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第百七十三話 それぞれの思惑

今回☆から始まるのは、三人称視点で始まるって意味です。

─連打から下がクロノス視点になります。



 レイリスは走り続けた。

 禁断の森を抜けてもなお、ゼヌス平原をひたすらに走り続けた。

 死んだはずの旧友から逃げるように。


「はぁ……はぁ……はぁ……!!」


 既に呼吸をしながら走るのも苦しく、脳が酸素を求めるのも判っていても、走るのを止めることはない。

 走って。走って。走り続けて。逃げたかった。

 兄がいたあの場から、顔見知りのいたあの場から、自分が殺してしまった……一番大切だった友人の前から。


「はぁ……はぁ……ひぐっ!はぁ……はぁ……!!」

「レイリス止まって!止まりなさいって!!」


 肩の上から声が聞こえ、ようやくレイリスの足が止まる。

 近くの木に寄りかかり、肩で息をしながらその場に座り込んでしまう。

 額から流れる汗を拭うこともせず、何度も大きく呼吸して、次第に煩く鳴り響いていた心音も落ちつくと、手にしていた破魔の剣から手を放した。


「まったく、急に走り出したと思ったらこんなとこまで来て……魔物に遭遇したらどうするのさ」

「ご、ごめんなさい……ギルニウス様」


 ギルニウス──その名を彼女が口にすると、肩を降りて膝の上に一匹のフェレットが立ち上がる。

 正確には、フェレットの肉体を借りた、慈愛の神ギルニウスが。


「で、でも、まさかあの場に兄さんたちがいるなんて、思っていなかったから……」

「僕も驚いたよ。君のお兄さんがいるとはね。しかも大地の巫女まで……」

「え、大地の巫女が!?」

「ティンカーベル・ゼヌスだよ。彼女が大地の巫女だったんだ。間近で見て、ようやく認識できたよ」


 この時代ではもはやギルニウス教の存在は、過去の物になりつつある。

 ライゼヌスに総本山を構えていたが、魔王軍に占拠された際に真っ先に破壊され、その力が衰えてしまった。

 時が過ぎるほど、信徒は減り、人々の信仰心も離れていき、もう彼は他の生き物の体を借りなければ他者と会話することも、その存在を認識されることすらできなくなってしまっていたのだ。

 長年神として崇められた者が、寄生虫のように他人の体を間借りしなければ存在できないとのは屈辱でしかない。

 魔王を倒し、自らの存在を取り戻す為、ギルニウスはフェレットの身体を借り、レイリスに接触をしたのだ。

 勇者の血をもっとも色濃く受け継いだ、子孫であるレイリスに。


「でも、まさかクロが生きてたなんて」

「言っただろう。あれは魔物が化けているだけで本物のクロノス・バルメルドじゃない。偽物なんだよ」

「だけど、兄さんは本物だって……」

「騙されているんだ。気づいていないんだよ、あれが魔物だって」


 これは嘘だ。

 ギルニウスはあれは本物のクロノス・バルメルドだと気づいている。

 わかっていて嘘をついている。

 知ってて殺すように仕向けたのだ。

 一番の友人であったレイリスに。


(でも、あれは絶対に僕の知ってるクロノス・バルメルドじゃない。違うクロノス・バルメルドだ。そんなことができるのは……ルディヴァしかいないだろうな)


 この時代のクロノス・バルメルドは死んだ。

 それは間違いない事実だ。

 ギルニウス本人もクロノスの死亡を確認し、彼の中に封じ込めていたもう一つの魂が目覚めないか、不安で堪らずに何度も確認し安堵する程だったのだ。

 間違えるはずがない。

 そしてこんな嫌がらせに近い行いをする人物と言えば、ルディヴァ以外はいないだろう。

 そう考え、ギルニウスは爪を噛んだ。


(ルディヴァめ……一体何を考えているんだ?単純な僕への嫌がらせ?十二分にありえる。でもだったら、クロノス・バルメルドを歴史から抹消するのが一番簡単なはずだ。あの面倒くさがり屋が、別の時間軸のクロノス・バルメルドをわざわざこの時間に連れてくるメリットなんてないはず。いや、僕への嫌がらせが主目的なら間違いなくやるな)


