第百三十三話 絶望の自己防衛
ベルゼネウスの指示で魔王城を飛び出した悪魔たちは、雨の降るゼヌス平原を大群で移動していた。
目標は色違いの瞳を持つ白髪が男──情報はそれだけだ。
いきなり駆り出され不満を抱いている者も多いが、王の命令に逆らう訳にも行かず悪魔たちは仕方なしに移動している。
その指揮を執る鎧を着る骸骨の魔物──スケルトンナイトは、乗馬した馬から見下ろす部下たちの士気の低さを嘆いていた。
宴の途中にいきなり駆り出されれば無理もないだろうと考えるが、人間が減り魔王軍に敵無しとなり始めた頃から軍が緩み始めているのを感じている。
そんなスケルトンナイトの元に翼を持つ小型悪魔のグレムリンの群れから一匹が舞い込んでくる。
『隊長ドノ、コノ先ニ人間ガオリマス』
『人間?数は?』
『一人デス。切リ拓カレタ森デ突ッ立ッテマス。黒イ髪ナノデ目標デハナイデスガ』
グレムリンの報告にスケルトンナイトはしばし思案するが、人間の群れからはぐれたか、追い出されたのだろうと深く考えはしなかった。
わざわざ見に行く必要もないだろうと、大群の中で一番地位の低いゴブリンに任せることにする。
『ゴブリン隊、数名で様子を見てこい。殺しても構わん』
スケルトンナイトの命令に頷くと、四体のゴブリンが群れから離れ武器を手に走り出す。
グレムリンの先導で走り続けると視界に雨に打たれるのも構わず棒立ちしている人間を見つける。
獲物を見つけたゴブリンたちは下卑た笑みを浮かべた。
久しぶりの玩具、すぐに壊すのもいいし、いたぶり殺すのもいい。
捕虜にして酒の余興とするのもいいしとあれこれ考えながら黒い髪の男に接近し、武器を振りかざす。
黒髪の男が気づき振り返った直後、ゴブリンたちは男が邪悪な笑みを目にする。
それが──ゴブリンたちが生前に見た最後の光景であった。
✳︎
雨が止むのを待ち、ティアーヌは難民キャンプを離れようとしていた。
クロノスを探して連れ戻す為……
暴走状態のクロノスを止められるかは分からないが、手段はいくつか用意もした。
全てが失敗した時は──
「待ってください。ワタシも行きます」
捜索に向かおうとするティアーヌを呼び止めたのはフロウだ。
ドレス姿ではなく軽鎧を装着し、背には赤く塗装された盾を備えている。
赤い盾には目の模様が描かれており不気味な装飾だが、模様の目は閉じられていた。
「ニケロ村長、貴方は自分の村に戻らなきゃでしょう?」
「わかってます。でも、友達を見捨てたまま帰るなんてできません。もう……誰かを置いたまま逃げるなんてことは、したくないから」
しっかりとティアーヌを見て答えるフロウ。
そこには数時間前に見た怯えも恐れもない、ただ友を助けたいという思いだけで立つ男の姿があった。
「わかったわ。一緒に行きましょう」
「なら、俺も同行しよう」
「カゲヤマさん」
二人の前に影山が現れる。
だがティアーヌはあまり影山の登場を歓迎できない。
「カゲヤマさんは、あまりバルメルド君と接点がなかったはずだけど?」
「捜すのなら二人より三人の方が効率がいいだろう。もしもの時の為にもな」
ティアーヌは影山の言葉の裏を読もうとするが、目線を帽子で隠されその真意はわからない。
だが手が増えるのは良いことだと割り切る。
もし不穏なそぶりを見せれば、その時は……
「いいわ、カゲヤマさんも一緒に行きましょう。その代わり、おかしな真似だけはしないでよ?」
「余計なことはしないさ」
そう答えて歩き出す影山にティアーヌは警戒心を持ち始めるが、クロノスを見つけるのを優先しそれ以上は釘を刺さない。
三人はまず最後にクロノスを見た場所へと移動する。
影山クロノスが魔王ベルゼネウスと戦った場所だ。
ベルゼネウスとクロノスが大暴れし森の木々がへし折られ、地面は抉れ荒れ放題となっており、上半身が吹き飛んだベルゼネウスの死体は今も横たわったままだ。
もっとも、そこに倒れているのは偽物なのだが。
「それで、どうやってクロくんを捜しますか?」
「バルメルド君は大怪我を負っていたわ。血の跡を追えば見つけられると思ったのだけど……さっきの雨で流されてるかもしれないわ。でも泥濘んだ地面にバルメルド君の足跡が残っているかもしれないから、それを探しましょう」
「なら、これだろう」
