第百四十九話 魔王と八人の巫女
先週風邪引いた時に喉をやってしまいまして、別の病気になっちまいました
喉辛たん……
妖精族の里、族長宅の三階のウッドテラスにてベルから巫女についての話を聞いていた。
「巫女は、魔法の八大属性と同じく八人います」
「えぇと、八人てことは……火、水、風、氷に雷、光と闇で最後が──」
「私、ティンカーベル・ゼヌスの土属性で八つ。そして土属性の巫女のことを『大地の巫女』と呼ぶそうです」
指折り数えながら確認すると、最後にベルが自らの属性を教えてくれる。
アラウネ族の場合は土属性の巫女なのか。
「私は他の巫女の方々とお会いできる機会がなかったので、どのように呼ばれていたのかは知りません。ですが巫女は対応した属性能力が向上し、他の方にはない力が備わります。例えば、大地の巫女である私は存在するだけでその土地に恵みを与える……らしいんです」
「らしい?」
「自分では余り実感がないんですけど、里の皆さんのお話では、私が里を訪れてから作物が育ちが良くなったり、湖や森での収穫量が増えたそうです」
巫女の能力は常時発動しているってことか。
説明だけ聞くと巫女様万々歳って感じだけど、それだけで魔王に追いかけ回されるはずがない。
「なら、どうして魔王は巫女を捕らえて生贄にしたんだ?それだけ聞くとあまり害があるようには思えないけど」
「私も聴いただけで詳しは知らないのですけど、巫女の存在は魔王とって一番危険な存在だとか。巫女は、唯一魔王を封印できる力を持っているのです」
魔王を、封印?
なるほど、それでベルゼネウスは巫女を捕らえてて生贄にしていたのか。
だんだん魔王の目的が見えてきた。
「千年前の初代勇者様の伝説では、『勇者と八人の巫女が協力をして、魔王を地獄に封じ込めた』とあります。もしかしたら、初代勇者様には封印する力は無く、協力をしていた巫女だけにしかその能力はなかったのかもしれません」
「つまり、勇者と巫女はセットでないと意味がない。しかも九人フルセットじゃなきゃいけないかもしれないってことか……」
魔王を封印しなきゃいけない条件厳しいな……そう考えると魔王が如何に狡猾かよく分かる。
勇者よりも先に自分を封印することのできる巫女から狙い、戦争が起きて国の軍事力が下がるように仕向けさせ、人々の不安を煽り自らの力を高めた。
そして見事魔王は巫女七人を生贄し、邪魔できるのはベルとまだ見ぬ勇者一人だけ。
しかも勇者は存在不明。
もう詰んでるじゃないかな……この時代。
「最後の生き残りとして、私には勇者が現れた時に協力する使命があります。そして巫女と勇者は、人々にとって最後の希望でならなければならない。だからこそ、常日頃から人の目に見える場所では威厳ある振る舞いをなさいと……族長様に言われてきました」
その話を聞いて、ようやく俺はベルと再会した時の違和感の正体が分かった。
あの言動はベルが心から望んだものじゃなかったからだ。
本当は俺との再会を喜びたかった。
でも族長の前でそんな態度は取れないからテラスまで連れて、ようやくそこで俺の無事を喜び名前を何度も呼んだ。
きっと初めからそうしたかったのを堪え、ようやく族長の目の届かない場所まで来れたからだったんだ。
自分の感情を押さえつけてまで……
「辛く……ないのか?」
気ついた時、俺は言葉を口にしていた。
無意識にそう尋ねてしまっていた。
それがどれだけ馬鹿な質問か、自分でも後悔してしまう程に。
一瞬ベルは戸惑いを見せたが、すぐに表情を変え小さく笑う。
「辛くはないですよ。だって私の力で、国民を、ライゼヌスを護れるんですから」
嘘だ。
誰が聞いても、誰が見ても、彼女は嘘をついていると見破れるだろう。
一瞬だけ見せた戸惑いが、作られた笑顔が、虚栄心が俺の胸を抉る。
彼女はライゼヌスの王女で、唯一魔王と対峙できる巫女なんだ。
