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第百五十話 交渉

夏までに四章終わるかもとか言った気がするんですけど、やっぱ終わりそうにねぇ……こんなに長くなるなんて思ってなかったです……

見通し甘かった


「坊主、久しぶりの再会だ。お前は王女殿下と話をしていろ。交渉は俺がする」


 影山はクロノスに席を外れるよう遠回しに伝える。

 意図はうまく伝わならなかったが、結果的にクロノスはティンカーベルと御付きと共に上階へと行ったのでよしとする。

 妖精族の族長との対談に子供の(・・・)クロノスはいない方がいい。

 いちいち横で喚かれるのも面倒だ。

 クロノスたちがいなくなり、一階には影山と妖精族の族長とテルマの三人のみとなる。



「じゃあ始めようか。族長さん」

「ええ。でもその前に紅茶はいかがですかな?里に住むアラウネが良い茶葉を生成しているのですよ」

「遠慮する。悪いがコーヒーの方が好きでね」


  断りを入れると族長は朗らかな笑みを見せてはいるが、表情に些細な変化を影山は感じる。

 そう、クロノスは気づいていなかったが、この族長はクロノスと影山の存在を快くなど思っていない。

 理由は単純。

 この里は元々、他種族との交流を断つ意志を持った者たちの集まりなのだ。

 人族のしかも淫魔を伴った三人を最初から警戒心を持って接していることに影山は気づいていた。

 故にクロノスの存在はこの状況において貴重。

 大地の巫女と友人関係である少年がいるからこそ、こうして影山は交渉の席に座ることができるのだ。

 もっとも、連れ出すのはかなり困難ではあるだろうが。


「単刀直入に言う。大地の巫女ティンカーベル王女殿下、彼女の難民キャンプへの同行を許可して頂きたい」

「サカタ様の手紙にも書かれておりましたね。生き残っている人々の生きる希望を繋ぐ為に、巫女様の存在が必要だと」


 族長の手元には出発前に坂田が影山に渡した手紙が置かれている。

 内容を影山は知らないが、おおよその予測は付いている。

 大地の巫女であるティンカーベルにキャンプに来訪してもらい、魔王の襲来で傷ついた人たちの心を少しでも癒してもらおうというのが元々の目的だったのだから。

それだけ、魔王ベルゼネウスの襲来と人々に与えた被害は大きいのだ。


「そちらの事情は理解しております。ですが……残念ながら、それを許可することはできません」

「理由を聞いても……?」


 影山の問いに族長は目を細め微笑むだけだ。

 代わりに疑問に答えるのはテルマである。


「まず一つ、巫女様は我ら妖精族にとっても最後の希望である。お前たちの事情も理解はできるが、魔王が巫女様を探している現状で里の外にお連れするのは魔王に捕まりに行くようなものだ。

 二つ目、巫女様を連れて行くにしても護衛は必要だ。だがお前たちは三人しかいないではないか。しかも一人は悪魔族の淫魔、もう一人は魔王の呪いを受けた少年。そんな者たちに護衛を任せられる訳がない。

 そもそも我らには、お前たち他種族に協力しても何の見返りもないではないか」


 テルマの指摘に影山は口を挟みはしない。

 実際、影山のその二点だげどうしても気にはなっていたのだ。

 ティンカーベルを呼び寄せようと提案したのは坂田、妖精族の里にティンカーベルが隠れ住んでいると教えたのも坂田、紹介状を書いて渡してきたのも坂田である。

 全てが坂田によって仕組まれたことだが、影山は坂田を信じてクロノスとティアーヌを連れてここまで来たのだ。

 紹介状に何か交渉材料となり得る内容が書かれているのだろうと……


「失礼ですが族長、手紙には何と?」

「難民キャンプに魔王が現れたことと、巫女様のお力でキャンプ地にいる方々を癒して欲しいと書かれておりました。サカタ様は随分と面白い方ですね。報酬も無しに巫女様に助けを求めるなど、とても元大臣とは思えませよ」


 族長は皺だらけの顔を綻ばせ小さく笑う。

 坂田の手紙をテルマに渡され、テルマはそれを見せつけるようにして二つに破り、影山の前に投げ捨てる。


「これは交渉ではなく、ただの懇願ですね。何の材料も無く巫女様の力を借りたいなどと、痴がましいですよ。人間」


 目を細めていた族長が初めて重い瞼を開け影山を見据える。

 視力が落ちているからか、その眼は焦点が少しズレているが、その瞳の奥に感じる感情に影山は何故坂田の手紙が懇願に近い内容だったのか理解する。

 族長の瞳から感じるものは──侮蔑だ。

 妖精族の長は人族である影山を交渉に値する相手などと思っていない。

 人族を同じ立場の相手などとは最初から考えてはいなかったのだ。

 ずっと笑みを浮かべていたのも、歓迎の気持ちを持っていたからではない。

 巫女の力に助けを求めてきた憐れな者たち程度の認識でいたからなのだ。

 

(坂田の奴、最初から分かっていたな?)


 自分たちをこの里に寄越した坂田は妖精族の里のことを知っていた。

 この里が他種族に排他的なのも非協力的なのも当然熟知しているはず。

 ましてやその族長ともなれば毛嫌いしていても不思議ではない。

 つまり、この交渉は最初から成立などするはずがないのだ。

 相手にとって、自分たちは巫女を有する絶対的優位の存在。

 そして影山たち他種族は、自らに助けを求めに来た可哀想な存在なのだから。


(これは……坂田に一杯食わされたな)


 おそらく坂田の目的は巫女を連れ出すことではない。

 意図が見え始めた影山はもはやこの交渉の場には何の意味が無いことを悟り、破かれた手紙をスーツの内ポケットに仕舞う。


「どうやら内容に不備があったようだ。こちらの不手際だ。謝罪する」

「ええ、そうでしょう。一応・・、巫女様の御友人一行様ですので、どうぞごゆっくり滞在してください。滞在中は衛兵が身の回りのお世話を致します。何かあればお気軽に申していただいて結構です。もちろん、お帰りの際は迷いの森の外まで里の兵がお見送りいたしますので」

「心優しいお気遣い・・・・、感謝致します。族長殿」


 両者は皮肉な笑みを浮かべる。

 衛兵が世話をするなどと言うのは監視をする為の名目に過ぎない。

 族長は滞在中、三人を自由にするつもりはないのだ。


「では、俺たちはこれで失礼させてもらおう」

「テルマが宿泊先までお送りいたしましょう」


 族長が鈴を鳴らし上階のベルを呼び戻す。

 しばらくするとティンカーベルと御付きの一人が姿を見せ、遅れてもう一人の御付きとクロノスが降りて来た。

 ティンカーベルは柔らかな笑顔を見せているが、それは対照的にクロノスはまたしても暗い表情をしている。

 またか、と影山は呆れ気味でクロノスに声をかけた。


「用事は終わった。仮宅に戻るぞ」


 そう告げながら、影山は心の中で小さくぼやく。

 この遠征、かなり厄介な案件だな、と。

次回投稿は来週の日曜日22時からです!

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