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間話 勇者だけど、それでも子供

これにて四章終了となります!



「じゃあ、元気でな!みんな!!」


 魔王ベルゼネウスによって支配されていた未来。

 そこではついに勇者が姿を現し、その仲間たちと共に再び魔王を封印することができた。

 そしてそれは、勇者レイリスの親友であるクロノス・バルメルドとの別れの訪れでもあった。

 各々と言葉を交わし、クロノスは時の女神ルディヴァの生み出した光の中に入ると、光と共に消えてしまう。

 勇者たちが見つめる先にはついさっきまで、光の中で手を振るクロノスの姿があったはずだった。

 だがもう、そこには彼の姿はない。

 光の消滅と共に完全に姿を消してしまい、文字通り目の前から消えてしまったのだった。

 後に残るのは、壁天井が吹き飛びライゼヌス城の頂上から見下ろせる展望。

 この時代を生きる者にとっては数年ぶりとなる青い空と眩い太陽。

 どこまでも広がる青い空と流れる白い雲の群れ。

 暗黒に包まれた時代を生きてきた人々にとって見上げる空は、恐怖と絶望に支配され続けていた心を晴れやかにしてくる……はずだった。


「……ッ!グスッ!うぅ……ッ!うああああああああああああッ!!ああああああああああッ!!」


 ただ一人の少女を除いては。

 見せないようにと、心配させないようにと……ずっと堪えていた感情が、抑えていた哀しみが溢れ出す。

 勇者レイリスはクロノスが目の前から消えてしまうと、空に向かって大粒の涙を流しながら青空へと号泣する。

 それを自らの意思で止めることはできない。

 ただ心から湧き流れる、とめどない罪悪感と喪失感により胸にぽっかりと穴が空き、涙を流し続ける。


「クロ!クロおおおおおおおお!!ああああああああああッ!!」

「レイリス……」

「レイリスちゃん……」


 魔王受けた傷に耐えながら、ニールは肩を借りていた影山から離れ泣き崩れるレイリスに近寄り背を撫でる。

 ティンカーベルも彼女を慰めようと歩み寄り、優しく抱きしめた。

 ティアーヌも影山もフェレットのギルニウスも、レイリスに言葉をかけることなく……かける言葉が見つからずに彼女を見つめる。

 レイリスが涙を流しているのは、ただクロノスが現代に帰ってしまったことが原因ではない。

 前夜、レイリスとフロウとティンカーベルの三人で御茶会を開いた際に『クロノスは別人かもしれない』と告げられた。

 そんなはずはないと最初は否定したレイリスだったが、フロウとティンカーベルの感じた違和感やギルニウスとの関係性の深さを指摘され、話し合いの末に『自分たちの知っているクロノスとは別人説』が浮かび上がってしまう。

