第百五十六話 クロノスの罪
昨日から仮面ライダービルドの映画がはじまりましたね!
もちろん仕事なので観に行けてません!
これは過去の記憶──どこかの海底都市で、俺はインスマス教会の司教と戦っていた。
魔術を使う相手にマナの斬撃を喰らわせ、その策を破った時の光景。
「もう大人しくしてくれないか?さっきの斬撃はまだ撃てる。あんたに勝ち目はねぇよ」
「この……小童が!」
ギルニウスからマナを受け取り形勢が逆転。
魔術を使おうとする司教を妨害し、光弾の対処法もわかり、この時俺はもう勝ちを確信していた。
だからこそ俺は──調子に乗ってしまった。
「ほらぁ、おじいちゃんなんだから無理しちゃダメだよ」
俺が発したこの一言が原因となった。
逆上した司教の放った光弾。
それを打ち返すと司教の持っていた杖の水晶に直撃し暴走。
蛸の邪神像が崩落を始め司教はそれに押し潰されてしまう。
あの時俺は、初めて人を殺してしまった。
直接的でなくとも、間接的に……
降伏を促すことをせずにすぐにでも拘束すれば良かったと、後悔の念を抱くほどに。
でも俺は、それを考えるのをすぐに止めた。
名も無き村でワイバーンに襲われた時、トリアと母親を連れ出そうと燃え盛る炎の中を進んだ。
上空からブレスを吐くワイバーンに対して、俺は魔法を使った。
「水よ!大蛇となれ!」
それは身を守る為に使った力。
だから、その一撃には残っていたマナの殆どを使ってしまった。
でも……それは呆気なくワイバーンのブレスによって掻き消されてしまう。
爆炎を受けて四肢に火傷を負い、焼ける痛みに苦しみながらも炎に囲まれたトリアを助けようと手を伸ばした。
だけど、俺はそこで思ってしまった。
残ったマナを全部使ってしまったらどうなる?
火傷を負った状態で俺はどうやってティアーヌと合流すればいい?
心に芽生えたその僅かな疑問が俺を鈍らせた。
目の前に助けると決めたはずの命が、少女が泣いているのにも関わらず俺は──助けに飛び込むことを戸惑い、炎に包まれる光景を見ていることしかできない。
そして俺は、悲鳴と共に目と耳を塞いだ。
魔王と対峙して右腕と左脚を切り落とされ、眼を潰され、死の恐怖に怯え木に寄りかかる俺に魔王が剣を向けている。
「死をもって、その絶望から解放してやろう。小僧」
逃げることのできない俺に魔王の凶刃が振るわれる。
でも、それを受けたのは俺ではなくジェイクだった。
息子の俺を助ける為に身代わりとなり、その命を落としてしまった。
その事実に俺は壊れて、暴走して、もう一つの魂に乗っ取られた。
だけど、未来の時代でも大切な人の死を目の前にし、墓前に立っても俺は……涙一滴零すことはなかった。
✳︎
「目の前の現実から逃げるなッ!!クロノス!!」
腕の中で死んだテルマを目にし、俺の中の何かが砕けた。
また、あの黒いミミズが身体を覆いもう一つの魂に乗っ取られかけた時、影山の言葉が胸に刺さった。
黒く染まる視界、別の場所に感じる世界、遠ざかる人々の声──その中で何故か、影山の声だけははっきりと聴こえてくる。
影山は蠍の魔物と化した盗賊二人を同時に相手にしていた。
『「逃ゲ……る?」』
「そうだ!お前の暴走は、お前が逃げる為の口実だ!」
影山は何を言っているんだ?
これが、乗っ取られることが……俺が逃ゲるタめ?
「お前がその状態に陥るのは、お前の精神が不安定になった時だけ。だがキャンプ地からこの里に辿り着くまで、何度か魔物との戦闘は起きたが、お前は一度も暴走する気配を見せなかった!」
『「そンな、ハずハ……何度、カ、暴走、しカけテ」』
道中、魔物と遭遇し剣を抜こうとして何度も黒いミミズに手足を覆われそうになった。
剣を抜いて戦おうとすると魔王に殺されかけた恐怖を思い出し暴走する。
だからずっと、盾と魔法だけを使った戦っていた……
「言っとくが、俺もティアーヌも、迷いの森以外でお前が暴走しかけたのも、ミミズの姿も一度も見てはいないぞ!!」
『「……え?」
「あれはお前の恐怖心が生み出した幻だ!本当に見えていれば、魔物と戦うことよりお前を止めることを優先している!」
敵の攻撃を受け流しながら影山が苦笑いしてみせる。
そうだ、最初に三人で旅を始めた時に遭遇したスケルトンとの戦い。
あの時に俺は初めて剣を抜こうとすると黒いミミズに覆われそうになることに気づいた。
でもそのことを告げた時、ティアーヌは俺にエナジードレインをせずにすぐさま戦闘に戻った。
じゃあ、ティアーヌは気づいていたのか……?
俺が見たのは幻だったって、暴走しそうになったのは幻覚だったって?
蠍盗賊の一人をもう一人に向かって蹴り飛ばし、影山は俺の目を真っ直ぐに見据える。
「迷いの森のことを思い出せ。あの森は入った人間が心の内に秘めている迷いと後悔を映し出す森だ。お前が森で暴走しかけたのなら、それが今お前が堕ちようとしているのと同じ理由のはずだ。
お前が森で見たのは何だった?暴走したもう一人の自分か?それとも自分を殺そうとした魔王ベルゼネウスの幻影か?