なのに巫女であり王女であるベルが、辛いなんて言葉を口にする訳がない。
分かっているのに、
「逃げたいと……思わないのか?」
俺はまた馬鹿な質問を繰り返す。
それがベルを困らせるだろうと思っていても、一度口にした言葉を取り消すことはできない。
けれどもベルはその問いにだけは真っ直ぐに俺の目を見つめ返してくる。
「どこにも、逃げ場なんてありませんよ」
真っ直ぐと、一瞬たりとも目を逸らさず、そう──答えた。
「どこに逃げても、きっと私は逃げる事はできません。どこまで逃げたとしても、私は逃げ切ることなんてできないんですよ。だって、私は……ティンカーベル・ゼヌスですから」
小さく、本当に小さく笑みを浮かべるベルの笑顔は、余りにも儚い。
目の前にいる彼女が突然消えてしまうのではないか。
そんな不安に支配され、思わず手を伸ばしそうになるのを堪え、拳を強く握り締める。
ベルは笑みを見せるだけで、質問の意図も何も聞いてはこない。
それが何故か、言葉と笑顔が俺の胸に深く突き刺さるのだった。
溜め込んでいた感情を吐露しそうになる。
顔を上げ握り締めた拳を離し、そして、
「ベル……お、俺、は……!」
刹那、階下から呼び鈴の音が響くのが耳に届く。
その音に階段前で待機していた御付きの一人が席まで歩み寄る。
「ティンカーベル様、族長様がお呼びでございます」
「ええ。すぐに参ります」
御付きの手を借りスッとベルは立ち上がる。
もうベルとのお茶会はお終いのようだ。
「クロ君、行きましょう」
「ああ……」
引き止めることも、引き延ばすことも俺にはできない。
ベルから|ティンカーベル(大地の巫女)へと戻る彼女に、俺は何もかける言葉が思いつかない。
優雅に歩き出すベルの後ろ姿に悲しさを覚えながら後に続く。
御付きの一人が先に階段を降り、ベルがその後ろを、そして二人目の御付きが続こうと階段を降りる直前、
「クロノス様、本日はありがとうございました」
二人目の御付きが深々と頭を下げ、お礼を口にしたのだ。
木彫りの仮面を付けているせいで表情が読めないので、突然のことに俺は理解が追いつかず、一拍反応が遅れる。
「え……?い、いや、お礼を言われることなんて何もしてないですよ、俺」
「いえ、ティンカーベル様はあなたとの時間をとても楽しんでおられるようにお見えしました。旧友であられるクロノス様の再会が、それだけ嬉しかったのでしょう」
嬉しかったのは、分かる。
だけど、俺の質問で嫌な思いをさせてしまったのではないのだろうか?
最後の問いかけは、ベルをただ困らせるだけだったのではないかと思うと、その感謝を素直に受け止めることはないできない。
むしろ罪悪感すら感じている。
「ティンカーベル様は、この里ではいつもお一人です。友人と呼べるお方がいないのです」
「そんなことはないでしょう?だって、ここは妖精族の里、アラウネのベルにとって第二の故郷とも呼べる場所なのに」
「だからこそ、なのですよ……」
御付きの女性は寂しそうに呟く。
すると、いつまでも降りてこない俺たちを心配したのか「どうかしましたか?」とベルの声が階段から聞こえてきた。
御付きの女性は「申し訳ありません。すぐに」と答えると再び俺に向き直る。
「どうか、またティンカーベル様に会いにお越し下さい。お願いいたします」
御付きの女性はそれだけ言うと階段を降り始める。
俺はそれに答えることができなかったが、ただ心の中で静かに頷くことで応えようとした。
階下へと降り一階のリビングにへと着いた時、険しい表情の影山と柔かな笑顔で対する族長の姿が目に映る。
「交渉は……決裂ですね」
族長は朗らかな声色で宣言する。
穏やかな雰囲気ではないと、それで俺はようやく理解するのだった。
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次回投稿は来週日曜日の22時からです!