 だけど、もしかしたらそれは違うかもしれない。

 クロノスは本当に、自分たちの知っているクロノスかもしれない。

 そう一縷の望みを持っていたがそれも無くなってしまった。

 一緒にいたクロノスは過去から来た別次元の人。

 つまり、元々この世界にいたクロノス・バルメルドはやはり……魔物の襲撃の際に死んでしまったということなのだ。

 もう彼とは会えない、さっきまでいた彼は自分の時代に帰ってしまったから。

 もう二度と謝ることはできない、自分の知っている彼はもう死んでしまったのだから。

 その事実がレイリスの胸を抉り、激しい後悔と罪の意識に泣き喚いているのだ。

 レイリスの心中を思い誰も声をかけようとはしないし慰めもできない。

 今のレイリスにとっては、どんな言葉も涙と悲痛な叫び声で消えてしまうだろうから。


「……ねぇ、あれ見て!」


 何とかけようかと迷っていたギルニウスだったが、フェレットの小さな手で前を示す。

 先程までクロノスが立っていた場所、そこに小さな光が現れ地面に落ちていく。

 何かと思いギルニウスと影山、ティアーヌの三名が近づくと、光は地面に降りた瞬間に弾け飛んで消えてしまう。

 その代わり、弾け飛んだ光の中から剣や盾、グローブやブーツが突如として姿を現した。


「ちょっと皆……これって、バルメルド君が使っていた武器や道具じゃないの?」


 剣以外にも弓矢にツールポーチ、マナの溜まった小瓶が置かれているのを見てティアーヌが他の三人を呼ぶ。

 レイリスもその言葉に泣くのをやめ、ティンカーベルの手を借りながら立ち上がりそれを見た。


「俺が坊主に渡したグローブとブーツ、それに魔石の入ったポーチ」

「こっちは私が上げた小瓶に、バルメルド君の父親の形見の剣だわ」

「クロノス君に貸した弓に矢筒もあります」

「こちらの盾は確か、フロウちゃんから預かった物……全部、クロ君の物です。でもどうして?」

「ルディヴァじゃないかな……あの子、時代や世界の間で物を持ち込んだりするの禁止してるから。多分相棒を過去に返す時に、持ち物は全部こちらに送り返したんだよ」


 クロノスの持ち物が送られたのを見てギルニウスが推理する。

 まさしくその通りで、全てルディヴァが過去に持ち込まれないようにと送り返して来たのだ。

 故に過去に戻ったクロノスは未来で得た道具は一切持ち帰れていない。

 あるのは記憶と経験だけ……だがそれだけでもクロノスにとっては、決して手放すことのできないもの。

 それだけ持ち帰れば十分だと、きっとクロノスは言うだろうと想像して少し笑う。


「過去に持ち込めないのなら、もうあいつには必要ないな。返してもらうとしよう」

「そうね。思い出の品として持っておくのも……いいかもしれないわね」


 魔道具とポーチは影山が、小瓶はティアーヌと元々の持ち主の手に戻る。

 弓一式はニールが受け取り、盾もクロノスに貸し渡したフロウにティンカーベルの手で返却された。

 盾を受け取った時、フロウはその場でクロノスに別れを告げることができず、盾を抱きしめ静かに涙を零していた姿がレイリスには印象深く残ることとなった。

 残った剣は途中からクロノスが自身の折れた剣に代わり、亡くなったジェイクの使っていた物を借りてきた物だった。

 それだけは全員で返しに行こうと話合いで決め、ユリーネを含めた全員で花束と共にジェイクの墓に訪れることとなる。

 剣を返しに行く為、当然ユリーネにもクロノスがいなくなったことを伝えたのだが、ユリーネは既にそのことに気づいており、帰ってしまったことよりも、無事に息子が帰れたことを心から喜んでいた。

 その後ユリーネの手で剣はジェイクの墓標に花束と一緒に置かれる。

 今後ユリーネは墓の近くの村に住み、最期までジェイクの側にいたいとの願いだ。

 フロウは今後、ティンカーベルのライゼヌス復興に力を貸すことを決め、レイリスとニールはギルニウスと共に魔王に生贄にされどこかに幽閉された他の巫女たちを助ける旅に出る。

