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第百三十七話 一つに二つ

あぁ〜GWの音がするぅ〜!(仕事出勤しながら)


 俺は──夢を見ていた。

 暗雲かは降り注ぐ雨の中を濡れるのも気にせず平原に立っていた。

 肉体は己の意思とは関係なく動き出す。

 雨に打たれながら、俺の身体は迫る魔物や悪魔族たちを薙ぎ払う。

 一匹、また一匹と息の根を止め、心臓を腕が貫き、頭部を踏み砕く。

 その度に何かの悲鳴が耳に届くが俺の身体は止まらない。

 殺戮を繰り返し、雨に流される血溜まりの中を歩き続ける。

 不意に口元に笑みがこぼれる。

 俺の意思ではない、俺の体を操る誰かが笑っている。

 楽しんでいる、この状況を。


『「アハハハ、アヒハハハハ!!」』


 怒号と悲鳴が飛び交う平原に誰かの笑い声が響き渡る。

 突如視界が百八十度回り、背後から襲いかかってきたゴブリンの頭を黒い右手が鷲掴みにした。

 そのまま地面に頭を叩きつけ、握り潰そうと力を込め圧迫し始める。


『ガギッ……グァ、ギィアアアア!!』


 ゴブリンの口から掠れた声で泣き声が漏れ、頭が潰れ鮮血が舞う瞬間、その瞳に映っていたのは……悪魔の笑みを浮かべ殺戮を楽しむ、自分自身の姿で


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 悍ましい光景に大声で悲鳴を上げ跳び起きる。

 汗を吸い込み全身に張り付く衣服の感触に嫌悪感を覚え、右手で顔半分を覆い汗を拭った。

 手を離し目に見える自分の右手は、鋭い爪も、黒いオーラも何もない。

 そこにあるのはただの人間の手そのものだ。


「目が覚めたか」


 激しい動悸と呼吸に苦しんでいる中、男の声が聞こえる。

 焚き火を挟む位置に影山が地面に座ってこちらを見ていた。


「影山……さん?ここは?」


 周囲を見渡しても木々の隙間の暗闇しか見えない。

 どうやら森の中にいるらしく、既に時刻は夜を迎えているようだ。

 焚き火から少し離れた位置ではティアーヌが毛布を被り木に寄りかかり寝息をたてていた。

 足元には魔法陣が地面に描かれており、傍には見たことのない金属品が置かれていた。

 芳香器らしく変わった匂いがする。


「起こしてやるなよ。不慣れなことをして疲れたらしい。エナジードレインで散々お前の生命力を吸っていたはずなんだがな。悪魔の構造はよく分からないな」


 悪魔、と言う言葉を聞いて俺は目覚める前の出来事を思い出す。

 そうだ、俺は難民キャンプで魔王と戦っていたはず。

 

「魔王は!?ベルゼネウスはどうしたんですか!?」


 両手を地面に着き、食い入るように前のめりになりながら訊ねる。

 魔王の力にみんなやられて、それで俺は腕と足を……腕と、足?

 あれ……俺確か、魔王に右腕と左足を斬り落とされたはずじゃなかったっけ?

 じゃあ、今俺が地面を着いている腕はなんだ?

 目を向けると確かにそこには右腕がある。

 服の袖はないが、腕は間違いなくあった。

 斬られた傷口も見当たらない、何の変哲もないただの右腕が。

 掛けられていた毛布を剥ぐと、同じく左太腿部分の裾がないズボンを履いていた。

 無くなったはずの左足はしっかりとあり、しかも足にも傷口はなく痛みも何も感じない。


「な、なんだこれ……どうして、腕と足があるんだ?どうして、何ともないんだ?」

「坊主?」


 意味がわからない、なんで無くなったはずの腕と足があるんだ?

 刺されたはずの腹部も痛みがないし、斬られて潰されたはずの左眼もちゃんと見えてる。

 体のどこにも異常がない、逆に言えば傷が全てなかったことになっている。


「い、一体、なにが、どうして……」

「クロくん?目が覚めたのね!」


 ベルゼネウスに弄ばれた時の感覚と失った体の一部、だがその一部が何事もなかったかのようにそこに存在する事実が、俺の頭の中を混乱に陥れ粘土でこねくり回されたような不快感を覚える。

 目に映る現状を理解できずにいると俺の名を呼ぶフロウが森から現れた。

 フロウは安堵した表情で俺へと駆け寄ってくる。


「良かった、ずっと目を覚まさないから心配して──


 ノイズが走ったかのように耳鳴りがし、視界が歪む。

  駆け寄るフロウの姿がジェイクに見え、その背後から魔王が剣を振るい、血を流して倒れてくるジェイクの最期の光景に。


「父さ……おえっ!」


 急激な嘔吐感に見舞われ慌てて右手で口を抑えた。

 でも、口元を抑えた手の平から不快な感触か伝わる。

 地面を手に着いた時の砂かと思い確認したが違う。

 右手に付着していたのは赤黒い血だ。

 べっとりと付着した血の感触だったんだ。

 だけど、この血は俺の血じゃない。

 だって、俺の体はどこも傷ついていない。

 そうだ、俺の血じゃなくて、これは……俺を庇って魔王に殺された、父ジェイクの血で……血で、血が、ジェイクが……死んだ?


