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第二百二十七話 タダイマ現代

ようやく未来から現代に戻ってこれたクロノス!

いやぁー、NKTだった!


 どこからか時計の鐘の音が鳴り響くのが聞こえた。

 それは心地よく耳に届くが、次第に遠ざかって行く。

 白く染まっていた視界も、やがてその光を弱めていき、数回の瞬きの後、俺は自分が何かに揺られていることに気づいた。

 それと共に、誰か懐かしい声に名前を呼ばれていることも。

 幼い少女二人の声に、


「クロ?クロってば!」

「クロくん、もう村に着くよ!!」


 重い瞼を開け、しばらくするとボヤけていた視界も良好となる。

 俺は揺れる馬車の中で眠っていたらしく、目の前には紺の肩ほどまで長い髪に紅い瞳の少女が一人。

 その隣には腰まで伸びた灰色の髪に青い瞳の少女──じゃなくて少年がいた。

 二人ともなかなか起きない俺を心配そうに覗き込んでいる。


「んぁ……?悪い、寝てたのか俺」

「クロってば、なかなか起きないから心配したよ」

「クロくんが馬車で寝るなんて珍しいね。疲れてる?お家の人呼ぼうか?」

「あぁ、いや……もう大丈夫だよ。レイリス、フロウ」


 目を擦って大きく欠伸をしながら身体を伸ばす。

 揺れる馬車の中で眠ったからか、身体のあちこちが痛い。

 レイリスとフロウが起こしてくれなかったら、本当にメイドを呼ばれて家まで運ばれてたかもしれないな……ん?


「レイリス、フロウ?」

「うん?」「どうかした?」

「レイリス!?フロウ!?」


 二人の姿を見た瞬間に眠気が吹き飛ぶ。

 だって──だって二人とも子供の姿なんだ!

 俺の記憶に残ってる、九歳の頃の姿なんだ!!

 子供の姿の二人を前にし、興奮と感動を覚え声を張り上げると、同乗していた子供たちに何事かと目を向けられてしまう。

 しかしそんなこと一切気にしない。

 子供のレイリスの肩をガバッと掴み、


「レイリス!お前、レイリスゥ!」

「え、な、なに……?」

「剣持ってないよな?子供だよな?一人で旅に出たりしてないよなァ!?」

「な、なんのこと?」


 俺の問いかけに困惑するレイリス。

 でもこのやり取りをしなくてもわかっている。

 目の前のレイリスは勇者レイリスではなく、ただのエルフのレイリスだ。

 しかし確認せずにはいられない。

 目の前のレイリスが子供であることを。

 確認できたら次はフロウだ。

 同じように肩を掴み、


「フロウ!お前、フロウォ!」

「え、こ、今度はワタシ!?」

「お前、あのアレ、つまりその……フロウォ!」

「えぇ……?」


 色々と頭の中でオカマだとか筋肉ムキムキだとか、言ったらヤバイワードが出てくるが、全てそれを喉元で押し留めた結果抽象的な言葉しか出てこない。

 だけど、このフロウは筋骨隆々じゃないしベアハッグもできないほどの華奢な腕!

 どこからどう見ても女の子にしか見えない子供の頃のフロウ・ニケロースだ!

 若干引かれてる気もするが関係ない!

 俺の知ってるフロウ・ニケロースだ!

 と言うことは……?とフロウから手を放し、手元で魔法で氷の結晶を生成する。

 全身にマナが満ちてるし、魔法を使っても疲れや気怠さを感じない。

 そして何より!

 氷の結晶、反射するその表面には、左右で違う色の眼を持ち、幼い面持ちの少年──つまり、子供の頃の俺が!

 九歳の時のクロノス・バルメルドの顔が映っていた!

 目線も低い、手も小さいし身体も小さい!

 間違いなく、子供の頃の俺に戻れたんだ!


