第百三十九話 影山の懸念
クロノスを救出し彼らと別れた影山は、一人坂田の元を訪れていた。
坂田が駐在しているテントでは数十名の責任者が次のキャンプ地をどこにするかで揉め、外同様ピリピリしており、少しのきっかけで爆発してしまうように思えた。
そんな空気の中でも、影山はいつも通りでありながらも極めて慎重に「坂田」と声を掛け、「おやっさん……」と坂田は声を漏らす。
クロノスの捜索から帰還した影山の姿に全員が気づき、緊張が少しだけ緩和される。
影山は会議のテーブルに置かれた地図に目を向け、
「次の移動先についての会議か?」
「ええ、ですが候補となる地が少なくて……」
「季節が変わり、もうじき魔物たちの活動範囲に変化が起きると考えられます」
「それに現地での食糧供給の問題も」
「ニケロ村長が運営するイトナ村から離れてすぎてしまえば、今後の補給にも支障が出ますので」
全員の言葉に耳を傾けながら影山は地図を見渡す。
地図の所々に石とチェスの駒が置かれている。
石は魔物でチェスの駒が次の移動キャンプ地設営の候補だ。
駒はポーンとビショップなど種類がバラバラだが、これは長い月日移動や魔物の襲撃時避難の際に元々あった道具が無くなってしまったのでその代わりなので駒自体にあまり意味はない。
設営地候補と魔物の活発時期を考えながら移動となると揉めるのはいつものことだが、今回は特に深刻なのは明らか。
何せ、先の魔王襲撃の際に兵のほとんどがやられ、このキャンプを護衛できる者はほとんどいないのだから。
しばらく思案するが、今は坂田にクロノスについての報告をしなければならないので一時保留とする。
「わかった。後で俺も会議に参加する。候補地と魔物の活動範囲を調べておいてくれ」
わかりました、と数名が頷くのを見てから坂田に視線を移す。
目が合うと影山は視線を外に向け「外に出よう」と促す。
影山の意図を汲み取り坂田は「すいません席を外します」と一言断りを入れ、影山と共に会議場から出て離れた位置まで移動してから話を始めた。
「影山のおやっさん、クロノス君は……」
「安心しろ、ちゃんと生きて連れ帰っている」
その一言に坂田は胸を撫で下ろすが、影山の神妙な面持ちの目にすると安心は出来ない。
「まだクロノス君に何か異常が?」
「いや、今のところはない……が、逆にそれが問題でもある。何がきっかけでまたあの状態になるのかわかっていないからな。本人も話そうとはしない」
正直に言えば、キャンプ地に戻るまで影山はずっとクロノスを観察していた。
いつまた暴走して化け物の姿になるのか、どういった経緯で症状が出るのかを知りたかったのだが、移動中は一度も症状がでる気配はない。
無理に聞き出すこともできたが、その結果また暴走するのを懸念し影山は実行することはなかった。
「なんにせよ、坊主の暴走状態は危険だ。今回は魔女ティアーヌが居たおかげで正気に戻せたが、暴走する度に止めるとなればいつか死者が出るだろう。それにまた次も戻せるという保証はない。どちらにせよ、坊主をこのキャンプに長居させとくのは良くないだろう」
「まさか、このキャンプから追い出すってことですか!?」
声を荒げる坂田を影山は飛躍しすぎだと窘める。
しかし、その可能性が出てくるであろうことも気掛かりではあった。
「もし坊主を次のキャンプ地に同行させるのであれば、いずれこの問題は発覚する。暴走の件を隠し立てすれば、坊主だけではなく母親も共に追い出されることになるだろう。それに魔女の件もだ、お前はあの女についてどれくらい知っている?」
「一応、悪魔族であると言う事実は本人から聞いてはいますが」
坂田も伊達に王都に勤めていた訳ではないので、ティアーヌのように悪魔でも人々の中で生活している者がいたのは知っていたし、クロノスと同行していたのであまり問題視はしていない。
だが影山のような事情を知らない人たちは違う。
魔王軍によって家族や恋人を失った人たちからすればティアーヌも同じ悪魔族だ。
正体が暴かれれば暴動も起きかねない。
「お前や坊主、俺たち異世界組は悪魔に対して憎悪を覚えることはほぼない。だがこの世界に古くから住む者たちは違う。かつて世界を破滅に追い込もうとした魔王が再び復活し、手下に悪魔を引き連れている。悪魔族である、たったそれだけでもティアーヌを断罪しようとするのに充分な理由になりえる」
この世界の住人と自分たちでは、悪魔に対しての考えの根幹が違うのだと影山は分かっている。
だからこそ危惧しているのだ、それぞれの問題が発覚した際に起きる事態を。
「坊主と魔女は同行させるべきじゃない。現状、他の人々があの二人を受け入れるのは難しいだろう」
「ですがあの二人だけを避難させずに別行動させるとなれば、本人や母親、それに友人のニケロ村長にも反対されますし、他の方々が不安を抱く原因にもなります」
クロノス、ティアーヌ両名の事情を説明すれば混乱が起きる。
かと言って説明も無しに同行を禁ずれば、いつか自分たちも前触れなくキャンプから追い出されるのではと疑心を生むであろう。
そうなれば、例え些細なきっかけで大事に発展することもありうる。
この世界のどこに行っても安全な場所などない。
故に常に不安を抱え続け、ほんの少しの事態で人々は争いを起こす。
この時代を生きる人たちは、そういった脆く崩れやすい環境の中で生きている。
そんなこと、影山とて嫌と言うほど身を持って知っているのだ。
「わかっている。だから俺たちは別の場所へと向かう」
「俺たち……?」
「あの二人をそのままにしておけば、遠からず坊主は死ぬ。そして俺たちも、この生活を続けていても安寧を得ることはない。緩やかな死に向かっていいくだけだ」
影山の言葉に坂田もその事実は分かっていると目を伏せる。
逃亡生活を続けていても、このゼヌス大陸にいる限り常に魔王とその手下たちに怯えながら暮らす生活しかない。
特定の地には留まれず、満足な衣食住を望ぬのも叶わない。
このまま逃げ回り朽ちて死ぬのを待つだけならば……
「坂田、ティンカーベル王女の居場所を教えてくれ」
「ベル王女の!?おやっさん、何をするつもりなんですか!?」
「魔王の分身が来た時、俺たちは弄ばれるだけで手も足も出なかった。やはり、魔王を倒すには特別な力を持った人物の手を借りるしかない。生き残っている最後の巫女。大地の巫女──ティンカーベル・ゼヌスに」
次回も明日の同じ時間!
ストック一気に消化だ!




