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第百六十三話 報酬の無い戦い

9月始まりましたね!

今月から色々と買いたい商品が多くて財布がマッハで溶けてヤバイ


 ゲイル盗賊団を撃退してから半日が過ぎた。

 だが、妖精族の里では未だに復旧作業が行われている。

 彼らが放った火矢が原因で里の草木に火の手が広がり、かなりの被害が出たそうだ。

 鎮火作業を手伝い、盗賊に踏まれたり、傷つけられた樹木が腐ったり虫に食われないようドリアードたちが作った、よくわかんない樹液を塗ったりしているとあっという間に時間は過ぎていた。

 盗賊団から巫女であるベルや族長を守り、撃退に貢献したとして俺たちは多少、里の中を自由に出歩く許可を貰えた。

 と言っても、当然監視はついている。

 巫女を助けたからと英雄視されたり、当然待遇が変わったりなんてことは起きたりしない。

 当然と言えば当然だろう、だって里を襲ったのは俺と同じ、人族なのだから……


「おーい人族さん!休憩にしようぜ!」

「はーい!」


 けれども、気さくに声をかけてくれる妖精族も中にはいた。

 排他的な里とは言え、中には戦火を逃れる為にここに避難した人も多かったらしく、里の妖精族全員が他種族嫌いではないみたいだ。

 樹木の傷に樹液を塗る手を止め、ドリアード数名と一緒に木の実を頬張る。

 妖精族は少食だから、一度に支給される量が少なくて物足りない気はするが我慢はできる。

 しかし朝昼夜と木の実ばっかり食べてると、もっと違うのが食べたくなるんだよなぁ……虫とか。

 もちろん、人族である俺のことを快く思わない人もおり、すれ違うと嫌悪感を露わにした表情を見せられることもあるけど、いちいち気にせずに何とか上手く接することはできている……と、思う。


