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第百四十話 惑う眼

GWももう半分過ぎたぐらいですかね?

ちなみに僕は休みありません!


 車輪が石に乗り上げる度に馬車が揺れ、積荷と共に俺とティアーヌも大きく揺れる。

 だがティアーヌはそんなことを気にせず小瓶にマナを込め続けていた。

 馬車を引いているのは、モンロープス戦で力を貸してくれたヨハナ。

 その手綱を握っているのは影山だ。

 俺たち三人は、大地の巫女ティンカーベル・ゼヌスを迎えに行く為に難民キャンプを後にしていた。

 ベルに会いに行く。

 旧友として、久方ぶりに会えるのはとても嬉しい……嬉しいはずなのに、俺の心は未だに困惑したままだ。

 あれからルディヴァも現れず、もう一つの魂が暴走する兆しもない。

 だけど……確実にもう一つの魂は機を窺っている。

 俺の魂を飲み込み、もう一度表に出ようとしている。

 時々聞こえるんだ、俺の頭の中に不気味な声が、


 ──体ヲ返セ


 ……と。

 耳を傾けてしまえば呑み込まれてしまいそうな気がして、膝を抱え目を伏せる。

 視界の隅に剣と一緒に置かれた赤く塗装された五角の小盾が見えた。

 赤い盾の表面には不気味な目の模様が描かれているが、その眼は閉じられている。

 この盾は元々フロウの物だ。

 イトナ村に帰る際にフロウが俺に渡したのだ。


『クロくん、この盾を持って行って。きっとワタシより、クロくんが使った方が有効に使えるはず』

『……いいのか?』

『ワタシには使いこなせなかったけど、きっとクロくんなら、本当の使い方が分かるかもしれないから。ワタシの代わりに連れて行ってね。お願い』


 そんなやり取りを経て、この盾は今俺の手元にある。

 だけど、見れば見るほど不気味な模様の盾だ。

 フロウは使いこなせなかったと言っていたが、この盾には何かあるのだろうか?


「おい坊主、起きてるか?」


 御者台でヨハナを操っていた影山に背を向けたまま声をかけられる。


「はい……起きてますけど」

「そろそろ代わってくれるか?一休みさせてくれ」


 頷き荷台から御者台に移動し代わりに手綱を握る。

 それを見て影山が荷台に入り腰を下ろす音が聞こえた。

 基本馬車の操縦は俺と影山の二人で行うこととなっている。

 ティアーヌが馬に近づくと発情して襲われるのを嫌がるからだ。

 もっともヨハナは雌らしいから、その心配はいらないと思うのだけど。

 だから操縦は交代制。

 一定時間経ったら一人は御者台、もう一人は荷台で休むと決められた。

 手綱を握ったまま周囲を見渡す。

 平原は曇天のおかげで今日も暗く不気味だ。

 この時代では魔王が復活してからずっと空が暗雲に包まれたままで、長らく太陽が大地に降り注いでいない。

 俺もこちらに飛ばされて一ヶ月近く経つが、もう長いこと太陽を浴びてはいない。


「トリア──俺も早く、太陽を見たいよ……」


 名もなき村で出会った少女、トリアのことを思い出し呟く。

 あの子は生まれた時から太陽を一度も見たことないと言っていた。

 そんな彼女が太陽を見てみたいという気持ちが、今なら少しだけ理解できる気がする。


「坊主、何か言ったか?」

「いえ、なんでも」


 呟きが聞こえていたらしい影山に尋ねられるが答えを濁す。

 俺はまだ影山にもティアーヌにも、暴走した時の話をしていないし聞かれてもいない。

 上手く答えられる自信もない。

 自分の中にもう一つ魂があって、それがいつ俺の魂を喰って暴れ出すかなんて、どうやって説明すればいいんだ。

 また暗い気分に陥り、溜息を吐こうとした時──ヨハナが突然前進するのを止め嘶く!

 前脚を高く上げて足踏みし、興奮気味に右往左往し始めた!


「な、なんだ!?どうしたんだヨハナ!?」

「何かあったの、バルメルド君!?」

「わ、分からないんです!突然ヨハナが暴れ出して……!」

「手綱を貸せ!」


 興奮して暴れ嘶くヨハナを静めようと影山に手綱を奪われる。

 落ち着かせようと試みる影山だが、ヨハナは変わらず何かに怯えているかのように嘶き暴れ続けていた。

 なんで急に暴れ出したんだ?

 近くに魔物の姿はないのに……


「ッ! 二人とも、周りを見て!」


 荷台からの声に馬車の周りを見回す。

 だが周囲には何もいない、草原と盛り上がった地面が数カ所あるぐらいで──


「原因はアレか!」


 不自然に盛り上がった地面に影山が何かを察する。

 俺だけは何のことか分からずにいると、盛り上がった地面から細い骨が飛び出した!