ティアーヌの提案後すぐに影山がクロノスの足跡と思われる物を示す。
影山は倒れた木々を跨ぎ、右足の靴跡だけが残る足跡を目で追いかける。
足跡はずっと南東へと向かっていた。
「坊主は負傷していた、短時間であまり遠くには行けないはずだ。この足跡を辿って行けば追いつけるかもしれないぞ」
「どうしてこれがクロくんの足跡だって分かるんですか、おやっさん?右足の跡しかないですけど」
「坊主は左足を無くして、あのミミズような黒い生き物で足を代用していた。だから右足の靴跡だけが地面に残っているんだ。片足上げて飛び跳ねながら歩く奴なんていないだろ」
影山の説明にフロウは納得し、三人は足跡を辿る。
道中会話は全くない。
三人共クロノスと知り合いという共通点があるだけで、特に親しいわけでもなんでもないから当然ではある。
ただ黙々と歩き続ける中、ティアーヌはフロウに尋ねた。
「ニケロ村長はバルメルド君とは付き合いが長いの?」
「子供の頃同じ村に住んでいたんです。五歳の時からずっと一緒だったんですけど、六年前に一度行方不明になって、ようやく再会できたんです」
「仲が良かったのね」
「ええ、一番の親友でした。命の恩人でもあるんです。だから、今度はワタシがクロくんを助けないと……」
拳を握りしめ、フロウは六年前のことを思い返す。
何もできずに血を流す親友を見捨てなければならなかった、あの時の己の無力さを呪った日を。
あまり思い返すとまた同じことが起きるのではと不安になり、フロウは影山に話を振る。
「カゲヤマのおやっさんは?どうしてクロくんを捜すのを手伝ってくれるんですか?さっきティアーヌさんも言ってたけど、クロくんと会ったのは今日が初めてですよね?」
「坊主は俺の同郷なんだ」
影山の発言にフロウがかなり驚き、初耳のティアーヌも少しばかり驚きを見せた。
フロウはクロノスがバルメルド家に養子として引き取られるまでの記憶がないのを知っていたからだ。
影山のクロノスの同郷ならば本当の親を知っているかもと思うが、影山の言う同郷とは転生前の世界のことであり、この世界でのことではない。
「別に坊主を捜しに行くのは同郷だからと言う理由じゃない。あれを野放しにしておけば被害は拡大する。魔王よりも危険だ」
「なら、カゲヤマさんはバルメルド君をどうするつもりなのかしら?」
「お前たちが坊主を元に戻せればそれでよし。もし無理だった時は……俺がケリをつける」
その言葉にティアーヌが表情を強張らせるが、影山はすぐに小さく笑う。
「安心しろ、さっきも言ったが邪魔はしない。動くのはお前たちの策が全て失敗し、救出を諦めたその時だ。その間は協力する」
「その間は」と言う影山にフロウにもティアーヌにも緊張が走る。
自分たちが諦めればクロノスがどうなるのか……想像はしたくないが、影山は本当に実行するだろうと二人は険しい表情をする。
「そういう魔女はどうなんだ?なぜあの坊主にこだわる?」
「彼は……勇者を見つける為に必要かもしれない人物なんです」
「勇者……?おとぎ話のか?」
「ええ。魔王が実在するのなら勇者も存在するはずだと、多くの人が考えてるわ。私はその人を見つける為に旅をしている。でも数年かけて大陸を渡り歩いたけど、手がかりはほとんどなかった。
だけど、彼は勇者を探す鍵になるらしいのよ。だから私には、まだ彼が必要なの。それに──」
そこから先は口にしない。
あくまで可能性の話ではあり、ティアーヌの個人的な意見でもあるからだ。
(もしかしたら彼が)
一抹の希望──光を放つ両眼と異常な力を持つクロノスが普通とは違う人物なのは確か、だからこそティアーヌは淡い期待を抱いている。
目的の人物は意外な人かもしれないと。
「二人とも、アレを!!」
フロウが示す先、森の一箇所だけ円を描くかのように木々が折られ地面に転がっている空間があった。
折られた木々も大きな衝撃を受けたかのように歪な断面が露わになっている。
これに似た光景に三人は見覚えがあった。
クロノスが暴走し周囲の木々をへし折った時の状況と酷似している。
この付近にクロノスがいる──しかし安堵よりも警戒心が先立ち、自然と三人は周囲に危険がないか見回す。
クロノスの姿はないが、代わりにティアーヌは木の下敷きとなっているゴブリンの姿を見つけた。
(ゴブリン?まさかバルメルド君が?)