 本物のクロノスだと気づいた時、ギルニウスは自分が施しておいた魂の封印が解けていることにも気づいていた。

 おそらくクロノスが死にかける、もしくは極度の恐怖心により一度封印していた魂が目覚めたのだろうと推察する。

 なぜそれでまだクロノスの自我が残っているのかは謎だが、どちらにしてもギルニウスにとって、今のクロノス・バルメルドは危険な存在だ。

 些細なきっかけで主導権を奪い取られ、自分を殺しに来るのかもしれないのだから。

 そんなことは露とも知らず、レイリスはティンカーベルたちの安否を気にかける。



「巫女のベルも、他の二人も気づいてないのかな……クロが偽物だってこと」

「かもね」

「大丈夫、かな」

「……クロノスに化けている魔物の目的は分からないけど、もし次会ったならば、確実に仕留めればいい。破魔の剣もあるしね」


 レイリスが聖地の台座から引き抜いた破魔の剣を指差す。

 破魔の剣は、魔物と悪魔に対して絶大な破壊力を発揮する代物である。

 剣の周囲では、魔物も悪魔も力が弱まり、一度触れれば皮膚を焼け焦がす強烈な痛みを与える。

 まさに悪魔殺しの剣。

 レイリスがフェリュム=ゲーデに不意打ちをした際、フェリュム=ゲーデの体勢が崩れたのには、そういったカラクリがあったのだ。


「クロノスに化けているのだって魔物だ。この剣の一撃を喰らえば、堪らず正体を現すはずだ。でも確実に息の根を止めないとね」

「うん……」

「友人と同じ姿をした魔物を殺すのは気が引けるかもしれないけど、君ならきっと上手く行くさ。なんたって、君は勇者なんだから」

「そう、だよね。ボクはもう勇者なんだ……上手く、やらなくちゃ」


 偽物だと嘘を教え込まれ、レイリスはクロノスを仕留めることを決意してしまう。

 そう、あのクロノス・バルメルドは確実に始末しなければならない。

 本物であろうと無かろうと、この時間軸で人間であろうと無かろうと、もう一つの魂の封印が解かれたクロノス・バルメルドなど、ギルニウスにとっては自らの破滅を招く、悪魔でしかないのだから。



───────────────────



「パンパカパーン!勇者の誕生、おめでとうございまぁす!」


 ルディヴァの空間に呼び込まれた俺は、再びクラッカーを鳴らされる。

 現実の俺は今、エルフの集落に戻って眠っているはずだ。

 しかし何もめでたくなんてない。

 勇者は俺じゃないし、よりにもよってレイリスがなってしまったのだから。


「あれぇ、暗い顔してどうしました?せっかく探していた勇者が現れたのですから、もっと喜びましょうよ」

「いや、あの、そういう気分じゃないんで……」

「そうですよねぇ。心の中で「あれ、もしかしたら俺、本当に勇者なのかも?」って思ってましたもんねぇ。ガッカリしました?」

「ええ、はい、しましたよ!!もしかしたら俺勇者なんじゃないかって期待してましたよ!!これで満足ですかァ!?」


 見事に心の中を見透かされていたので、半ばキレ気味に答える。

 それに満足したのか、ルディヴァはくすくすと笑った。

 本当にこの女神は全く人に優しくない。

 よくこんなので女神になれたものだ。


「ええ。別に『時の女神』というのは人に優しくなんて掟ありませんから」


 笑顔で心の中読まれた。


「でも、ようやくお友達にも先輩にも会えましたし、よかったのではないですか?」

 「やっぱり、レイリスと一緒にいたフェレットは……」

「ええ、先輩は今、あのフェレットの身体を借りてこの時代で生きています。感動の再会でしたね」

「その二人に殺されそうになったんですけど」

「先輩はわかってますからね。あなたが別の時間軸のクロノス・バルメルドだと」


 この時代のレイリスと再会した直後、俺はギルニウスの指示で殺されかけた。

 よりによって、レイリス自身の手で。


「先輩は、あなたの中に施しておいた封印が解けているのに気づいたのでしょう」

「だから消したかった……まだ肉体の主導権が|クロノス(俺)の内に……」


 俺の中にあるもう一つの魂は、いつかギルニウスを殺すらしい。

 その過程で周りの人々も巻き込む。

 どうしてそんなことになるのかはわからないが、今回のことではっきりした。

 ギルニウスはなんの躊躇いもなく俺を殺させようとした。

  やはりあの神にとって、俺はもう一つの魂を封じ込めておくための存在でしかないのだ。

 転生をさせてくれたのも、俺を相棒と呼んで親しく接していたのも、全て俺を利用する為だったんだ。


「ルディヴァ様、ギルニウスのやつは……レイリスが勇者になれる素質を持ってるって、知ってたのか?」

「もちろん。初代勇者を創ったのも先輩でしたからねぇ。この世界の勇者になれる基準を創ったのも先輩ですから。結構いるんですよ?勇者の候補って。でも最終的には、先輩が決めることが多いんですけどね」


 つまり、レイリスとの出会い自体も仕組まれていたってことなのか……

 もし暴走すれば、もっとも禁断の森内部の聖地に近く、素質を持ったレイリスに処理させるつもりだった……そういう算段だったのだろう。


「あいつは俺を……本当に、自分に都合のいい駒としてしか、見てなかったんだな」

「神様なんてそんなものですよ?先輩も慈愛の神なんて名乗ってますけど、慈悲深いのは自分を信仰してる人に対してだけですし」


 これでもう、俺の中でギルニウスに対する印象は最悪の物となった。

 俺はもう、あの神を信用することができない。


「それで、あなたはこれからどうするつもりなんですか?」

「決まってる。レイリスを探す」


 レイリスの側にはギルニウスがいる。

 もしレイリスがあいつの口車に乗って勇者になったのなら、道具として利用されているかもしれない。

 俺と同じ目に遭わせない為に、なによりギルニウスを止める為に、


「レイリスを利用しているギルニウスを……殴り倒してでも止める!」


 俺の答えが面白かったのか、ルディヴァは小さく笑う。

 これ以上、ギルニウスの好きにはさせない。

 俺のことも、レイリスのことも……!!

いやー、後1ヶ月と少しで今年終わっちゃいますね!

四章も終わりに近づいてはいるんですけど、200話越えそうで怖いです。

連続投稿を活かします。


次回投稿は来週日曜日22時から!

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