第二百十八話 人生の分岐点・再
第四章の最初にやったのとほぼ同じ流れになるので坂田の話はカットしました!
坂田を家に招き入れ、この後は前回と同じく推薦状の話が出るだけなのだが……家に入ってからはそれはもう大変だった。
玄関に足を踏み入れれば荒れていない内部を見て泣きそうになるし、中でメイドたちが忙しなく動き回り、訪問者のお持て成しの準備をしている光景で泣きそうになるし、若くて元気なユリーネの姿を見つけて泣きそうになるし、荒れていない自室を見て泣きそうになるしで涙腺崩壊するかと思った。
未来で廃墟となった屋敷を見ていただけに、何の変哲も無い平和な光景がいちいち俺の心強く締め付け暖かさを感じさせてくる。
おかげで家の中を歩くだけなのに自室までがすごく遠く感じてしまった。
だって自室のベッドに剣を寝かされていないのだ!
押入れにはちゃんと虫に喰われていない、新品同様の透明マントはあるし!
俺はちゃんとこの時代で生きているということを実感してしまって目頭が熱くなるのも仕方ない!
まぁ兎に角、俺がここで生きていても不思議でも何でもない、当然のことであるという実感が、俺の涙腺を余計に緩くしてくるのだ。
唯一見ても泣かなかったのは、ギルニウスの肖像画が飾ってある礼拝室だけだったけど。
さて、いつまでも感動の余韻に浸っていないで、さっさと着替えて坂田のいる応接室に急がないと。
前回の時は、魔物の存在によって本来俺の元に届くはずだった推薦状が届かず、それを坂田が直接持って来てくれた。
その後、俺が推薦先の『サンクチュリア学園中等部』に行くかどうかを問われることになっていたはずだ。
着替えて応接室で坂田の説明を一通り聞くが話の内容は前回と全く同じ、流れも全く同じだ。
全ての説明を聞き終えるとジェイクが、
「……クロノス、君はどうしたい?決めるのは君だ」
そう尋ねてくる。
見覚えのある光景と会話に吹き出しそうになるのを堪えながらも、既に俺の中で答えは決まっている。
「行きます。行かせてください!」
「……即決か。いいのか?」
「色々考えたけど、俺が今よりもっと強くなるには王都でもっと経験を積んだ方がいいはずです。騎士を目指す以上、早い内に外の世界のことをもっと知るべきなのは確か。ならこのチャンス、逃す理由はない。是非、お願いします!」
頭を下げてお願いするとジェイクもユリーネも、坂田さえも唖然としている。
まさか俺がこんなにはっきりと早く答えを出すとは思っていなかったようだ。
とは言っても、今回俺は二回目な訳だから、全ての会話内容を知っているので受け答えも早かっただけだ。
一回目の時は答えを出し渋って保留にした。
けれども、それに未来に行っている間にも考える時間はたっぷりあったからな。
むしろ答えを出すのが遅すぎたぐらいだ。
「でも、いいのクロちゃん?そうしたら、レイリスちゃんとも、フロウちゃんとも……ずっと会えないかもしれないのよ?」
俺の返答に前と同じくユリーネがそう尋ねてくる。
しかし、これに対しての答えも俺はもう持ってる。
「それはわかってます。でも、別にこれで一生会えないってことでも、死別する訳でもない。休みだってあるんだから、帰ってこようとすればいつだって会いに来れますよ。説得するのは……大変かもしれないけど」
「そう……クロちゃんの中では、もう行くのは決定なのね。だったら、お母さんからは何も言うことはありません。ただ、ちゃんと二人にはお別れをするようにね?」
ユリーネに頷き、俺の王都のサンクチュア学園行きが決まる。
手続きなんかの細かい話は坂田がジェイクたちと行い、全てが終わる頃にはもう夜となっており、坂田は村に一泊して次の日の早朝にはもうライゼヌスに帰るそうだ。
見送る為に玄関まで赴き、坂田と握手を交わす。
「今日は会えて良かったよ。まさか、こんなに早く返事を貰えるとも思ってなかったからね。書類作成もすぐに終わったし。本当ならもうすこしゆっくりして行きたかったんだが……」
「構いませんよ。学園に通えば王都に近くなるし、いつでも会えます」
「そうだね。……君、この一年で何かあったのかい?前会った時よりも随分大人びて見えるけど」
「全然。まだまだ未熟者ですよ」
