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第百七十五話 染まる空

11月ももう終わりですね

12月中は色々と欲しいものがあるので散財しそうですw


 夜の警戒の為、晩飯を食べ終えた俺は影山に誘われ、平原に魔物がいないか警戒していた。

 ベルの護衛に付いてきた三名と見張りを交代し、彼らが夜食を食べ休憩に入る。

 で、今は影山と一緒なんだが……影山から誘われるなんて、こんなことは初めてだ。

 だいたい影山は一人でいるし、俺もニールかベルの護衛の人と組んで見張りをすることが多いので、影山と組むというのは意外にも初めてなのだ。

 俺から誘っても必ず断るからなこの人。

 しかし、どういう風の吹き回しなのだろうか。


「また何か、心境の変化でもあったか?」

 

 横目で影山をチラみしながら平原を警戒していると尋ねられる。

 しかし影山はこちらに目を向けておらず、平原を見据えたままだ。


「えっと、何の話ですか?」

「さっきの親睦会とやらだ。何の前触れもなくいきなり始めたんだ。何の考えもなくという訳じゃないだろう」

「まぁ……でも心境の変化とかそんな大げさなのじゃなくて、ただ単純に、俺は知らないことが多いなって、思っただけなんです。俺、ニールさんが狩りがあんなに得意だってことを知らなかったんです。弓が使えるってのも」


 俺が子供時代の時は、ニールはそういった物を俺には見せてくれなかった。

 だから俺は、ニールが露店だけしかやっていないと思い込んでいた。

 しかし実際はそうではなかった。


「俺は自分の見ていたものが全部だと思い込んで、他のことを知ろうとしなかった。だから、知りたかったんです。ニールさんにベルやティアーヌさん、影山さんたちのことをもっと」

「……そうか」

「まぁ予防線張られて一蹴されましたけどね」

「期待に添えなくて悪かったな」


 全く悪いと思っていない声色で顔を逸らされてしまう。


「で、わざわざそれを聞く為に見張りに誘ったんですか?」

「いや、本題に別だ。坊主、この間暴走しかけたことを覚えているか?」

「え、暴走?いつですか?」

「あのフェリュム=ゲーデと名乗った悪魔との一戦の時だ」

「いえ……全く」


 あの時暴走したっけ俺?

 全く身に覚えがない。

 俺の返答に「だろうな」と少し呆れ気味に影山は頷く。


「あの時お前は暴走しかけていた。剣を手放し、心臓を貫かれそうになり素手で相手の剣を掴んだ時だ。本当に覚えていないのか?」

「本当に覚えてません。あの時は死にたくないって──いや、違うな。死にたくないってのもありましたけど、違う感情もあった気がする。とにかく、無我夢中で剣を掴んでたんで、暴走するかもとか、飲み込まれるかもとか、そういう恐怖感は全然……」


 フェリュム=ゲーデと戦っている時は、もう一つの魂に侵食を受けているのなんて気づきもしなかった。

 意識もはっきりしていたし、身体の自由もちゃんと効いていた。

 知らぬ間に乗っ取られていた、なんてことはなかったはずだ──たぶん。


「暴走、しなかった?慣れてきたってことなんでしょうか?」

「だろうな。ただし、良い意味じゃない。悪い意味で慣れてしまったと考えるべきだろう。坊主、今までに何度あの黒い蚯蚓を見た?」

「えーと、三?回?いや……四回、だと思います」


 ワイバーン戦が初めてで、ベルゼネウスに殺されかけた時が二回目。

 妖精族の里での迷いの森が三回目で、ゲイル盗賊団との戦闘で四回目だったはずだ。

 だがあの頃は、恐怖心から幻聴や幻覚でも見たことがあったはずだ、

 あの時見た全てが幻覚でないのなら、本当はもっと飲まれかけた回数があったのかもしれない。


「そしてフェリュム=ゲーデ戦で五回目。回数を重ねる度に魂が侵食されているのなら、お前自身が飲まれるのに慣れ始め、そのことに違和感を覚えなくなっているのかもしれない。それこそ、肉体を操られているのも気づかない程に」


 影山の言葉に背筋が凍るつく。

 俺が、違和感を感じなくなっている?

 なら今、こうして影山と会話をしている俺は、一体どっちの俺なんだ……?

