第百九十一話 クロノスとフェリュム
風邪引いた時に喉潰れちゃって、ここ5日間ぐらい辛くて仕方ないです…
──ぅ、─ぃ─ぅ
暗闇の中で声が聞こえる。
それは誰の声だろうか。
意識が朦朧としていてはっきりと声の人物を認識することができない。
しかし、声の主が何度も呼びかける内に暗闇の中に光が射し込む。
遥か遠くに見える光。
それを目指し、意識がだんだんと浮上していくのがわかる。
──て──う、──きて
大丈夫、今起きる、起きるから。
声に導かれるように意識が光へと向かっていき、次第に光が強まり現実に目覚め……
「起きろって言ってるでしょうがこの白髪頭!!」
「あ゛っ゛づぅ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
突然目に焼ける程の激痛が走る!!
曖昧だった感覚が熱と痛みにより一気に現実に引き戻され、俺は跳び起きると両眼を手で抑えて暴れ回る。
すぐ近くに水溜りを見つけると迷わず顔を突っ込んで目を冷やした。
「やっと起きてくれた。何回呼んでも目を覚まさないから心配したよ」
「心配しなくても、もう少ししたら自力で目を覚ましてたよ!!」
水溜りから顔を上げフェレット姿のギルニウスに怒りを露わにする。
くっそー……まだ眼がひりひりする。
いや、それよりも!
「やっとお目覚めかギルニウス!」
「それはこっちのセリフだよ。目が覚めたら君以外誰もいないし、辺りは真っ暗だし、全身びしょ濡れだし。なに、もしかして溶岩だと思ってたのは、実は赤い色しただけの温泉だったとか?」
「んなワケあるか」
濡れた顔を腕で拭い立ち上がる。
立ち上がる時に頭に鋭い痛みが走り、一瞬倒れそうになるが、足を踏ん張らせ頭を振るって痛みを誤魔化す。
周囲を見回すと、どこもかしこも岩と水溜りだらけ。
どうやら鍾乳洞みたいだが。
「ん?あれ、俺の弓どこだ?」
背中が軽いので不思議だと思ったら弓がない。
矢筒だけは持ってはいるのだが、弓はどこに落としたのかと探したら、転がっていた岩の下敷きになり折れてしまっていた!
あーあー……完全に折れちゃってるよ。
「ねぇ相棒、ここってどこなんだい?」
「たぶん火山の下層。かなり深いとこまで落ちてきたみたいだな」
「ってことは鍾乳洞?ええ……僕が気絶してる間に何があったのさ」
「色々とな」
かいつまんでここまでの出来事をギルニウスに説明しておく。
話している内に俺自身、どうやってここまで落ちてきたかを思い出してきた。
まず鉄仮面プービルを倒して塔が崩れた後、俺は火山の奥深くまで落ちてしまった。
このまま落下するのは危険だと思い、最後のマナの小瓶と水の魔石を二つとも使って大洪水を起こして、水の中を滑落下速度を緩めながら滑り落ちるようにしてここまで落ちてきたのだ。
ただ、落下している時に瓦礫も一緒に落ちていたから、その破片に頭をぶつけて気を失っていたのかもしれない。
弓もその時に折れてしまったのだろう。
頭上を見上げると巨大な穴が空いており、そこから落ちてきたかのだと推測できるが、どこまでも真っ暗で火口は全く見えない。
相当深くまで落ちてきてしまったようだ。
「なるほどねぇ……しかし悔しいな。気を失ってなければ何とかできたかもしれないのに」
「あんたってホント肝心な時は役に立たないよな」
「失礼な!ルディヴァから君の身を守っただろう!?」
「それは“俺の時代”のギルニウスがやったことで、“未来の”あんたがやったことじゃないから」
などと他愛のない話をしていると、洞窟内に靴音が響いてくる。
それは真っ直ぐこちらへと近づいてきており、ギルニウスは俺の右肩に飛び移り、俺は身構え右眼を使用する。
薄暗い鍾乳洞で視界がくっきり見えるようになり、靴音の主を見つける。
音の主は、なんとフェリュム=ゲーデだった!
「えっ、悪魔!?えっ、何で!?」
「フェリュム=ゲーデ!?あんたも落ちてきたのか!?」
「おぉ、クロノス・バルメルド!ようやく目を覚ましたか」
まさかこいつも一緒に落ちてきていたなんて!
とにかく剣を抜いて……あれ、剣がない!?