首を振って坂田の言葉を否定する。
大人びて見えるのは、未来で経験したことの結果ではあるだろうが、結局中身は九歳の時と何ら変わらないのでまだ子供には変わりない。
「坂田さん、一つお願いがあるのですけど」
「ん、何だい?」
手でちょいちょいと耳を近づけるようにジェスチャーし、子供の背丈の俺に合わせるように坂田に屈んでもらう。
子供の姿はこれだから不便だ。
周りに聞こえないよう声量を抑え、
「俺が王都に行った時、ライゼヌス王との面会の時間を作ってもらうことは可能ですか?」
「え……?できるとは思うけど?」
「ならお願いします。大事な話があります。ギルニウス同伴で行くので」
「わかった。難しいとは思うけど伝えてはおく」
王都に行くのなら、魔王が復活して王城が落とされることをライゼヌスの王グレイズに話しておかなければならない。
信じてもらえるかどうかは分からないが、ギルニウスも連れて行けば聞く耳ぐらいは持ってくれるはずだ。
ここで坂田に話してもいいが、やはり自分で直接話した方がいいだろう。
未来を見て来たのは俺だし。
「それじゃあ私は行くよ。クロノス君、また王都で会おう」
「はい。今日はありがとうございました」
馬車に乗り去っていく坂田を手を振り見送る。
見えなくなるまで手を振り続け、完全に見えなくなってから、俺は手を振るのをやめた。
「さ、家に入りましょうか父さん。母さんも、俺は腹が減って死にそうです」
「……そうだな」
「なら、すぐにご飯にしましょうか。今日は何かしらね?」
「そうだ父さん。今日は一緒にお風呂入りましょうよ。たまには背中流します」
「どうした急に?今日のクロノス、いつもと違うぞ?帰って来た時といい、先程の話し合いといい」
「いいでしょ別に。今日はそういう気分なんです!」
「ほらほら早く!」と二人の背を押して屋敷に戻る。
今日は思い切り家族らしいことをしよう。
そう心に決めて、俺は玄関の扉を閉めた。
✳︎
で、その日の夜。
眠りに就いた俺は、地平線まで続く青い空と草原の丘に立っていた。
側には木が一本聳え立つこの空間に来るのも、随分と懐かしい気分だ。
ギルニウスルームと呼んでるこの空間、つまりはギルニウスと会合の場所。
既にギルニウスとルディヴァが来ている。
ルディヴァは既に面白い展開に期待しているのか、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
ギルニウスは対照的に暗く沈んだ顔をしており、俺と目を合わせようとはしない。
「どうもこんばんわ、ルディヴァ様。それと……ギルニウス様」
「はい、こんばんわぁ」
「……や、やぁ……相棒……」
ルディヴァはニッコニコ顔で機嫌良く挨拶を返すが、ギルニウスの表情は相変わらず暗いままだ。
明るく努めようと笑顔を浮かべてはいるが、それはとてもぎこちなく不自然なものでしかない。
完全に俺に対してどういう態度を取ればいいのか分からずにいる。
その後もギルニウスは何かを言いたげにしてはいるが、口を開いては閉じ、まごまごしていて会話には発展しない。
かと言って、正直俺から話すこともない。
だって、こちらのギルニウスはルディヴァと一緒に十年後の未来線で俺の動向を見ていたのだ。
ならば俺が今ギルニウスに対してどんな感情を抱いているのか、何を考えているのかも全部お見通しでいるだろう。
だからこそ何も言えない。
言っても聞いてはもらえないとわかっているのだから。
しかし、こうなると面倒くさいなぁ。
「え、えーと……その……」
「……ハァ。ま、今お互いに何を言っても野暮だわな。とりあえず……一発お見舞いさせろ。それでこの場は許す」
右拳を左の掌に打ち付けながら提案すると、ギルニウスは神妙な面持ちで頷き目を瞑る。
どうやら覚悟はできているらしい。
ならば俺も遠慮なくかまそうと、身を引いて右腕を腰の位置まで引き力を溜める。
「怒りのぉ……鉄ッ足!!」
「いやそれ拳じゃなくて足ィ!!」
飛び上がり右足を全力で振るいギルニウスの脇腹を蹴り抜く。
ご丁寧にツッコミまで入れながら蹴りを受け、痛みに呻きながらその場に膝を着き、涙目で見上げてくる。
「な、なんでぇ……!?拳で手の平打ってたじゃん!拳って言ったじゃん!なんで足!?」
