第百六十八話 食物連鎖
最近暑くなったり寒くなったりで風邪引きました!
秋になったんだから、もうちょっと過ごしやすくなってほしいです!
蜘蛛の脚に喰らいついた蜥蜴が首を振り、玩具のように蜘蛛を振り回す。
そして突然口を放し、振り回していた蜘蛛を宙に放り投げた……俺のいる所に。
「やっぱりィィィィ!?」
捕食者と被食者の狩りに巻き込まれればこうなるよね!
放り投げられた蜘蛛が俺に迫ってくる。
慌てて飛び込むように前方に跳躍し躱すと、前転しながら着地し事無きを得る。
「クロノス君!?大丈夫か!?」
「ええ、なんとか──うぉ!?」
俺のすぐ真後ろに放り投げられた蜘蛛を、追い討ちをかけるように蜥蜴が走り、前足の短い爪で蜘蛛の頭部を貫いた。
頭部を貫かれ、蜘蛛は苦しそうになって脚をバタつかせるが、すぐに動きが止まり痙攣を始める。
「ほら、早く立って!走って走って!皆さん、茂みの中に隠れて!!」
俺を立たせながらニールは叫ぶ。
逃げる蜘蛛と追いかける蜥蜴に身動きの取れずにいる影山たちだったが、ニールの指示に頷くと、ベルを連れて近くの茂みに飛び込む……はずだったのだが。
「巫女様危な……!!」
護衛の一人が逃げ惑う蜘蛛の進路上にいたベルを庇い、身を盾にして体当たりを受けた。
衝撃で吹き飛ばされた護衛のエルフは地面を転がり、それを見たベルが足を止め振り返る。
「フェルさん!」
「巫女様危険です!早く!」
「でもフェルさんが!!」
吹き飛ばされた護衛のエルフを助けに戻ろうとするベルを、別の護衛であるドリアードが引き止め連れて行こうとする。
俺たちも助けに行きたいが、こう周りを蜘蛛と蜥蜴が行き交っていると思うように前に進めない!
護衛のエルフは何とか立ち上がろうとするが、すぐ近くを走り回っていた蜥蜴に気づかれ、あの大口に咥えられてしまった。
「ニール兄さん、彼を!」
「駄目だクロノス君!」
護衛のエルフを助けようとするが、ニールに腕を掴み引き止められてしまう。
「君まで捕食されるつもりか!?」
「だけどまだ助けられます!俺はもう、目の前で助けられる命を見捨てたくないんです!」
トリアの時も、ジェイクの時も、テルマの時も、助けられたかもしれないのに……死なせずに済んだかもしれないのに……俺は三人の最期をただ見ているだけしかできなかった。
いや、傍観しかしなかった。
だけど、もう誰かが死ぬのを眺めるだけの自分は嫌だ。
そんな自分には、もう戻りたくない!!
「だから、離して下さい!彼を助けたいんです!」
「だとしても……もう間に合わない」
ニールが悔しそうに目を逸らす。
振り返り目に映るのは、蜥蜴の口元から僅かに見えていた手が……飲み込まれて消えてしまう光景を見てしまう。
「そんな……」
目の前で、また一人知っている人が死んだ。
その事実に唖然としてしまう。
また俺は、助けられないのか……!
