第二百十三話 泣けるぜ
最近すっかり五千字を超えることがデフォになってきてしまいましたが、特に減らすこととかはしないです
「お、お兄ちゃん!」
レイリスの代わりに魔王の一撃を背に受けたニール。
彼も楔帷子を服の中に着ているはずだが、魔王の振るう大剣はそれすら破壊したのか、ニールは背中から血を垂れ流し地面に倒れる。
倒れた兄に駆け寄ろうとするレイリスだが、再び魔王が大剣を振り上げ、
「坊主、狩人は任せるぞ!魔女!」
「《アイスニードル!!》」
ティアーヌが氷柱を放つと魔王の二の腕に刺さり動きが一瞬だけ止まる。
その一瞬で影山はブーツに風の魔石を挿し込み、レイリスの元へ駆け込み身体を抱えて大剣から引き離した。
二人を追いかけベルゼネウスがニールから離れると、俺とベルは急いで駆け寄る。
「ニール兄さん!しっかり、ニール兄さん!!」
「ニールさん!ど、どうすればいいんですか!?背中からすごい血が!」
ニールの背中の傷を見て、そこから溢れ出る血を目にし困惑してしまう。
自分の傷ならまだしも、他人の傷の程度を見ただけで判断するなんて俺にはまだできない!
これが浅いのか深いのか、どう処置すればいいのかもわからない!
しかしこうしている間にも、血はどんどん溢れてくる。
どうする、どうしたらいいんだ!?
どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする!?
「落ち着いて二人とも!僕の指示通りにして!」
「ギ、ギルニウス様……!」
「まずは彼をうつ伏せに寝かせて!そっと、そっとだよ!?」
「わ、わかった!」
ギルニウスの指示でまずはニールをうつ伏せに寝かせる。
傷口を広げないように慎重に……
「次にベルが持ってる傷薬を傷口に垂らして!緊急用にって持たされたのがあるでしょ!」
「そ、そうでした!こちらに!」
「刺激が強いから、ゆっくりゆっくりと彼の傷口に垂らすんだ!一気にかけたらショック死するかもしれないから、本当に慎重にだよ!」
ベルが懐から取り出した小瓶を受け取る。
中には黄緑色の液体が入っており、原料とか効果とか色々と気にはなるが、そんなものは今はどうでもいい!
蓋を開けると指示通り、一滴一滴を慎重に、丁寧にニールの背中の傷口に垂らしていく。
黄緑色の液体が傷口に触れる度にニールが苦しそうに呻き声をあげる。
だが、この傷薬のおかげなのか、垂らした箇所から血が固まり出血が止まるのがわかる。
このまま全ての出血箇所に垂らせば助けられるかも!
「バルメルド君!バルメルド君!!」
「えっ、あっ、はい!ティアーヌさん!!」
「マナの小瓶はまだストックあるかしら!?あるなら私に寄越して!!」
「わかりました!」と返答し、傷薬を垂らすのをベルに変わってもらうと、服の中からマナの小瓶を三つ取り出してティアーヌへと投げ渡す。
彼女はそれを受け取ると「ありがとう!」と返礼し、一つを開けると飲み干した。
「それと、レイリスさんが落とした破魔の剣を拾って来て!」
「え!?こっちは今大変で……!」
「どっちもよ!魔王が瘴気で魔法を防ぐか、私に見向きもしない!このままだと、カゲヤマさんもレイリスさんもやられてしまうわ!」
魔王を目で追うと、瘴気を身体の周りに待機させて防御体制を取らせている。
その先には武器を無くしたレイリスと、それを庇うようにして立つ影山の姿が!
「行こう相棒!ここはティンカーベル一人でもなんとかなる!」
「行ってくださいクロ君!ニールさんは私が見てますから!」
「……わかった、頼むベル!」
ニールの看病をベルに任せると、破魔の剣が突き刺さっている場所へと走り出す。
ギルニウスも後に続いてくる。
ベルゼネウスによって弾かれた破魔の剣は、主人に抜かれるのを待って佇んでいた。
引き抜くのが主人じゃなくて悪いけど、一緒に来てもら
「ぎゃああああ!!痺れるうううう!!」
破魔の剣を手で持った瞬間、全身に電流が流れる!