「オーホーホーホーホー!!戻ったァァァァ!!子供の頃に戻ったぞォォォォ!!フォォォォォォォォウ!!」

「ちょ、クロくん!?どうしちゃったのクロくん!?どっか頭ぶつけたの!?」

「危ないよクロ!立ち上がったら馬車から落ちちゃうよ!やっぱり、お家の人に迎えに来てもらおう!?ね!?ボク、村に着いたらすぐに呼んでくるから!!」


 成人男性の肉体から幼少期の肉体に戻れたことに感極まり、馬車の上だということも忘れ大騒ぎしてしまう俺。

 村に着いてから心配するレイリスとフロウに「いや大丈夫だから!俺どこもおかしくなってないから!正常だから!!」と何度も必死に訴えたおかげで、バルメルド家に迎えを寄越されるという事態は避けることができた。

 その後も何度も心配する二人を安心させようと訴え続け、ようやく納得してくれると二人と別れて帰路に着くこととなる。


「あぁ……村だ。懐かしの村だぁ。滅びてねぇ……!!」


 目の前に広がるのは穏やかで優しい空気に包まれ、夕陽に照らされるニケロース領の姿。

 人々が笑顔で行き交い、露店の客引きや店先で噂話に花咲かせている光景が胸を熱くする。

 蜘蛛の魔物の巣と成り果て、廃墟と化していた様子などどこにもない。

 きっと誰に言っても信じないであろう平和な村が、今の俺の目の前に確かに存在していた。


「ハァー……泣きそう!!」


 あまりにも未来とはかけ離れた光景に目頭が熱くなる。

 泣きそうとか言っておきながら本当に俺は泣いていた。

 だって、一度滅んだ姿を見ているんだよ!?

 魔物の棲家になっていて、一度そこで襲われて追いかけ回されたんだよ!?

 それがこんな平和な姿をもう一度見れるなんて……やべぇ、気を緩めたら号泣しそう。

 胸の奥から込み上げる熱い感動を抑えながら村の中を歩く。

 すれ違い挨拶するたびに、その人の顔や名前を思い出しては感涙しそうになってしまってなかなか家に着けない。

 本当に平和だ。

 未来で見た光景全てが嘘だったみたいに。

 いやそもそも、俺が未来に飛ばされたと言うのは全て俺の夢だったのではないだろうか?

 寝ている間に俺が見ていた妄想だったのではと考えが頭をよぎる。


「やっぱり本当は、全部俺の頭の中の空想の出来事だったんじゃ……」

「全部現実ですよぉ」

「うわぁ!?ル、ルディヴァ様!?音も無くいきなり背後に現れないでくださいよ!!」


 一人言を突然背後から否定され、心臓が口から出そうな程に驚き跳び上がる。

 いつから居たのか背後にはルディヴァが立っており、俺の反応を見てケラケラと笑っていた。


「まさか子供に戻っただけで泣きそうになるほど感動するなんて思いませんでしたよ。いやー面白いものを見させていただきました」

「ほ、ほっといて下さいよ。と言うか、今って何日なんですか?」

「あなたが私と出会って未来に飛ばされる一日前です」

「てことは、坂田さんが家に来た日か」


 だんだん思い出してきたぞ……そう、流通の関係で俺のところに推薦状が来なくて、坂田が家に直接来て口頭で説明してくれた日だ。

 その次の日にフロウと別れた後、俺はルディヴァに殺されそうになったんだ。

 でもそうすると、俺が未来に飛ばされるよりも前の日付に戻ってる?


