育てて」

「ニールさんはその時のおいくつだったんですか?」

「十五の時だったかな。レイリスはまだ一歳だったよ」


 ニールとレイリスってそんなに歳が離れてるのか。

 ってことは、ニールは今二十前半か。


「レイリスは両親のことを覚えてない。だから俺が親代わりになって、ずっと見てたんだけど……恥ずかしい話、あの事件が起きる前から少し面倒を見るのに限界を感じてね。結果、あんなことになってしまったんだけど」


 自虐的な笑みを浮かべるニール。

 フロウだけが何の話をしているのか分からず首を傾げている。

 彼が言いたいのは人攫いに遭った時のことだろう。

 一体どういった経緯でレイリスが人攫いに遭ったのか俺は知らないが、彼にとってそれはとても堪えるものだったようだ。

 たった一人の肉親を失いかけたのだから無理もないだろう。


「だからクロノス君。君には本当に感謝しているんだ。ありがとう」

「よしてくださいよ。何度も言いますけど、レイリスを助けたのは」

「それだけじゃないよ。再会してからレイリスと友達でいてくれるし、毎日訓練で忙しいだろうに夕方まで一緒に居てくれる。君にはとても感謝しているんだ。夕飯の時はいつも君の話ばかりするんだよ、レイリスは。それだけ君と一緒にいる時間が、あの子にとってとても大切な時間なんだよ。だから、本当にありがとうクロノス君」


 て、照れる。

 そんな面と向かって感謝されるとどう返したらいいか迷ってしまう。

 つか、いつもレイリスは俺の話をしてるって一体どんな話してるんだ。

 急なことに困惑していると、フロウがフフッと笑ったのに気づく。


「な、なんだよフロウ」

「クロくんが照れてるの可愛いなって思ったの」

「やめろ恥ずかしいから!!」


 照れ隠しに大声を上げると、階段からパタパタと足音が聞こえてレイリスが戻ってきた。


「お待たせー」

「よし、レイリス!遊びに行くぞ、今すぐ行くぞ!」

「え、もう行くの?もう少しゆっくりしてもいいよ?」

「大丈夫!な、フロウ!」

「うん!行きましょうレイリスちゃん!」


 もう一秒でも早くその場を離れたい俺はレイリスとフロウの手を取り外に飛び出す。

 「村の外には出ちゃダメだからねー」とニールの声が聞こえ、俺たちは三人同時に返事をすると集落の中心へと走り出した。

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