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第百四十四話 森に喰われる①

最近雨ばっかりで参ってます

傘持ち歩いてると置き忘れすること多くて……


「ねえ、お兄ちゃん」


 迷いの森、深い霧の中で……俺を「お兄ちゃん」と呼ぶ少女。

 それは『名も無き村』で出会い、ワイバーン襲撃の時、目の前で炎に包まれて亡くなった少女トリアだった。

 彼女は俺が最後に見た、記憶の中にある姿そのままで、無邪気な笑顔を浮かべている。


「トリ、ア?なんで……」


 死んだはずの少女を前に動揺を隠せずに後ずさる。

 そうだ、トリアは死んだはずなんだ……俺の目の前で爆炎に包まれて……じゃあ、俺を前にしているこの少女は一体?


「どうしたのお兄ちゃん?まるで死人を見たような顔をして?」


 困惑して後ずさる俺を目にトリアが問いかける。

 そうだ、この子は死人だ……俺の前で死んだ、本物じゃない!


「そ、そうだ……お前は本物じゃない……!本物は、トリアは……俺の前で死んだ!ワイバーンの炎に包まれて!ここにいるはずはない、お前は一体誰だ!?」


 偽のトリアから距離を離して叫ぶ。

 もしかして、ジェイクが言っていた人に化ける魔物なのか!?


「正体を見せろ!」


 左腕に装着した盾をいつでも突き出せるように構え、右手にマナを込めておく。

 剣が使えない以上、魔法を使って戦うしかない!

 弓もあるけど、距離が近すぎし周囲の霧が深い。

 偽物から離れすぎてしまうと見失ってしまうから弓は使えない。

 でも魔物一匹を撃退するぐらいは……!


「くすくすくすくす」


 身構え距離を取る俺を見てトリアの姿をした何かが不気味に笑い出す。

 一体何が可笑しいんだ?


「そうだよお兄ちゃん。私、もう死んじゃったんだ……熱い、熱い炎に包まれて……」


 トリアが目を伏せた瞬間、その全身が突然燃え盛る!

 目の前で発火したトリアの姿に俺は目を見開いて硬直してしまう……脳裏に、あの時のことを思い出してしまう。

 炎の中で泣き噦るトリアの最後を。

 燃え盛る炎を前にし言葉を失っていると、トリアが一歩──こちらに歩み寄ってくる。


「熱いよ……お兄ちゃん。熱いよぉ……消して、火を消して、助けてよぉ……」


 一歩、また一歩と近づく度にトリアは助けを求めてくる。

 今にも泣き出しそうな声で、手を伸ばしながら……

 

「あ、あぁ……!」


 灼熱の炎に身を焦がしながら歩み寄るトリアに狼狽え足を下げる。

 助けを求めるトリアの言葉を聞く度に耳元に啜り泣く声が。

 目の前のトリアのじゃない、俺の記憶の中にある最後に聞いた、トリアの啜り泣き……

 わかってる、これは本物じゃない幻だ、偽物だ!

 でも、だけど……!


「や、やめろ……やめてくれ!お、俺は、俺は助けようと……!」

「じゃあ──」


 トリアの足がピタリと止まる。

 炎で焼け爛れた顔を上げ、


「な゛ん゛て゛た゛す゛け゛て゛く゛れ゛な゛か゛っ゛た゛の゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!」


「うわああああああああ!!」


 悍ましい表情で呪詛のように甲高く叫ぶトリアに恐怖し走り出す!

 右も左も分からぬまま霧に包まれた森の中へ逃げるように駆ける。

 背後から「お゛に゛い゛ち゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」と怒号なのか懇願なのかさえ判別できない叫び声が聞こえるが、俺はただただ霧の中を全速力で進む。

 

 違う、違う!見捨てた訳じゃない!助けたくても助けられなかった!

 本当は助けたかった!


 ──そう、ずっと心の中で叫び続けながら。

 それからトリアの声が聞こえなくなるまで走り続けて、俺はどこまで来たのだろう。

 全速力で逃げてきたせいで心臓が苦しい、肺が酸素を求め何度も呼吸をし肩で息をする。


「はぁ、はぁ、ごほっ!ぜぇ、ここ、どこだ?」


 息切れで走るのを止め近くの木に手をつき周囲を見回す。

 自分がどこをどう走ってきたのか覚えていない。

 気がついた時には影山もティアーヌもどこにもおらず、俺は自分が迷ってしまっていることにあまりにも気づくのが遅かった。


「げほっ!ぜぇ……どうにかして、森から出ないと……」


 またトリアの偽物が来たら、あれに捕まったら俺はどうなってしまうのだろう。

 ティアーヌの『森に喰われる』というフレーズが頭に浮かぶ。

 もしそうなってしまったら……?


「早く、ここから出ないと!」


 最悪の展開を考え頭を振るい切り替える。

 ともかく、トリアの偽物が追ってくる前に離れないと!

 息を整え寄りかかっていた木から移動し、他の木に寄りかかろうと左手を伸ばし──ぬめりと、手の平全体が不快な感触に襲われる。

 不快感に驚き慌てて左手を引っ込め確認すると、手の平が濡れており、うっすらテラテラと光る鱗のような物が付着しているのに気づいた。


「な、なんだこれ!?気持ち悪い!」

 

 ねっとりと左手にまとわりつく粘液のような物の感触に全身の身の毛がよだつ。

 この不快感から逃れたくて、俺は左手についた粘液状の物を何度もズボンで拭き取ろうと擦り続けた。

 木の樹液か何かかこれ?

 でも、何で鱗なんか付いてるんだ?

 それにこの鱗のテカり具合、どこかで見たことがあるような気が


──パクパク。


 ズボンで手を拭いていると口の開閉音が聴こえ身震いし振り返る。

 気のせい……


──パクパク。パクパク。


 じゃない!

 また聞こえた!

 しかもあまり遠くない、八方から同じ開閉音が耳に届き、それは次第にこちらに近づいてくる。

 それと共にヌチャリ、ヌチャリと湿った足音も聞こえる。

 一つや二つではない、何十という数の足音が……!

 加えて俺はこの足音に聞き覚えがある。

 元の時代で一度だけ聞いた、しかし忘れようとしても絶対に忘れることのできない、忌まわしい記憶の一つ。

 足音の正体がヌッと木の陰から姿を現わす。

 だらりと下げた両腕に猫背、テラテラと光る鱗を持ち、首元の鰓を開閉させ、魚とも蛙とも似つかない頭部。


「なんでアレがここにいるんだ……!」


 周囲を囲むように次々と姿を現わす『ソレ』は、かつて王都ライゼヌスで見た化け物──深きもの(ディープ・ワン)の群れ。

 俺は、それに包囲されてしまっていた。

大体の過去キャラがもうすぐ出揃います!

次回投稿は来週日曜日の22時に!

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