 一番心配されたティアーヌの待遇だが、これも少しだけ改善はされた。

 まずボロボロの監禁小屋ではなく、普通の空き家に寝泊まりの許可を貰える。

 没収されてた荷物も、武器を除いては返還してくれた。

 相変わらず外を出歩くことは禁じられてはいるが、前よりかはまともな寝床で不満はないらしい。


「湖が見えないのは残念だけど、冷たい夜風が入らないから、こっちの方がいいわね」


 だ、そうだ。

 監禁されていたことに対して文句一つ漏らさないのは流石と言うか、慣れすぎと言うか……

 とにかく、ティアーヌに対する風当たりも少しだけだが緩和されたみたいだ。


 今問題があるとすれば、影山の交渉だろう。

 結局ベルを里から連れ出す為の話し合いは平行線のままのようだ。

 巫女を守るのに協力したとは言え、じゃあどうぞと、すんなりベルの同行を族長は許可してくれない。

 詰まるところ、族長が納得するほどの交渉材料が無ければベル同行に決して首を縦に振ろうとはしないのだ。

 結局俺たちがあの戦いで得た報酬は、一部の妖精たちからの一部の信頼だけ。

 肩身が少し狭くなくなっただけなのだ。

 あとはまぁ……俺がもう一度剣を握れるようになったぐらいだろうか。

 魔王ベルゼネウスに完膚無きまでに敗れ、自分の中に封じ込められてた魂に飲み込まれかけて以来、ずっと引き抜くことのできなかった剣。

 手にしようとする度に見えた黒いミミズや声は、全部俺の恐怖心が生み出してた幻聴、幻覚だった。

 自分の弱い心の囁き。

 目の前のことから逃れようとする意志の弱さ。

 それが全ての正体だった。

 迷いの森での一件や影山のおかげでそのことに気づいて、弱さと向かい合う覚悟を決めた。

 結果、剣をもう一度手にして戦えるようにはなったのだけど──俺自身の問題は何一つ解決できていない。

 弱い自分と向かい合う覚悟と言っても、まだその覚悟を決めただけだし、またいつか幻聴や幻覚が見え始めるかもしれない。

 インスマスの司教やトリアの死、ジェイクの最期だって、まだ全部を受け入れられた訳じゃない。

 何より、俺の中のもう一つの魂に関しても対応策も解決策だって無いのだから。

 問題は山積み、やることも山積み、考えることも山積み……嫌になってくるが、これから生き残る為には全部解決していかなければならない。

 この時代だけじゃなくて、元の時代に戻ってから生きる為にも……

 その為にも、今一番に俺に必要とされるのが何かは、もうわかってる。

 どうするべきかも。


「坊主、手伝いは順調か?」


 妖精族の若者たちと休憩をしながら談笑していると影山が現れた。


「影山さん?どうしてここに?」

「交渉の休憩がてらに立ち寄った。悪いが、お前も一度交渉の席に同席してもらいたい」

「え……いいですけど、俺多分何の役にも立ちませんよ?」


 最初は交渉の席に着く必要はない、と影山に宣告され少し不服はあったが、今は影山が一番交渉の席に着くのが相応しいと考えている。

 俺はまだ、影山たちのような大人たちと同じテーブルに着くには子供過ぎると痛感してしまった。

 だから戸惑いつつも前もって役立たず宣言をするのだが、「それでもいいから来い」と言われ、談笑していた妖精族たちに別れを告げると影山と共に族長宅へと赴くことに。

 ツリーハウスを繋ぐ桟橋から里を見渡しながら歩く。

 襲撃で破壊された家や、踏み荒らされた花畑を手入れし直すエルフやアラウネたちを見ていると、フェアリーたちと目が合い手を振られ、俺も手を振り返す。


「……少しはマシな顔になったな」

「なんのことです?」

 

 手を振り返していると影山がポツリと呟いた。

 言葉の意味が分からず聞き返す。


「里を訪れてから……いや、魔王に襲われてからずっと、お前は死人のような顔をしていた。いつも何に怯えて、どうしたらいいか分からない。そんな顔をしていた」

「いや、まぁ……実際そうでしたし」

「だが今は顔に怯えがない。少なくとも、生きている人間だと分かる顔だ。どうしたらいいか分からずにいる、ってのだけは変わってないがな」


 図星だ。

 何でこの人俺の考えていることをこうも簡単に言い当ててくるのだろう。

 本当はこの人エスパーなんじゃないだろうか?


「まぁ、分からないことだらけ、ってのは当たってます。考えなきゃいけないことが多すぎて……」

「問題が分からずに考えるのと、分かっていて考えるのじゃ意味合いが違う。前者は何が問題かすら理解できていない時があるが、後者なら何が問題かを理解できている。ただ無闇に頭を悩ませるより、明確に悩める方が答えを見つけ易い。坊主は今、後者だってことだ」


 問題を理解できている。

 そう、理解はできている。

 その中の一つを解決する方法も一応は考えてはいた。

 ただそれを実践するのには少しだけ勇気が必要だ。


「坊主?」


 歩みを止めると影山も足を止め、俺に振り返る。

 一つ深呼吸をすると、俺はゆっくりと話を始める。


「俺は、自分のことを……そこそこ、いや、結構強いかもって思ってました。この時代に来るまでは何度か魔物と戦ったりしたけど、大抵は何とかなってたし、悍ましい化け物と戦って勝ちもしました。

 でも、実際は狭い世界で強くなったと思ってただけで、未来(こっち)に来てからは自分の弱さを痛感するばかりで……そのせいで、色んな迷惑を」


 思い返すと色々と恥ずかしいことばかりだ。

 今までは運が良くて生き残れただけで、自分の実力不足はもう嫌というほど知っている。


「俺は、このまま力をつけていけば騎士になるのは問題ないと思ってました。でもきっと、今の俺じゃ強くなっても騎士にはなれない。前に影山さん、言いましたよね」


 最初に難民キャンプで会った時、騎士にならたい理由を話した時に「ならお前は、騎士にはなれない」と影山は言った

 その時はなんだこの人と思ったが、今だからわかる。

 今の俺じゃ騎士にはなれない。

 剣の腕に魔法の技術……色々と実力不足なのは間違いないけど、今の俺に圧倒的に足りないのは精神面。

 俺の心はまだ、幼過ぎるんだ。

 もし元の時代にいたままで、そのことに気づかないまま騎士になっていたら、多分俺は騎士にはなれなかったかもしれない。


「今ならわかります。あの言葉の意味も、俺に必要なことも。だから……」


 必要なのは心を鍛えること。

 騎士として、人として、自分自身(クロノス・バルメルド)として生き続ける為に──俺はこの人について行く!


「だから、俺を弟子にして下さい!!」


 影山は……影山さんは俺に足りない物をすぐに見抜いた。

 俺はこの人のおかげで自分に足りない物が何なのかわかった。

 きっとこの人の元でなら、俺はもっと強くなれる!

