第百七十一話 決闘の結末
またインフル、ノロと流行り始めましたが、皆さんお気をつけてください。
自分は風邪引いてダウンしかけてます
「これでッ!!終わりだァァァァァァァァ!!」
今俺の持てる全てを出し切り放つ、渾身の一撃。
剣から放たれた斬撃は地面を抉りながら、氷塊により自由を奪われたフェリュム=ゲーデに直進する!
水による魔法攻撃、その水を一瞬で凍らせる氷の魔石による効果、そして最大火力による斬撃。
手持ちの魔石と技で考えられる俺の最高の連続攻撃!
「ぐぬぅっ!身体が全く動かん!」
右半身と下半身を氷漬けにされ、身動きの取れないフェリュム=ゲーデは何とか抜け出そうとしているが、氷塊にはひび一つ入らない。
凍っていない頭と左腕を必死に動かしてはいるが、俺の放った斬撃から逃げることはもう不可能だ。
「くっ……ふふふふふ、ふっはははははは!!」
斬撃を前にして死を悟ったのか、突然フェリュム=ゲーデが高笑いを始める。
その顔はとても満足そうに笑みで溢れていた。
「これがお前の全力か、クロノス・バルメルド!!面白い、久々にとても面白い戦いを見させてもらったぞ──がァッ!!」
目を見開き、凍っていない左腕を斬撃に向かって伸ばす。
何をするのかと思いきや、俺の斬撃を手で受け止めやがった!?
「高圧縮したマナの斬撃だぞ!?受け止めるとか無茶苦茶だろ!?」
「ぐぬうおおおおおおおおおお!!」
相変わらず身体のほとんどが凍りついていると言うのに、フェリュム=ゲーデは片手で、しかも利き腕はないであろう左腕一本で、俺の渾身の斬撃を受け踏ん張っている。
マナの斬撃は、触れただけで岩石や大樹を斬り裂く程の威力が出せる。
斬撃の威力はマナを込めれば込める程、その鋭さにも破壊力も増していく物だ。
俺はあの斬撃に、小瓶三つ分ものマナを使ったんだぞ!?
悪魔の皮膚を破壊できるどころじゃない、触れただけで腕が吹き飛ぶはずなのに、どうしてあいつは受け止められるんだ!?
「坊主、何を突っ立ている!」
「……え?」
現時点で最大火力の斬撃を腕一本で受け止められる光景を目の当たりにし、呆然としてしまう俺に観戦していた影山が叫ぶ。
「もう一撃撃ち込め!」
もう一撃?
あ、そうか、もう一回……!
呆然としていたせいで影山の言葉が理解できなかった。
しかし全力でマナの斬撃を撃ったせいで、肝心のマナがもう残っていない。
一度回復しなければと、マナの小瓶を一つ取り出し、その蓋を開けて、
「ぬうおおおおおおおお!!」
小瓶に口を付けようとするが、フェリュム=ゲーデの怒号に近い雄叫びに思わず耳を塞いでしまう。
左手で受け止められていた斬撃を、奴は少しずつ押し返し始めるとついに──斬撃を握りし潰した。
中心部が砕かれた斬撃は二つに割れ、軌道が乱れフェリュム=ゲーデの脇をすり抜け、後方の樹々に飛来し表面を斬り裂く。
だが斬撃を喰らわせるはずだったフェリュム=ゲーデは無傷で、しかも身体の大部分を封じ込めていた氷塊が、斬撃のせいで破壊され自由を取り戻してしまっていた。
「ふぅ、ようやく解放された」
「そ、そんな……」
俺の渾身の一撃が、防がれた……
その事実に愕然とし開いた口が塞がらない。
もうマナの小瓶は一個しかない。
さっきの威力と同等、もしくはそれ以上の斬撃を撃つことは俺にはもう無理だ。
俺は、もう……っ!
「今度は……我が行くぞぉぉぉぉ!!」
反撃開始と言わんばかりにフェリュム=ゲーデが連続で突きを繰り出す!
盾で防ぎはするが、突きの勢いと連撃により腰が引け、上半身が少しずつ後ろに逸れてしまう。
バランスが取れなくなると斬り上げにより盾が弾かれ、無防備を晒してしまう!
盾を備えた左腕は弾かれた衝撃のせいで、まるで後ろから綱で引き寄せられるかのように重く苦しい。
次の攻撃は盾で防ぐには間に合わない!