 突如地面から突き出した骨は人の手の形をしており、馬車を取り囲むように盛り上がる地面から次々と人骨の手が吐出する。

 空振りしながら人骨は地面を探し、地表に手を着くと骨だけの上半身が現れる。

 地中から這い出てる人骨たちは錆びて刃こぼれした剣や槍、斧を手に俺たちの周囲を取り囲んだ。


「スケルトンよ!この世に未練を残した亡者の成れの果て!ここで生者を待ち伏せしてたんだわ!」

「坊主、魔女、降りろ!馬と馬車を守れ!」


 三人同時に馬車から飛び降りる。

 影山は馬車左前方、ティアーヌは後方、俺は左側面に移動する。

 しかし、スケルトンの数はざっと見回しただけで十体近い。

 姿を表していないが、地面に盛り上がり始めているのも確認できる。

 まだこれから数が増えるって言うのか!?


「二人とも気をつけて、亡者は生きる者に対して妬み嫉みの感情が強烈よ!彼らに殺されれば、全身の肉を抉り取られて、骨だけになって仲間にされるわよ!」

「何ですか、そのサイコホラーのスプラッタな勧誘のされ方!?」


 肉抉られてスケルトンにされるなんて冗談じゃない!!

 そうだ、俺はまだ死ねない……!!


──死ニたクなイ!!


 スケルトンたちが不揃いな骨をカタカタと鳴らしながら近づいてくる。

 その手に錆びた凶器を手に。

 迫るスケルトンたちに対し、俺は腰の剣を引き抜こうと……


「え、あれ?」


 慣れた動作で剣のグリップを握ろうとするが何故か右手が空を握る。

鞘を抑えようとした左手も何も掴めずに行場がない。

 理由はすぐに分かった、左腰にいつも帯剣していたはずの剣がなかったのだ!

 剣がない、なんで!?と思うもその理由もすぐに思い至る。

 馬車に乗っていた間、剣も弓も盾も乱雑に馬車の床に放置していた!

 そのことを俺は忘れてたんだ!


「くそっ、馬鹿かよ俺は……!」


 装備を肌身離さず持っているのは当然だったのにどうして今になって!!

 装備を手放していた自分を貶しながら馬車に飛び乗ろうとする。


「バルメルド君!?どうしたの!?」

「武器を馬車の中に置きっ放しにしてたんです!」

「何してるの!?早く回収しなさい!」


 ティアーヌに怒られながら馬車に飛び乗り剣と盾を探す。

 目的の物は床に乱雑に置いていたのですぐに見つけた。


「あった!」

 

 剣と盾を引っ掴むと馬車から飛び降りる。

 既に戦闘は始まっており、影山とティアーヌはスケルトンたちを蹴散らしていた。

 俺もすぐに参戦しないと!

 盾を左腕に装備していると、剣を手にした三体のスケルトンが近づいてくる。

 でも動きはそこまで速くはない。

 盾を装備する間は十分ある!


「よし、着け終えた!」

 

 ベルトをしっかりと固定し装着し終える。

 そしてすぐさま剣を掴み、


──コワセ。


 グリップを握った瞬間に頭の中に声が響く。

 もう一つの魂が俺に囁いている。


──剣ヲ抜ケ、オレガヤル。体ヲ明渡セ!


 今まで聞こえていた声よりも強く脳内に反響してくる。

 心の内から、言い知れぬ不安感が湧き上がり体が震える

 な、なんで、まだ怪我も何もしていないのに……!

 握った剣と鞘の隙間からあの黒いミミズのような物が溢れ出てくる。

 それはグリップを伝い、俺の右手這いずり登って来る。

 け、剣が、抜けない……!

 足が竦む、腕が震える、これを抜けば俺は、またアレに蝕まれて呑み込まれてしまうかもしれない!


「あ、あぐっ……はぁ、はぁ、ああああ!!」

「坊主?どうした!?」


 スケルトンを前にして動かない俺を見て影山が声をかける。

 しかし俺はその問いにすら答えられず体を震わせるだけ。

 頭が痺れ思考が麻痺していく。

 震える手に力が入らず、剣のグリップから手を離せない!

 鞘の隙間から溢れ出る黒いミミズが手の甲、手首と徐々に右腕が侵蝕されてしまう。


「ダ、ダメだ……!お、俺は、オレハ……!」


 またもう一つの魂が表に出てきたら、俺の魂が呑み込まれて、二度と……元には戻れなく


「バルメルド君!」


 ティアーヌの呼び声にハッと顔を上げると、迫っていたスケルトンが錆びた剣を振り上げていた。

 そのまま剣が振り下ろされ──ティアーヌが目の前に飛び込んだ。

明日もあるよ連続投稿!

22時からです!

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