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第百五十五話 支配する魂は

台風過ぎた後は、セミのオーケストラな上に気温がフィーバーしてて辛い!!

皆さん熱中症お気をつけて!


『殺セ』

 

 蠍の人型魔物に変貌した盗賊の一言で、モンロープス五体と蠍の盗賊六人が一斉にテルマたちに襲いかかる。

 カーネの放った黒い瘴気を受け止めきれずに吹き飛ばされたせいで、テルマたちとは離れてしまっていた。

 あの時盾で受けた一撃はまだダメージとして残っており、微かに左腕が痺れを感じる。


「坊主、無事か!?」


 頭上から声が聞こえると影山がツリーハウスから飛び降り駆け寄ってくる。

 良かった、無事だったんだ!

 影山は人型蠍とモンロープスに囲まれているテルマたちを一瞥すると、


「道具袋は!?」

「倉庫の入口脇に!」

「三十秒だけ持ち堪えろ!」


 自らの荷物へと走りながら短く会話を済ませる影山。

 頷き返すと蠍盗賊の一人が俺の元まで接近し、鋏となった右腕を突き立てる!

 何とか盾で受け止めるが、蠍の攻撃は止まらない。

 無言のまま何度も、まるでナイフを突き出すように鋭い鋏で攻め続けてくる。

 でもまだ魔物としての動きに慣れてないのか、攻撃も単調だし早くはない。

 このまま攻撃を受けながら反撃のチャンスを待ってれば……ッ!

 その時、蠍の背後でゆらりと尾が揺れるのが見えて──


「うおっ!?」

 

 蠍が姿勢を低くした瞬間に針を持つ尾が飛んでくる!

 ギリギリで避けるが体勢を崩して地面に倒れてしまう。

 獲物を逃した尾は背後にあった大樹の幹に突き刺さっていた。


「あっぶねぇ!」


 さっき尾から毒々しい液体が溢れて草が枯れたのを目にしていなければ、自然に盾で防ぐか避けるのが一瞬遅れてたかもしれない。

 触れたらどうなるか想像は大体つく、あれは絶対に触れちゃいけないやつだ!

 またすぐに尾による攻撃が来るかと思ったが、慣れない部位だからか幹から引き抜くのに手間取っている。

 その間にも毒針の刺さる幹は、見る見るうちに変色し腐り始めていた。

 でもこれはチャンスだ。

 尾を引き抜くのに手間取っている内に仕留められるかもしれない!

 俺は地面に倒れたまま、尾を突き刺す為に姿勢を低くしていた蠍盗賊の胸元目掛け右手を伸ばす!


「氷よ!敵を貫け!」


 至近距離からの氷塊による一撃!

 これなら、この魔物化した盗賊を


──この、人殺し!!


「ッ!?」


 氷塊を放つ瞬間、迷いの森で司教に言われた言葉を思い出す。

 同時に脳裏に浮かび上がる……初めて人を殺した、海底都市でのことを。

 しかし既に氷塊は放たれた。

 敵の心臓目掛け直進し、胸部に触れ……甲殻と衝突し砕け散る。


「……」

『……何カシタカ?』


 氷魔法を放った俺に問いかけてくる。

 甲殻には傷一つ付いていない。

 蠍盗賊は尾を抜くのを止めると首元に狙いを定め振り下ろす!

 それを避ける為に地面を転がりなんとか逃れた。


「なんでだ!?なんで効かなかったんだ!?」


 転がりながら立ち上がり、傷一つ付いてない甲殻を凝視する。

 今俺は、確かに氷属性の魔法で氷塊を放った。

 威力も純度も十分だった。

 至近距離で放てば甲殻を破壊するぐらいはできたはずだ。

 だが相手は無傷。

 さっきの攻撃は、かつてディープ・ワンと戦って貫いた時と全く同じ要領で行った攻撃なのにどうして……!?

 攻撃が効かないことに困惑している間に蠍は幹から尾を引き抜き、再びこちらに狙いを定める。


「はあッ!」


 装備を整えていた影山が蠍の背後から蹴りを叩き込む。

 氷塊では傷付かなかった甲殻にヒビが入り、蠍は吹き飛ばされた。

 てかどんな威力の蹴りしてるんだあの人!?

 甲殻にヒビ入れるとかどんな脚力!?

 と驚いたけど、影山の履いているブーツは確か魔道具だったはず。

 そのおかげか。

 ズボンの裾から僅かに見えるブーツのスロットには黄土色の魔石が装填されていた。


「何をしている坊主!?何故手心を加えた!?」

「えっ……?」


 助けられ開口一番に何故か叱責される。

 手心って……手加減したってことか?


