第百四十八話 大地の巫女 ティンカーベル
梅雨入りで雨降るようになりましたね
雨降る中移動するのちょっと億劫になります
ようやく、ティンカーベルに会えた。
十年後のこの世界で、安否の分からなかった残り二人の内一人と出会うことができたのだ。
相変わらず美しいピンクファイアの花を頭に咲かせ、五体満足で幼少期よりも更に女性的な魅力を増していた。
なのだが……
「お久しぶりです、クロノス・バルメルド様。御存命だとお聞きした時は真偽を疑いました。既にお亡くなりになったと聞いておりましたので……ですが、こうして再び出会えたことを心から嬉しく思います」
「あ、ああ……」
礼儀正しく微笑みを浮かべるベルの言動に違和感を感じる。
いや、彼女の言葉に嘘偽りはない。
再会を喜んでくれているのも本心だろう。
ならば何に違和感を感じるのかと聞かれると答え辛いのだが。
「えっと……あ、こちらは影山さん」
「存じております。クロノス様捜索の際にご挨拶を」
あぁそっか、影山もティアーヌも俺より先に会ってたんだっけ。
未来のベルは王女としての行儀作法か、それともお淑やかになったからか、なんか調子が狂う。
会ったら色々話すつもりだったけど、劇的に変わり過ぎたベルを前に固まってしまう。
なぜだろう、記憶の中の姿と違いすぎて別人ではないかと疑ってしまうのは。
「坊主、久しぶりの再会だ。お前は王女殿下と話をしていろ。交渉は俺がする」
「え、でも……」
「この交渉に、お前はいてもいなくても変わらない」
不要だと言われ少し戸惑ってしまう。
でも旧知との再会を喜べという影山なりの優しさなのかもしれない。
「ベル──王女様。よければ、別の場所でお話をしても?」
「でしたら、上階のバルコニーはいかがでしょう?里が見渡せますし、今日は風が無いから落ち着いて過ごせます」
「どうぞこちらへ」とベルに案内され上階へ続く階段を上がる──直前でお付きの二人に前後を挟まれてしまう。
まぁそうだよね、警戒するよね。
ベル、お付きその1、俺、お付き2の順で階段を上がる。
二階を通り過ぎ、三階に上がり切るとすぐ目の前がバルコニーとなっていた。
バルコニーには多くの花が備えられており、手すりのすぐ近くには白く塗られた丸テーブルと椅子が四つ置かれていた。
手すりに歩み寄りその更に先に目を向ければ、広がるのは妖精族の里。
このバルコニーからは見下ろせば里の隅々まで見下ろせるのだ。
まさに特等席。
ここにいるだけで、里のどこで誰が何をしているのか観察できてしまうのだ。
「すごい眺めだな……里が全部見下ろせるなんて」
「私のお気に入りの場所でもあるのです。お二人共、申し訳ありませんが茶葉をご用意してください。私は大丈夫ですので」
お付きの二人はベルの指示に「かしこまりました」と頭を下げると階下へと向かう。
二人が姿が見えなくなると──
「……クロ君!」
「えっ、あ、はい!?」
突然大声で名前を呼ばれ、驚きのあまり飛び上がってしまう。
「クロ君クロ君クロ君クロ君クロ君!!」
勢い良くベルはこちらに振り返ると、ズンズンと近づいてくる!
何か知らないけどすげぇ怖い!
