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第百四十三話 手厚い歓迎

今日で連続投稿最終日ですよ!



 『迷いの森』を進む影山一行は、霧に包まれ方向感覚を失いながらも真っ直ぐに歩き続けていた。

 ヨハナの足音と自分たちの足音だけが聞こえる空間の中、迷うことなくただ真っ直ぐに。


「霧を抜けるぞ」


 先頭を歩いていた影山が、次第に視界が良好になり始めた。

 そのまま歩き続け、何とか霧の外へと抜け出し、元の森の風景を眺めることとなる。


「ようやく出れたわね。突然霧が出てきた時は何事かと思ったけど」

「侵入者の視界を奪い迷わせる為の霧だったのかもしれん。だが、何も起きずに霧を出れたな……」


 「拍子抜けする程に」と影山は心の中で付け加える。

 霧が森に立ち入った者を迷わせる為の物ならば、何か起きるではと警戒していたのにも関わらず、影山たちはいとも容易く霧を抜けることができた。

 しかし、影山はふとそこで気がつく。

 まだクロノスが霧を抜け姿を見せないことに。


「……魔女、坊主の奴はどうした?」

「バルメルド君?彼なら私のすぐ後ろに


 後続を歩いていたクロノスへ振り返ろうとした矢先、影山が連れていたヨハナの足元に矢が飛来し地面に突き刺さる。

 射られた矢に驚きヨハナは興奮し、前足を高く上げ嘶くいた。

 突如興奮し暴れるヨハナに驚きながらも、影山に握った手綱を手離さずに落ち着けよと努める。


「落ち着けヨハナ!どうどう」


 興奮ヨハナの足元に矢を見つけ、ティアーヌは襲撃を予感し周囲の警戒を──


「カゲヤマさん……囲まれてるわ」

「手厚い歓迎だな」


 ヨハナを宥めていた為、ティアーヌに告げられ気づく。

 扇状に広がり二人の正面を囲む集団。

 金髪に長い耳を持つエルフ。

 上半身は人の姿だが下半身は大きな花のアラウネ。

 褐色肌で四肢に蔦を絡ませて身に纏うドリアード。

 人の親指程の丈しかなく背に煌びやかな羽根を生やした小人のフェアリー。

 などと言った妖精族に分類される者たちが、侵入者である二人を警戒に満ちた目で睨んでいる。

 正面だけではなく、木々の枝にも控えている者もおり、いつでも弓と魔法で攻撃できるように構えていた。

  その中から耳が尖り、金色短髪の貫禄ある面構えの男が前に出た。


「侵入者共よ!『迷いの森』を抜け、この先に何の用だ!?ここから先は妖精族のみが立ち入る事を許される我等が里がある!それを知っての来訪であるか!?」


 覇気のある声にティアーヌは一瞬怯むが影山は身動ぎ一つせず、一歩前に出るとエルフの男と対面する。


「俺たちは元ライゼヌス城職員の坂田の命で、ティンカーベル・ゼヌス王女殿下に会いに来た。紹介状もある」


 一度手に何も持っていないと両手を確認させてから、影山はスーツの内ポケットから丁寧に折り畳まれた手紙を取り出す。

 エルフの男は手紙を受け取り開くと文書に目を通す。

 エルフの男が文面を確認している間も後ろに控えている者たちは一切警戒を解かず、じっと影山とティアーヌを睨みつけている。

 ここで悪魔であることが発覚するのを恐れ、ティアーヌは深く帽子を被り目線を合わせないように隠した。


「……確かに、この文もサインもサカタ元大臣の物だ。が、これだけでは貴殿たちを信用するには値しない。本来の使者を殺め、盗んだ物の可能性もある」

「まぁ、当然の結論だな」


 予想通りの回答に影山は小さく頷く。

 坂田の紹介状だけで受け入れて貰えるとは最初から期待はしていない。

 特定の種族だけで暮らす里の者は他種族との交流を遮断している。

 故に人の寄り付かない地に隠れて住んでいるのだ。

 これは妖精族に限った話ではなく、鳥人族や獣人族などにも彼らのように秘境に隠れ住む種族は存在する。

