第百七十六話 燃える村
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寒い中ココアが上手い!(なお、財布は寒い)
火山の大噴火を目撃して数時間、俺たちはキャンプを止めてイトナ村へと向かうことにしていた。
既に地震は収まっており、一時は火柱を上げていた噴火も止まっている。
しかし相変わらず夜空はほんのりと赤く照らし出されている。
もしこれからも噴火が続くのであれば、呑気に夜営などしてはいられない。
しかも噴火を起こした山は、フロウのいるイトナ村の方角だった。
ならば村にも、何かしらの被害が出ているかもしれない。
そう思い至った俺たちは、交代で馬車の中で休憩を繰り返しながらの移動をし、できる限り急ぎ向かっている。
地震と噴火のせいで、危険を察知した護衛の馬が何匹か逃げてしまった。
馬はヨハナを含め、合計八頭いたのだが……今は四頭しか残っておらず、移動速度にかなり制限が出てしまっている。
馬車二台、一台につき馬二頭で馬車を引くのだが、食料や武器を載せた馬車に俺たちまで乗り込んでしまうと重過ぎて引けないので、何名かは徒歩で移動となる。
それ故にペースを上げる訳には行かず、本来ならすぐにでも駆けつけたいのだが、歯痒い思いで進まなければならなかった。
「魔女、イトナ村まであとどのくらいだ?」
「このペースだと数時間ってところかしら。魔物が逃げたから邪魔は入らないはずよ」
手綱を握り馬車を操りながらの影山の質問に、ティアーヌは地図を広げながら答える。
昨日の騒ぎで、森や平原にいた魔物のほとんどが南の海側へと姿を消した。
おかけで平原を移動しても全く魔物に遭遇せず移動が楽だ。
そこだけは本当に助かっている。
けれども気が気ではない。
今この瞬間にも、昨日の噴火でフロウたちに何かあったのではないかと心配で仕方がない。
「クロ君。大丈夫ですか?」
「俺は、大丈夫だ。でも落ち着かない」
馬車に揺られフロウの無事を案じているとベルに声をかけられる。
「何か気持ちの落ち着く香りでも……」
「いや、そこまでしてくれなくてもいい。マナが勿体ないからな」
「はい……」
「大丈夫。俺は、大丈夫だから」
心配してくれるベルに何度も大丈夫と繰り返す。
気持ちが逸っているのは自分でもわかっている。
落ち付けようと努力もしている。
しかしそれでも落ち着かないのだ。
またこの時代で、大事な人を失くしたくないという思いが強く俺に訴えかけているせいなのだ。
でもきっとフロウなら大丈夫だと自分に言い聞かせる。
この時代のフロウは、俺の知っているフロウよりもずっと強いはずだと思い込むことで……
「おい、なんだアレ!?」
馬車の外を歩いていた護衛の一人が叫び、何事かと俺たちは彼が指差す先に視線を向ける。
それは遥か前方、目視するには正確な姿形さえ判別が難しい距離に見える複数の影。
陸と空でそれぞれに何かがいるとしかわからない。
広くまだ明るい場所なら、左眼の出番だ。
マナを左眼に集中させると眼球が熱を帯び始める。
瞼を閉じてもう一度開いた瞬間、左眼の視力向上効果が発揮された。
単眼鏡を装着したかのようにどこまでも遠くの景色がはっきりと左眼に映るようになった。
レンズを絞るように瞼をうっすらと細めると、複数の影の正体がわかった。
「あれ……馬車ですよ!数は四台、ワイバーンの群れに襲われてます!」
俺の眼に映るのは五匹のワイバーンに襲われる人たち。
槍や剣を振って追い払おうとしているが、どこか動きがぎこちなく、ワイバーンに対してあまり効果がない。
「かなり劣勢みたいです!援護しないと、俺たちが着く前にやられますよ!」
俺が状況を説明すると影山は手にしていた二頭の内一頭の手綱を手放す。
手放されたのはヨハナの手綱だ。
「坊主、ヨハナで先行して援護に行け!狩人もだ!」
「わかりました!ニール兄さん!」
馬具を引っ掴むと馬車を飛び降り、ヨハナに装着されていた馬車用の馬具と付け替える。
鐙に足を乗せ飛び乗るようにヨハナの鞍に跨り、ニールに手を伸ばし後ろに乗せる。
「どなたか、クロ君とニールさんに同行して下さい!」
ベルの呼びかけに護衛が頷き、四人の内弓と槍の使える二人か同行してくれるようだ。
ヨハナを走らせワイバーンの群れに襲われる馬車の元へと急ぐ。
だがまだ距離があり過ぎる。
魔法を打っても途中で威力が減衰してしまう!
