第二百十六話 バイバイ未来(後編)
今日から連続投稿日!
四章終わるまで毎週二日投稿ですぞ!
「みんな、実は俺は……この時代じゃない、過去から来た人間なんだ」
「知ってる」「知ってるよ」「知ってました」「知ってるわ」
「ええええ!?みんな知ってるの!?」
ルディヴァが迎えに来て元の時代に戻る直前、ずっと黙っていた秘密を打ち明かした……のだが、なんでか知らんけどみんな知ってた!
なんか今更、みたいな空気で言われたんだけど、なんでバレたんだ!?
もしかして、と思い唯一事情を知る影山とギルニウスに目を向けるが、二人とも違うと首を横に振っている。
「え、なんで?なんで知ってるの?」
「クロ君、私が妖精族の里で合流して勇者になるレイリスちゃんを迎えに行く時の会話を覚えてますか?」
「ん?あ、ああ、覚えてるよ?」
ギルニウスがベルにお告げをし、禁断の森に向かう途中、十年前に故郷の村に連れて行くと約束した話のことだろう。
「あの時クロ君は、こんな形で約束を果たすなんて──と言ってましたが、実は私、一度ニケロース領を訪ねているんです。クロ君が亡くなる数年前に」
「……嘘っ!?あ、だからやたら仲良かったのか!!でも、まさかそれだけで!?」
「いえ、それだけではさすがに思い至りません。違和感こそあれど、忘れちゃったのかな?ぐらいにしかその時は思いませんでした。そのことに一番最初に気づいたのは、フロウちゃんですから」
フロウが一番先に?と首を傾げ、あっ!と声を上げる。
昨日レイリス、フロウ、ベルの三人で御茶会やってた時に俺も誘われたが、ニールを探していたので断った。
その時に確か、
「前にも四人で御茶会やったってやつか!?」
「はい。確かに昔、四人揃ったことはあるんですけど、その時に御茶会をしたのは私とレイリスちゃん、フロウちゃんの三人だけでした」
迂闊だったぁ……あの時は話を合わせて頷いてしまったけど、あれはフロウの釣りだったのか。
「それで、フロウが言ったんだ。あのクロはボクたちの知るクロとは別人かもしれないって」
「なんであいつそれだけで俺が別人ってわかるんだよ。探偵かよ」
「ボクも驚いたけど、ティアーヌさんと初めて会った時に色々話を聞いてて、その時の受け答えで確信したって言ってたよ」
それだけでわかるとかあいつマジなんなん……未来のフロウ、そこまで頭のキレる奴になるの?
「えーと、じゃあニール兄さんとティアーヌさんは?」
「俺はレイリスから同じことを聞いた」
「私もフロウちゃんがきっかけね。直接その話を聞いた訳じゃないけど、あの子の質問内容や、貴方と初めて会った時やこれまでを考えれば……流石にね。慈愛の神ギルニウスと親しい間柄って時点で、時の女神が関わっているのは予想がついたし。伝承ぐらいでしか聞いたことなかったから、本人を目の前にして少し驚いてはいるけども」
フロウもティアーヌさんも、本当に頭の回転が良いもので……
過去から来たと伝えれば皆驚くだろうと思っていたのに、まさか俺が驚かされるとは思わなかった。
「ねえクロ、クロはどのくらい昔から来たの?」
「十年前だ。初等部を卒業する少し前。色々あって、時の女神ルディヴァ様にここに連れてこられたんだ。本当は昨日の時点で、もう過去には戻れたんだけど、俺が我儘言って残らせてもらってたんだ。でも、もうやり残したたことはもう終わった。だから俺は元の時代に帰る」
「そっか……じゃあやっぱり、ボクたちの知ってるクロノスはもう……」
そう、未来のクロノスはレイリスを庇い魔物の一撃を受けて倒れた。
俺はそのクロノスではない。
そうなればやはり、自分の知っているクロノスは死んでしまったのだろうとレイリスが暗い表情を見せてしまう。
「おいおいそんな顔すんなって、こっちの俺がやられた後の姿を見た人はいないんだろ?なら案外、どっかの村とか洞窟で傷を癒してるかもしれない。ギルニウスが力を取り戻せば見つかるかもしれないしさ。なぁ?」
「うん、そうだね。こっちの相棒は僕への信仰心を捨ててないはずだから、元通りになれば見つけられるよ」
「だってさ、だから諦めずに探してくれ。こっちの俺もきっと、みんなに会いたいはずだからさ」
「……うん」
レイリスを励まし、ティアーヌに向き直る。
相変わらず、ヨレタとんがり帽子で目線を隠しているが、俺の顔を見ようとはしてくれているのがわかる。