違うはずだ。思い出せ、そして向き合え!それが何かは、お前はもうわかっているはずだ!」
蹴り飛ばした蠍二人にまた襲われながらも影山は叫ぶ。
俺が、何に向き合うべきか伝える為に。
迷いの森で見た幻覚は司教、トリア、ジェイクの三人だった。
三人とも俺が原因で死んだ人。
三人とも、俺の目の前で死んだ人。
そして三人とも──俺が、
『「インスマス教会の司教ハ……俺ガ殺シた。俺ハ、本当ハすグに無力化デきタのニ……調子ニ乗っテ、煽ッて、逆上さセた。俺ハ、そノこトを考エて、忘レなイよウにすべきだったのに──誰にも人を殺したことを責められず、逆に褒められて……そのことについて考えることをやめた」』
『「トリアの時モ、本当ハ助けラれタ。あノ炎かラ、守ルこトがデきタのニ──大火傷を負って、マナが無くなったら自分を守れなくなるのを恐れて、助けたら自分が次に死ぬかもしれないと怖くなって……助けられなかった。あれは、仕方のないことだって割り切って、俺は悪くないと思い込んだ」
「ジェイクは、俺を助けようとして俺の代わりに死んでしまった。でも俺は、それを認めたくなくて……死んだのは俺の知っている時間のジェイクじゃなくて、別の時間ジェイクだって切り離して考えた。そして墓前に立った時、自分じゃなくて良かったと……安堵した」
司教の時も、トリアの時も、ジェイクの時も、俺は……死んだのは自分じゃなくて良かったと、三人の死について考えることを放棄した。
どれも仕方のなかったことだと、俺にはどうすることもできなかったと。
だけど、本当は受け止めて考え続けるべきだったんだ。
だから迷いの森で三人の幻覚を見た。
全員から人殺しだと罵られ責め立てられた。
迷いの森で三人が発した言葉は、俺が一番恐れていたもの。
人を殺したこと、見殺しにしたこと、黙殺したこと──俺が、逃げてきたことを!!
「俺は目を逸らして逃げた。受け入れることを拒んで放置した。ようやく分かった……俺が暴走するきっかけが、どうしてもう一つの魂にすぐに乗っ取られる幻覚を見るのか!」
今まさに全身を覆うとするこの黒いミミズは幻じゃない。
でも剣を引き抜こうとする時に見えるのは間違いなく幻なんだ。
剣を手にすると見えるのは俺が怯えているから。
ミミズが見えるから震えて剣を抜けないんじゃなくて、剣を抜くことを心の奥で拒絶しているから。
俺が怖いのは死ぬこと、死という事実そのもの!
身体の黒いミミズの不快感を感じながらも腰に挿した剣を手を伸ばす。
毛が逆立つ。手が震える。殺されかけた恐怖が蘇りもう一人の俺の声が聞こえる。
──戦ウノカ?殺スノカ?
「ああ……!戦う、生きる為に魔物となった人を殺す!」
──ナラ、オレヲ出セ!オレニ身体ヲ返セ!オレガヤル!
声がする度に意識が薄れようとして自分の身体が自分じゃなくなる感覚を感じる。
でも違う……これは、もう一つの魂の声じゃない!!
これは、この声は!
「俺が今相手するのは、抑えるのはもう一つ魂じゃない……!この幻覚も、この幻聴も!恐怖に怯えて逃げ出そうとする俺の──弱い心だァァァァ!!」
戦う恐怖から逃げ出そうと囁く甘えた心の声。
それを振り払い剣を鞘から引き抜く。
見えていた黒いミミズも、身体を覆っていたのも全て消え去り、両眼が熱く光る。
だけど、それだけじゃ恐怖心は消えはしない。
弱い心が消えた訳はじゃない。
だから俺が本当に戦わなきゃいけないのは目の前の蠍でもなく、魔王でもなく、弱い自分自身!!
「来い、蠍野郎!」
テルマを殺した蠍を挑発する。
すると間もなく尾が正面に飛び込んでくる!
盾で毒針の付いた尾を弾き飛ばすと剣で斬りかかる。
しかし右手の鋏で受け止められてしまう。
蠍の甲殻は堅く、俺の持つ剣では破壊することも切り落とすことができない。
押し返され後ろに飛び退くと影山と背中合わせになる。
いつの間にか盗賊たちと戦っていた妖精族は一人もおらず、盗賊の人数も三人に減っておりモンロープスの姿も消えていた。
「他の人たちは!?」
「お前がうだうだしている内にこの場から離れた。随分と時間がかかったな」
「すいません。とりあえずは大丈夫です!」
「とりあえず……か。ならせめて、今だけは自分をコントロールしろよ」
背中越しに頷き正面の盗賊に構えた。
俺は一人、影山は二人と対峙している。
「行くぞクロノス!」
「はいッ!」
二人同時に弾けるように飛び出し、俺は剣を振り下ろす。
敵を殺す為ではなく、弱い自分を斬る為に。
PVが18万を超えました!
皆さんいつもありがとうございます!
次回投稿は来週日曜日の22時からになります!




