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第百三十八話 コルク代わりの魂

GW連続投稿初日です!


 ルディヴァに呼び出された空間で、俺の中に封印されていた魂に肉体を奪われ魔物相手に暴れ回る映像が流れていた。

 暴走した俺は魔物と悪魔に何度も攻撃を受け傷付きながらも、黒いオーラに身体を覆われ化け物となり殺戮を繰り返す。


「いやー怖いですねぇ。あんなのが自分の内に封印されてるなんて考えたら、私なんか怖くて夜も眠れませんよ」


 他人事のように……実際他人事なのだろうが、ルディヴァは軽薄な態度。

 そこには同情なんてものは微塵も感じない。


「……あれは、一体なんなんだ?」

「封印されていた魂が一時的に主導権を取り戻して、はしゃいでいたんでしょう。もう少し長くあの状態が続いていたら、あなたの魂を飲み込んで完全復活していたでしょうね」

「飲み込まれたら、俺はどうなる?また、転生できるのか?」

「無理ですね。もう一つの魂が復活して主導権を奪われれば、あなたの魂は飲み込まれて一部となり、クロノス・バルメルドの人格は消滅するでしょう。そうしたらもう、あなたは転生し新たな生命を享受することはできない。要するに無に消えるってことです」


 消える……俺の存在が、無に消える?

 人格も、魂も全部が?

 自分が消えると言う事実を想像し、恐怖を感じ身震いする。

 一時的に主導権を奪われ暴走していた間のことを俺は全く覚えていない。

 もし復活してもう一つの魂に飲み込まれてしまえば、あの時のように知らぬ内に意識が消え、クロノスとして生きている俺は、永遠に目覚めないってことなのか……?


「ふふふ、いい傾向ですねぇ」


 身震いする俺にルディヴァが笑う。

 何がおかしいのかと睨み返すと、ルディヴァは俺の足元を指差す。

 見下ろすと、足首から下を黒いミミズの姿をしたもう一つの魂が覆っており、徐々に上へと昇ってきている!

 ひっ!と小さな悲鳴をあげ足を払うが、ミミズは足から離れず下半身を侵蝕しようと這い回る!


「な、なんで!?」

「ずぅっとあなたの中に封印されていたもう一つの魂は、今まで眠ったままでしたけど、今回の一件で覚醒してます。

 つまり、現在主導権を握っているあなたの精神状態が不安定であれば、隙を突いて再び表に出てこようとしているんですよ」

「なっ……!?」


 また身体を乗っ取られる?!

 駄目だ、それだけは嫌だ!

 胸を押さえ、「落ち着け……落ち着け……!」とゆっくり呼吸して気持ちを鎮める。

 余計なことを考えるな……俺は大丈夫だ、飲み込まれたりしない!!

 何度も強く言い聞かせ、もう一つの魂の出現を抑えようとする。

 自己暗示に効果があったのか、膝下まで侵蝕していた黒いミミズは霧散し消えてくれた。

 足が元通りになり安堵するが、こんな些細な不安を抱えるだけでも取り込もうとしてくるのか……


「残念、また抑えられちゃいましたか。あなたが完全に飲み込まれてくれれば、先輩に有無を言わせずに消すことができますのに」

「ギルニウスは……これを、見てるのか?」

「ええ。正確には私が見せてます。あ、もちろん十年前の時間にいるギルニウス先輩にですよ?この時代の先輩は、信仰が薄れてほとんど力を失って小動物みたいになってますから。あなたがこの時代に来ていることも多分知りません」


 ギルニウスにこのことを問い詰めたかったけど、それすらもできないのか。

 なら俺は、内にこの爆弾を抱えたままこの時代で生きなきゃいけないのか?

 一体、いつまで?

 いつまで俺は、この時代に居なきゃいけないんだ?

 新たな不安が胸に込み上げると視界が遠ざかり始める。

 乗っ取られているわけではない、俺の意識が目を覚まそうとしているんだ。


「私はこれからもあなたを観察してますよ。あなたが運命を選ぶその瞬間まで」


 意識が浮上して行く中、ルディヴァの薄笑いと言葉を最後に現実へと目が覚めた。


✳︎


 目を覚ました時、焚き火の番をしているティアーヌの姿が。

 どうやら影山と交代をしたらしいが、その影山の姿は見当たらない。

 代わりにフロウが地面に横たわって寝息を立てていた。

 体を起こすと杖の手入れをしていたティアーヌがこちらに気づく。


「おはようバルメルド君、気分は大丈夫かしら?」

「……あまり、よくないです」

 「でしょうね。まだ夜が明けるには時間があるわ。もう少し休んでなさい」


 視線を落とし、杖の手入れに戻るティアーヌ。

 だが俺は眠る気にはなれない。

 なれるはずがない。

 もう一度眠りについて次に目を覚ました時、俺は俺のままなのだろうか?

 目を瞑った瞬間、俺は俺じゃなくて、違う魂に乗っ取られてしまっているんじゃないか?

 そんな不安が浮かび上がり、睡眠という行為が怖ろしくなる。

 動揺してはいけない、不安になってはいけない……考えてはいけない……!

 そう思えば思うほど、恐怖に駆り立てられる!


