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第二百四話 決戦前夜① 未来の人たち

そろそろ前書きに書くことがない!


 旧難民キャンプ地、ジェイクが眠る墓の前でひとしきり泣き、俺は影山とティアーヌの元まで戻る。

 二人は周囲を警戒して待っていてくれた。


「もういいのか?」


 戻ってきた俺を見て影山が尋ねる。

 俺は黙って頷くと頭を下げた。


「ありがとうございました。付き合ってもらって」

「礼はしなくていい。用事が済んだのなら戻るぞ。坂田たちから話があるらしいからな」


 影山が再び御者席に飛び乗り、俺もティアーヌと馬車に──


「あら?バルメルド君、その剣はどうしたの?」


 ティアーヌが背負っている鞘に気づいて質問される。

 俺が今まで持っていた剣はフェリン戦で折れてしまったので、こちらに来るときは武器は持っていなかったから、さすがに気づいたみたいだ。


「これは……父さんの剣です。前の剣は折れちゃって、修復不可能でしたから。だから、この剣で魔王に敵討ちを」

「そう……でも、あまり敵討ちに拘るのは駄目よ。仇を討っても、貴方の父親は生き返らないのだから」

「わかってます。復讐心だけで戦うつもりはないですよ」

「ならいいわ。それに巻き込まれる方はたまったものじゃないから、それだけは覚えておいて。あと、今度は折れたりしないようにきちんと手入れするのよ」

「それもわかってます……って、前の剣もちゃんと手入れしてたんですけど!?」


 まるで手入れをサボっていたみたいな言い方をされ騒ぐとティアーヌが小さく笑う。

 馬車に乗り込み、俺たちは新しい難民キャンプへと帰った。


✴︎


 墓参りから戻ると全員坂田に呼ばれる。

 人が集まるならと、ティアーヌは自らの体質を考え断り、別の場所で待機するとのこと。

 呼ばれたのは難民キャンプの中でも一番大きなテント。

 中には大きなテーブルが一つとゼヌス平原の地図が敷かれており、数十人の武装した多種族が既に集まっていた。

 その中にはニール、フロウ、レイリスの姿もある。

 何が始まるのかと待っていたら、ベルが姿を見せ全員の前に立つ。

 みんなの視線がベルに集まると、まず彼女は一礼し、


「皆様、お集まりいただきありがとうございます。この場にいる方々はかつて私と共に、魔王に奪われたライゼヌス城を取り戻す為、力を貸して下さった方ばかりです。またこうして、私の呼びかけに応じて集まってくれたことを心から感謝いたします」


 もう一度頭を下げ俺たちに感謝する。

 再び顔を上げると全員の顔を見渡し、一呼吸間を開け、


「私は大地の巫女として目覚め、魔王を倒した伝説の勇者の末裔も現れました。一度は敗北し、苦渋を舐めさせられた相手。もしかしたら、今度は以前よりも大きな被害が出るかもしれません。でもどうか……どうかもう一度!私と共に戦っていただけないでしょうか?この国を取り戻す為、皆さんの力を……もう一度私に、貸してください!」


 ベルの言葉に武装した人たちが一斉に叫び、腕を振り上げ応える。

 ここにいる人たちはみんな、ベルの為に魔王と戦う為に集まった人たちだったのか。


「ベル……すごい人望だな」

「ここにいる奴らは元々、ライゼヌスで働いていた兵士や、魔王に滅ぼされた他国の兵士が多い。自分が守るべき国も主も失った者たちが一つの敵を協力して戦う。共同戦線……だな」

「なんか、凄いですね。これだけの人がベルの言葉で結束するの。さすがは王女で巫女様だ」

「どちらかと言うと、もう俺たちには時間がない。だから、協力せざるおえないところもあるのだろう」

「時間がない……?」


 影山の意味深な一言に疑問符を浮かべていると、ベルに代わって坂田が前に立った。


「皆さんご存知の通り、先日の火山の噴火により、食糧と武器の補給をしてくれていたイトナ村が焼かれ、我々は補給線を失ってしまいました。他にも食糧を提供してくれている隠れ里はありますが……正直言って、現在の難民キャンプ全員に配給すれば、一ヶ月も経たずに餓死する者が出るでしょう。

