第十九話 季節の変わり目
あれからと言うもの、日が経つにつれて村の外で魔物の発見報告が増えていた。
その度に騎士団を率いるジェイクが慌ただしく外に出かけ、夜遅くに帰ってくるのが増えてきている。
だが彼は決して弱音は吐かなかった。
いつどんな時でも彼は出撃する。
朝ご飯を食べている途中でも、トイレで腹痛に苦戦しても、風呂上がりでパンツ一丁だったとしても、魔物の姿あらば迅速に身支度を整え討伐に行くのだ。
そんな彼の仕事ぶりに感激しながら、一度魔物討伐に連れて行ってもらった事がある。
前にジェイクが魔物を仕留めたを見たのは俺が大蛇に襲われてた時だった。
しかしあの時は俺も意識が朦朧としてたし、一瞬で終わってしまったのを覚えている。
だから今回はしっかりとその姿を見ようと思っていたのだが、あれはもう凄かったとしか言いようがない。
村の外は平原なのだが、そこに口裂け狼の群れが現れた時だ。
口裂け狼とは読んで字の如く、狼の姿をしながらもその口は頭全体まで開く何とも不気味な魔物だ。
その大きな口で自分よりも大きな獲物を丸呑みしてしまうのだと言う。
冬眠前に食糧を求めて平原を大移動していたらしい。
ジェイク率いる騎士団はその群れをあっという間に退治して見せた。
まずジェイクと数人で馬を使い、口裂け狼を誘導。
そして残りのメンバーで、土属性の魔法を使い地盤を崩れさせて、崩落し落ちた口裂け狼たちの上から火属性の魔法で骨まで焼却と言う、ぐうの音も出ない完璧な作戦だった。
崩落から逃れた口裂け狼は、馬を使っていたメンバーで処理。
その時のジェイクの活躍と言ったらもう凄かった。
指揮を取りながら狼を討伐。
襲われている仲間が入ればすぐに助けに入り、自分に注意を向けさせ味方に討ち取らせる連携。
あんなん憧れるに決まってんだろ。
部下からの人望も厚く、まさに頼れるリーダーと言った感じだった。
そこで俺にふと疑問が浮かび上がる。
何故これだけ部下に慕われ実力もあるのにこんな田舎村で騎士団をしているのか聞いてみたくなったのだ。
実際に聞いたところ、
「王都では、私の様に一線を退いた者は地方に配属される。そこで次世代の育成を任されるんだ。王都に勤めていた頃よりかは給料は下がるが、こうした土地では物価が安いから、王都にいた頃よりも豊かで穏やかな暮らしができる。私としては今の暮らしにあまり不満はない」
だ、そうだ。
なお誰でも地方に配属される訳ではなく、長く国家の為に努めた者だけが地方に転属されるらしい。
だが中には身分を落とされたり、法を犯した罰として更に田舎の地方へと飛ばされる者もいるんだとか。
しかも場所によっては暮らすのに適さないらしく、そのまま姿を消す家も少なくない。
最初は引退後は田舎暮らしもいいな、とか思ってたんだけど、最後の話を聞いてちょっと遠慮したくなったよ。
父であるジェイクとしては、俺が成人したら王都で騎士となって、引退後は好きに生きて欲しいそうなので「家庭はちゃんと持つんだぞ」と言われちゃったよ。
もちろん俺だって、童貞卒業したらきちんと家族を持ちたいのでしっかりと頷いておいたよ。
まぁその前にまずお嫁さん候補を見つけるのと、ちゃんと騎士にならなきゃな。
✳︎
魔物の活動が活発化するも、村は至って平和だった。
ジェイクたちのおかげで村に魔物の被害が出ることもなく、迫ってくるのは寒気ぐらいで何とも穏やかな日々だ。
それでも訓練はサボれないので、今日も朝早く起きてめっちゃ寒い中で走り込みと素振りをしている。
ちなみに今日からジェイクはまた王都に出向いている。
今月の報告と新年に向けての人員補給やら活動資金やら色々本部に申請しないといけないのだそうだ。
年末は各地方の騎士団団長と副団長が集まる大集会になるらしく、終わるのにも時間がかかるので 今回は一週間近くいないらしい。
その間は朝の訓練はずっと一人だ。
屋敷の庭で一人寂しく訓練に励む。
「うー寒い。そろそろコートとか無いと朝はキツイな」
寒さに震えながら素振りを終える。
いくら身体を動かしても、すぐに冷風で冷えてしまうのでちっともあったかくならない。
ジェイクがいる時は剣で仕合ができるので寒くはないんだけど、どうしても一人となると出来ることが限られてしまう。
そろそろ外での訓練を切り上げて、屋敷で魔法の練習でもするか。
最近は初級魔法もだいぶ出来るようになったし、中級魔法も覚えたいな。
ユリーネに相談したら教えてくれるだろうか?