「心優しい私が、未来を生き抜いたご褒美として一日だけ巻き戻してあげたのですよ。嬉しいでしょう?」

「ありがとうございまーす!!いや、さすが時の女神ルディヴァ様!!広い心をお持ちでいらっしゃる!!」

「と、おべっかを楽しむのはその程度にしておいて。以前にも言った通り、私はもうあなたの存在については特に言及はしません。私が必要と感じたその時に呼び出すので、その時以外は好きに生きていいですよ」

「あざーす!!」


 良かったぁ、現代に帰ったらさっそくこき使われるかと思っていたのだが、どうやらその心配はないようだ。

 ルディヴァの手伝いをするという約束をしてしまい、拒否権は俺には無いに等しいので、いつどんなことをやらされるか分からないがひとまずはゆっくりできそうだ。


「あれ?そういやルディヴァ様、ギルニウスのやつは?一緒じゃないんですか?」

「先輩でしたらなんかぁ、『相棒に会うのに心の準備がいるから、今は会えない』とか言って、降りて来ませんでした」

「なんですかそれ……」

「未来の自分に、過去の自分は信用するなとか言われちゃったから、あなたを上手く丸め込む算段がご破算になっちゃったんじゃないですか?」


 ありうる……過去のギルニウスは俺のことを『臭い物に蓋をする置物石』ぐらいにしか見てなかったと未来の本人が言っていたし、未来の様子はこっちのギルニウスも見ていたそうだから、俺があいつに対して抱いている印象が最悪なのも当然知っているだろう。

 その上で、如何にして俺の悪印象を変えるかはあいつにとって最大の難関なのだろう。


「なんでぇ、今は会いたくないそうですよ」

「さよですか」

「なんかアレですねぇ。相手を騙す悪い男と、それを阻止して身を案じる男の板挟みみたいになってて、まるで恋愛ドラマの三角関係みたいですねぇ!」

「その理屈で行くと俺がヒロインで、あいつが俺を口説く男役になるんですけど……嫌だなぁ……なんか凄く、嫌だなぁ……」


 過去と未来の同一人物が俺を口説いて取り合う恋愛ドラマとか誰得だよ。

 誰が見たがるんだよそんなドラマ。


「え、私は見たいですよ?」

「俺がキツイんでNGです」


 また勝手に人の心を読まれたがもう気にしない。

 帰ったら一発殴りたかったんだけど、まだ会えないのは残念だ。


「兎にも角にも、面白いものを見させていただきました。勝手に転生してきたとはいえ、仕事の暇つぶしにはいい歴史でしたよ」

「そりゃ良うござんした……」

「私は一度帰ります。次は先輩と一緒に来ますから、また面白いものが見れるのを楽しみにしてますよ」


 それだけ言うとルディヴァが杖を振り、次の瞬間には姿を消してしまう。

 なんかもう、彼女の中では俺とギルニウスのやり取りは喜劇みたいな扱いらしい。

  しかし、ここは未来に飛ばされるよりも前の日らしい……と言うことは家に帰れば、


「クロノス君!久しぶりだな!」

「坂田さん。あー……お久しぶりです!」


 やっぱりだ、バルメルド家の前に馬車が止まっており、そこから坂田が姿を見せる。

 再会を喜びはするものの、未来で会ってたから全然懐かしい気分になれない。

 むしろ十年前と後の姿を比較してしまい「若いなぁ……」と思わず呟いてしまった。

 だって顔のシミもシワもないし、白髪だってないんだ。

 当然だけど、やっぱ若ぇよ……

 十年前の坂田を前に呆然としていると玄関の扉が開いて、そこには──


「ん?クロノス、帰っていたのか」

「……ッ!と、父……さん……!!」


 玄関から、ジェイクが……姿を見せる。

 若く、腕を失っておらず……元気な頃の、ジェイクの姿が、俺の前に立っていた。

 開いた口が塞がらず、思わず泣き出して飛びつきたい衝動に駆られるが、それをぐっと堪え、目を瞑って一度深呼吸し気持ちを落ち着かせようとする。

 かなり苦戦したが、子供だった頃の感覚を記憶から手繰り寄せ笑顔を浮かべみせた。


「父さん……ただいま」

「……?ああ、おかえり」


 柔らかい笑顔を浮かべ迎えてくれるジェイク。

 あぁ、俺は……ようやく帰ってこれたんだ。

 この穏やかな時間の中に。

次回も二話連続投稿になるので次回更新も土曜日22時からとなります!!

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