第十二話 魔法を覚えよう(前編)
レイリスと遊ぶ約束をした次の日。
俺は朝の日課であるジェイクとの稽古を終え、屋敷の一室でギルニウスに祈りを捧げていた。
相変わらず礼拝部屋はほこり一つなく綺麗に掃除しており、この家でどれだけあの神様が信仰されているのかわかる。
この家に来てから毎日の様に祈りを捧げているが、何に感謝すればいいのかわからないので、とりあえず転生させてもらったことを感謝しておく。
ついでに、早く俺のところに可愛い女の子が現れるのをお願いしておこう。
「さて、それじゃあ行くか」
そろそろ約束の時間なので、部屋に戻って出かける準備をしなければ。
しかし不安だ。
昨日食事の席で魔法に興味があると話したら、ユリーネがずっと笑顔だったのだ。
ジェイクは何だか可哀想な目で俺を見てたし、正直なところ嫌な予感しかしない。
玄関で待っているとユリーネとジェイクが共にやってきた。
「お義父さんも一緒に行くんですか?」
「いや、私は仕事だよ。王都まで行って活動報告を騎士団本部にしてくるんだ」
「それはそれは……」
ジェイクは月に一度、騎士団の総本山である王国騎士団本部に活動報告として王都に出向いている。
その時に資材や人員の補充を頼んだり、今月までに起きた事件などを報告する。
まぁ報告会とは名ばかりで、その後は地元のお偉いさんと接待で飲み食いするらしいけど。
その間、団長副団長の留守を部下たちが守るのだそうだ。
俺はこの地域の騎士団支部には行ったことがないが、たまに副団長と数名が食事をしに来た時挨拶はしてるので顔だけは知っている。
「三、四日留守にするから、クロノス。その間もしっかりと鍛錬を重ねなさい」
「はい。もちろん」
こう言うのはサボったらすぐ駄目になるから、ジェイクがいない間もしっかりと鍛錬を続けなければ。
「それじゃあクロちゃん、行きましょう。あなた、気をつけてね」
「ああ、行ってくるよ」
玄関先で待っていた馬車に乗り込み、ジェイクは王都に向け出発する。
俺とユリーネはメイド三人とそれを見送り、市場となっている村の中央へとお出かけだ。
✳︎
お昼時と言うこともあり、市場には人がまばらにいた。
屋台を開いている人たちもこの時間だと人が少ないせいか、椅子に座って客と話しをしている。
目的地であるレイリスの兄ニールの屋台を探すと、屋台の前で作業をしている二人の姿を見つけた。
「レイリス、こんにちわ」
「あ、クロ!うわわっ!」
俺が声をかけると、レイリスが駆け出そうとして両腕に抱えていた荷物が落ちそうになる。
慌てて荷物とレイリスを受け止める。
「レイリス、荷物落としすぎじゃない?」
「ご、ごめん」
申し訳なさそうにするレイリスから荷物を受け取り、代わりに屋台の中へと運ぶ。
屋台でレイリスを見かける時は物を落としそうな場面しか見てないんだけど、ちゃんと手伝いできてるんだろうか。
「こんにちわ、クロノス君。ユリーネさんも」
「こんにちわ〜。お店はどお〜?」
「ボチボチってところですかね」
肩を竦めてニールは答える。
その仕草で俺もユリーネも「あ〜、売れてないんだな〜」と悟った。
「レイリス。お店の手伝いはもういいから、クロノス君と遊んできなさい」
「え、でもまだ……」
「後はお兄ちゃん一人でも大丈夫だよ」
ニールに背中を押され、レイリスが俺とユリーネの前に立つ。
市場に人が少ないとは言えまだ仕事はあるだろうに、ニールは遊んで来いと背中を押してまで行かせようとするなんて、いいお兄ちゃんじゃないか。
「ユリーネさん。レイリスのことよろしくお願いします」
「はい。ちゃ〜んとお預かりします。公園にいますから、夕方頃には連れて戻りますね」
保護者同士が頭を下げる。
俺もレイリスと遠くへ行かないよう気をつけよう。
もう人攫いに連れて行かれるのは懲り懲りだ。
ニールから大事な弟を預かり、俺たちは近場の公園へと歩く。
公園と言っても、遊具がある訳じゃない。
ただ草原に柵が立てられた広いだけの空き地みたいなものだ。
でもここならニールのいる市場も見えるし、誰かが近づいてきてもすぐわかる。
遊ぶのにも警戒するにもこれ以上最適な場所はないだろう。
公園には俺たち以外にも子供がいて、中央の大きな木の周りで遊んでいる。
俺たちはその木から離れた場所で草原の上に座り、ユリーネと対面する。
「それじゃあ今日は、魔術のお勉強をしま〜す!」
「わ〜い!」
テンションが高いユリーネに合わせて、俺も声を上げて手を叩く。
レイリスはこれから何をするのかよくわからず、俺とユリーネを交互に見ていた。
