第十八話 領主との会合
やべぇ、やべぇこれ……これ絶対打ち首だよ。
打ち首になった後晒し首として村の広場に晒されちまうよ俺の首。
まだ死にたくねぇよ。
童貞卒業まだ達成できてねぇし、この歳じゃ好きな子なんてまだいねぇから最後に一発とかできねぇよ。
畜生!やっぱ余計な事に首突っ込まなきゃ良かった!
先程の行いを悔いながらジェイクに連れられ応接間に入る。
部屋では既に貴婦人が待っており、従者も連れずソファーに座っていた。
貴婦人はこちらに気づくとソファーから立ち上がり挨拶をしてくる。
「お久しぶりですわ、ジェイクさん」
「お世話になっております。ミカラ婦人」
ミカラとジェイクがお互い挨拶を交わす。
彼女は俺に気づくと微笑みかけてくるのだが、その微笑みはどこか恐ろしく、俺は身構えてしまう。
「初めまして、私はミカラ・ニケロース。ここ一帯の領地を治める領主ですわ」
「は、初めまして……クロノス・バルメルドです」
頭を下げて挨拶する。
彼女からジェイクと同じ強者として雰囲気を感じ、思わず身構えてしまう。
「コラ!そんなに警戒したら失礼じゃないか」
「ホホホ、いいのですよ。初対面の方は大体そう言った態度を取られますもの。もう慣れてますわ」
ミカラは手の甲を口元に当てしばらく笑うとソファーに座り直す。
ジェイクと俺もソファーに座り婦人に対面する。
「さて、それでは二、三お聞きしたいこがあるのですが、よろしかしら?」
「はい。息子のクロノスがお答えいたします」
「ではまず……今回の件は私の家の子が、ジェイクさんの御子息であるクロノス・バルメルド君に暴力を振るわれたと聞き及んでおります」
「なっ……!?」
「それについて詳しくお聞きたいのだけれども──よろしくて?」
俺が暴力を振るったって、なんだそれ!?
あの悪ガキ共一体どういう話をしたんだ!?
「ちょっ、ちょっと待ってください!俺は」
「クロノス。落ち着いて話をしなさい」
困惑したまま、婦人の誤解を解こうと身を乗り出し口を開いた俺をジェイクが制す。
それを受け、俺はしばらく口をパクパクさせるが、ソファーに座り直し呼吸を整える。
落ち着け、焦るな。
隣にはジェイクがいるし、ミカラって人も俺の話にちゃんと耳を傾けようとしている。
落ち着いて事実だけを話すんだ。
ジェイクにもいつも言われてるだろ?
騎士を目指すなら、どんな状況でも常に平常心になるようにしろって。
「……ミカラ婦人。それは誤解です」
「誤解……では聞くわ。どこら辺が誤解なのかしら?」
「まず自分は、彼らに暴力を振るってはいません。多少強引な手を取りましたが、彼らには一切の危害を加えてはおりません」
「あら、そうなの?報告では、あなたが手を挙げ怪我をさせたと聞いているのだけれど?」
「そんなことはありえません。確かに魔法を使って脅かしはしましたが、傷を負わせるようなことはしていません」
「魔法!?あなた、その歳で魔法使えるの?」
「え、ええ、六大属性の初歩は習得済みです」
「あなたすごいのねぇ、家の子なんて魔法はカラッきしなのに。爪の垢でも煎じて飲ませたいわ〜」
「……あの、お話を続けても?」
何やら興奮しているミカラに尋ねると、彼女ははっと我に返り「ごめんなさい続けて」と促す。
俺はもう一度呼吸を整えると、あの時の話を包み隠さず話す。
「まず事の発端は、村の裏道で一人の女の子が虐められいたことでした。カーネ・モーチィと言う子供とその連れが、三人がかりで無抵抗な女の子を虐めていたのです。自分はそれを止める為に割って入り、女の子を連れ出そうとしました。ですが、カーネ君たちはそれを良しとせず襲いかかってきました。そこで自分は止むを得ず、魔法を使い彼らを脅かしたのです。その時に彼らは尻餅をついていたので、もし怪我をしたとしたらその時だと思います」
「なるほど。あなたはその無抵抗の女の子を助ける為、魔法で脅かしただけなのね?」
「はい。我が家で信仰しているギルニウス様に誓います。自分は彼らに暴力を振るっても、怪我もさせてはいません。自分はミカラ婦人の御息女であるフロウさんを助けただけなのです」
「そう……わかった。その話を聞いて納得したわ。家の子を助けてくれて、ありがとうね」
ふぅ、何とかなった〜!