『シィィィィッ!!』
「くっ!!土よ!」
蜘蛛の数が少なくなり、俺たちに狙いを変え始めた蜥蜴が迫る。
土魔法で地面を突出させ、腹部を岩山で突き上げるとひっくり返った。
「とにかく今は逃げよう!」
「わかり、ました……!!」
後ろ髪引かれる思いのままその場を離れた。
ベルたちが飛び込んだ茂みに逃げ込み、遠くまで走り逃げる。
蜥蜴の姿も、足音も聞こえない程の距離まで離れて、ようやく俺たちは足を止めた。
「ここまで離れれば安全だろう。全員無事か?坊主と狩人は?」
「ここにいます。クロノス君も無事です」
全員の安否を影山が確認する。
一人分、いなくなった人数を。
「巫女様、大丈夫でしたか?」
「はい……フェルさんが、守ってくれましたから……」
身を呈して自分を守ってくれた護衛を思い、ベルは憂いた表情を見せている。
俺は何言えずに、悔しさでただ拳を握り締めることしかできない。
あれだけ大量の魔物の中、あの人を助けるのは難しかった。
ニールが止めなかったら、俺は絶対に飛び込んで同じ目に遭っていたかもしれない。
俺に──モットチカラガアレバ。
「ティンカーベル様、ここで彼の死を嘆くよりも、聖地に行って剣を見つけましょう。彼の死に応えるには、それしかないわ」
「……わかりました。ニールさん、案内、お願いいたします」
はい、と短く答え、ニールは再び先導する為に前を歩き始める。
ここで立ち止まっていてはいけない。
握っていた拳を解き、俺もニールの盾役として隣へと急ぐ。
「もう、大丈夫なのかい?」
「……大丈夫ではないですけど、なんとかします。俺は、不安や恐怖に、負けちゃいけないんです」
並んで歩くニールに問いかけられ答える。
俺は不安や恐怖に支配されちゃダメだ。
そうなったらまた、もう一つの魂に喰われてしまうかもしれない。
平気じゃなくても……平気ニシナキャ。
✳︎
蜘蛛襲撃の後、魔物と遭遇しないように細心の注意を払いながら進んだ。
何度か茂みに隠れてやり過ごしつつ、森の奥へと歩き続ける。
その途中、俺は懐かしいものを見つけたのだった。
「あれ、もしかしてあの大樹って……」
十年前、この森の樹々は冬でも葉が枯れずに若葉の状態を保っていたはずだ。
だが一本だけ葉が完全に枯れ果て、まるで無理矢理中心から引き裂かれたみたいに割れ、黒く変色した大樹を見つけた。
「クロ君?この樹がどうかしましたか?」
「昔、ここは蜘蛛の魔物たちの住処だったんだ。樹の中が空洞になってて、繭に閉じ込めた餌をこの中に運んでいたんだ。自分たちの卵の保管もな」
もしまた、蜘蛛の巣に入ることになったとしても俺は行きたくない。
あの時はギルニウスの指示と、マナの実を大量摂取したおかげで生き残れた。
俺一人だけだったなら、フロウを連れて脱出すること叶わず死んでいただろう。
「昔話に花を咲かせているところ悪いけど、聖地の入り口はもう少し進んだ先になる。休まずに行こう」
ニールに急かされ進行を再開する。
聖地まで後もう少し、そこに行けば勇者が──初代勇者が封印した破魔の剣があるはず!
「……全員止まって」
先を急ごうとする中、ティアーヌが突然制止を呼びかける。
その声色は鋭く、疑問を浮かべる前に足を止めてしまう。
「ティアーヌさん?どうかしました……っ!?」
「ティンカーベル様も感じましたか?何かが、近づいて来る……!!」
ティアーヌとベルが何かを感じ取っている。
だが俺たちにはそれが何か分からない。
しかし、それはすぐに俺たちにも存在の接近を予感させた。
徐々に肌がざわつく。
ピリピリと焼け付くような熱。
まだ気配は遠いがはっきりとわかる。
明らかにこちらに接近している。
こちらの居場所をわかって、近づいてくる!
「一体どこから!?」
「……ッ!上です!」
周囲を見渡し近く存在を警戒するが、ベルの声で全員が葉が蔓延り覆われた天井へ視線わ移す。
そして『ソレ』は現れた。
葉の天井を突き抜け、急降下する何者かが現れる。
舞い散る葉の雨と共に、そいつは静かに舞い降りた。
細身で長身、十八歳の今の俺より背丈が高い。
華奢な身体だが鍛えているのか、筋骨隆々たる身体をしている。
だがその肌は、俺たちの人のものとは明らかに異色、柘榴ような色をしているのだ。
頭部に毛髪はなく、ティアーヌと同じ二本の巻角が生えている。
「私と同じ、悪魔族……ッ!?」
自分と同じ種が現れティアーヌは驚く。
いや、ティアーヌだけじゃない。
誰もが悪魔の登場に動揺を受ける。
ただ一人、影山だけは悪魔の登場に瞬時に反応し、身を隠すようにベルの前に立っていた。
まさか、もう魔王軍の追っ手がここに来たのか!?
