第二百二十一話 一方的な試合
連続投稿二日目!
ちなみに明日も投稿あります!
レイリスを連れて集落から少し離れた林の中に移動する。
集落から遠すぎず近すぎず、内緒話をするならこれぐらいの距離でいいだろう。
逃げないようにと掴んでいたレイリスの手を離し、少し歩いて距離を離してから振り返ってレイリスの目を見る。
しかしすくに目を逸らされ下を向かれてしまった。
「まだ気にしてるのか?俺に『バカ』って言ったこと」
「そうじゃ……ないけど……」
「なら俺が突然王都行きを決めたことか?でもそれにはちゃんと理由があるんだよ。それは……」
「わかってるよ。騎士になる為、でしょ……?クロはずっとそう言ってたもんね」
「待て待て。それもあるけど違うんだって」
「違わないでしょ?クロは騎士になりたいから、すぐに王都に行きたいんだ。だからいきなり王都に行くのを決めたんだ。クロはボクたちよりも、王都に行って騎士になる方が大事だって……!」
「レイ──」
だんだん感情的になり始めたレイリスの言葉を遮断しようと真名で彼女を呼ぶ。
親しい者しか教えることを許されないその名で呼ぶと、徐々に早口になりかけていたレイリスは驚き口を噤む。
わかっちゃいたことだけど、うーんやっぱり言葉で納得してもらうのは無理っぽいなぁ。
後頭部をぽりぽりと掻きながら、やはり理解させるしかないのかと困り果てる。
「レイ、確かに突然王都行きを決めて一方的に伝えたは悪かった。でも、俺は騎士になる為だけに村を出て行く訳じゃないんだ」
「……じゃあ、なんの為に行くの?」
「それは勇者になるおま……ッ!」
って危ねぇ!
勇者になるお前を助ける為って言いかけちまった!
未来のことを教えそうになり慌てて口を塞ぐ。
これを教えてしまったら間違いなくルディヴァに消させる!
なんかもっと遠回しに言わないとダメだ。
「勇者になる、おま……?」
「いや違う!今の無し!えーと……勇者を助け、違うな。魔王を倒す……でもないし、ええと……世界を救う為です!」
もう誤魔化すの面倒くさいからそれでいいや!
ルディヴァ襲って来ないしこれでも問題ないだろ!
世界を救うといきなり俺の口から放たれ、さすがのレイリスも驚き面食らっている。
「ど、どういうことなのクロ!?世界を救うって何!?」
「簡単に言うと魔王が復活して世界滅ぼそうとするからそれを阻止する」
「???えーと……よくわかんないけど、クロは世界を救う為に王都に行くってこと?」
「とりあえずそれでいいです」
「魔王って、おとぎ話とかに出てくる悪魔の王様のことだよね?クロはそれと戦うの?」
「とりあえずそれでいいです!」
「じゃあ、クロは魔王を倒す勇者になるの!?」
「とりあえずそれでいいです!!」
本当に勇者になるのはお前だけどな!!
なんてのは口が裂けても言えないので全部肯定しておく。
先程まで不機嫌だったレイリスも、俺が「魔王を倒す勇者になる」という話に驚愕し口を開けたまま呆然している。
当然だろう、俺だってレイリスが勇者だと理解した時は呆然としてしまった。
だけど勇者になるという話を聞き、俺がどうして突然王都行きを決めたか理解できたのか、レイリスは「そっか……そうなんだ」と何やら納得している様子。
嘘をついてて心が苦しいけど、ここはもうそれで押し通してしまおう。
でも待てよ、未来では一応破魔の剣に勇者としての資格を認められたから、現代でも認められるかもしれないし嘘ではないのか?