やっぱりこの人フロウのお母さんだったのか。
質問の内容も会話のやり取りも、なんか変だと思ったら、まさか虐めてた子の親じゃなくて、虐められた方の親だったなんて。
「あなた面白いわね〜。いつから私がフロウの母親だってわかったの?」
「魔法の話の辺りです。自分の子供が魔法にやられたら、普通虐めた相手の子を褒めたりしないでしょう。逆に魔法なんて危ない物を教えた親に責任を追及しますよ」
「んふふふ、面白い子を拾ったわねジェイクさん。いい跡継ぎじゃない」
「はい。ありがとうございます」
「ま、三十点てとこかしらね」
さ、三十……結構採点厳しいな。
「あの、残りは?」
「教えてあーげない」
あーげないって……この人歳いくつだよ。
見た目からして四十過ぎてそうだけど、あーげないはちょっと。
「あなた今、このオバさん見た目の癖に何があーげないだよとか思ったでしょ」
「いいえ、全然そんなこと思っておりません!」
どうしてこの世界の母親はこんなに勘が鋭いんだ!?
それとも俺の顔に出てた!?
「あ、母様!」
応接間の扉が開いてフロウが入ってくる。
その後に続いてユリーネも入ってきた。
満面の笑みで。
どうやら俺はユリーネとミカラの両母親に試されていたらしい。
「大丈夫だったフロウ?怪我とかしてなぁい?」
「はい母様!バルメルド家の皆さんが手厚く介抱してくれました!」
「良かったわねぇ、じゃあちゃんとお礼を言いましょうね」
「皆さん、どうもありがとうございました!」
何だろうこのやり取り、めっちゃ見覚えあるわ。
妙な既視感を感じているとフロウと目が合う。
彼女は俺と目が合うとすぐに視線を下げてもじもじと手遊びをしている。
お、これはもしや……?
その後ミカラ婦人は、フロウを迎えに来たのとは別にバルメルド家を尋ねた理由を教えてくれた。
フロウを虐めていた悪ガキ三人は、自分の親に「領地の家の子を虐める悪いヤツを倒そうとしたら返り討ちにあった」と嘘の説明をしたらしい。
彼らの親はその話を鵜呑みにし、フロウの母親であるニケロース家にこれを報告。
しかし俺がフロウを助ける所をバルメルド家のメイドが目撃しており、ジェイクとユリーネに報告 後、ニケロース家にも事情を説明しに行っていたのだ。
根回しが早いと言うか何というか、我が家のメイドは本当に優秀だよ。
で、両家の話を聞いたミカラ婦人だったのだが、どちらの説明も食い違っていた為に本人である子供たちに話を聞いて回っているのだそうだ。
バルメルド家に最初に来たのは、ユリーネが村で自慢までしている子供がどんなのか早めに見たくて来たんだと。
しばらくユリーネの出した紅茶を楽しんで、ミカラ婦人はフロウを虐めた残り三家を回るのだそうだ。
公務で忙しいだろうに娘の為に動くなんていい親だよ。
結局初対面の時に感じた恐怖感が何なのかは分からなかったけど。
屋敷の前に停めていた馬車に乗り込むのを全員で見送ることにする。
もちろんレイリスも一緒に。
「じゃあなフロウ。また虐められんなよ」
「今度一緒に遊ぼうよ!クロが考えた遊び、すっごく楽しいよ!」
「うん。母様にまた外に出れる様お願いしてみるね」
フロウと握手を交わし、走り出した馬車が見えなくなるまで手を振り見送った。
突然来たからびっくりしたけど、ミカラ婦人はいい人っぽかったな。
それにフロウも可愛かったし、こりゃ両手に華だなぐへへへ。
「クロノス」
「はい?なんですかお義父さん?」
「フロウさんとは仲良くなれそうか?」
「ええ。いい子みたいですし、是非お友達になりたいです」
「なぁレイリス?」と同意を求めると、彼女もうん!と頷いてくれる。
レイリスとしても、同年代で同性の友達ができるのは嬉しいのだろう。
あれ、そう考えると俺って同年代の同性の友達いなくね?
まぁいいか、女の子二人に囲まれる少年時代も悪くない。
って言うか、それ以上に最高な少年時代なんてあるのだろうか?
いいや、ないな!
その答えにジェイクは「そうか」と少し嬉しそうに呟くが、すぐに何とも言えない表情をする。
「あー、なんだ、その」
「大丈夫です。もうレイリスの時みたいな事しませんから」
「まぁ、それは大事だがな……くれぐれも、あの子を傷付ける様な事はするなよ?」
「え、する訳ないじゃないですか」
まだまだ信用ねぇな家の親。
俺があんな可愛い女の子を悲しませる訳ないじゃないか。
みんなで仲良くハッピーになってみせるさ。
「クロ?どうかしたの?」
「ううん!何でもないよレイリス!みんな幸せになれるといいね!って話をしてただけさ!」
笑顔でレイリスに答えてみせる。
ニケロース家の馬車を見送り、外の寒さに震えて俺たちは屋敷へと入る。
──もうすぐ、神様が警告した秋が近づいてきた。




