第二百六話 未来の戦争
こんなに連続投稿するの初めてなもので、ストックが一気に無くなっていきますよ……
ベルのテントを後にし、勝手についてきたギルニウスと共に武器庫に訪れた。
武器庫なんて大層な名前で呼んでるが、実際には大型テントに木箱に乱雑に詰め込んだ武器や防具を置いているだけで、実質物置みたいな場所だ。
ここにニールが居ると聞いて足を運んだんだが……あぁ、いたいた!
「ニール兄さん!」
「やぁ、クロノス君。どうしたんだい?」
「ずっと探してたんですよ。俺とニール兄さんは、レイリスの魔王討伐部隊に参加しろと正式な指示があったので、それを伝えに」
「そうか、わざわざすまなかったね。ちょっと弓を新調しようかと思ってね。ここに来てたんだ」
そう言ってニールは木箱に仕舞われた弓を手に取り、細部まで観察する。
俺たちがいるスペースは弓を保管しておく場所で、目の前に並ぶ木箱には既に弦が張られた完成品が置かれていた。
とはいうものの、ここに保管されているのはあくまで予備品で、質の良いものは既に多くの人たちが確保している。
つまりここにあるのは、良くも悪くもない普通の品質の物──らしい。
ここにあるのはほとんどイトナ村で製作された物で、フロウに聞かされた話だ。
目利きだけで弓の品質の良し悪しなんてわかんないからな俺!
「弓、傷んじゃったんですか?」
「違うよ。君の使う弓を選んでるんだ。火山に行った時に折れちゃったんだろ?」
あー、そういやそうだった。
フェリンと火山下層まで落ちた時に岩の下敷きになって弓折れたの忘れてた。
ニールはその代わりになる弓をわざわざ選んでくれていたのか……申し訳ねぇ。
「すいません。俺の為に」
「構わないよ。じっとしてても落ち着かないからね」
「でも、相棒って激烈な程に弓下手なんでしょ?いるの、弓?接近戦の方が得意で魔道具があるんだから、無くても平気じゃない?」
「るっさい。そんなの俺が一番わかってるわ」
「まぁ、確かにクロノス君の弓の腕前は未熟だけど、遠距離武器は持っておいた方がいいですよ。せっかく矢を媒介に遠隔魔法を発動するなんて芸当が出来るのなら、当てられなくても魔法攻撃の手数にはなるでしょう?」
ニール兄さん……俺の魔法技術をそんな風に評価してくれるなんて!
下手ならいらないとか抜かすどっかの神様に見習ってほしい。
「よし、これがいいかな。クロノス君、ちょっと試し射ちしてみようか」
良さげな弓があったのか、木箱から選んだショートボウを取り出し提案される。
了承してニールと共に外に出ると、武器庫の裏側に設置された射的場まで移動した。
他に人がいないから……うん、まぁ、矢が明後日の方向に飛んでいっても二次的被害は出ないな。
「よし」と一呼吸置いてから弓矢を構える。
何百回と練習して身体に染み込ませた一連の動き。
弦に矢を乗せ、限界まで引き絞り狙いを的に定める。
弦を引く指を離し矢を放つ。
放たれた矢は的に向かい風を切る音が耳に届き、しっかりと命中した!
──背後に立つ木の幹に。
「「「………………」」」
矢が木の幹に当たり微妙な沈黙が流れる。
いやまぁ、狙った的に当たらないのなんてわかってたことなんだけどさ?
でもやっぱり、
「やったじゃないかクロノス君!木に当たったぞ!」
「ええ、やりました!練習の成果ですよ!」
「いや当たってないけど!?的はあっちだよ!?」
「的以外に命中したんだ!こんなこと、滅多にないんだ!!」
今までは矢を射っても、的から外れて地面に落ちるか、勢い足らなくて弾かれるか、茂みの向こうまで探しに行かなければならなかったのに!
矢が的以外に命中して刺さってるんだ!
矢が!命中!したんだ!的以外に!!