「おかえりなさいませお坊ちゃま。朝の訓練お疲れ様です。あったかい紅茶をご用意しておきました」
「ありがとうございます」
屋敷に戻ったらメイドさんが手厚く出迎えてくれる。
もうこの家に来て半年ぐらい経つが、俺は未だに三人のメイドたちの名前を教えてもらっていない。
そろそろ彼女たちを呼ぶのが不便になってきたから名前を教えて欲しいんだけど、未だにジェイクからの許可は下りないのだ。
何でそんな頑なに教えないんだろうか。
まぁ別にいいけども。
訓練を終えて朝飯を食べたら、いつものように神様であるギルニウスに祈りを捧げるために礼拝部屋に行く。
その後はこの世界の勉強をして、午後からは村まで行ってレイリスに会いに行く。
「こんにちわレイリス。ニールお兄さん」
「やぁ、いらっしゃいクロノス君」
「やっほークロ!今日も寒いね」
ニールの営む屋台までレイリスを迎えに行き、彼女を連れて今度はニケロース家へと向かう。
「「フーローウ!アッソビマショー!」」
ニケロース家の前で二人揃ってフロウを呼ぶ。
そうすると母親であるミカラ婦人に連れられてフロウが出てくる。
最近は三人で遊ぶことが圧倒的に増えた。
領主の娘であるフロウは習い事があるので、毎日ではないが、一日はほぼ俺たちと一緒にいることが多い。
その事をミカラ婦人も特に咎めたりしないので、俺たちは日が暮れるまで遊び倒すことにしている。
未だにあの悪ガキ三人組がフロウにちょっかいを出そうとしてくるので、俺とレイリスの二人で魔法で作った熱湯をぶっかけで撃退してるから問題は今の所ない。
「クロくん、レイリスちゃん。こんにちわ」
「今日もフロウの服可愛いね。いっぱいヒラヒラが付いてて!」
「レイリスはいつも男物の服だもんな」
「お兄ちゃんのお下がりしか服ないから、仕方ないんだけどね」
「じゃあ、今度ワタシの家においでよ。着なくなった服はいつも捨てちゃってるから、レイリスちゃんにあげるわ」
「本当!?ありがと〜!すっごく助かるよ〜!」
今サラッとフロウの口からすごい発言が聞こえたけど、レイリスの助かるって言葉も意味的に服代を節約できて助かるって意味だろうから、何か聞いててすごい複雑な気分になる。
子供は純粋でいいな〜。
俺なんてもう今の会話が「服が捨てる程あるから分けてあげるよ〜」「え〜服が捨てる程あるなんて羨ましいな〜」とかめっちゃ腹黒い女の会話に聞こえちまうんだもの……穢れてんなぁ俺。
この二人にはお願いだからずっと純真無垢な心を持って欲しいわ。
「それじゃあ、フロウが合流したことだし、そろそろ行こうか」
「うん!今日はボクの家に行くんだもん!早めに行かないと、帰る時暗くなっちゃうもんね!」
「ワタシ、エルフさんの村に行くの初めてだから緊張するわ」
今日向かう先はレイリスとニールの住むエルフの集落。
神様に警告を受けた『禁断の森』の入り口を守る彼らの集落だ。