この剣からだ!
全身を駆け抜ける電流が腕の力を抜けさせ、手にすることができない!
一度剣から手を放し、何度も腕を振るいながらギルニウスに尋ねる。
「お、おいギルニウス!なんだこの剣!?電流が流れたぞ!?」
「え……あっ、そっか!相棒なら大丈夫かと思ってたんだけど……破魔の剣は勇者として認められた人物しか扱えない。つまり、触れることができないんだ。資格のない者が触れたら電流が流れて拒絶するんだよ!」
「ちょっと待て……俺、一応この前、勇者の資格ありとして認められてなかったっけ?」
「いや、だって君、それ拒否して盾で殴り飛ばしたじゃん」
そうだったァ!
そのせいで資格を剥奪されたのか!?
仕方なしにもう一度剣を掴もうするが、やはり電流が流れて、とてもじゃないが今の俺では十秒持たず触れていられない。
「どうする、どうやって持つ!?」
「電流は僕でも止められないし、電流を無効化させるには……電流、電流……あっ!」
「「電気には土!!」」
お互いに同じ発想に至り声がハモる。
使い切っていたグローブとブーツの魔石を引き抜き、ポーチから土属性の魔石を取り出して装填。
発動させてから破魔の剣を掴んでみると……今度は電流を全く感じずに掴めてる!
「よし、これなら!」
「でも注意して!剣を持てても、それは破魔の剣を持つ資格を認められたことにはならない。君が剣を振るっても、それ本来の力が引き出せる訳じゃないってこと!」
「わかってるって!」
電流による妨害を無力化し難なく破魔の剣を床から引き抜くことができた。
すると全身に力が漲り始める。
今までに感じたことのない感覚、まるで自分じゃない誰かの力が流れ込んでくるみたいな……
今ならどんな荒唐無稽なこともやってのけることができる気がする!
まさか、これは破魔の剣の力……?
いや、今はそれよりも!
「ティアーヌさん!剣取ってきました!」
「なら、今度は彼女に渡し、て……」
破魔の剣をレイリスに返すのを指示されるが……どうやって渡せばいいんだ?
今俺たちとレイリス、影山の二人の間には魔王ベルゼネウスが立っている。
しかもレイリスと影山を逃さず、邪魔されないようにベルゼネウスは黒い瘴気を横一列に展開させ、壁のように俺たちから隔てている。
さっきニールが無理矢理突破していたから、ダメージ覚悟で突撃すれば抜けられはするだろう。
しかし俺が破魔の剣を持って近づけば全力で阻止されるだろう。
破魔の剣ならばあの瘴気を切り裂くことはできる……かと言って、資格を失っている俺ではこの剣は扱えない。
どうすりゃいいんだよこれ!?
「剣投げますか!?それなら届くかも……」
「途中で魔王に落とされるか奪われるのがオチよ!投げる以外で何か思い浮かばない!?」
「えぇじゃあ……ギルニウス、何かあるか!?」
「僕!?や、あの、えっと……何かに偽装するとか、破魔の剣だって悟られないようにして向こう側に投げ込むのはどうかな!?魔王に破魔の剣だと認識させず、それ以外の物だと思わせれば……」
「それ以外の物って……剣を別の物と誤認させるほど形状が近いものなんて……」
「ちょっとバルメルド君。貴方、私が人を惑わせる能力を持ってる淫魔だってこと、忘れてない?」
「……ああ!でも、できるんですか、そんなこと?」
「できないとしてもやるわよ!だから何か、破魔の剣を別の物体に惑わしても違和感のない物を見つけて!」
剣を別の物体に惑わしても違和感のない物って……ここ、そんな物が都合よくあるワケ……
とりあえず探すだけ探そうと周囲を見回す。
しかしあるのは爆発で崩れた壁の残骸だらけで、誤魔化しても違和感に気づかれない物なんて、
「相棒!コレ使おう、コレ!」
肩上から俺の背中を示すギルニウス、「コレ?」と手を伸ばせばあるのは弓だけで……
「弓矢で誤魔化せるのか!?」
「……おそらくやれるわ。最初に矢を射って、次に剣を投げ込むのよ。私が幻惑魔法で、剣を矢に誤認させるから!」
「でも叩き落とされたりしたら……」
「大丈夫だよ!僕はずっと魔王の戦い方を見てたけど、あいつ、|矢は全部上に弾き飛ばしてた(・・・・・・・・・・・・・)!!破魔の剣を矢だと認識すれば、同じように上に弾くはずだ!」
そう言われると……ベルゼネウスは俺たちが今まで放っていた矢は全部に弾いていたような気がする……
あくまで気がするだけで、鮮明に覚えている訳ではないけど……瘴気の向こう側では、まだ影山がレイリスを庇いながら戦っている。
これ以上時間をかけられないし……それでやってみるしかないか!