 結果、ニケロース領には誰も帰ることはない。

 そして旅立ちの日、王都再興で慌ただしいライゼヌス城の最上階、魔王ベルゼネウスと戦った場所にレイリスは立っていた。

 最上階は復旧を後回しにされており、未だにこの場所だけは空とゼヌス平原を見渡せる状態となっている。

 瓦礫の上に座り空を見上げながら、


「ねぇ、ギル」

「ん?なんだい?」


 いるであろう人物に声をかける。

 すると左肩からひょこっとフェレット姿のギルニウスが現れた。

 魔王が封印され、ライゼヌスの復興と共にギルニウス協会の再建もされたのだが、失った信仰を取り戻すのには時間がかかり未だにフェレットの姿のままだ。


「ボクたちの知ってるクロは、やっぱりもういないのかな……」

「どうだろう。最後に相棒を見たのは君だし、僕はその時直接相棒の死を確認したわけじゃないから……それに僕まだ生きてるし」


 レイリスはもう、ギルニウスがクロノスに何をしたのか知っている。

 もちろんレイリス以外の全員も。

 魔王に勝利した日の祝賀式典で酒に酔った勢いでつい口を滑らせてしまったのだ。

 当然、クロノスの知人全員からは非難と軽蔑の眼差しをされることに。


「過去の方じゃなく、もしこっちのクロノスが死んだなら、僕が施した封印を破って僕を殺しに来ているはずだ。でも何年経ってもそんな噂はないし気配もない」

「わかるの?その……ギルを殺しに来るってやつ」

「神ですから」


 何故か偉そうに誇らしげに胸を張り答える。

 いや、実際には偉いのだが。

 神様らしいことなど、魔王戦でベルゼネウスを封印したことぐらいしか間近では見ていないのでレイリスは何とも言えぬ表情をする。


「ならさ、クロがいまどこにいるのかも分かるんじゃないの?」

「ごめん、それはまだ無理。信仰が足りなくて、この広い世界から特定の人物をピンポイントで探すのはできないんだ。殺気とか悪口ならすぐ分かるんだけどね」


 「あぁ、そう」と短く答えるレイリス。

 やはり本人を探すのは自らの足で行うしかないと、わかりきっていたことを再確認し小さく笑って立ち上がる。

 クロノスの安否はわからない。

 それどころか生死さえわからない。

 けれども、それでもレイリスはもう一度この時代のクロノス本人に会わなければいけない。

 会ってあの時、自分を庇ってくれたことに感謝と謝罪をしたい。

 できなければ、一生あの時の後悔を拭うことができないのだから。


「過去に戻ったあっちのクロとボクは、上手くやれるかな?」

「うーん……どうだろう?相棒が未来で魔王が復活することとかを知った以上、死ぬ未来を回避することはできるかもしれないけど、そこから先はどうなることか……」

「せめてクロが、子供の頃のボクをコテンパンにするって約束を守ってくれているのを祈るしかないね」


 クロノスが死んだのは、レイリスとフロウを王都に連れて行こうとした六年前、王都行きの馬車が魔物の襲われたことだった。

 あれは自分のせいだったと──レイリスは今でも悔いている。

 そもそもの王都に三人で遊びに行くきっかけを作ったのもレイリス自身であった。

 十年前クロノスが王都の学校に行くと決めた時、離れ離れになるのが寂しくてレイリスは何度も駄々をこねた。

 それを受けてクロノスは彼女に約束した「長期の休みの時は必ず帰ってくる」──と。

 約束通り、クロノスは長期の休み期間になると必ず帰ってきてくれた。

 雨が降っても、雪が降っても、魔物が大量発生して情勢が不安定になっても。

 毎年必ず帰ってきてくれて、王都の話をしてくれた。

 最初はそれだけで満足できたレイリスだったが、クロノスから王都での生活を聞く度にライゼヌスへの憧れが膨れ上がり、ある年に言ったのだ。

「自分も王都に行きたい」と。

  その願いを叶えようと、クロノスはフロウとレイリスの二人を帰りの馬車に乗せて王都に向かった。

 その道中で魔物の群れに襲われ、馬車を守ろうと戦うクロノスを手助けしようと出しゃばった結果、逆に守られクロノスは大怪我を負ってしまったのだ。

 もしクロノスが王都に旅立つ日、自分が駄々をこね、我儘を言わず、クロノスを心配させることなく送り出すことができてさえいれば、あの事件は回避できたかもしれない。

 十年間ずっとそのことで後悔を抱え続けて生きてきた。

 もしあの時自身とクロノスの間にある実力差を理解していれば、魔物と戦うクロノスを助けようなどと烏滸がましい考えを持たず、クロノスが大怪我をすることはなかったかもしれない。