いつも腰の鞘に納められているはずの剣がなく空を掴む。
あるのは鞘だけで、肝心の中身は水が溜まっているだけだ。
そう言えば、火の鳥戦で剣を投げ飛ばしたままだった!
くそっ!剣無しでこいつと戦わないといけないのか!!
剣が無いことに奥歯を噛み締め、いつ襲いかかられても防げるように盾を正面に構えておく。
どこから来る、正面か!?
それとも意表を突いて背後からか!?
絶対にフェリュム=ゲーデの動きを見逃さぬよう、一挙一動を睨み続ける。
「その様子だと、身体はなんともないようだな」
しかし、フェリュム=ゲーデからは一切敵意を感じない。
むしろ俺のことを心配していたのか、いつもとは違う穏やかな声色で気遣ってきたのだ。
さすがの俺もこれには面食らい困惑する。
そんな俺を余所にし、フェリュム=ゲーデは近場に岩に腰を下ろし、穏やかな表情でこちらを見てくる。
「まぁそう気張るな。剣を無くしたのだろう?我は闘う術を持たぬ者を襲うなどという無粋はせぬ。それにお互い孤立した身。ここを脱出するまでは一時休戦としよう。闘う時は正々堂々、真正面から剣を持ったオマエに勝負を申し込む」
「ハァン!悪魔の言うことを僕たちが信じると思う!?こちとら神様やって数千年!悪魔の手の内なんて知り尽くしてるんだよ!!なぁ相棒!?」
「わかった。あんたを信じよう」
「相棒ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
警戒を解いて楽な姿勢となる。
俺も手頃な岩を見つけると腰を下ろした。
「ちょっと相棒!?何簡単に信用してるのさ!?相手は悪魔なんだよ!?約束なんて簡単に破って平気で人を騙すような奴らなんだよ!?信用しちゃダメだって!」
「今の俺にとって、あんたの言葉よりあっちの悪魔の言葉の方が百倍信用できる」
「なんですとぉぉぉぉ!?」
「なんで意外そうなんだよ。あんた、俺に何してきたのか忘れたのか?」
騒ぎ立てるギルニウスを肩から膝上に降ろす。
悪魔の方が信用できると言われたのが相当ショックだったのか、かなり落ち込んでしまった。
しかしフェリュム=ゲーデは、背後から敵を斬るなどと言う卑怯な真似は絶対にしてこないと思える。
二回対面しただけだが、この悪魔は言葉通り正々堂々とした戦いを好んでいる。
無抵抗な相手を一方的に攻撃するなんてことはしてこないだろう。
と、先程から喋っているフェレットが気になるのか、フェリュム=ゲーデが興味深そうにギルニウスを眺める。
「面妖だな。喋るフェレットなど初めて見たぞ」
「あ、悪魔に面妖って言われた……。僕はね!慈愛の神ギルニウスって言う、それはそれはすごーい神様なんだ!!これは世を忍仮の姿なんだよ!」
「ほぉ!あのギルニウスか!それはそれは、すごいな。本物を見るのは初めてだ」
「相棒!こいつ絶対信じてないよ!凄い馬鹿にしてるよ!」
「いいから落ち着けって」
フェリュム=ゲーデの態度が気に入らず騒ぐギルニウスを宥める。
この悪魔は本気で信じてくれてるよ……たぶん。
「ところであんた、奥の方から歩いて来てたけど出口を探してたのか?」
「ああ。上の穴から出ようとしたのだが、途中で塞がっていた。仕方なしに別の道を探していたのだが、他の道も落盤で塞がっており一度戻ってきたのだ。残念ながら地上に続く場所はなかった」
「そうか……」
出口がないとなると困ったな。
魔法で穴でも開けながら出るか?
マナの小瓶は一つ残ってはいるが、地上まで穴を開けられるかどうかの方が問題だ。
今俺たちがいる場所がどれだけの深さかわからないし……
顎に手を当てどうしたものかと悩んでいると、「あぁ、だが」とフェリュム=ゲーデが何かを思い出したのか、暗闇の奥を指差す。
「あちらに扉を見つけたぞ。おそらく人工物だろうな」
「人工物の扉?」
なんでこんな鍾乳洞に……と思ったが、『試練の山』についてティアーヌが話してくれていたことを思い出す。
もしかして、その扉は試練とやらに関連したものではないだろうか?