……なんか涙出てきた。
「それで、どうだいその弓の使い心地は?」
「うーん……前のより使いやすいとは思います。弦がしっかりしてるというか」
「前のは、俺のお古だったからね。ここのは素材がいいのを使ってるから、今の君には丁度いいかもしれない」
「なら、これはありがたく使わせてもらいます」
「矢は当たらないけどね」
「黙ってろ。だから他でカバーするんだろ」
「そうだね。クロノス君の矢を媒介にして遠距離でも魔法を発動させるって言うのは、間違いなく武器になる。初見じゃ絶対見破られないし、矢が外れると視認すれば防御も回避行動も取らない敵がほとんどだから、奇襲にも十分使えるはずだ。
矢が狙った方向に飛ばないのは……もう癖が強すぎて練習していれば治るってものでもないかもしれない」
「え……じゃあ俺、このまま矢が下手っぴのままってことですか?」
「そこまではいかないよ。何かきっかけがあれば、その癖も治る思う。俺も最初の頃、変な癖がついてた時期はあったからね」
きっかけ……きっかけかぁ。
俺にとってのきっかけが何かはまだわからないけど、せめて魔王戦までには治っておいてほしいなぁ、この癖。
でないと誤ってレイリスに矢を当てそう。
さすがにそれは笑えない。
「ニール兄さん、矢の練習付き合ってもらってもいいですか?」
「あぁいいよ」
その日は召集がかかるまでずっとニールに弓の練習に付き合ってもらった。
的に真っ直ぐ飛ばないとしても、せめて獲物の近くに飛ぶぐらいにはしておかないと使い物にならないのだから。
✴︎
翌日明朝、難民キャンプのテントから続々と人が出てくる。
誰も彼もが武装して同じ方向へと歩く。
もちろん俺もだ。
テントの中で剣と盾、弓矢に魔道具のグローブとブーツを装備し、ベルトに魔石入りポーチをしっかりと固定して外に出て、
「クロちゃん、待って」
テントから出るとユリーネに呼び止められる。
振り返ると不安げな瞳でこちらを見つめていた。
「母さん?」
「行く前に、ちょっとだけ」
そう言ってユリーネは俺に抱きついてくる。
息子が魔王に挑む為に戦争に行くのだ、不安なのも仕方ないだろう。
だから特に恥ずかしがることもせず、黙って抱きしめられて、
「終わったら、あなたはいなくなっちゃうんでしょう?」
「ッ!?なんでそれを!?」
耳元で囁かれ、驚きを隠せず思わず聞き返してしまう。
それで確証を得たのか、ユリーネは小さく笑った。
「お母さん、こう見えても勘はいいのよ?最初に会った時から、なんとなーく……ね。子供の頃の匂いがしていたから、もしかしたらって」
「さすがです……気づいたのは母さんだけですよ、多分」
「そうかしら?フロウちゃんやレイリスちゃん、ベル王女も気づいてるかもしれないわよ?乙女の勘って、結構鋭いんだから」
「あはは……そうですね。乙女が三人もいますからね」
特にフロウは一番勘が良さそうだからな。
でも、今のところバレてはいないはずだ。
教えるとしても、魔王を倒してからだ。
それまでは、余計なことをみんなに考えさせたくはない。
「引き止めたりはしないわ。ただ約束して、絶対に生きて帰るって」
「……はい。もちろんそのつもりです。帰ったら、たくさん親孝行できるよ頑張ります」
「うん。待ってる」
抱きしめる腕に力が入り、背中を軽く二回叩かれる。
抱擁が終わると、穏やかな表情を見せてユリーネは両肩を叩いた。
「じゃあ、行ってらっしゃい!元気でね」
「はい。母さん」
俺も笑顔で頷き返し、そっとユリーネから離れる。
手を振るユリーネに軽く手を振り踵を返すと、人の波に混じって歩きだす。
踵を返す際にユリーネの目の端から涙が溢れるのが見えたが、振り返ったりせずに前だけを向いて歩き続けた。
難民キャンプの出口に停められた馬車の一台に乗り込むと、既にレイリスとニール、影山とティアーヌが乗り込んでいた。
軽く挨拶を交わし、馬車に揺られゼヌス平原に出てライゼヌスへと向かう。
俺たちは馬車で移動しているが、他の人たちは徒歩での行軍。