「そ、そんなこと、手加減なんて……」

「なら何故さっきの一撃で確実に相手を仕留めなかった!?それができたはずだろう!?」


 そう、確かにさっきの場面で盗賊の一人を仕留めることはできた。

 でも無理だった。

 だけど、それは単に相手の甲殻が堅かっただけで……


『シッ!』

「ぬうっ!」


   会話に割り込むように蠍は影山に鋏を振るう。

 それを影山は左足で払い落とした。

 だが蠍は鋏を大きく開け、四肢を断ち切ろうと何度も鋏を突き出し交差させる。


「影山さ

「おい、そっちに行ったぞ!」


 影山を援護しようとするもテルマたちが相手をしていた別の蠍盗賊の一人がこっちに来る!

 俺を切断しようと鋏を大きく広げ突き出されたのを目にし、鋏の付け根に盾を押し込み閉じるのを阻止する。

 ギチギチと鋏と金属の擦れる音がするが、さすがに盾を切断する程の筋力はないらしく、棘状の甲殻に突っかかり俺を引き離せなくなっている。

 しかしそれはこっちも同じで、左腕に装着している盾はベルトで固定されている為離れることができないのだ。


「引っかかって、抜け出せない……!」


 何度も鋏から抜け出そうとするが盾はビクともしない。

 挟み込むのが無理と判断したのか、挟み込むんだ盾ごと腕を引き、俺の身体ごと自分に引き寄せようとする。

 そして尾を伸ばし、毒針を背に突き刺そうと……!


「ふんっ!」


 背後に回っていた尾の尾節をテルマが槍で突き刺し地面に固定させる。

 串刺しとなった箇所から毒液が漏れて地面に広がっていた。


「テルマさん!」

「何をしている!さっさとそいつの頭を吹き飛ばせ!」


 そうだ、相手が俺を引き寄せたから手を伸ばせば顔面に魔法を打ち込める!

 蠍となった盗賊の頭部に手を伸ばそうとすると、まだ人の手としての面影を残す左手で抵抗しようとする。

 それを振り払い、相手の顔面に右手を伸ばし、今度は土属性の魔法を叩き込もうとマナを収束させる!


「土よ!砲岩となりて強固な殻ごと


──ひ゛と゛こ゛ろ゛し゛い゛い゛い゛い゛!!


 砲岩を生成し放つ瞬間、今度はトリアに責め立てられた時の光景が見えた。

 それでも構わず砲岩を放つ。

 今度は確実に相手の頭部に直撃し土煙が起きた。

 甲殻ごと吹き飛ばすつもりでかなりマナを練りこんだから、いくら硬くてもこれなら……


『……ハハッ、ナンダコレハ?』

「なっ!?」


 砲岩を直撃させたはずなのに盗賊は平気そうな声色だ。

 それどころか、かなりの威力で放ったはずなのにまた甲殻には傷一つ付いてない!

 どうして全く効果がないんだ!?

 混乱する俺は蠍盗賊に腹部を蹴り飛ばされてしまう。

 蹴られた拍子に引っかかっていた盾も抜かれた。


「おい、何をしているんだ!」


 蹴りをもらい尻餅をついて倒れる俺にテルマが声をかける。

 だが、隙となってしまった。

 視線を敵から逸らしてしまった為、尾節を貫いていた槍の柄を鋏で折られてしまったのだ。

 持ち手を失い驚くテルマの顔面を蠍は右腕の鋏で殴打する。

 殴られた勢いでテルマは俺の前まで転がり、すぐに立ち上がろうとするが、その無防備な状態で脇腹に攻撃を受けてしまう。

 先程までテルマが抑えていた……毒針の付いた尾で。


「ぐふっ……!」

「テ、ルマ、さん?」


 毒針を受けたテルマの体が、大きく跳ねる。

 彼自身も何が起きたのかわからず、自分の脇腹に深々と刺さる毒針を見下ろし、目を見開いていた。

 蠍はテルマへと突き刺した毒針を抜くと尾を戻す。

 尾が離れ、支えを失ったのかテルマは力無く崩れ、目の前で仰向けに倒れた。


「テルマさん……?テルマさん!?」


「隊長!?」「テルマ隊長がやられた!?」「嘘だろ!?どうするんだよ!?」


 指揮を執っていたテルマが倒れて部下たちから戸惑いの声が聞こえる。

 俺は地面に倒れたテルマを抱き起こし声をかけ続ける。


「テルマさんしっかり!テルマさん!」


 何度も名前を呼んで体を揺するが、テルマの口から返事が返ってくることはない。

 まだ意識はある。

 でも唇が震えていて声を出せていない。

 赤みを帯びていた唇が徐々に紫色に変わり、体が微かに跳ねて痙攣を起こしてる。

 全身からも血の気が引いており、肌が青白くなっていく。

 くそ、毒の回りが早い!

 何とかしないと……でも、解毒の方法も治療法も俺にはわかるものなんて一つもない!

 どうしたら、どうしたらいいんだ!?