 今攻め込まなければ、座して死を待つだけになります」


 なるほど、時間がないって言うのはこれのことか。

 試練の山の噴火で消失したイトナ村の代わりがないんだ。

 もしかしたら、魔王軍もそれをわかっていて山を噴火させたのかもしれない。


「ではこれから、王都ライゼヌス奪還、及び魔王ベルゼネウス討伐作戦の概要を説明します。まずはこちらをご覧ください」


 坂田は手のひらに乗せても余るほどの大きさの鉱石を持ち出し、テーブルの上に置く。

 軽く叩いてみせると、テーブル全体に王都ライゼヌスを遠巻きに映した光景が浮かび上がった。

 あれは確か、光残石(こうざんせき)だ。

 鉱石に衝撃を与えると風景を記録することのできる石。

 懐かしいな、初めて王城に足を運んだ時、セシールって俺と同じ転生者の人があれで写真を作っていた。

 坂田の話では、セシールは魔王が王城に攻めてきた際、逃げ遅れて王城の研究室に残してきてしまったそうだけど、無事なのだろうか……


「現在ライゼヌス城は、魔王ベルゼネウス率いる魔王軍の根城となっております。偵察員の話では、確認しているだけでも五十万近い魔物が王城、城下町に潜んでるとのことです。対して我々は外で待機している方々を含めても総勢十万。戦力差は明らかでしょう」

「五十万対十万か……泣けるな」


 坂田の説明を聞いて影山がポツリと呟く……いいな、その「泣けるな」っての。

 俺も今度使ってみよ。


「ですが、軍勢のほとんどは下級の悪魔や魔物。皆さんの数年に渡る各地での活動のおかげで、幹部クラスや上級の悪魔も少数。数で劣っていても、敵の指揮系統を麻痺させれば勝機はあります。その為に、この数年間我々はあらゆる準備をしてきたのですから」


 坂田の言葉に全体の空気が引き締まるのを感じる。

 中には拳を握り締め震えている者も。

 俺たちが勇者を探したりフェリンと戦っていた間も、他の人たちは魔王軍と戦っていたんだ。

 未来の俺が死んで魔王に支配されてから六年間ずっと……


「しかし下級と言えども戦力差の数で不利なのは変わらず、加えて我々はマナを生み出す大樹ユグドラシルを失っており、まともに魔法を扱える人数は限られてます。対して悪魔たちは、我々の恐怖心を糧に力を得る為、ほぼ無制限で魔法が使える為、真正面から挑んでも勝ち目はないでしょう。

 そこで……隊を二つに分けることとしましょう」


 坂田の提案に全員の肩が僅かに動く。

 テーブルに置かれた光残石を退けると、ゼヌス平原の地図の上にチェスの駒が置かれた。

 ライゼヌス城に黒い駒、平原には白い駒。


「まず平原にティンカーベル王女が指揮する大部隊を展開し、ライゼヌス城から迎え出てくるであろう悪魔たちを誘き寄せ迎え撃つ。そして勇者レイリス様を含め数十名でもう一つ部隊を編成し、別ルートから王都へと侵入、ライゼヌス城に乗り込み魔王を討つ」

「それって、ベルたちの部隊を囮に使うってことですか!?」


 坂田の作戦説明を聞いて思わず声を上げてしまう。

 そのせいで全員の視線を集めてしまうが、魔王に対抗できる巫女のベルを囮に使うなんて!


「そうだ。我々の戦力では正面から太刀打ちも突破も困難だ。だから勇者を含めた少数精鋭で頭である魔王を倒し、統率を失ったところで配下を殲滅する。王女様たちにはその時間稼ぎをしてもらうこととなった」