「けれども、魔王は私たちを見向きもしてない。まずはこちらに注意を逸らして、カゲヤマさんとレイリスちゃんの態勢を整えられるようにしないと」
「なら、僕に考えがある!ティアーヌ、君は魔王の瘴気を防ぐ為に、ベルに協力を頼んできて!」
「わかったわ。バルメルド君、タイミングは貴方に任せるわよ!」
ティアーヌは治療中のベルへと駆け寄り今の作戦を伝え、残った俺とギルニウスは、二人から少し離れた位置に移動した。
「剣は後ろに隠して」といわれ、背後の床に突き立て身体で隠しておく。
グローブの魔石を火属性の魔石に変え、弓矢は手に持ち、いつでも射る準備はできている。
ティアーヌたちと顔を見合わせ頷き、まずは魔王の注意をこちらに促す為にギルニウスは大きく息を吸い込み──
「やぁーい!!一度は僕に負けた寄生虫悪魔ぁぁぁぁ!!」
「……なんだと?」
え、ギルニウスの注意を逸らす方法って煽りなの!?
何をするかと思えば、いきなり左肩の上で魔王を煽り始める慈愛の神様。
さすがにその言葉は聞き捨てならないのか、影山たちを襲うのを止めてベルゼネウスはこちらを睨みつける。
正確には、俺の左肩上にいるフェレットに。
「事実でしょ?だって君は、千年前に僕と僕が選んだ勇者に負けて封印されちゃったんだから!それに君たち悪魔は、地上に住む人たちの恐怖や悪感情が無きゃ力を発揮できない寄生虫みたいなものじゃないかい!?
その点僕は神様だから、みんなに敬わられてるし、好感を持たれてる!君みたいに力と恐怖で部下を従えたりしないもんね!おや?そう考えると僕って、君なんかよりよっぽど上に立つ者としての知性とカリスマ性を持っているのでは!?」
色々と口を挟みたくなるのを我慢して黙っておく。
よくもまぁ口が回るもので、ギルニウスはその後もペラペラとしゃべり続けている。
でもそのおかげで魔王の意識は完全にこちらに向いており、もはやレイリスと影山は眼中にない。
手で「待機してて」と示すと、影山がそれに気づきレイリスと二人で息を整え始めた。
ニールの治療をしていたベルも傷薬を塗り終えたらしく、こちらに合図を送ってくれる。
さぁ、準備は終わった。
いつでもやれるぞ!
「──てな訳じゃない?それなのに魔王が勇者でもなんでもない、ただの人間のクロノス・バルメルドにご自慢の鎧まで破壊されちゃって、僕的にはもう大爆笑ものだよぉ!!ねぇ、どんな気持ち!?勇者以外のただの人間にコケにされてどんな気持ち!?
ねぇ!?今!!どんな気持ちィ!?」
「ギルニウスゥゥゥゥ!!」
ついに魔王ベルゼネウスが我慢の限界を超え、怒号を上げて瘴気が暴れ狂ったかのように蠢く。
全てを飲み込むように瘴気の波が俺たちへと襲いかかってきた!