勇者の剣が封印されている聖地まで、もう少しだったのに!!
ぼやいても仕方ないと、剣を引き抜き盾を構え攻撃に備える。
全員が戦闘態勢に入ると悪魔は立ち上がり、そして──
「我が名はフェリュム=ゲーデ!!悪魔界の頂点に立つ、最強の戦士!!」
突然名乗りを上げて自己紹介を始めた……謎のキレのあるポーズと共に。
「…………」
えーと、これ……どうしたらいいんだ?
何か反応を返した方がいいのか?
もしかしてこれは、悪魔流挨拶の一種なのだろうか?
これをされたら、自分も同じように返すのが礼儀とかかもしれない。
それならティアーヌさんに……あ、目が合った瞬間に首を横に振った!
ってことはこれ悪魔流の挨拶とかじゃない!
本当にただの自己紹介だ!!
フェリュム=ゲーデと名乗る悪魔の登場の仕方に誰もが困惑し沈黙が続く。
全員の顔を見回し対応を求めるが、みんな眼を逸らすか首を振るだけで誰も反応を返せない。
つまり、この場にいる全員が初めて見る悪魔だと言うのがわかる。
そして誰も奴のノリについていけないのも……
「ンッ、ンンッ!ンンッ!」
反応が無かったからか、軽く咳払いをしながらフェリュム=ゲーデは、保っていたポーズの姿勢を何度か直す。
が、相変わらず俺たちはどうすればいいのか分からず、ただ黙って奴を見るだけだ。
しばらくすると気が済んだのか、ポーズを解いて直立姿勢になる。
ついに来るかッ!
崩れ始めていた戦闘態勢を直し、相手の攻撃に備えて、
「我が名はフェリュム=ゲーデ!!!」
やり直すんだ!?
そこ大事なんだ!?
しかもさっきより、名乗りを上げる声量が大きくなってる!!
ポーズまでもう一回やるつもりだよ!?
「悪魔界の頂点に立つ、最強の戦──
「《ライトニング・ブロー》!!」
フェリュム=ゲーデが名乗り終えるのを待たずに雷の魔法が放たれる。
全く警戒をしていなかったフェリュム=ゲーデに、殴りつけるように雷が直撃し爆発を起こした。
撃ったのはティアーヌ……じゃない!
ベルの護衛のドリアードだ!
「悪魔の戯れに、付き合う必要はない!先を急ぎましょう!」
全くもって正論だった。
突然の登場と名乗りに少し呆けてしまい、攻撃チャンスなのを忘れてしまっていた。
さすがに無防備な状態で魔法の直撃を喰らったのだ。
あの悪魔はもう……
「キサマァァァァ!!」
「なっ!?」
爆発により発生した煙の中からフェリュム=ゲーデが姿を見せる!
しかも身体には傷一つ付いておらず、激昂の叫びと共に俺たちに一直線で向かって来る!!
「戦士が名乗りを上げている時に──ッ!!」
「クロ君!ティンカーベル様を守っ
「邪魔をするは、恥と知れェェェェ!!」
速い!
俺がベルを守ろうと間に割り込むまでに、既にフェリュム=ゲーデは目前まで迫っている!
いつの間にか奴の手に長剣が握られており、瞬きをしている間に俺たちを通り過ぎ、背後に立っていた。
「え……?」
何も、されなかった……?
ただ通り過ぎただけのフェリュム=ゲーデの動きに疑問符を浮かべ振り返る。
しかし……突如鮮血が吹き、視界が赤く染まるのだった。
いつも使ってるノパソが壊れてしまって、修正作業が進まない……
次回投稿は来週日曜日22時からです!