「そんな、巫女のベルを囮にするなんて危険すぎます!」

「止しなさい、クロノス・バルメルド!」


 坂田に意を唱えるとベルに一喝される。

 思わず口をつぐみベルを見ると、堂々とした姿勢でこちらを睨んでいた。


「これは既に決まったことです。例え私の知己であっても、口を挟むことは許しませんよ」

「……すみませんでした。ティンカーベル王女」


 鋭い眼で見られ、謝り口を閉じる。

 俺はでしゃばり過ぎてしまったようだ……

 俯き反省していると影山に肩を掴まれ後ろへと下げられる。


「巫女に救われたな」

「え……?」


 耳元でそう囁かれ、何のことか一瞬わからなかった。

 坂田が頃合いを見て話を続けると、誰も俺のことを見てなかった。


「先程も言いましたが、ベル様が指揮を取り、勇者様が魔王を討つまでの時間稼ぎをします。もちろん魔物たちはそれに気づいて、魔王の元に戻ろうとするでしょうが、足止めの為の策も用意してあります」

「策を使い切ってしまえば、最後は皆様の粘り強さにかかってしまいます。ですが、三度目はありません。次の戦いで、必ず魔王を仕留める為にも、どうか皆様よろしくお願いいたします」

「では、ティンカーベル王女様が指揮する隊の分隊長を後程選定し、各分隊での作戦指示を通達します。皆さん、一度解散し集合がかかるまで待機してください」

 

 坂田の一言で解散となり、ぞろぞろとテントから人が出て行く。

 俺も出ようとしたのだが「クロノス・バルメルド。君は残りなさい」と坂田に言われ、立ち止まる。

 一瞬レイリスとフロウが心配そうにこちらを見ていたが、影山に促され外に出て行く。

 テントの中には俺と坂田の二人だけとなった。


「はぁ〜……驚いたよ」

「すいません。出過ぎた真似をして」

「あぁ、いや!いいんだいいんだ!君は十年前から来て、戦争というものを経験してないんだ。あの疑問も当然出るものだよ。私だってそうさ。あんな作戦を立案しておいて、私は戦場に立たず後方にいるだけ。戦う力がないから君たち任せだ……正直情けなくて、恥ずかしい」


 テーブルの上に置かれたチェスの駒を指で弾きながら坂田は呟く。

 やはり坂田も思うところはあるのだろう。

 でも、勝つにはやらざる負えない。

 そんな葛藤は、みんな思っていても口にしなかっただけなのかも……

 だとすれば、俺はますます余計なことを口にしてしまった。


「まぁ、君が口を挟んだことはいいんだ。ベル様の友人ならば尚更、意を唱えずにはいられないだろう。でも君を呼び止めたのはそのことじゃないんだ。

 クロノス・バルメルド、影山真一、ティアーヌ、ニール、以下の四名は魔王ベルゼネウス討伐作戦に勇者レイリスと同行すること。その旨を他三名に伝え、別命あるで待機。以上だ」


 俺たちはレイリスと魔王城潜入の方に参加か……

 たぶんレイリスのことを考えて、顔見知りの俺たちはひとまとめにしておきたいのだろう。

 あと、俺もニールも難民キャンプの人たちのこと全く知らない。

 しかも俺は戦争も大規模戦闘も未経験。

 ティアーヌさんは淫魔だから大人数で入り乱れる戦闘だと正体バレて襲われるか、魅了の魔法かけてしまうかもしれないし……あれ、そう考えるともしかして、俺たちって問題児の集まりでは?

 いや、よそう……虚しくなるだけだ。


「君たち以外に勇者と同行するメンバーはこちらで選定しておく。それと、もし王城で研究棟に立ち寄れたら、セシールの様子も見てきてほしいんだ」

「セシールさんの?」

「偵察隊の話では研究棟の窓で人影は見たと言ってたけど、本人の保証はない。でも万が一本人だったならば……といった、淡い期待だ。もちろん強制でも、命令でもない。これは私のあくまで個人的なお願いだ。余裕がなければ無視してしまっても構わない」

「……わかりました。もし立ち寄ることがあったら、確認はしておきます」

「頼むよ。もし本人でなかったとしても、研究棟にはセシールの発明した魔道具ぐらいは残っているはずだ。それを使ってやってくれ」


 坂田からセシールのことを頼まれ、快く引き受ける。

 もっとも、魔王の元に辿り着くまでに余裕があればの条件付きだが。

 頷いてみせてから、俺はテントから出て行く。

 今日と明日は、ゆっくり落ち着けなさそうだ。

次回も明日20時からです!

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