 額から冷や汗が溢れる。

 もしかして、もう俺は……


「まぁ、話をしている限り、まだうじうじ悩んでいた方のクロノス・バルメルドだとわかる。お前はまだ、お前だよ」


 もう俺は俺ではないのかもしれない。

 その事実に戦慄していると影山が背中を叩き、俺のままだと言ってくれる。

 例え気休めでも、今はその言葉が嬉しかった。


「しかしだ、あの力には縋ろうとするな。お前の中の魂が元々誰なのかは分からないが、少なくともまともな奴ではないのは確かだ。対峙した時、理性的に動いているという感じはなかったからな」

「……はい」

「お前が自分の弱さを克服するには、まだ強さが足らないのかもな」


 俺の弱さは、目を逸らしたこと。

 人を殺し、見殺し、忘れさろうとしたことだ。

 妖精族の里でそのことに気づきはしたが、どうすれば心の弱さを克服できるのだろう。

 どうすれば、もう一つの魂に抗える程の強さが手に入るのだろう。

 どうすれば、強く──


「人は強くなければ生きていけない、って言いますけど……なら、どれくらい強くなればいいんでしょうか?」


 強くないと生きていけない。

 そう考えていると、ふとそんな疑問が口から溢れる。

 影山は少し考え、


「……さぁな」


 短く答える。

 俺だって、明確な答えが返ってくるとは思っていない。

 ただ疑問に思ったことを、口に出しただけなのだから。

 答えなんて、きっと誰も……


「だが、強さの定義は人それぞれだ。必要な強さも違う」


 話が続くと思っておらず、少し驚く。

 それでも構わず、影山はゆっくりと話を続ける。


「腕っ節の強さが必要な者、膨大な知恵を必要とする者、手先の技術が必要な者、過酷な運命に抗う強さが必要な者──人にはそれぞれに求められる物があり、それは人にって千差万別。同じ強さは一つもない。

 人の数だけ探求があり、人の数だけ正解がある。答えは一つではないんだ。

 俺と坊主……クロノスでは、辿り着く強さの答えは全く違うんだ」

「答えは……違う?」

「そうだ。だからお前は“クロノス(おまえ)”の答えを見つければいい。お前にしか出せない、お前だけの答えを」

「俺だけの、答え」


 いつも帽子で隠れる影山の眼が、今だけははっきりと見える。

 視線を隠す瞳が、俺の瞳を真っ直ぐに見つめ、語りかけてくれる。

 影山の言葉が、俺の心に染み込んでいく。

 まるで布が水を吸い込んでいくように。


「だが、だ。その強さの答えを見つけるには、違う強さを見つけならなければならない」

「え、強くなる答えを見つる為に、違う強さを見つけないといけないんですか!?それは矛盾しているのでは……」

「そんなもんだ、人間なんて。でもその強さの答えだけは全員同じだ」


 影山は人差し指で俺の胸を指差す。

 自分の手で指された箇所に手を当てる。

 示されたのは、軽鎧、心臓……心?

 

「そう。心だ。

 どんなに力が強く、どれだけの知識を手に入れ、どれほどの技術を磨いても、心が強くなければ答えは見つからない。

 生きていれば、何度も転び、挫折して、その度に傷や痣を作る。時間が経てばその傷は癒えるかもしれない。その傷を糧に強くなるかもしれない。だが心だけは、強くなければ自分に負けてしまう。他を圧倒する力も、説き伏せる知恵も、ひれ伏せさせる技術も、心が弱いままでは十二分に発揮できない。

 心を鍛えて強く、自分の信じたものを信じて生きていければ、自分を信じられれば、いつかその答えに辿り着ける。

 俺は、そう考えている」


 暗雲が広がる空を見上げ、影山は自分の考えを最後まで話してくれる。

 雲に遮られ、星も月明かりも一つもない、松明の炎だけが光源のこの場所で……影山さんの瞳は、何よりも輝いて見えた。

 しかし、すぐに顔を伏せ自虐的な笑みを浮かべ頭を横に振った。


「と言っても、俺も自分の答えを、見つけている訳ではないがな」

「影山さん………………やっぱり、俺の師匠になってくれません?」

「断る」

「え〜〜〜〜???なってくれないないのぉ〜〜〜〜???」


 何度目かわからない、ピシャリとした拒絶を受けてしまう。

 もはや定番となっているやり取りだけど、俺は本気で影山の弟子になりたいと思っているのは事実だ。

 この人の側にいれば、多分俺はもっと多くのことを知れると思うんだけど、影山は全く許しを出してくれない。


「影山さんはどうして俺を弟子にするのそんなに反対なんですか?そんなに弟子欲しくないんですか?」

「欲しいと思ったことはない。そもそも、お前を弟子にしたいとは思わないしな」

「うわっ酷い」


 弟子にしたいと思わないとか……俺ってそんなに弟子として魅力がないのだろうか?


「まぁ、そうだな……坊主が坊主じゃなくなる時が来たら、考えてやってもいいかもな」

「え、どういう意味ですかそれ?」

「自分で考えるんだな」

「えー?」

「ほら、そろそろ周囲の見回りに行くぞ」


 また難題を出され抗議の声を上げていると影山は立ち上がり、見回りに行こうとする。

 俺も立ち上がるとその後を追いかけ──


「……なんだあれ?」

「どうした坊主?」


 立ち上がり平原から視線を外したのだが、暗闇の中で動く影を見た気がして視線を戻す。

 しかし夜中の、しかも松明以外光源の無い平原で、一度見失ったモノを見つけるのは不可能だ。

 だけど、そんな時にこそ右眼は役に立つ。

 マナを瞳に込めると熱を増し、夜目が働き視力が向上する。

 闇に包まれたゼヌス平原を凝視する。


「何か見えるか?」


 平原を凝視する俺に影山が歩み寄り声をかける。

 俺は視線は平原に向けたまま返事をし、


「いや、気のせいだったのかもしれな……ッ!見つけました!魔物の群れです!」


 探すのを止めようとしたが、視界に魔物の姿を見つけ報告する。

 口裂け狼や蜘蛛、スケルトンなどの複数の種類の魔物の姿を確認できる。

 しかし五体や十体ではなく、何十もの魔物の群れだ!