下敷きとなっているゴブリンは血を流しているのだが、その血が森の更に奥に向かって続いている。
まだ乾いていないのを見るに、まだここで戦闘が起きてから時間が経っていないのが判別できる。
「ニケロ君、カゲヤマさん。ゴブリンの死体があるわ。ここでバルメルド君が戦ったのかもしれないわ」
「こっちでも見つけた」
「ワタシの方も。森の奥に向かって血が続いてる……」
三人は森の外、ゼヌス平原へと続く血痕を目にし頷きあう。
それぞれの武器を再確認し、いつクロノスに鉢合わせしても対処できるようにしながら血痕を追いかける。
周囲を警戒しながら進むと所々でゴブリン以外にも口裂け狼やガーゴイルの屍が散乱しているのを目撃する。
どの魔物も何か強い衝撃をその身に受けたかのように肉体が破損していた。
中にはねじ切られたかのように身体が千切れている魔物も……
「これ……全部クロくんが?」
フロウの呟きに二人は何も答えない。
森の外へと続く血痕を追いかけ進むほど息絶えた魔物の数も増えていく。
クロノスは一体どれほどの規模の魔物と戦っていたのかを想像させるが、心配よりも先に恐ろしさが三人の中に渦巻く。
警戒したまま血痕を追いかけ続けると森を抜け平原へと出た。
その平原でさえも、森と同じように多くの魔物と悪魔族の死体が転がっていたのだ。
規模からして大軍──魔王の手下ではないかと影山は考える。
何故こんな大規模で移動しているのかはわからないが、進軍の途中でクロノスと鉢合わせしてこうなったと推察できる。
『この化け物がぁぁぁぁ!!』
突然の叫び声、もう生き残りがいないと思っていた平原にまだ悪魔族がいた。
軍の指揮を執っていたスケルトンナイトだ。
三人は声の方角に振り向くが、叫び声と共にスケルトンナイトは鎧諸共肉体の代わりである骨を黒い腕の一薙で破壊され死に絶える、
破壊され散り散りとなる骨、その頭蓋骨を踏み砕く影。
その影を凝視する三人は、異様な姿に言葉を失う。
まずそれは黒い何かに覆われていた。
身体を覆う黒いソレは風もないのに揺らめき続けている。
シルエットから人型であるのだけは窺えるが、その姿はあまりにも人とはかけ離れており、悪魔と呼ぶのが相応しい。
黒く覆われた人の姿のソレは、踏み砕いた頭蓋骨の感触を楽しみながら悍ましい笑みを浮かべ楽しんでいた。
その両眼を、光を失い黒く濁った青と濃褐色の眼を輝かせながら……
「クロ……くん?」
友と同じ特徴を持つソレにフロウは微かな声で問いかける。
それが耳に届いたのか、ソレは三人の姿を目にすると、およそ人とは思えぬ咆哮で暗雲立ち込める空に吼えたのだった。
今期アニメほとんどが終わっちゃいましたね
来期もなるべく多くチェックしたいなぁ
次回投稿は来週日曜日22時です!