「ぎゃああああ!!来た!来た!来たああああ!!」
「《大地の守護!闇を防ぐ鉄壁の守りを!!》」
ベルが俺の目の前に壁を生み出して瘴気の波を防ぐ。
まるで川の激流を受け止める岩のように瘴気が後ろへと流れていく。
しかしこれは意思を持った者の攻撃、後方へと流れた瘴気がこちらに戻ろうとしている。
「貴様ら神はいつもそうだ!!オレたち魔族を虫けらのような目で見て、地獄にオレたちを閉じ込めた!!元々この世界はオレたち悪魔の物だ!!後から生まれた貴様らの物ではない!!だからオレたちは貴様らを滅ぼす!!貴様ら神と、神が産んだ地上の全てを!!」
俺たちを守る壁が瘴気の波に削られ変な音を立てながら崩れ始める!
だが、
「《氷の精霊よ!全てを凍えたる汝らの息吹で、我に仇なす者に報いを与えよ!!クリタスタル・コンファインメント!!》」
ティアーヌが先端を青白く輝かせる杖を振るう瞬間に状況が一変する。
まるで突如として冬がやってきたかように周囲の気温が下がり、吹雪が吹き荒れる。
氷魔法なのか、暴れ狂っていた瘴気も、ベルゼネウスも凍りつき結晶化していく。
しかし、俺やギルニウス、ティアーヌたちにも一切は影響はない。
ティアーヌが指定した敵だけに効果があるのかもしれない。
けれども、それだけでは力を抑えきれないのか瘴気は閉じ込められてもベルゼネウス本体を閉じ込めることはできない。
精々身体半分の自由を奪うことができるぐらいで、完全に抑えるまでには至っておらず、大剣を持つ手は未だ健在。
更に、この魔法にはかなりのマナを使うのか、ティアーヌが掲げていた杖を手放し、膝から崩れ落ちてしまった!
肩で大きく息をしており、苦しげな表情でこちらを見ると、
「さぁ、やって!!」
その言葉で、ベルの作った壁から出ると手にしていた弓矢をベルゼネウスに構える。
俺……ではなくギルニウスを見ると、魔王は固まって動けない半身に大剣を叩きつけ、結晶に亀裂入れると脱出しようと試みている!
満足に力なんて入らないはずなのに、結晶の亀裂は大きくなっていき、軋む音がどんどん増えていく!
「相棒!外すんじゃないよ!?」
「わかってるッ!」
弓矢を構え、鏃をベルゼネウスに向けて弦を引き絞る。
ずっと待ち望んでいた、ジェイクの仇を討つ瞬間。
思えば、ここまで来るのは本当に長かった。
振り返ればロクな思い出がないし、この未来には嫌な思い出しかない。
いきなり女神ルディヴァに殺されかけ、未来に飛ばされた先では魔王に二度も殺されかけた。
自分の無力さと身勝手さを嫌という程突きつけられて思い知らされて、挙句の果てには信じていた者に自分は利用されていただけだと知る。
極めつけには、自分の中にはいつ爆発するかもわからない|もう一つの魂(時限爆弾)付き……
俺はただこの世界で平穏無事で過ごして童貞捨てたかっただけなのに、なんでこんな目に遭っているのか全く理解も納得もできない。
平凡な人間に転生して、神様から貰った物なんて光る両眼ぐらいだ!
それを考えば考えるほど眼が熱くなって来るし、今までの理不尽さに堪えかねてもう一度別世界に転生し直したくなるし、もうこの場で大声で叫び散らしたい!!
あーもう、なんかもう、本当にもう……!!
「泣けるぜ──ッ!!」
心の内に溜め込んで押し殺して来た全ての感情が、これまでの全ての出来事に対して、この一瞬に、その言葉に……全てを込めた一言と共に矢を放つ。
今までずっと狙った場所になんか行かなかった矢が、どんなに練習しても望んだ場所に届かなかった矢が……
この時だけは、ただ真っ直ぐに、|魔王ベルゼネウス(望んで狙った場所)へと突き進んでいった。
次回投稿も日曜日22時からです!
四章の戦いもついにラストに近いです!!