「二十、三十……まだいる!!数えきれないほどの魔物の群れが平原にいます!!」

「巫女を捕らえに来たのか……全員に伝えてここから逃げるぞ。数が多いのならばまともに相手は」

「いや、ちょっと待ってください?」


 ベルたちに知らせようとする影山を止める。

 もちろん視線は魔物の群れに向けたままだ。

 確かに魔物の数は今も増え続け平原を走っている。

 だけど、その進行方向はこちらではなくまった別の方向だ。

 俺たちのキャンプ地には近づかず、南の海の方角へと向かい一心不乱に走り続けている。


「あれ、こっちには来ません。海の方に向かってます。一匹残らず」

「海?こちらに来るのではないのか?」

「いえ、全くそんな気配ありません。こちらを認識してないんですかね?」


 何とも不思議な光景だ。

 複数の種類の魔物が全て同じ方角に向かって進行している。

 あれだけ魔物がいれば衝突があってもおかしくないだろうに、その様子は一切ない。


「まるで魔物の大行進だ」

「一体、どこを目指しているんだ?」

「もしかして、レイリスの居場所が分かって総攻撃を!?」


 勇者の所在が知れ、魔王が差し向けたのかも!?

 そう思い当たり、急いで馬車に戻ろうとするが、キャンプ地から少し離れた森から一斉に鳥たちが羽ばたき空へと飛び出した。


「な、なんだぁ!?」

「鳥たちもか!!」


 一斉に空へと飛び出す鳥たちを目にし驚く。

 こんなに一度の多くの鳥が森から飛び出すとこなんて初めて見た。

 しかし、これは異様な光景だ。

 鳥たちの中には魔物も混じっているのだが、他の鳥たち、俺たちにも目もくれず必死に空へと飛んでいく。

 すると今度は、森の中から兎やら鹿やら、もちろん魔物などの姿が見受けられ、俺たちの前に現れた。

 だけど彼らも平原を走る動物と同じ、こちらを認識しても襲っては来ない。

 群れの中には、ベルの護衛たちが乗っていた馬の姿もある。

 動物も魔物も俺たちの脇や足元をすり抜け、平原を走る群れと同じく南へと向かっている。

 その中には虫も混ざっており、やはりこれも南へと進んでいた。


「一体何が……」


 動物たちの群れが通り過ぎ去り、周囲が安全となる。

 遠ざかる群れを見つめ呆然とする。

 あんなに大量の動物と魔物を目にしたのは初めてだ。

 しかもその全てが同じ方角に逃げるように走るのを見るのも……


「坊主、怪我はしてないか?」

「大丈夫、です。でも何だったんでしょうか?」

「あまり考えたくないが、恐らくは……」


 この現象が何を意味するのか、影山は予測がついているらしい。

 どういうことなのか尋ねようとした瞬間、それはやってくる。

 視界が少し揺れる。

 いや、俺の身体が揺れているんだ。


「じ、地震?」

「……ッ!伏せろ!大きいのが来るぞ!」


 影山が警告すると、そのすぐ後に大きな揺れが襲ってくる。

 先程まで小さく、僅かに揺れているか感知できるかぐらいしかなかったはずの揺れが、巨大な波となって大地を揺らす。

 まるで地面を突くような衝撃が連続して襲いかかり、膝をつく体勢すら困難となり倒れてしまう。

 俺が倒れると同時に、遥か遠方に見える空が赤く染まる。

 まるで、打ち上げられた花火が夜空を彩る時のように。

 真っ暗な空がどこまで赤く染まり、闇夜に閉ざされていた大地が広く照らし出された。


「火山の、噴火だ……!」


 遠くに見える山から天を穿つように燃え上がる火柱を目にし、影山が呟く。

 火山の噴火──生涯初めて目にする噴火は、闇に包まれた空を煌びやかに赤く染め上げる光景に俺は美しさを覚える。

 しかし、その美意識はすぐに消えて無くなる。

 噴火を起こしている山、その方角には一つの村があったはずなのだ。

 山のすぐ近く、フロウが子供や老人たちを纏めて受け入れ共同生活をしている……イトナ村が。

時の旅人編も残りダンジョン2ステージとなります。

火山の噴火によりゼヌス平原はどうなってしまうのか?


次回投稿は来週日曜日22時から!!

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