 そのことだけが、どうしてもレイリスが自分を許せずに付き纏う自責の念であり、願いでもあった。

 すると、まるでその願いを叶えてくれるかのように十年前から来たという並行世界のクロノスが現れた。

 だから別れ際に伝えた、子供の頃の自分に実力の差を思い知らせて欲しいと。

 もしその願いをクロノスが聞き入れ、叶えてくれたのならばきっと、クロノスが死ぬ未来を回避できるはずなのだ。


「おーいレイリス!!そろそろ出発するよー!!」


 階下から兄が呼ぶ声が聞こえレイリスは振り返る。

 踏み出す前に一度空を見上げ、最後にクロノスと別れた時と同じ青い空を見つめ、大きく息を吐いた。


「レイリス?」

 「うん、大丈夫。せっかく過去のクロが来て、一緒に戦ってくれて取り戻した平和だもん。また魔王とか魔物に壊されないように頑張らなくちゃ。クロに怒られる」

「僕も頑張ります……変なことしたら、また過去から相棒が送られてきて今度は本当に殺されかねない……」

「あはは、じゃあ尚更頑張らなきゃね!」


 肩上でブルブルと身体を震わせるギルニウスが可笑しくて笑うレイリス。

 踵を返すと走り出し、新しい旅に出る為走り出す。

 もし、奇跡にもクロノスと再会できた時、情けない姿を見せて笑われないようにする為に……。







 時を遡ること十年前──子供のレイリスは一人練習用にと自分で彫った木の剣でひたすら素振りをしていた。


「56!57!58!59!60!」


 夕暮れの中でニケロース領のバルメルド家前に気合のこもったレイリスの声が響き渡る。

 その横では30を数えたあたりで腕が上がらなくなり、力尽きて寝転ぶフロウの姿があった。

 いつもの可愛いフリルの服ではなく、汚れても大丈夫なようにと着ている質素な服に身を包み、投げ出して大きく肩で息をしていた。

 クロノスが王都に向かい早一ヶ月、それからと言うものレイリスは毎日バルメルド家の前で木剣で素振りをするのが日課となっていた。

 誰に言われた訳でもなく、自主的に行なっているのだ。

 フロウはそれに付き合っているのだが、いつも必ずレイリスよりも早い段階でバテて地面に寝転ぶ。

 バルメルド家の留守を任せているメイド二人からすれば、もはや見慣れた光景だ。

 二人が怪我をしたりしないか心配になり、時折窓の外から様子を伺いおやつやジュースを出すのも最早日課となっている。

 本来なら使用人としては許されぬ行為だが、主人の息子の友人とあらば無碍に扱う訳にもいかず、何があっても即対応できるように目だけは光らせていた。

 そんな中、一台の馬車がバルメルド家に近づいてくる。

 レイリスは素振りをやめてフロウが立ち上がるのを手伝うと、背筋を伸ばして馬車が家の前で停まるのをじっと待つ。

 バルメルド家前で馬車が停まると荷台からは、


「あら、レイリスちゃんにフロウちゃん?どうしたの、家の前で?」


 ユリーネが疑問符を浮かべながら降りて来る。

 続けて降りてきたのはジェイクだ。

 二人はクロノスのサンクチュアリ学園中等部の入学式が終わるまで王都に出ていたのだ。

 五日前にそれが終わり村に帰ってきたのだが、自宅の前に息子の友達がいるとは思っていなかったので少々困惑している。

 フロウは「おかえりなさい。長旅お疲れ様でした」と二人の帰りを迎えるが、レイリスは真剣な面持ちのままジェイクに歩み寄ると頭を下げた。


「ボクに……クロと同じ稽古をつけてください!!」


 突然レイリスが頭を下げてお願いをする。

 だけど誰もそのことに驚きはしない。

 フロウは稽古をつけてもらうお願いをすることは聞いていたし、ジェイクとユリーネもまた、クロノスからおそらくこうなるであろうことは聞いていた。

 だから誰も驚きはないし疑問にも思わない。


「……クロノスと同じ稽古をしてどうしたいんだい?君は何を目指す?」

「クロより強くなって、クロを守れるようになりたい!です!」


 曖昧な答えにジェイクは顔をしかめ、レイリスの要望を跳ね除けようかと考えるが、彼女が手にした木剣と手に気づく。

 クロノスを見送りに来た際、レイリスの木剣はボロボロだった。

 だが現在その手に握られている物は真新しく、ヘコみ破損箇所もささくれもない。

 多少歪ではあるが、以前からレイリスが使っていたものとは明らかに違っていた。

 加えてレイリスの手は子供らしく綺麗で白い肌をしていたのに、今では手の皮が剥けた痕痛々しく豆だらけなのが窺えた。

 あれから相当な時間を素振りに割いていたのが見てわかる。


「もう陽も暮れる。今日は帰りなさい」

「……ッ!お願いします!ボクに剣の稽古を……!」


 屋敷に戻ろうとするジェイクにレイリスは食い下がる。

 正面に先回りし頭を下げて再び懇願するが、


「言っただろう。今日はもう帰りなさい」

「でも……ッ!」

「私はまた明日から早い。しかし、朝の訓練はかかす訳にはいかない。もし君が寝坊をしても迎えにはいかないぞ」


 それだけ言って屋敷の中に入ってしまった。

 言葉の意味がわからず呆然としているとユリーネが小さく笑う。


「あの人、稽古をつけてくれるって。ちゃん朝早く来れるようにしないとね。遅れちゃダメよ?」

「…………ッ!!はいッ!!」


 説明不足なジェイクに代わってユリーネが意図を伝えるとレイリスは全身を震わせ、笑顔で頷く。

 稽古をつけてもらえることとなりレイリスとフロウは抱き合って喜んでいると「でも、ご飯ぐらいは食べておいきなさいな」とユリーネは笑顔で家に招き入れようとしてくれる。

 二人は頷きバルメルド家にお邪魔しようとするが、レイリスは玄関前で立ち止まり夕陽へと振り返った。

 クロノスと別れた日も同じように赤い夕陽に照らされていた。

 クロノスは自分よりも早く、自分の道を進み始めてしまった。

 今からでも、追いつけるだろうか?

 いや、追いつかなければならない。

 必ず追いついてみせる。

 そう胸に決意し、レイリスはバルメルド家の玄関を潜る。

 今この瞬間から、この時代のレイリスも走り始めるのだった。

今回で第四章全て終了となります!

長い話数の中、最後まで拝読していただきありがとうございました!!


明日、活動報告にて軽く今までの話を振り返りたいと思います!そちらもよろしくお願いします!


また次回更新についてですが、28日は私用の為更新を控えさせていただきます。

次回は8月4日から第五章となりますのでよろしくお願いいたします。


では、次回は活動報告にてお会いしましょう!

読んでいただき、ありがとうございました!


次章のやる気にも繋がるのでブクマ、感想、評価、レビューをどうか!是非!よろしくお願いいたします!!

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