『無駄ダ。ソノ男ハモウ助カラナイ』


 テルマを毒針で刺した蠍盗賊が言葉を話す。

 俺の腕の中で痙攣するテルマを見下ろし小さく笑った。


『コノ毒ヲ体内二摂取スルト三分デ命ヲ落トス。解毒方法ハ、ナイ』


 三分って、症状が出始めて二分近く経っている。

 それじゃあ、テルマはもう……!

 震えながらもテルマの右手が俺の襟首を掴む。

 何かを必死に伝えようと、震える唇を動かそうとするも声が出てない為に内容を理解することができない。


「なにを、なにを言いたいんですか?テルマさん!テルマ


 ふっ、と襟首を掴んでいた手の力が抜けた。

 体の震えが止まり、俺を掴んでいた手は力無く地面に落ちた。


「えっ……?」

 

 一瞬、頭の中が真っ白になる。

 離れた手、冷たくなる肉体、開いた口は閉じることなく、光を失った目は……虚空を見つめていた。


「テルマさんが……死ん、だ?」

 

 呼吸も、心臓が脈打つ鼓動も体温も感じられない。

 虚空を映す目、それの目が無性にジェイクが死んだ時のことを連想させる。

 脳裏に同じ光景が広がる。

 また目の前で、人が死んだ……知っている人が死んだ……人が、人が……


──この人殺しッ!!


 強烈な頭痛と共に迷いの森でジェイクに突きつけられた言葉を思い出す。

 全身の毛が逆立つ……頭の中に三人の声が響いて頭が割れそうに痛い!

 人殺し、人殺し、人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺しヒトゴロシ


「あっ、ぐぅ?」


 俺の中で何が砕ける音が聞こえる。

 喉から絞り出された言葉はひしゃげたみたいな変な声。

 周囲ではテルマが死んだことに驚き戸惑う彼の部下たちの会話が聞こえる。


「隊長は本当に死んだのか!?どうするんだこれから!」

「む、無理だ!ここから離れて他の番兵と合流を!」

「ひ、ひいいいい!!」

「待て逃げるな!う、うわ、ぐああああ!!」


 怒号や悲鳴が耳に届くが、それは次第にノイズがかかったみたいに砂嵐となる。

 すぐそばで起きている事柄のはずなのにどこか別の世界に感じる。

 全てが遠く、離れていく。

 自分の身体は水に浮かぶように不安定で冷たい。

 視界は徐々に狭まり、暗黒に染まっていく。


「ッ!またあの現象が……!坊主、自分の体を見ろ!取り込まれ始めているぞ!!」


 どこかから影山の声が聞こえ自分の体を見ると、腕に抱いていたはずのテルマを手放し立ち上がろうとしていた。

 その両腕も足にもあの黒いミミズが這いずり回り全身を包もうとしている。

 どうしてテルマは地面に横たわっているんだ?

 そもそも俺はどうしてここにいるんだ?

 オレは……


「また魔女がいない時にッ!坊主、主導権を渡すな!魔女がいない状況で堕ちれば、本当に戻れなくなるぞ!」

『「影ヤま、サん……?」』


 呼びかけに振り返ると影山は蠍盗賊とまだ戦っていた。

 先程蹴りを入れてヒビ割れた右腹に回し蹴りを食らわせ甲殻を砕くと、蠍は動かなくなった。


「恐怖に身を委ねるな!それはお前の味方じゃない!!」


 六人いる盗賊の内一人を倒すが、今度は蠍の魔物となった盗賊二人が同時に鋏を振るう。

 それでも影山は避けながらも俺の目を見て叫ぶ。


「恐怖をコントロールしろ!剣を持って戦え!自分の意思で!」


 剣……ジェイクが、将来俺が手にする為にと買ってくれた剣。

 でも、今の俺はこノ剣ヲ。


『「剣ヲ……」』


 黒いミミズに覆われた手を動かし、腰の剣を引き抜こうと柄に触れる。

 しかし、引き抜こうとするとまたしても引き抜く為の力が出ない。

 柄を握り締めているのに、それを引き抜くことができない。

 抜いてしまえば俺はまた、きっと……!


『「ひぅっ、グウウウウ!!ああああああ!!」』


 手足の感覚が鈍くなる。

 右眼の眼球が自分の意思とは無関係に動き回る。

 出てくる……!

 また、あいつが……オレが、出てくるぅぅぅぅ!!


『「ぐ、ああああ!!アハハッ!ハッ、うぐっ、ハハッ、あが、アアアア!!」』


 出る、出ラれる!!

 俺は、オレハッ!!

 今度コソォォォォ!!


「目の前の現実から逃げるなッ!!クロノス!!」


 意識が途切れる寸前、影山の言葉が胸に突き刺さる。

 そして、俺の意思は──

次回投稿は来週日曜日22時から!

よろしくおねがシャス!

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