せめてワイバーンの気を逸らすか、こっちに向けられれば……!
「クロノス君、右足の鐙と右肩を貸してくれ」
「え……あ、ハイ?」
後ろに搭乗していたニールに言われ、一瞬戸惑いながらも言われ通りに乗せていた鐙から足を引き抜く。
ニールは自分の右足、片足だけを鐙に乗せ、手にしていた長弓を構えながら、俺の右肩にほんの少し触れるように、本当にほんの少しだけ添え当てる。
右手で腰の矢筒から一本取り出すと弦を絞り始め……って、ここから射るつもりなのか!?
全身が振動で揺れて不安定な体勢で!?
「姿勢を固定して、そのまま真っ直ぐに前へ!」
「いや、ニール兄さん。いくら何でもこんな不安定な振動の中じゃ、矢は当たらな
振り返ろうとした矢先、耳元で空を切る音が聞こえ、真横を矢が横切り思わず身が縮む。
ニールが矢を放ったのだ。
俺の右肩越しに放たれた矢は、速度を落とすことなくワイバーンの飛び交う空へと直進し──群れの一体、鱗に覆われていない右内太腿の肉を貫き深々と突き刺さっていた。
突如として内太腿に矢を受け、翼を広げ羽ばたいていたワイバーンは混乱したのか徐々に高度が堕ち始める。
「え、嘘!?当たった!?本当に!?」
「チィ、外した!」
「いや当たってますよ!?」
「胴体部位を狙ってたんだよ!もう一度やるから、今度は動かないで!」
「サッセェン!!」
本当は腹を狙ってたけど、さっき俺が振り返ろうとしたから咄嗟に右にズラしてたんだ。
つまり俺が動かなかったら、一体は間違いなく仕留められていたってことだ。
ニールの腕を信じてなかった自分に呆れるが、馬に乗ってしかも不十分な体勢と振動でも対象に命中させるニールの腕にも驚かされる。
どれほどの修練を積めばそんな芸当ができるんだ?
再びニールが俺の右肩に軽く触れ弦を引き絞る。
またしても耳元で空を切り、放たれた矢が真横を過ぎ去りワイバーンへと飛来。
今度は別個体の腹部に命中し、射抜かれたワイバーンは空中で苦しみ悶えながら地面へと堕ち始める。
「クロノス君、君は地面に堕ちたワイバーンに仕留めて!」
「わかりました!え、ニール兄さんは!?」
「俺はここから狙う!」
そう言い残しニールはヨハナから飛び降りた!!
着地する時に風魔法でも使ったのか、まるで滑るようにして緩やかに地面に降り立つと、その場にしゃがんで弓を射る。
的確に、一体一体に確実に命中させ馬車を襲うのを妨害していた。
ニールがワイバーンたちの妨害をしてくれている間に、俺たちは馬車のすぐ側まで接近する。
「ヨハナ、俺が飛び降りたら、お前は影山さんたちの元に戻るんだ!行け!」
ヨハナに聞こえるように指示し、俺はニールと同じように飛び降りると風魔法で着地しようとする。
が、ニールのようには上手くできず、勢いを殺しきれなくて転びそうになり、前のめりな姿勢で着地してしまう。
でも悠長にしてはいられない。
搭乗者がいなくなったヨハナはすぐに俺の元を離れ、来た道を引き返して行く。
ヨハナは賢いから大丈夫だろう。
ニールに指示された通り、彼が射った矢により地面に堕ちたワイバーンを探す。
先程太腿を射られ負傷したワイバーンが、起き上がろうともがくも、足に力が入らないのかひっくり返って暴れまわっているのを見つけた。
『グギャ、ガアアアア!』
地面をのたうちながら起き上がろうとするワイバーン。
しかし思うように起き上がれず苛立っているのか、首を上げると何度も歯を打ち鳴らし……
「させる、かッ!」
舌打ち音を耳にし大慌てでワイバーンの元まで駆け寄り、その顎を左足で踏みつけて口元を塞いだ。
腰の剣を引き抜き、踏むことで抑え付けているワイバーンの喉元に剣を突き刺す。
未だに慣れない肉を貫く感触が伝播する。
だが止まってはいけない。
喉元に突き刺した剣に体重をかけ、確実にワイバーンの息の根を止める。
炎の息を吐こうとした瞬間に喉を突き刺したせいか、傷口から強烈な熱風を肌に感じた。
『グルギァァァァ!!』
一体仕留めた矢先に別のワイバーンが空から急降下し俺へと迫る。
喉元に突き刺していた剣を引き抜き、盾を構え受け流そうと考えるが、急降下していたワイバーンの左眼に矢が突き刺さり、眼を射抜かれた痛みのに驚き進路を変え、脇をすり抜け地面に墜落。
援護してくれたのは、やっぱりニールか!