「ティアーヌさん。色々とお世話になりました」
「いいわよ、そんなに世話した記憶ないから」
「いえ……もし初めて出会った時、ティアーヌさんが俺を助けてくれなかったら、俺はそこで死んでました。あなたは俺が勇者かもしれないと思い付いてきてくれた。でも、勇者じゃないとわかった後も、ずっと一緒に行動してくれた。俺はそれがすごく嬉しかったんです。迷惑かけてばっかで、ティアーヌさんには得なことなんて一つもなかったのに」
「ふふ……そうね。肝を冷やすことは何度かあったし、暴れ狂う貴方を止めれるのが私しかいなかったから一緒に行動していたのも事実よ。でもあの日、貴方を助けたことは、私にとって得だった。間違いなくね」
お互いに小さく笑う。
思えば、こうして笑い合うのは初めてだったかもしれない。
世話になってばかりで何も恩返しもできなかった。
「悪魔の中にはいい人もいるってティアーヌさんを見てわかりました。もし過去のティアーヌさんに会うことがあったら、例え淫魔だからと拒まれても仲良くなります」
「そうね、そうしてあげて。悪魔の理解者って少ないからきっと喜ぶと思うわ。素直には受け取らないでしょうけどね」
「わかりました」と小さく笑いながら頷く。
また向きを変え、今度は影山を見る。
俺がこの時代で、一番お世話になった人。
「結局、最後まで弟子にはしてくれませんでしたね」
「当たり前だ。俺は弟子は取らないし、坊主を弟子にしたいとは思わん」
「ヒドイなぁ、影山さんのことはすごい尊敬してるんですよ?」
「知らん。お前が俺のことをどう思っていようと、俺の中で坊主は坊主のままだ。弟子にはしない」
「じゃあ、まずは坊主呼びを変えてもらえるように頑張ります。元の時代の影山さんに会った時、弟子にしてもらえるように」
「フッ、まぁ頑張れ。過去に戻ってもな」
左肩を軽く叩かれ励まされる。
頭を下げて礼をすると、影山の右肩を借りて何とか立ち上がっているニールに視線を移した。
「ニール兄さん。傷は大丈夫ですか?」
「いやぁ、死ぬ程痛いよ。死ぬ程痛いけど、死んでないから多分大丈夫」
「弓、教えてくれてありがとうございました。もっと早く教えてもらっておくべきでした。そしたら下手のままでも、ニール兄さんみたいに少しは弓矢を戦闘で活かせてたかも」
「どうかな、他所の家の子に弓を教えて怪我させたら大変だからって断ってたかもしれない。君に弓を教えたのは、今の君が少しでも戦闘での選択肢が増えるようにって教えたんだ。まぁ、狙った箇所から外れるって癖がつくのは予想外だったけど、君は自分で考え、その欠点を魔法で補う技を得た。そう考えると、教えたのは正解だったかなって思うよ」
「いやいや、でも最後!魔王に射った矢は真っ直ぐ飛んだんですよ!初めて真っ直ぐに!」
「本当かい?なら、この戦いがきっかけで癖が治ったのかもねしれないね!でも、弓をこれからも使い続けるのなら鍛錬を忘れちゃいけないよ。サボるとすぐ腕は鈍るからね」
「はい。過去のニール兄さんにたっぷり教えてもらいます」
「うん。そうしてくれ。きっと昔の俺も喜ぶ。元気でね」
差し出されたニールの右手に自分の手を重ね固い握手交わす。
「大事に」と言ってから手を放して、次はベルに向き直る。
「ティンカーベル王女殿下。王都奪還、おめでとうございます」
「ふふっ、どうしたんですか?急に畏まって」
「いや、なんかそういう場面かなって思ってさ。本当は復興が終わるまでいたいんだけど」
「いえ、すぐにでも帰れたはずなのに王都奪還まで一緒に戦ってくれて嬉しかったです。そのお礼と言ってはなんですが……私があげた首飾り、まだ持ってますか?」
「え、もちろん。いつも肌身離さず持ってるけど?」
服の中からベルに貰った首飾りを取り出す。
ベルの側頭部に咲くピンクファイアの花びらをマナの結晶に閉じ込めた物だ。
取り出すと包むようにしてピンクファイアの結晶を両手で覆った。
「巫女になった今だからできることですけど、少し……ほんの少しだけなら、クロ君の力になれるんです」
ベルの呟きに何のことかと思っていると、両手に包まれたピンクファイアの結晶が光り輝くのが指の隙間から見える。
光りはすぐに収まりベルが手を開くが、結晶はそのままで特に変化した様子はない。
「過去に戻っても、変わらず私と仲良くしてあげてくださいね」
「ああ、もちろん」
当然だと頷き返し、最後にフェレットの姿に戻りレイリスの肩に乗るギルニウスへと視線を移す。