「隙だらけッ!」
「ぐうっ!」
無防備となった俺の正面にフェリュム=ゲーデの長剣が迫る。
右脇腹を狙う横薙ぎの攻撃を、剣で受け止めようと脇腹に引き寄せ、
「遅いッ!!」
フェリュム=ゲーデの一振りを剣で受け止めようと試みるが、それは叶わず、受けた瞬間に右手に走る強烈な痛みと衝撃に耐えきれずに剣を手放してしまう。
剣は手元を離れると地面を転がり、手の届かない場所へと遠ざかってしまった。
俺は堪らず尻餅を着いてしまい、フェリュム=ゲーデを見上げる形となってしまう。
「どうやら……ここまでのようだな」
尻餅を着く俺の喉元にフェリュム=ゲーデの長剣が向けられる。
身体を動かせられないのは剣先を向けられているからだけではない。
悟ってしまった。
理解してしまった。
俺じゃあ……この悪魔には勝てない。
「クロノス君!」
「クロ君!」
俺の助けようとしたのだろう。
弓と魔法を使おうとしたニールとベルが動いた瞬間、フェリュム=ゲーデが剣を薙ぐと殺気の込められた剣圧が放たれる。
それに気圧され、観戦をしていたニールたち全員の動きが止まってしまった。
時が止まったみたいに静止し、額から汗が流れている。
「一度始めた戦士の戦いに水を差さないで頂こう。剣を引き抜き対峙した瞬間から、他者の介入する余地はない。それが戦士の決闘なのだ」
たった一振りの剣圧でニールたちを牽制してしまう。
意識が逸れている間に、俺は逃げることも、反撃することもできたはずなのに、俺は指一本すらも動かせない。
マナもない、魔道具の魔石も効果が切れ、剣も持っていない。
そして、俺の剣技はフェリュム=ゲーデに通用しない。
それらの事実が、その圧倒的実力差が、俺から抵抗する意思を奪ってしまう。
「さて、クロノス・バルメルド。キサマとの戦いは中々に刺激的であった。初めてみる魔道具、それを使った戦法。実に刺激的であった。我はキサマの名と顔を忘れはしない」
剣先が心臓部に向けられる。
心臓を一突きでトドメを刺すつもりなのか。
向けられた切っ先を見つめていると鼓動が速くなる、頭が痺れ感覚が鈍く感じる。
俺はまた悪魔に負けるのか、また死ぬ程の思いをするのか……
また、もう一つの魂に乗っ取られなければならないのか……ッ!!
全身の毛が逆立つ、右眼の視界が何かに覆われてしまうかのように暗くなり始める。
右腕の感覚も、無くなり初めて……
「カゲヤマさん、バルメルド君の腕が!」
「……ッ!またあれか!」
俺はまだ死にたくない……俺はまだ終わりたくない……!!
俺ハ、まダ──
「さらばだ、クロノス・バルメルド!!!」
「クロ君!!」
長剣が俺の心臓目掛け突き出される。
耳に届くベルの悲鳴にも近い叫び声。
その声を聞いた瞬間、無意識に右腕が動いていた。
鋭い剣先が胸を貫くよりも速く、俺の腕がそれを止める。
先端が肉体に触れる直前で、フェリュム=ゲーデの長剣を右手で掴み止めたのだ。
研がれた両刃を掴んだ手のひらを、切れた皮膚から溢れる血にグローブを染めながら。
「っ!往生際の悪い!」
「ぐっ……オれ、ハ……!」
胸を貫こうとする刃をガッチリと右手で握り締めている為、長剣はカタカタと震え微動だにしない。
皮膚が切れ血が溢れ出しているのにも拘らず、右手に一切痛みを感じない。
心臓を貫こうとするフェリュム=ゲーデと、長剣を掴み押し返そうとする俺。
マナも切れ、もう抵抗の意思も喪失したはずなのに、何故か身体の奥から力が湧き上がるのを感じる。
失ったマナが湯水のように溢れ、全身を満たしているのがわかる!
まだ、終われない……!
まダ、やレる!
まだ、マダ、俺ハまダ……!!
「キサマ、なんだそれは!?」
「な、なんだあれは……?クロノス君の身体の周りに、黒い蚯蚓みたいなのが……」
「止せ、坊主!その力に頼るな!」
半分飛びかけている意識の中で、影山の制止が聞こえる。
驚くフェリュム=ゲーデとニールの口ぶりからして、また俺は暴走しかけているのか?
だけど、身体の奥から湧き上がる力を止めることはできない。
これを抑えてしまえば、俺は殺されてしまう!
飲み込まれるな、この力をコントロールすれば!
「ぐルぅ……グぅゥぅゥ!!ガアッ!!」
握っていた長剣を押し返し、後方へ飛び上がり距離を取る。
右腕と左足の感覚が鈍い、右眼の視界もほとんど見えない。
だけど左腕と右足はまだ動くし自由に動かせる。
左眼だけでも見えていれば戦える!
俺はまだ、タタカエル!!
「ハハ……アッハッハ!!いい、いいぞ!クロノス・バルメルド!その力は初めて目にする。まだそんな力を隠し持っていたとは!!まだ我を楽しませてくれるか!いいぞ、続けるよう!どちらかが倒れるまで!」
まだ俺が戦かう力を持っていたのが嬉しいらしく、フェリュム=ゲーデが興奮を抑えられないのか笑みを浮かべる。
そうだ、俺はまだ倒れない、負けたくない負けたくナイ負けタクナイ負ケタクナイマケタクナイ!!