「ギルニウス、あんた神様なんだから『試練の山』について詳しいだろ?」
「え?……あぁそっか、ここ『試練の山』だっけ?長いこと誰も利用してないし、管理は部下に任せてたからすっかり忘れてたよ」
いや忘れるなよ。
この山が廃れていったのが何となくわかった気がした。
「そうかぁ……なら、その扉の奥に外に出る出口があるかもしれないよ。行ってみよう相棒!僕たちだけで!!」
「そうだな。フェリュム=ゲーデ、案内してくれ」
「よかろう」
「いや『僕たちだけで』って言ったじゃん!!」
ギルニウスを無視してフェリュム=ゲーデの案内で鍾乳洞の奥へと進む。
俺たちがいた場所からものの数分でフェリュム=ゲーデの言っていた人工物の扉が見えてきた。
俺たちの背丈よりも何倍も大きな両開きの扉が構えていた。
石造りながら扉全体に細かな装飾が施されており、幾何学模様の彫られた表面で神聖さを表しているのだろう。
おおよその意味すら?理解できないが、明らかにこの空間にあって異質な物。
ここではない場所に繋がっているのだろうと連想させる扉が確かに存在していた。
「そうそう!これだよこれこれ!試練に入る為の扉!!うわぁ、設置されてるの初めて見たよ!!」
「なんで初めて見るんだよ……試練の場所考えたのあんたじゃないのかよ……」
「いやぁ、場所と扉のデザイン考えたのは僕だけど、設置とかは全部部下に任せてたから」
「ちょっとは手伝ってやれよ……ちなみに、この扉の模様はどんな意味があるんだ?やっぱり天使の言葉が彫られてるとか、文化を表現したみたいな意味が?」
「ないよ。適当にそれっぽく造っただけで」
「ないのかよ!」
いい加減だなぁ……本当にちゃんと開くのかよこの扉。
ただの飾りとかじゃないだろうな。
「この扉、先程我が開けようとしたのだがビクともせずな。どうやら特殊な魔法が施されているようなのだが」
「あったり前だぁ!お前たち悪魔が開けられないように造ったんだもんねぇ!開けられてたまるか!!」
「あんた悪魔相手だといつも偉そうだな……初めて知ったわ」
ギルニウスの悪魔嫌いは相当なものらしい。
これ、後々がティアーヌが淫魔だって説明したらややこしくなりそうだな。
しかし攻撃態度のギルニウスをフェリュム=ゲーデは一切気にせず、扉に触れながら、
「ならば我で開けられぬもの頷けるな。おそらく悪魔では開かぬのだろう。となればクロノス、オマエの出番だな!」
期待の眼差しを向けてくるフェリュム=ゲーデに応える為に扉に近づき手を添える。
しかし石造りの巨大な扉とか、俺の腕力で本当に開くのか?
少し不安を覚えながらも扉を押してみる。
腰を落とし、地面を蹴り、力の限りに扉を押してみると驚くほどあっさりと両扉が開き始める。
もっと重いものかと思っていただけに一瞬拍子抜けしてしまいながらも、何とか最後まで扉を押し続け、開き切ることができた。
中は暗く一寸先も確認できない。
とりあえず足を踏み入れてみるが、特に何も起こらず静寂に包まれているだけだ。
「感謝するぞクロノス。おかげで我も入ることができた」
「ちょっとちょっと!!なに悪魔まで入ってきてるだい!?君は別の場所から出なさいよ!!」
「我とて地上に戻りたいのだ。ギルニウス神よ、ご容赦を」
続けてフェリュム=ゲーデも足を踏み入れると、両扉が音を立てながら独りでに閉まる。
扉が閉まると完全な暗闇に包まれ視界に何も見えなくなってしまう。
右眼を使うか……と思った矢先、壁に設置されていた燭台の蝋燭に火が灯明るくなった。
燭台の灯火により照らし出され、俺たちが入り込んだのは一つの部屋だというのがわかる。
部屋の奥にはまだ通路が続いており、ここはまだ入り口に過ぎないようだ。
「で、ギルニウス、出口はどこだ?」
「ごめん……構造も僕知らないんだ」
「あーはいはい。そこも部下任せなのね」
期待して損した。
どうやら出口は自力で探さなければならないらしい。
ひとまず、目の前に見える通路から進んでみることにし歩み出し、
『待たれよ』
突然どこからか声が聞こえ、部屋全体に響き渡り足を止め周囲を見渡す。
だが、部屋には俺とギルニウス、フェリュム=ゲーデの三人しかいない。
同じように驚いているところを見るに、ギルニウスの声でもフェリュム=ゲーデが発した声でもないようだ。
「今の声、全員聞こえたか?」
「ああ、我にも聞こえたぞ。ギルニウス神よ、貴殿のお知り合いではないのか?」
「あ、当たり前だよ!僕は神様なんだから、ここの試練を管理しているのはもちろん僕の部下さ!!ただ……声の主が誰か分からないなぁ〜なんて」
「おい」
部下がどこ管理してるかぐらい覚えておいてやれよ。
ギルニウスの発言に呆れている間にも声の主は語り続ける。
『ここは神が定めし試練の間。それを知った上で足を踏み入れたか。ならば聞かせてやろう、偉大なる神ギルニウスが──』
「えへへへ〜偉大だなんて参っちゃうなぁ〜」
「照れるな」
「いやぁ〜ここ数年神様扱いされなかったから、なんか嬉しくって」
声の主が長々とこの場所の説明をしている間、ギルニウスはずっとニヤニヤと笑っている。
相当久しぶりに神様扱いされたのが嬉しいらしいが、気持ち悪いを通り越して哀れなんだけど……今までレイリスにも神様扱いされてなかったのかコイツ?