「確かに拳を見せたし、足と書いて拳とは呼んだが、殴らせろとは俺言ってないぞ。一発お見舞いさせろとは言ったけど。拳よりも足蹴りが出る程怒りを覚たと思え」
「で、でも、顔に来ると思って、完全に油断してたから、は、腹が……ぐおぉぉ」
右脇腹を抑え呻くギルニウスに、一発お見舞いできて満足な俺を見てルディヴァはケラケラと笑う。
「あははははッ!!良かったですねぇ先輩、その程度で済んで!普通だったら刺されてもおかしくないですよ!」
「う、うるさいよルディヴァ……!も、元はと言えばお前の差し金でしょうが……!」
「えー?だってそれは先輩の自業自得じゃないですかぁ?」
「黙れ!僕の辞書に自業自得なんて言葉はないんだ!」
「自分勝手な辞書だなオイ」
いや、この世界の神様は自分勝手なのしかいないのなんて知ってたけどもさ。
痛みが治まったのかギルニウスはスッと立ち上がる。
痩せ我慢してるだけなのか、まだちょっと震えてるけど。
「君の言う通り、今はどんな言葉も意味を持たない。ただ、これだけは言わせて欲しい。未来からの帰還おめでとう。よくあそこまで最悪の状況となった時代から無事で戻って来てくれた」
「どうも」
「本当なら盛大に祝う為に君を僕の教会に招待したいけど……」
「丁重にお断りさせてもらうよ。あんたも未来で俺がしてきたことを見ていたなら、もう信仰してないことも、期待も信用もしてないのはわかることだろ?」
「わかってるよ……それで、君は王都に行くことにしたんだね?」
「ああ。前は決められなかったけど、未来で散々酷い目にあってきたからな。だから決めたよ。俺の力じゃ、絶対魔王に殺される。なら、今より強くなる為に外に出るしかない。少しでも、俺が死なない確立を上げる為にな」
握り拳を作り自分と魔王ベルゼネウスの力の差を振り返る。
俺一人で戦った時はこちらの攻撃は全く効いていなかった。
このまま成長しても勝てる見込みどころか、死なずに済ませることすら怪しい。
だから俺は、もっとこの世界での戦闘知識も経験を積まなきゃいけない。
騎士を目指す以上は、魔王との戦闘は絶対に避けて通れない道だしな。
「そうか……なら、僕も頑張って君をサポートして」
「いらん!あんたにはもう頼らないと言っただろ!これからは自分のやり方でやる。あんたの助言もいらないし、指図ももう受けない」
「えぇ!?いや、でも……」
「俺の中に封印されているもう一つ魂のことが気になるんだろ。俺を監視したければ勝手にしてもいい」
どうせ監視するなって言ってもこいつはするだろうし、今更四六時中見られても気にはしない。
俺に拒否されてどうしたものかと困るギルニウス。
この中で唯一未来を知っているルディヴァだげがずうーっとニヤニヤしながら、
「まぁまぁいいじゃないですか先輩。未来はまだわからない。先輩が誠意を持って接し続ければ、彼も心を開いてくれますよ!うふふふふ!」
「それ慰めで言ってないよね?未来を知ってる癖に腹立つわぁ……」
二人をやり取りを眺めていると意識が薄れ始める。
どうやら身体が目覚めようとしているみたいだ。
「わかったよ相棒。君が好きにするように、僕も好きにする。でも本当に何かあれば、その時は僕を頼ってもいいからね!」
「その時が来るようなら、考えておくよ」
そう答えて目を瞑る。
意識が浮遊する感覚に身を委ね、次に目を開けた時、自室の天井が広がっていた。
カーテン越しに昇り始めた朝日が射し込むのが見え、身体を起こしベッドから這い出ると縮んだ自分の身体を見て、本当に帰って来れたんだと実感が湧いてくる。
同時に、さっきまでギルニウスたちとやり取りしていたことも思い出し、右手で拳を作り見つめる。
『でも本当に何かあれば、その時は僕を頼ってもいいからね!』
別れ際にギルニウスがかけた言葉を思い出す。
あれがどういう意味でいった言葉なのかはわからないが、ただ一つだけはっきりしていることはある。
「“その時”が、来ないようにする為に行くんだ」
決めたい以上、必ずそれを貫き通してみせる。
俺はもう──ギルニウスには頼らない。
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