「バルメルド君!……駄目だわ、もう私たちの声が聞こえてない!」
「何ですかあれは!?あんなクロノス君見たことがない!」
「説明は後だ!坊主が完全に飲み込まれる前に元に戻さないと、敵味方関係なく暴れ始めるぞ!」
「止めるって、迷いの森でティアーヌさんがしたみたいにですか!?」
ティアーヌたちが何か騒いでいるが、俺は目の前の敵に集中する。
大丈夫、まだもう一つの魂に飲み込まれる気配はない。
まだ、俺ノ意識ハ ハッキリ シテル!
「ゆくぞぉ!クロノス・バルメルドォ!!」
フェリュム=ゲーデが声を張り上げ、俺に攻撃を仕掛ける──その瞬間、奴の背後から一つのローブに身を包んだ人影が見えた。
「ッ!?」
「何奴!?」
俺の視線でそれに気づいたのか、フェリュム=ゲーデが振り返るとほぼ同時に、突如として現れた影は剣を振り下ろす。
咄嗟にフェリュム=ゲーデは長剣で防いで見せた。
「ぬぅっ!?」
だが、体勢が悪かったのかフェリュム=ゲーデの体が一瞬ぐらつく。
剣を振り下ろしたローブは、ふらついた瞬間にフェリュム=ゲーデを蹴り飛ばし、片膝を付かせて地面に降り立つ。
ローブの人物はかなり背丈が低く、フードで顔を隠していた。
おそらく成人の?俺よりも背が低い、小柄な人物だとわかる。
ローブの人物は、片膝をついたフェリュム=ゲーデが立ち上がるよりも早く距離を詰める。
そして通り過ぎざま、銀色に煌めく剣を薙ぎ、フェリュム=ゲーデの皮膚に傷をつけた。
「ぐぬぅ!」
右肩に一撃を受け、傷口からわずかに血が飛び散り、フェリュム=ゲーデがたじろぐ。
何で切れ味のいい剣だ。
俺の斬撃を受け止めるほどの硬さを持つ皮膚にたった一閃で傷をつけるなんて。
しかし、フェリュム=ゲーデもただではやられていない。
顔がすっぽりと見えなくなるほどに深く被っていたフードを切り裂いてたのだ。
もっともそれは浅く、フードの奥の顔を傷つけるまでには至っておらず、布部分が裂けているだけだったが。
小柄のローブはフェリュム=ゲーデの脇を抜け、俺と奴の間に割って入るようにし俺に背を向ける。
「ここは任せて、あなたは下がってて」
声からして女性。
どこか、懐かしさを覚えるような。
小柄の女性は短く告げると、剣先に付着した血を振り払う。
その剣は血が付いたにも拘らず、煌めきを失っていない。
刀身には何か記号の羅列が刻まれており、鍔は大きく広く、まるで天使の羽を想像する造形をしていた。
鍔から柄頭にかけるまで白一色、刀身の煌めく銀と相まって、美しさを感じる剣であった。
「あの悪魔は、ボクが倒す!」
ボク、という一人称にハッとする。
彼女が切れ目を入れられたフードを脱ぐと、そこから現れたのは紺色をした髪。
肩まで伸ばされた髪は、動きやすいようにか紐で結ばれている。
懐かしさを感じる声と、何度も見た髪の色、そして自身を「ボク」と呼ぶ人物、もしかしてこの人は──
「レイ……リス……?」
俺の呼びかけに、彼女の肩が僅かに震えた。
恐る恐るこちらを振り返ると、紅い瞳と目が合った。
記憶の中にある幼い顔立ちよりも引き締まった表情。
目元は鋭く、どんな十年を過ごしたのか想像できない程変わってしまった目つき。
しかし、どれだけ変わっても見間違うことのない顔。
間違いなく、レイリス本人だった。
目の前にいるのがずっと探していた最後の一人、レイリスだと分かると俺の中の何かが急速に消えていく。
「やっぱり、レイリス!」
「そんな、まさか……?」
幽霊でも見るような目を俺に向けるレイリス。
無理もない、この時代の知り合いはみんな、俺が死んだと思っているのだ。
本来俺はこの時代の人間ではないのだから仕方のない反応ではあるのだが、そんなことはどうでもいい。
ようやく見つけた!
じっと俺の顔を見つめ続け、俺がクロノスだと認識するとレイリスの表情に笑みが浮かぶ。
「ク、ロ……?生きて……!」
「そいつは魔物が化けた偽物だ!殺せ!!」
突然第三者の声が聞こえる。
それも聞き覚えのある声。
しかしそれが何者の声であるか判別する前に、レイリスの表情から笑みが消え、冷たく背筋が凍えるような目つきに変わる。
そして──
「でぇぇぇぇい!!」
レイリスの持つ剣が、俺の身体を貫こうと突き出された。
ついにレイリス登場!
でもクロノスを殺そうとして?
次回投稿は来週日曜22時に!