「す、すごいよクロ!クロが勇者になるなんて!」
「せ、せやろ?だから俺は王都に行く必要がある。魔王が復活すれば戦わなきゃならないし、この村を守ることになる。その時までに俺は強くなって戻って来なきゃならない。向こうで仲間を作って、みんなを守らなきゃならないんだ」
我ながら感心するほど舌がよく回ってベラベラと言葉が出てくるのものだ。
それっぽい話を作って語り聞かせている内にレイリスの目に光が輝いているのがわかる。
勇者と魔王の戦い。
おとぎ話でしか聞いたことのないようなことがこれから起き、その当事者となる人物が目の前にいるのだ。
子供ながらにこんな話を聞いてしまえば、胸躍らせるなという方が無理な話だろう。
特に、剣や魔法で魔物と戦えるこんな世界では尚更だ。
となれば、この話を聞いた子供はどうするかと言えば……
「だから王都に行くのを決めたんだ……うん!だったらボクもクロと一緒に王都に行くよ!クロと一緒に魔王と戦う!!」
当然この返答になる。
そりゃそうだろう、以前の俺がもしレイリスかフロウに同じ話をされたら、間違いなく同じセリフを言ってついて行くなり一緒に戦おうとする。
伝説として語り継がれる物語の中に加わろうとする。
親友が一緒ならば怖い者なんてないと──が、俺は未来で魔王がどんなものか見てしまった。
その強さを身を以て実感してしまった……だから……
「レイが俺を守ってくれるってのか?魔王から?」
「うん!」
「……だよな。だからかのかも」
レイリスの気持ちは素直に嬉しい。
でもこれで、どうして未来のレイリスが子供の自分をコテンパンにしろと言っていたのかわかった気がする。
もしかしたら並行世界でも同じようなことがあって、未来レイリスは俺について行こうとしたのかもしれない。
その時の俺がどうしたかはわからないが、少なくとも俺はどうするべきなのか、もう答えは出ている。
持ってきた木剣の一本をレイリスへと放り投げると、それを慌てて受け取って見せた。
「なら力試しをしよう。もしお前が俺に勝ったら、王都に連れて行ってもいいし、俺の王都行きを辞めてもいい」
「え……本当に?」
「ああ、二言はない。ただし──俺は本気でやる。剣も魔法もなんでもありだ。毎朝やってる稽古や、遊びでやる魔法の撃ち合いじゃない……本気の試合だ」
木剣の剣先をレイリスに向け声色を変えて言い放つと、一瞬だけ身体を強張らせたのがわかる。
が、すぐに身体の緊張が解けてしまうのが見て取れる。
俺の殺気を感じ取りはしたものの、冗談か何かと受け取られてしまっているみたいだ。
「本気でやるから痛い思いもするし怪我もする。手加減もしない。それでもいいなら、来い……!」
目を細め、出会ってから初めてレイリスを睨みつける。
レイリスが身震いするが、何に対して身震いしたのか理解しておらず、すぐにケロッとした顔で意気揚々と剣を構えた。
「よーし……行くよクロ!」
木剣を構えてレイリスが走り出す。
声を上げながら迫り、跳び上がると剣を振りかぶる。
それに対し俺はマナを込めた左手を突き出し、風魔法で突風を発生させる。
跳び上がっていたレイリスは防ぐことができずに突風により弾き飛ばされ、背後の木に激突し……そうになるのを、俺は背後に回って襟首を掴み、レイリスを地面に放り投げた。
地面を転がりうつ伏せに倒れる。
痛みはないはずだけど、なぜかなかなか起き上がろうとはしない、
でもやっぱりダメだな、手加減するなとは言われていたがどうしても手心を加えてしまう。
木に激突しそうなのを思わず助けてしまった。
「どうしたレイリス?もうお終いにするか?」
「……っ!やああああ!!」
声をかけるとすぐさま立ち上がり、レイリスは両手で木剣を握り斬りかかってくる。
身を翻し躱すと、間髪入れずに振り続けてきた。
その全てを弾き、防ぎ、いなし、もう一度風魔法でレイリスを吹き飛ばす。
だが今度は地面に倒れてもすぐに起き上がり突進して来たので、左に避けて足払いをして転ばさせた。
結構な勢いで派手に転んだけど大丈夫か?
「ぐうううう……!」
「どうした、俺より弱いんじゃ話にならないぞ!?魔法を使ってもいいと最初に言ったろ!俺を──殺すつもりで来いッ!!」
その一言でスイッチが入ったのか、レイリスの目つきが鋭くなり火魔法で火球を放ってきた。
と言っても大きさは子供の拳程度しかない。
木剣に水魔法で水を纏わせて振り払うと簡単にかき消せた。
やっとレイリスも本気になったみたいだし、ずっと受け身ばかりなのもどうかと思い、今度は俺から攻める。
つま先で地面を蹴り、土魔法でレイリスの足場をぐらつかせて体勢を崩させ、近づいてレイリスが持っていた木剣を足で蹴り飛ばす。
そして丸腰のレイリスの喉元に木剣を突きつけ、
「俺を守ると言った割には歯応えないな。そんなんじゃ、魔王どころか普通の魔物にも勝てないぞ!」
そう言い放つとレイリスは喉元に突き立てられていた木剣を押しのけて、手放してしまった自分の木剣を拾いに走った。
やだなぁ、まだ続けなければならないのか。
未だ闘争心の折れないレイリスに心が痛む。
一体後何回彼女を痛めつけなければならないのだろう。
良心の痛みに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、再び向かってくるレイリスに構える。
それから後はもう、相手をする俺ですら目を向けたくなくなるものだった。
レイリスが魔法を使えば俺も魔法を使って打ち消し、剣を振るえば弾いて転ばせる。
ひたすら相手の手を潰して転ばせるやり方に徹底する。
これは俺がジェイクと影山、二人から指導してもらっていた時にされていたのと全く同じ方法だった。
怪我をさせずに訓練をさせるには、これがもっとも安全なやり方なんだそうだ。
それで俺も一日に何十回と転ばされたものだ。
でもレイリスは違う。
普段から慣れている俺とは違って、転ばされる度に息がすぐ切れて動きが鈍くなる。
実際両手で数えるほども無く、すぐに動けなくなって地面に倒れこんだ。
何度も転んで全身泥だらけになり、大きく息をしながら大の字に仰向けになっている。
これ以上はもう無理だろう。
「もうすぐ陽が暮れて暗くなる。これで……お終いだ」
構えを解いて試合を中断しようとする。
結局、レイリスは俺に一撃も攻撃を当てることができなかった。
でもこれで俺との実力差もわかっただろうし、未来のレイリスに言われた通り、コテンパンにはできただろう。
手加減しないってのは守れなかったけど。
「さぁレイリス、木剣をこっちに渡して……」
「ッ!うわああああァァァァ!!」
仰向けに倒れていたレイリスが突然起き上がり剣を振り抜いた!