馬車に乗れるのは魔法使いか魔王城に潜入する者は、体力を温存する為に乗せられているのだ。
荷車から歩いて行軍する人たちを見ると、何だかんだ自分たちだけ楽して移動しているのではないかと罪悪感を覚える。
それでも降りたりはしない。
俺と彼らでやることは違う。
自分の役目を果たす為にも、今は少しでも身体を休めておく。
「よし、降りるぞ」
ライゼヌスに向かう途中、小高い丘の多い場所で行軍から離れて馬車が止まる。
影山に言われ、俺たちは全員馬車から降りた。
ベル率いる大隊が正面から魔王軍と激突する。
それは囮で、勇者レイリスと俺たちはベルたちに悪魔が気を取られいる間に魔王城に潜入。
警備が手薄となっている状態で魔王の元まで駆け抜け、魔王ベルゼネウスを倒すのだ。
もちろん、それに気づいて悪魔たちは城に引き返してくるかもしれないので時間との勝負。
もたもたしていれば、俺たちは悪魔の群れに囲まれて殺されてしまうだろう。
俺たち五人の他に同行するのは、坂田が精鋭だと太鼓判を押した十人。
人族にエルフ、獣人族に鳥人族とバラバラだ。
ただ一人だけ、全身鎧を身に纏い兜を被った背の低い人物がやたら目立っている。
レイリスとほぼ同じぐらいの背丈だが……坂田が選んだ人物なら腕は確かだろう。
計十五人が、魔王城に潜入するメンバーだ。
ここからは丘の起伏を利用し、姿を隠しながらライゼヌスへと接近することとなる。
行軍とは別れ、大きく回り込むように平原を移動する。
數十分かけて移動し、魔王城から悪魔たちがぞろぞろと姿を現して、ベルたちを迎え討とうと大部隊を展開するのが遠目からでも見えた。
「ベル軍も魔王軍も、展開が終わって睨み合ってるみたいですよ」
「どちらが先に動くか、出方を伺っているんだろう。両軍が激突したら、俺たちも動くぞ」
丘の上から身を伏せ、左眼の能力でゼヌス平原に展開する両軍を観察し影山に伝える。
その後降り、全員と円になって集まると影山が地図を地面に広げ、
「もう一度作戦を確認する。大地の巫女ティンカーベルの率いる部隊が魔王軍と戦闘に入り次第、合図と共にライゼヌス城へと潜入を開始する」
「あの、カゲヤマさん。ボク、その合図が何なのか聞いてないんだけど……どんな合図?」
「平原が賑やかになったらだ」
レイリスの質問に短く答え、影山は広げた地図に描かれた城壁の一部をマルで記した箇所を示す。
「この印の箇所の城壁は工作部隊が既に脆くしてある。俺たちはここを破壊し、城下町へと入り込む。その後王城まで一気に駆け抜け、魔王の元に向かう。全員把握しているな?」
影山の問いかけに俺を含めて全員が頷く。
ここにいる全員が魔王の元まで辿り着けるとは限らないけど、最終的には勇者であるレイリスが辿り着ければいい。
そしてレイリスを援護する為に一人でも多く残るのも大切だ。
何としても、置いていかれないように気をつけないと。
俺たちが頷いたのを確認し、影山は立ち上がる。
「よし、作戦開始までまだ時間はある。最後にやるべきことを済ませておく」
やるべきこと?
まだ何かあるのかと全員が影山の動向に注目する。
すると、影山はポーチから雷の魔石を取り出し、自らのブーツに装填して……獣人族の男の腹部を蹴り上げた!
衝撃を受け吹き飛ぶ獣人族。
その光景に俺もレイリスも思わず立ち上がり困惑していると、ニールが隣にいた人族の首に腕を回し締め上げ、腰に携えていた小型ナイフの刃を首筋に当てる。
「な、なにやってるの兄さん!?」
レイリスの声が平原に響き渡る。
周囲を見れば、驚いているのは俺とレイリスだけで他の人たちは動揺すらしていない。
どういうことなんだ、止めるべきなのか!?
突然の奇行に剣を抜くべきなのか、影山と獣人族の間に割って入るべきなのか悩む。
「坊主、そこを動くなよ」
背を見せたまま影山が呟く。
そして影山は、ゆっくりと蹴り飛ばした獣人族の男に近づくのだった。
次回も20時更新!
あー……もう四章も終わりが近いですよ……