惚れ惚れするぐらいいい腕してるな!
『グゥッ……!ギイアアアア!!』
「フンッ!!」
左眼を射抜かれながらも起き上がり翼を広げ威嚇行動するワイバーンに対し、身を屈め斬り上げるようにしてその喉元を剣で薙ぐ。
喉を潰せばブレス攻撃はできないし、確実に仕留められる!
そう考えていたのだが……斬り裂けるはずの喉の肉に思っていたよりも傷を与えられていない!?
傷は僅かで致命傷には至っておらず、ワイバーンも然程痛みを感じていないのか怯まない。
ワイバーンは大口を開け、鋭い牙で俺に嚙みつこうとし、
「伏せろ!」
背後から声に咄嗟に身を屈めると、頭上を槍の穂先が通り過ぎワイバーンの喉元を串刺しにする。
槍の持ち主はベルの護衛の人だ。
喉を貫かれワイバーンは絶命し後ろに崩れ落ちた。
「大丈夫か、人族の!?」
「あ、ありがとうございます!」
差し伸べられた手を掴み立ち上がる。
その間にもニールの放つ矢により、何匹かのワイバーンが墜落しているのが見えた。
「まだやれるな?私が仕留める。二人で一体ずつ片付けるぞ!」
「了解です!」
護衛の人の提案に乗り、二人で一匹ずつ地に墜ちたワイバーンを仕留める。
俺が暴れる相手を盾で押し倒し、護衛の人が槍の一突きで倒す。
そうやって何匹ものワイバーンを倒して行くと、空を飛んでいたワイバーンたちは仲間がやられるのを目にしたからか、はたまた餌となるモノを捕まえたからか、一体が鳴き声を上げるとそれを合図に噴火した山へと向かって飛び去って行くのだった。
「撤退……した?」
「ようだな」
協力していた護衛の人と、火山へと飛び去るワイバーンの群れを見て安堵する。
追い払うことには成功したけど……馬車への被害はかなり出ている様子。
ワイバーンに破壊された馬車や、それを守ろうとして殺されてしまった人たち。
そしてそれを見て悲しむ子供と老人。
その光景を目にしてしまうと、手放しで喜ぶことはできなかった。
「クロノス?クロノス・バルメルド君か?」
この馬車をワイバーンから守っていた男性の一人が俺の名前を呼び振り返る。
声を聞いた時は誰かわからなかったが、顔を見て思い出す。
この人はイトナ村の警備の人だ。
確か、俺が盗賊に襲われて身体が痺れて動けなくなった時に運んでくれた人でもある。
「あなたはあの時の……」
「援護してくれてありがとう。助かったよ。火山の噴火で村から逃げ、難民キャンプに向かう途中だったんだが……ワイバーンに襲われてしまってね。怪我さえしてなければ、すぐに追い払えたんだが」
そう言って彼はだらんとぶら下がった自分の左腕を抑える。
イトナ村の警備をする人たちは、怪我で魔王軍との戦いの前線に出られない負傷兵が大部分を占めている。
足を怪我している者もいれば、片腕を失っている者もいる。
だから遠目から見た時、ワイバーンを追い払おうとする動きがぎこちなく見えたのだ。
「だが、どうして君がここに?あの魔女の人は?」
「あなたたちがワイバーンに襲われてるのが見えて、俺たちだけ先行して来たんです。そういえば、フロウ──じゃなくて、ニケロ村長はどこに?」
「村長なら……まだ村にいる」
「村に!?どうして!?」
「避難人数に対して馬車の数が足りなかったんだ!村には老人も多く、スムーズな避難の為にまずは我々が難民キャンプに行き、救出を要請する手筈になっている。ニケロ村長は誰も村に残さないようにと、救助が来るまで残される人たちと一緒に待つと……」
あんのバカ……ッ!!
なんて無茶を!!
心の中でフロウに悪態を吐く。
いや、フロウならきっとそうするだろう。
あいつは元々、ニケロース領の次期領主として育てられていたんだ。
こういった事態の時にはきっと最後まで残ろうとする。
「クロノス君、カゲヤマさんたちが着いたよ!」
離れた位置から弓で援護してくれていたニールがヨハナを連れて来てくれる。
遠目では影山たちの馬車もこちらに向かってくるのが見えた。
またいつ火山が噴火を起こすか分からない。
俺は、また噴火が起きる前にフロウの元に間に合うのだろうか?
次回投稿は来週日曜日22時から!!