俺との距離は空いており、到底間合いには入っていない。
だというのに、レイリスの木剣から放たれたのは凝縮したマナの斬撃だった!
嘘だろ、俺まだそれ教えてないぞ!?
未来の勇者レイリスは普通に斬撃を使えていたから誰から教えられて使えると思っていた。
だけど目の前の子供のレイリスは、誰からも教わっていないのに斬撃を撃ってきた!?
もしかして、俺とジェイクのを見よう見まねでやったのか!?
だけど物真似の限界なのか、かなり形が不安定だし速度が無いので簡単に避けられそうに見える。
ところが──避けようと脳が体に伝達する直前、俺の瞼にフェリュム=ゲーデの姿が映った。
結果俺は、レイリスの放った斬撃を左手一本で受け止める。
「えっ……受け止め……えっ!?」
おそらく渾身の一撃だったのだろう、斬撃を片手で受け止められてレイリスは驚愕していた。
とは言っても、受け止めてみてわかったがやはり斬撃は不安で威力がほぼ無いに等しい。
掴んだ手には全く痛みがないし、こちらが押し込まれる気配もない。
しかし思い返せば、フェリンは俺の斬撃をよく片手一本で受け止められたものだ。
あまつさえ斬撃を砕くとか意味不明なことまでしてみせた。
あんな芸当をしてみせるフェリンはやはり恐ろしい程の実力があったのだろう。
今更ながらそのフェリンに俺が勝てたのが奇跡に思える。
だがレイリスもレイリスだ。
かなり荒いが、見ただけでマナの斬撃を放てるとは末恐ろしい。
やっぱり子供でも、勇者としての素質を持っているもいうことか……自信無くすなぁ。
とは言っても、やはりまだ未完成。
実戦で使えるレベルじゃない。
ならばと、それを知らしめる為左手にマナを込め続け、受け止めていたレイリスの斬撃を握り潰し破壊してみせた。
自分の斬撃が手だけで破壊され目を見開くレイリスに対し、今度は俺が木剣を振り斬撃を放つ。
それでも威力を抑えてだ。
レイリスの脇を通り過ぎた斬撃は背後の木をすり抜け、斬られた木は綺麗な切り口を見せながら振動と音を立てながら倒れる。
その光景にレイリスは空いた口を塞ぐことも忘れ、ただ呆然とそれを見つめているだけだった。
「これでわかったろ。レイ──お前は俺より弱い。俺は強いヤツと一緒に魔王と戦う。俺より弱いヤツに……守ってもらいたいなんて思わない」
背を見せて歩き出す。
追いかけることも、呼び止めることもせずにレイリスはその場に座り込んでしまっていた。
歩き続けていると背後から鳴き声が聞こえてくる。
肩越しに振り返るとレイリスは大粒の涙を零しながら、暗くなりかけている空へと泣き喚いていた。
だけど俺は、それを止めることも慰めることもせずに村へと帰ろうとしていた。
俺今、すごく嫌なヤツだな……
耳を抑えたくなるのを堪え、心臓を鷲掴みにされている程の心苦しさに耐え、後ろ髪引かれる思いでその場から離れていく。
その日を境に、レイリスが俺に話しかけてくることは……なくなった。
ようやくもう数話で第四章が終わります……ついに……
次回投稿は明日22時です!