目を合わせるとギルニウスは微笑み、俺もそれに微笑み返して、
「もう一発ぐらい殴ってもいいか?」
「駄目ですけど!?なんで僕にだけ当たり厳しいの!?」
「冗談だよ。過去に戻って、昔のお前を殴るよ」
「それもそれでかなり複雑なんだけど……」
俺たちのやりとりに皆がくすりと笑う。
まぁ、色々と言いたいこととかはあるが、それは過去に戻って俺の知っている方のギルニウスにすればいい。
「これから信仰を取り戻したりギルニウス教を復興したりと色々大変だろうけど……まぁ、頑張れよ。あんまり、俺みたいな人を駒扱いしないようにな」
「……前から思ってたんだけどさ、僕のこと信仰しないって突き放した割には、心配したり助けてくれたり、君はあれだね、ツンデレだね。本当は僕のこと好きなの?」
「誰がツンデレだ。別にあんたのことはもう好きでもなんでもねぇよ。試練の山で言ったろ、俺はもうあんたに期待も信用もしない。嫌いって訳でもないが、好きって訳でもない。あんたがいなくなると、魔王を倒した後、この時代の復興が滞ると思ったから助けてただけだよ」
「なに、その友達以上恋人未満みたい感じの。でもそれって、これからの僕の頑張り次第ではもう一度信仰してくれるってことで……」
「それだけは絶対にない」
これだけはハッキリと言っておく。
俺はもうこの先、ギルニウスのことを再び信仰することは永遠にないだろう。
もし仮に、この神様がどんな行いをしたとしても……な。
「過去に戻ったとしても、多分考えは変わらねぇよ」
「そっか……それは残念だけど……これだけは信じて欲しい。確かに、僕は君を利用するつもりでこちら側に|転生(呼んだ)。でも一緒に過ごす内に、君に情が芽生えたのは間違いないんだ。どうかそれだけは覚えておいて」
「……わかったよ。信じるかどうかは別として、記憶の隅にぐらいは留めておく」
「うん。あ、でも十年ぐらい前の僕だと、本当に君のことを臭い物に蓋をする置物石ぐらいの存在だとしか思ってないから、過去に戻って僕が何を言っても信用しちゃダメだからね?」
「あんたって本当に最低の屑だわっ!」
いや知ってはいたけども!
未来の本人に直接言われると叫ばざるおえないわ!
とりあえず、これで全員と別れを挨拶は済んだ。
皆から離れルディヴァの側に立つ。
「もうよろしいですか?」と聞かれ頷き答えると、ルディヴァは手にした杖を空に掲げると、俺とルディヴァの二人が光に包まれ、空に時計が現れる。
0時を指す針が逆時計回りを始めると、俺の身体が宙に浮き始めた。
「じゃあみんな、色々とお世話になりました!レイリス、フロウに謝っといてくれ。挨拶できなくて悪かったって……それと、ありがとうって」
「うん……。ッ、クロ!昔に戻ったら──ボクをコテンパンにして!」
はい!?コテンパン!?
突然レイリスが脈略もなく子供の頃の自分をボコせとか言ってきて混乱する。
なんでそんなこと頼まれるの?
俺そんな趣味ないし、レイリスにもないはずだけど。
「子供の頃のボクは、クロと同じことをして、クロと同じくらい強いと思ってたんだ!それで思い上がって、魔物の前に出て、未来のクロはボクを庇ったんだ!だから、昔のボクに教えてやって!クロはボクなんかよりずっと強いって!そしたらきっと、あの未来は来ないはずだから!!」
未来のことを教えられ、焦ってルディヴァを見るが、彼女は目を閉じて明後日の方向を向く。
これについては目を瞑ってくれるようだ。
ならばと俺はレイリスに答える。
「わ、わかった!なるべく手加減してそうするよ……」
「手加減しちゃダメ!!徹底的に全力で思い切りやって!!」
「は、はい!!」
勢いに押されて、子供時代のレイリスと俺のの力の差を思い知らせることになってしまった……大丈夫だろうか……?
今の俺の方が、圧倒的に前より力上がってるから不安なんだけど……
一抹の不安を覚えるも空に見える時計の針が逆回りする速度がどんどん上がり、俺が未来に飛ばされた時の感覚が蘇ってくる。
「じゃあ、元気でな!みんな!!」
手を振り上げ笑顔を見せる。
目に見えていたみんなの顔が、景色が、白く染まり意識が遠ざかって行く。
馴染んだ大人の身体から意識が離れていき、懐かしい匂いと風を感じながら、俺は未来に別れを告げたのだった。
次回は明日22時!よろしくお願いします!