どんな接し方してたんだ?
「ギルニウス神よ。この声の主が貴殿の配下ならば、事情を説明すれば我らを地上まで案内してくれるのではないだろうか?」
「お、悪魔にしては良いこと言ったね?確かにその通りだ。ま、僕は偉大な神さまだからね。ちょっと話しをつけてやれば二つ返事で案内してくれるさ!」
「ではそのように是非、ギルニウス神御本人から口添え頂きたい」
「ふふん、いいだろう。まぁそこで見ていたまえ」
かなりご機嫌な様子でギルニウスはふんぞり返る。
まぁ、それでさっさと地上に出れるならここはギルニウスに任せた方がいいだろう。
こっちが話を聞いておらずとも、ずっと語り続けている声の主の話が途切れるのを待つ。
『──なのだ。これが我が試練の間『勇気の試練』の全容である。これを聴いてもなお、試練に挑む勇気はあるか?』
「おーい!僕だよ僕!慈愛の神ギルニウスだ!!ここを造らせたその偉大な神様!!僕ら、ちょっとここに迷っちゃっただけで試練を受けに来た訳じゃないんだ!姿を見せて、僕たちを地上に案内しなさい」
ちょっと偉そうにしながら声の主に命令する。
そして──
『よかろう!!ならば其方の勇気を示し、見事この試練を乗り越えてみるがいい!!』
「聞けやァァァァァァァァ!!」
物の見事に無視されていた。
ブチ切れて耳元でギルニウスの怒号が鳴り響くが、声の主はそれ以上何も喋らなかった。
「おい無視するんじゃないよ!!僕はギルニウス!!お前が今言った偉大な神様のギルニウスなんだぞ!!お前の上司だぞ!?無視しないで出てこいやァァァァ!!」
「華麗にスルーされたな」
「しかし、ギルニウス神と声の主との間で会話が成立していなかったように見えたが……?」
「もしかして今の声って、ここに入ってきた奴全員に聞かせる為に、予め用意しておいた音声を流してるだけなんじゃないのか?本人はここにいないんじゃ?」
「なるほど、管理している者は奥で待っているということか。ありえるだろうな」
「な!?そんな楽な仕掛け、僕は設置するの許可した覚えないぞ!?人と話す時はちゃんと姿を見せて、目を見て話しなさいって天界で教わらなかったのか!?責任者出てこーい!!」
「いや、責任者あんただから」
ギルニウスのどうでもいい叫びが木霊する。
それに反応してなのか、突然目の前の地面から白骨の手が飛び出してくる!
綺麗なまでに磨かれたかのような白骨は、無数に地面から伸びてくると這い出てきた!
人型の白骨体、魔物のスケルトンか!?
錆びた剣や槍、斧などといった武器を持ったスケルトンが二十体近く地面から這い出て、俺たちを囲んだ!
「スケルトンの群れ!?ここ天使が管理する試練の間じゃないのかよ!?なんで魔物が!?」
「わからぬが、どうやら我も敵として認識されているようだな……共に行くぞ、クロノス!!」
スケルトンの群れを前にフェリュム=ゲーデと肩を並べ身構える。
フェリュム=ゲーデは剣を、俺は盾を構えると突進してくるスケルトンの群れに立ち向かった。
もう2月終わりやん……
次回投稿は来週日曜の22時からです!