 昔ながらの伝統や習慣を重んじる種族ほど傾向が強く見られるが、『エルフの集落』に住むニールたちのように、古い風習に囚われずに外の世界で生きる者もいるのだ。

  目の前の男はどうだろうかと影山は注意深く観察する。

 ティカーベルに面会するには彼らの警戒を説かねばならないが……


「どうすれば俺たちを里まで案内してくれる?」

「手紙には『ティカーベル王女に親愛の証を贈られた者がいる』と書かれている……それを提示してもらおうか。もしそれが本当ならば、姫様に名と顔を確認してもらえれば済む」


 「親愛の証?」と影山は疑問符を浮かべティアーヌに振り返る。


「何か知ってるか?」

「たぶん、バルメルド君の身に付けている首飾りだと思うわ。アレはアラウネの花弁の結晶だったはず」

「なら坊主の出番だな。おい、坊主……」


 クロノスにこの状況を変えてもらおうと呼ぶ。

 しかし、返事が返ってくることはない。

 それ以前に、目の前の歓迎に気を取られ、未だに霧の中からクロノスが出てくるのを影山は確認していなかったのだ。


「……魔女、坊主の奴はまだ来ていないのか?」

「そう言えば……!」


 ティアーヌもそこでようやく一向にクロノスが姿を見せていないことに気がつく。

 相手に正体を気取られないように努めるばかりで余裕がなかったのだ。


「まさかまだ森の中に……バルメルド君!」


 振り返り霧に向かって叫ぶが当然返事は返ってこず、本人が姿を見せる訳でもない。

 森に迷いんこんだ者は森に喰われる──いつだか聞いた与太話を思い出し、ティアーヌに焦りの色が見え始める。


「カゲヤマさん、どうすれば!?バルメルド君が迷ってしまったのなら、彼を探しに行かないと……」

「落ち着け、勇んで戻っても俺たちまで迷い込んでしまったらどうする?」

 「でも……バルメルド君がいなければ、私たちは里にすら入れないわ。このまま彼を見捨てることも、私にはできない!」


 制止を振り切り、ティアーヌは霧の中に戻ろうとする。

 一瞬触れることを戸惑いながらも、影山はティアーヌのローブを掴み引き止めた。


「待てと言っている!霧の中で視界も最悪、そんな状態でどうやってクロノスを探す、お前まで迷ってしまう。ミイラ取りがミイラになっては元もこうもないぞ!」


 影山の言葉に霧へと向かっていた足が止まる。

 今回ティアーヌには何か策がある訳ではなく、ただクロノスを見つけ出し連れ戻さなければと衝動的に動いただけだ。

 影山もそれを察してティアーヌを止めたのだ。


「なら、どうすれば……?」

「今考えている。一旦落ち着け、焦りは判断を鈍らせるぞ」


 一先ずティアーヌを引き止めることには成功するが、影山とて何か奇策が頭に閃くなんてこともなく、かと言ってこの場に留まり手をこまねいている訳にもいかない。

 クロノスから話を聞いていた影山には一抹の不安がある。

 もう一つの魂のことだ。

 クロノスの精神状態が不安定になると表に出てくると言う魂は、間違いなく森で迷ったクロノスを喰らおうとするだろう。

 影山はクロノスがそれを抑え込める程精神が強くないことを知っている。

 だからこそ、そうなる前に素早く見つけなければならない。

 しかしどうやって──?


「あの……少しいいですか?」


 どうやって霧深い森からクロノスを見つけだすか考えていると、様子を伺っていた妖精族の人だかりから声が聞こえる。

 その声に影山たちを前にしていた妖精族がそっと身を引き道を開けた。

 そして漂ってくるのは甘い花の香り──


「もしかして、その人はクロノス・バルメルドと言う人族の方でしょうか……?」

 

ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

次回から通常投稿に戻ります!

次回は来週日曜日22時から、いつもの時間になります!

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