「いえ……もう、起きます。起きてます」


 被されていた毛布に包まり焚き火に近づく。

 炎を見つめていると心が落ち着く。

 ゆらゆらと揺れる炎が、恐怖と不安に支配される心に安らぎをくれる。

 ゆらゆらゆらゆら、炎が燃えて名も無きでのことを思い出させる。

 トリアを助けられなかった時も、ワイバーンが村を襲ってブレスを吐いた時も、俺の周囲は火の海となっていた。

 ゆらユらゆラユラ、あの時の炎は──すゴく、キレイダッ


「バルメルド君?」

 

 ティアーヌの呼びかけで我に返る。

 焚き火を見つめていたので、急に声をかけられて少し驚いた。


「本当に大丈夫なの?呆然としていたわよ?」

「大丈夫です。少し、考え事をしていただけです」

「ならいいけど、辛いのなら横になるのよ」


 頷いておくが、俺は絶対に横になろうとはしなかった。

 そうだ、俺はただ考え事をしていただけだから心配なんてない。

 心配なんて……あれ?

 俺今、ナにヲかンがエてイたンだッけ?


「魔女、戻ったぞ。坊主も起きてるのか」


 森の中から影山が姿を現わす。

 さっき目を覚ました時もフロウが森の中から出てきていたけど、交代で周囲の見張りをしていたのだろう。

 「気分はどうだ?」と話しかけられ、「もう何とも」と答えるが、影山は疑いの眼差しを向けて俺に近寄り中腰となる。


「坊主、俺の目を見ろ。本当にもう大丈夫なのか?」

「……はい」


 真っ直ぐに俺の目を見つめてくる影山。

 そこには不安げな表情をしている俺が映っていた。

 じっと見つめていると、また不安な気持ちに駆られ、俺はそっと目を逸らす。

 「そうか」と何かに納得するような態度を見せて影山は立ち上がる。


「ニケロ村長が起きたら出発するぞ。キャンプ地に戻って、坊主の無事を知らせてやらないとな」


 キャンプ地に、戻る。

 そうだ、ユリーネに、母さんに伝えないと……俺が無事なことと、父さんの最後を……

 それから一時間程でフロウが目を覚まし、俺たちは難民キャンプに戻ることとなる。

 道中フロウに何度も「クロくん大丈夫?」「気分は悪くない?」と心配されたが、俺は「大丈夫」と答えるだけ。

 でも、三人とも俺が暴走した時の事について尋ねてはこなかった。

 あえて触れないようにしてくれているのかもしれない。

 その気遣いが少しだけ嬉しい。

 もう一つ魂が封印されていて、俺の精神が不安定になればまあ暴れ出すなどと言う話をしたくはなかった。

 野営した場所から数時間歩き続け、ようやく難民キャンプへと戻ってくる。

 魔王ベルゼネウスの襲撃があったせいか人が少なく感じる。

 活気のあった雰囲気も、今は暗く沈んだ重苦しい空気に包まれている。


「俺は坂田の所へ行く。ここで別れるぞ」

「カゲヤマさん、ありがとうございました」


 坂田の元へ行く為に影山が別行動となる。

 去って行く背中にフロウがお礼を述べると、影山は手を挙げて応えた。


「さあ、私たちは貴方の両親に会いに行きましょう」


 影山がいなくなり、俺はティアーヌとフロウに連れられ案内される。

 行き先は、盛られた土に木製の十字架を立てた簡易墓地。

 一つや二つではなく、十にも及ぶ数の墓が存在していた。

 その中に花が添えられた墓の前に膝を着き祈りを捧げているユリーネを見つける。

 「母さん……」とか細い声で呼びかけると、弾けたかのようにユリーネは振り返り俺を見つめる。

 その目は赤く充血しており隈も酷く、一睡もしていないのではないかと心配になる。


「クロ、ちゃん?」

「母さん、俺は……」

「クロちゃん、クロちゃあん!!」


 ガバッと勢いよくユリーネに抱き着かれる。

 あまりの勢いの強さに一瞬倒れそうになるが何とか踏み止まった。

 抱き着いたユリーネは耳元で何度も涙ぐみながら俺の名前を呼び、ただただ俺を強く抱きしめる。


「良かった、クロちゃん!生きてた、生きてたのねクロちゃん!どうして、なんで帰って、どこ行ってたのよぉ!?」

「ごめんさない、心配かけて……俺も、よくわかってなくて。ごめんなさい」

「グズっ、いいのよ無事なら。どこか怪我してない?なんともない?」

「大丈夫ですよ。腕も足もあります」


 そう、あるんだよ……無くなったはずの腕も足も。

 脳裏に魔王に腕と足を斬り落とされた時の痛みと光景が蘇るが、俺は五体満足だ。


「そう、なら良かったわ!無事でいてくれたのなら、本当に……!!」

「だけど、父さんは俺を庇って代わりに……」

「聞いたわ、お父さんはクロちゃんを庇った時に魔王に……でも、おかげであなたは無事だった。お父さんがあなたを守ってくれたから、あなたは今こうして生きているんでしょう?なら、ちゃんとお父さんに報告しなきゃ、無事に帰ってこれました、って」


 ユリーネに肩を抱かれながらジェイクが眠っているのであろう墓の前に立つ。

 俺の隣でユリーネがジェイクの墓に何かを話しかけている。

 だが俺の耳にはそれが遠くのことのように聞こえ、どんな話をしているかさ分からない。

 目の前には俺を庇ってくれた父親の墓。

 この世界で身寄りのない俺を引き取ってくれて、三年間一緒に暮らして、剣を教えてくれた俺を本当の息子のように接してくれたジェイク。

 俺を助けようとして魔王に殺されてしまったのに──感謝の言葉も、涙も、何一つ、漏れ出すことはなかった。

次回は明日同じ時間!

6日まで続きますよ!

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