名前を何度も呼びながらベルは目の前で来ると、ガッと両手で俺の腕を掴み、
「大丈夫なんですか!?どこか不調とか、痛みとか、怪我とかはないですか!?」
「ないけどぉぉぉぉ!?激しい!揺らし方激しい!」
思いっきり体を揺さぶられながら安否を問われる。
俺の言葉にベルはハッとすると手を離し、コホンと一つ咳払いをした。
「ご、ごめんなさい。つい……でも、久方ぶりの、それも亡くなったと聞いていた友人が訪ねて来たのに、森で迷った上に数年ぶりに見かけたら獣の様な異様な姿をしたのを目撃したんですよ?心配して当たり前です」
それを言われてしまうと反論できない。
確かに、俺がもう一つの魂に飲み込まれる瞬間の姿はどう見たって化物だ。
死んだも思っていた旧友が、そんな姿に現れたら俺だって心配する。
「ですが、本当に大丈夫なんですか?魔王から受けた呪いだと、カゲヤマさんからは聞いてますけど」
「え……あ、あぁ!大丈夫、大丈夫!滅多に起きたりしないし、ティアーヌさん……魔女の人が助けてくれたから」
そうだった、あの症状は呪いってことで話が通っているんだった。
危なくボロが出るところだった。
「それなら良かったです」
一安心したのかベルはホッと胸をなで下ろす。
が、いきなり「あっ」と声を上げると一歩下がると微笑みを見せてくれる。
「改めて、お久しぶりですクロ君。こうして、また生きてお会いできてとても嬉しいです!」
再会を喜び笑顔を見せてくれるベル。
彼女の笑みと言葉には、先程感じた違和感を一切感じない。
心から再会を喜んでくれている。
そう分かるほど、彼女の笑顔は煌めいて見えたんだ。
✳︎
バルコニーのテーブル席に着きベルと紅茶を飲みながら近況報告を交わしていた。
お付きの二人はバルコニーから離れた場所で俺の動向を伺ってはいるが、会話を聞かないようにする為にも思える。
「そうてすか……サカタさんたちは現在そのような状況に……」
「あの人とはもう随分会ってないのか?」
「はい。五年程前は手紙でやり取りをしていたのですけど、魔物の数が増え活発化が始まる頃には、この里は外界との接触を完全に断つ方針となりましたから」
と言う事は、ベルは五年以上前からこの里にずっと身を隠していたのか。
そりゃ確かに魔王ベルゼネウスも見つけられないはずだ。
外界との接触を絶っているのなら、ここに身を隠していること自体を知る者が一部しかいないのだから。
「でも、魔王に見つからずに暮らしていたな。あいつ、ベルのこと探して平原をうろついてたのに」
「それは、ギルニウス様のおかげです」
ギルニウス様……?
それって、もしかして!
「ギルニウス様のおかげって、もしかしてベル、神様の声が聞こえるのか!?」
「昔の話です。もう何年も声は聞こえてません。王城が魔王軍に攻められ逃走する際に、安全な場所まで導いて頂いて、それからこの妖精族の里に辿り着くまで安全な場所を教えてもらっていました」
神様そんなことしてたのか、それほどまでに巫女であるベルの存在は大事なのだろう。
ギルニウスにも、ベルゼネウスにとっても巫女の存在は無視できないもの……一体、彼女に何が出来るのだろう?
巫女の存在意義について考えるが、当然答えがすぐに出る訳でもない。
ティーカップに注がれた紅茶をじっと見つけても、そこに映るのは眉間に皺を寄せ考え込む自分の顔だけ。
すると小さくベルが笑うのが耳に届く。
「え、どうかしたか?」
「ごめんなさい。クロ君、昔とあまり変わっていないものだから」
そりゃ、十年前からタイムスリップしてきたから分かってなくて当然なんだけど……
「そういうベルだって、あまり変わってないだろ?さっき会った時は随分とお淑やかになったなぁとか思ったけど」
その指摘にベルは苦笑いを浮かべる。
触れない方がいい話題だったのか、少し暗い顔を見せ、彼女はティーカップを両手で持つとじっと水面に映る自分を見つめ、ポツポツと話し始める。
「……人様の前ではお淑やかな王女として振るないなさいと、族長様から言われているのです」
「どうして、そんなことを?」
「私が──大地の巫女だからです」
巫女だから、と話すベルだが俺にはいまいちピンと来ない。
巫女であることでお淑やかな王女を演じることに直結しないのだ。
理解できずに首を傾げるとベルは説明をしてくれる。
「クロ君は巫女について、どれ程のことをご存知ですか?」
「正直言うと、全く」
昔魔王を封印した子孫で、十年前から巫女はいたというのだけはティアーヌに以前聞いた記憶はある。
だけど、巫女がどのようか存在でどんな使命を背負っているかまでは知らない。
「巫女は、私の他に七人の方がいました。私以外の巫女は全員、魔王ベルゼネウスに囚われ、生贄にされてしまったんです」
次回投稿はいつも通り日曜22時です