「まずレイリスちゃん。魔法は誰かに教えてもらった?」
「う、ううん。まだ」
「そう!じゃあクロちゃんも初めてだから、一緒に教えてあげるわね」
コホンと咳を挟み、ユリーネ先生の魔法講座が始まる。
「まずこの世界で魔法を使うには、体内のマナを使用するわ」
「先生!マナって何ですか!」
「マナって言うのは、世界の何処かにある『大樹ユグドラシル』から生み出される魔法の源よ」
大樹ユグドラシル──世界のどこかにあると言われているが、誰もそれを発見できた者がいない。
昔神々がこの大地に埋め、時を経て大樹となったその樹は、人々が何気なく使っている魔法の源であるマナを生み出したいると伝説がある。
バルメルド家にある書斎で読んだ絵本で、そんなお話を見た記憶がある。
こっちに来てからは文字と歴史の勉強ばっかりしてたので、それが魔法の源であるマナを生み出すと言うのは初耳だ。
「ユリーネおばさ……」
「レイリスちゃん?おばさんじゃなくて、お母さんって呼んでね?」
「はっ、はひっ!」
止めてあげてユリーネ先生、レイリス怖がってる。
そんなにおばさん呼ばわりは嫌なのか。
「ユリーネお、お母さん」
「は〜い?何かしらレイリスちゃん?」
「そのユグドラシルは、どこにあるの?」
「さぁ、それは誰にも分からないわ。大樹ユグドラシルには自分の意思があって、一定の周期で移動すると言われてるわ」
「大樹が移動?歩いたりするんですか?」
大樹って名前が付くぐらいなんだから、ユグドラシルはかなりの巨木のはず。
地面に根を張っているだろうし、自力で移動なんて無理だろう。
それとも根から足が生えて、大陸を移動しているのだろうか……シュールだ。
「どうなのかしらねぇ?一説には、マナを生み出すユグドラシル自体が魔法が使えて、転移魔法で自らを転移しているのではないかとも言われてるの。まぁ本当のところは誰にも分からないけどね」
自ら転移魔法をかける大樹か……それはそれで凄いな。
神々が植えたって言ってたし、どんな樹なのか今度神様が来た時に聞いてみるか。
「さて、話が逸れちゃったから戻すわよ。私たちが体内に溜めているマナは、日々の生活で知らず知らずの内に空気中に漂う、ユグドラシルから生み出されたマナを取り込んでいるからなの。私たちはそれを使って、魔法を使うのよ。使うのにはちょっとコツがいるのだけれど……大丈夫!理解できればすぐにできるわ!」
ユリーネは力強く頷くと、目を閉じ深呼吸する。
何をするのだろう?と見ていると、すっと右手を伸ばし手の平を広げ、
「水よ」
それに呼応するかのように、呟いたユリーネの手の平に拳程の大きさの水の塊が出現した!
凄い!水がないところで、これ程の水の塊を!
こんな感じよ、と得意げな表情で水の塊を見せるユリーネに俺とレイリスは感心し拍手を送る。
手の平の上に出来た水の塊は透明でほどよく透き通っている。
すげーなこの世界、こんなに綺麗な水を作れるなんて、異世界ってすげー!
あ、やばい感動のし過ぎで語彙力が。
「それじゃあ、二人もやってみましょうか」
「え、いきなりですか!?」
「習うより慣れろよ。そうねー、今日一日で自分の拳より大きな水を作れるようにしましょうか」
「えーと、ユリーネお母さん。どうやったら、それが作れるの?」
そうだ。作り方が分からないと話しにならない。
でも水を作るだけなら、割と簡単そうな気もする。
「まず体内のマナを右手に送って、その後『水』を頭の中でイメージするの、そうしたら今度はマナをその形に」
「ちょ、待って待って!ストップ!一度に説明されても分からないですお義母さん!」
「あら、どこが分からない?」
「まず体内のマナを右手に送るところからです!」
何サラッと説明してんのこの人!?
こちとら初心者なのにできるよね?みたいな顔されても困るわ!
「コツでいいんです。どうやったら、体内のマナを右手に送れるんですか?」
「こう……グッ!とやってズイッ!と流してパッ!よ」
「え、グッ?とやって……え?」
「マジかよ……」
抽象的な説明をしながら、今度は左手に水の塊を出してみせる。
それを目の前に俺もレイリスも頭が混乱してしまっていた。
俺はようやくジェイクが食事の席で、俺に同情の目を向けていたのか理解した。
ジェイクは知っていたのだ。
この母親が感覚派で人に物を教えるのが下手くそなことに。
しかももっと厄介なことに──
「さぁ!まずは手の平サイズの水を作りましょう!」
この母親、スパルタだった。