「ああっ……ああああっ!父さんが、父さんが死んで、魔王に殺されて!」

「どうしたのクロくん!?クロくん!?」

「殺される!俺も殺され……うあああ!!」

「フラッシュバックだ!村長、鎮静剤を打て!」


 ジェイクが死んで、俺を庇って死んで、俺の腕の中で死んで!!

 俺も死ぬ、殺される、魔王に殺されて、殺され、殺さレ、コロさ、コロ


 ──返セ、オレノ体ヲ……返セェ!!


「来る!あいつが、また俺ぉぉォオ!!」


 頭の中でもう一人の俺の声が聞こえ、意識が混濁し始める。

 どっちが俺でドッチガオレなのかワかラなクなリ始メる。

 今のオレはクロノスなのか?

 それとも封印されていた邪悪な魂の方ナノカ?

 考えれば考えるほど暗い底に沈むような錯覚を感じる。

 目の前の世界が、どこか遠くのことにミエハジメテ


「用意できました!クロくん、少し痛むよ!」


 腕に何かが刺さる痛みを感じ、意識が引き戻される。

 頭の中をこねくり回される感覚も、もう一人の俺の声も聞こえなくなり、次第に眠気がじわりと広がり始めた。

 薄れ始めていた視界に心配そうに顔を伺うフロウと、体を支えてくれている影山の姿。


「坊主、俺の目を見てゆっくり息をしろ。ここに魔王はいない。今は休め」


 帽子の下から見える影山の目は厳しいが優しくもあり、不安気な俺の目を真っ直ぐに見てくれていた。

  そのおかげか狂い始めていた心と感情が冷えていき、落ち着きを取り戻す。

 影山はゆっくりと俺を寝かせると毛布を掛けてくれ、俺は目を閉じて寝息を立て始める。


「クロくんは、どうしてしまったんでしょう?」

「おそらく、本人の頭でも理解できないことが多すぎるのだろう。今は寝かせてやれ、またあの黒いのになって暴走されたら、二人だけでは止めることができない」


 微睡みに落ちる時、それが最後に聞いた二人の会話だった。


✳︎


 鎮静剤を打たれて再び眠りについた時、俺の目の前には青髪の女が立っていた。


「いやー、暴走状態は強敵でしたね」


 心なしか楽しそうにルディヴァはそんなことを言ってきた。

 実際に戦った訳ではないのに。

 またしても俺はあの時計だらけの空間に呼び寄せられていた。

 しかしルディヴァに対して、俺は敵意を剥き出しにし対面している。

 この女神は俺が魔王に殺されかけ、邪悪な魂に乗っ取られ暴走するのを最初から知っていた。

 知っててこの時代に連れて来たんだ……!


「そんな見つめないでくださいよ〜。照れますから。それに私からあなたに何かする気はないですから」

「あんたは何がしたいんだ?俺を消したいなら、こんな回りくどいことしないで一思いに消してくれれば……!」

「父親を亡くす瞬間を目にすることもなく、暴走することも無かったのに──ですか?初めからそれが狙いだったんですよ」

「その為にジェイクを殺したのか!?魔王を嗾けたのもあんたなんだろ!?」


 そんなことの為だけに、ジェイクは殺されたのか!?

 俺を庇って、俺のせいで……っ!


「何か勘違いしてません?私は、あなたの中に封印された魂を覚醒させる為に行動はしてますけど、魔王の襲撃もジェイク・バルメルドの死にも、私は関与してませんよ?」

「えっ……?」


 キョトンとした顔のルディヴァに困惑する。

 あれはルディヴァが仕組んだことじゃないのか?


「私はこの時代で起こる事象を利用してあなたを陥れただけで、この時代には一切干渉してませんよー!魔王がキャンプ地を襲撃するのも、ジェイク・バルメルドの死も、最初から決まっていたこと、言わば運命なんですよ。私がするのはあくまで観察と記録で、自分で歴史を変えたりしません」

「でも、俺を別の未来に放り込んでるじゃないか……」

「あなた一人が増えて抗ったところで、この時間軸に影響が出るわけじゃないですし、最終的にあなたを消せば全部元通りなんで心配しなくて大丈夫です。ギルニウス先輩を納得させるにはこっちの方が早いですし」

「納得って、俺を消すのにか?」

「ええ。これを見せた方が早いですから」


 ルディヴァが指を鳴らすと、なにもなかった空間に映像が出現する。

 そこには絶叫しながら邪悪な魂に覆われて、肉体を奪われる俺の姿が映し出される。


「あなただって知りたいでしょう?コレがどういったものなのか?」

次回は予定通り5月1日から7日まで連続投稿となります!

やったぜストック大量消化だ!

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