 身体ではなく心を鍛える為、この人を師として仰ぐ!

 「お願いします!!」と頭を下げ懇願する。

 それに対し、影山が機嫌が良さそうに「ふっ……」と声を漏らすのが聞こえた。


「クロノス」

 

 名前を呼ばれ、勢いよく顔を上げる。

 影山は小さく笑って、


「絶対に断る」

「ええええええええええ!?」

 

 断られたァァァァ!?

 妖精族の里に俺の驚嘆の叫びが響き渡るのだった。


✳︎


「なんでですか!?いいじゃないですか!?弟子にして下さいよ弟子に!!」

「だから何度も言っているだろ。弟子は取らないし、お前みたいな坊主を弟子にするつもりもない」

「そんなこと言わないで、弟子にして下さいよ!師匠!」

「誰が師匠だ」


 族長宅に着くまで俺はずっと影山に弟子にして欲しいと食い下がっている。

 だってこの人、弟子は取らないの一点張りなんだもの!

 だが俺は諦めない!

 必ず影山師匠に弟子入りをしてみせる!

 弟子入りを一蹴されながら族長宅を訪問すると、既に中ではティアーヌが席に着き紅茶を飲んでいた。


「あら、随分遅かったわね」

「ティアーヌさん?どうしてここに?」

「急に呼ばれたのよ。貴方たちが来るまで待つようにってね」

「族長が?魔女にか?」


 もしかして影山が連れて来るように手配したのかと思ったが、影山もティアーヌが待っていたのには驚いている様子を見ると、影山の指示ではないらしい。

 しかし部屋に族長の姿は無く、代わりに見張二名が上階へと続く螺旋階段の側で待機していた。


「それで、一体何を騒いでたの?外から声が聞こえてたわよ」

「いえ、影山さんに弟子入りを志願したんですけど、断られちゃって」


 ちらりと横目で影山を見ると顔を背けられる。

 ティアーヌはその答えに不思議そうに首を傾げている。


「皆さん、お待たせいたしました」


 上階に続く階段からベルの声が聞こえ、注目するとベルと族長が同時に姿を見せる。


「申し訳ありません。本来は族長様と影山様の会合の予定だったのですが、急遽ティアーヌ様にもご足労いただきました。とても大事なお話があったので」


 ここに来てから初めて見るベルの真剣な面持ちに緊張が走る。

 巫女としての演じる為の姿勢ではあるのだが、どこか焦りと興奮が見え隠れしていた。


「いいえ、ずっと小屋に閉じこもっているのも退屈ですから、連れ出してもらえるといい気晴らしになります。巫女様。それで要件は一体?」

「ティアーヌ様にも、ご関係があることですので……」


 ティアーヌの皮肉に苦笑いを浮かべるベル。

 関係があると言われ俺はティアーヌと目を合わせる。

 ベルは一度深呼吸をすると、少しだけ笑みを浮かべ、


「先程、ギルニウス様からのお告げがありました」


 ギルニウス──その名前に思わず眉を顰めてしまう。

 ずっと聞いていなかった人物の名前を巫女であるベルの口から耳にしたのだ。

 今の俺にとって、その名前は嫌悪の対象でしかない。

 本来別の魂が宿っていた肉体に、俺の魂を無理矢理押入れ、あまつさえ暴走する危険性について黙っていた。

 そんな神様を現在も信用しているかと聞かれれば、答えはノーだ。

 そもそも、俺のところにすら一度も現れていない奴がベルにお告げをするなんて、嫌な予感しかしない。

 しかしベルは興奮冷めやらぬといった感じで話を続ける。


「もうすぐ、勇者が誕生します」


 勇者、その単語に誰よりも驚きを見せたのはティアーヌだ。

 彼女の旅の目的は勇者を探すこと、その勇者がもうすぐ誕生すると言うのだ。

 長年探していた人物の手がかりが突然目の前に転がり込んできて、動揺を隠せていない。


「勇者が……?ど、どこにですか!?」

「居場所も教えてもらっています。ギルニウス様は、私にその場所へ向かうようにと言われたのです。その場所は──旧ニケロース領『禁断の森』です!!」

「…………はぁ!?」


 今度は、勇者が誕生する場所を聞き、俺が一番驚愕するのだった。

勇者を求めて再び禁断の森へ!

あのキャラが仲間入りします!


次回投稿は来週日曜日22時からです!

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